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「短編小説」
閻魔堂華宵~幕末百話異聞~

閻魔堂華宵 第一話・将軍の御召料御茶壷

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旧幕臣、上林庄五郎は薄暗い森の中、ここがどこだかいまいち判らないままひたすら歩き続けていた。時折見かける風蘭だけが『ここは江戸ではない』と庄五郎に教えてくれていたが、昔行った事のある京都とも思えない。疲れ果て、脚も棒のように感覚が無くなっており出来るなら一歩も歩きたくはないのだが、何故か『ここで立ち止まってはいけない』という理由もない使命感に囚われ、歩いているに過ぎない。

「俺も歳を取ったもんだな・・・・・昔は御茶壷道中で宇治と江戸の往復だって何とも思わなかったのに。」

 半ば禿げ上がった頭をなで上げ、そう呟く。いつまでも元気だと皆に言われ、自負もしていたがさすがに喜寿を超えているのだ。若い頃のような無茶は出来るはずもない。

「とりあえず森が開けるところまでは歩かないと・・・・・狼にやられちまったら洒落にならんしな。」

 誰に語りかける訳でもないのだが、つい寂しくなって言葉を口に出してしまう自分を自嘲し、ふと目を開けると、だいぶ先に今までとは違う明るさが見えるではないか--------森が開けているのだ。ようやく森から抜け出せる嬉しさに、庄五郎は今までの疲れも忘れ、思わず走り出していた。



 庄五郎が息を切らせて森を抜けると、そこには古ぼけた小さなお堂が建っていた。お堂に架かっている朽ちかけた額を見るとなかなか立派な書体で『閻魔堂』と書いてある。あたりは霧でもかかっているのか、ぼんやりとしてはっきり見えないのに何故かその閻魔堂だけははっきりと見える。しかし疲れのためか、それとも人間の存在を感じさせてくれる閻魔堂に出会えた嬉しさのためか庄五郎はその異変に全く気が付かなかった。

「少しばかり休ませて貰っても罰は当たるまい・・・・・閻魔様、不躾ですがお許し下さいな。疲れが取れるまで休ませていただきますよ。」

 庄五郎はお堂の奥にいると思われるご本尊--------閻魔堂というからには閻魔様がいるのだろう--------に一礼し、麻裏草履を脱いでお堂にあがりこむと、古ぼけ、触ると崩れ落ちそうな扉に手をかけ、開いた。



「な・・・・・なんじゃあ!」

 庄五郎は目の前の景色に言葉を失う。自分は確か『閻魔堂の堂内』に上がり込んだはずなのに目の前には花畑が広がっていたのだ。思わぬ光景に先へ進んでいいものかそれとも引き返した方がいいのか庄五郎は迷った。その時である。

「庄五郎さん、どうぞ遠慮無くお入りください。」

 何と庄五郎を呼ぶ声がするではないか。庄五郎は驚き、声の方に顔を向ける。そこには優しげな------------まるで若い女形のような端正な顔立ちの青年が花畑の真ん中に立っていた。しかもその青年の髪は亜麻色に輝き、異国の人のように見えるのに何故か日本の言葉で庄五郎に語りかけてきたのだ。自分の名前を知っている事も驚きだったがそれ以上に不思議な事が多すぎて庄五郎は混乱した。しかし、目の前の青年は穏やかな笑みを浮かべながら庄五郎に近づき手を差し伸べる。

「申し遅れました。私は夜摩と申しまして、この花達の守人をしております。驚かれたでしょうが、あなたがこちらに来る事は、すでに知らせが来ているのです。怖い事はありませんのでどうぞこちらに来て下さい。」

 美しい青年------------夜摩は庄五郎の手をそっと取る。その手は少女のもののように柔らかく暖かで、この手の持ち主が嘘を吐くとは庄五郎には思えなかった。意を決した庄五郎は青年に導かれるまま美しい花畑へ一歩踏み出した。



 花畑の中の、少し開けた場所に敷いた緋毛氈の上で庄五郎は茶を勧められた。勧められるまま一口茶を飲んだ時、いかに自分の喉が渇いていたか気が付いた。この薫り高い百花繚乱の中、かき消えてしまうのではないかと思われた茶の香りは庄五郎の鼻腔をくすぐり心を落ち着かせる。

「お口に合いますでしょうか。」

 夜摩は微笑む。その時、庄五郎は初めてその青年の目が不思議な色をしている事に気が付いた。何と左右の目の色が明らかに違うのだ。左目は青みがかった銀色で、右目は若葉の色を含んだ金色--------まるで月と太陽のようだと庄五郎は思った。

「ええ、とてもおいしいですね。久方ぶりに良いお茶を戴きました。良いお茶には縁がない訳ではないのですが、もっぱら運ぶ方であったので・・・・・。」

 喉が潤った所為なのか、それとも目の前の青年があまりにも穏やかだからなのか庄五郎の舌は滑らかに動く。

「私は公方様の御茶壷のお付き添いをして宇治に七回ほど下った事があるのです。もうだいぶ昔の事ですけどね。」

 遠くを見るような目をして庄五郎は語る。あれは遙か昔、東京が江戸と呼ばれていた時代の事である。

「よろしかったらそのお話をしてもらえますか。」

 そんな庄五郎に、夜摩は庄五郎に話を促す。

「私はここに来る方々の話を聞くのを楽しみにしておりましてね。誰にも一つは誇れる話というものがあるものです。花守の無聊を慰めると思ってお願いできますでしょうか。」

 喜寿を超えた庄五郎より遙かに若く見える夜摩だが、時折何百年も年を経た仙人のような表情を見せる。不思議さを感じつつ、何故か怖さは全く感じない。

「では、良いお茶のお礼としてはお粗末ですが一献、話をさせていただきましょう。」

 そして上林庄五郎の宇治採茶使--------いわゆる御茶壷道中の話が始まった。



 私が宇治採茶使に初めて選ばれたのはちょうど二十歳の時で、それから六度ほどその任に預かる事が出来ました。最後の道中は丙寅・・・・ええと、慶応二年になりますか。これが本当の最後の御茶壷道中になってしまったんです。その二年後に瓦解でしたからねぇ・・・・。

 おっと、話がそれてしまいましたね。そんな時代の御茶壷道中ですからそれほど大きなものじゃない。せいぜい十五人前後ってところです。聞いたところに寄りますと、有徳院様(徳川吉宗)の倹約令が出る前までは千人を超えるほどの大行列だったそうですよ。
 ちなみに最後の御茶壷道中では御坊主と士分打込みの十三人ほどが宇治に向かいました。御坊主は御数寄屋頭一名、茶道衆二名の計三名、士分は御朱印持組頭に手伝(てつき)三名、御茶壷に組頭一名、采領五名------------私はこの五名の中に入っておりました------------の計十名という顔ぶれで、その時の事は今でもはっきりと覚えております。

 私達が江戸を出発するのは旧暦四月頃、そして土用三日前くらいに江戸に戻るようにするのです。いつも入梅頃にあたりますので、出発といい、道中といい、びしょびしょに雨に祟られ毎度閉口したものです。
 この御茶壷と申しますのは、小さな長棒駕籠へちゃんと箱が出来て据えまして、嵌めれば動かぬようにしてあります。まして御壷は羽二重で包み綿入の袱紗でも包みますから放り出したって壊れっこありません。

 そこまで厳重に護られます将軍家伝来の御茶壷というのは九つありまして、どれも由緒あるものばかりなのです。太閤様が寅の日にご覧になって申の日にお買い入れになったなどというものもありました。太郎五郎など申す壷は一番大きかったのを覚えています。 そんな由緒ある御茶壷に最高級の碾茶(抹茶の原料)を詰めて、往路は東海道を復路は中山道・甲州街道を通るのです。
 何故行き帰りで違うかと言いますと、一つは御茶壷を一旦富士山の冷気に当てる為なのです。御茶壷はそのまま江戸に運ばれる訳ではなく、甲斐国谷村の勝山城にあります茶壷蔵に納められ、富士山の冷気にあてて熟成してから江戸に運ばれるのです。そうするとより旨みが増すそうなのですが、梅雨時少しばかり休める事がただただありがたかったのを思い出します。
 そんな風にわざわざ富士山の冷気に当て熟成させた将軍御召料のお茶を持って戻ると、今度は坂下の富士見三重の御櫓のてっぺんに収めておくのです。今はあの御櫓ばかりが残っていますが・・・・・明治になってすっかりあの辺も変わってしまい寂しい限りです。



 ここまで一気に話すと、庄五郎は疲れたのか一息入れた。

「少し休みましょうか。よろしかったらお茶をもう一杯いかがですか?」

 夜摩はそう言うと、飲みやすい薄茶を立て始める。薫り高い茶の香は庄五郎を包み込み、彼が一番輝いていた日々を思い起こさせた。

「では、ありがたく頂戴いたします。」

 夜摩に勧められた薄茶を一気に半分ほど飲み干すと、庄五郎は話の続きを始めた。



 では、今度は御茶壷に関わる者達の話をさせて戴きましょう。我々采領は黒縮緬の無紋で、道中御徒の格でした。本馬一匹人足五人というお許しで、道中の勢いといったらそれはもう『御茶壷様の権威』を借っておりましたからすごいものです。
 定宿は決まっています。そりゃ『御茶壷様』を泊める宿ですから迂闊なところには泊まる事は許されないのです。それこそ我々も何かあったら腹を切らねばなりませんからねぇ。そんな状況ですからあらかじめ行く先々に前触れを出し、さらに城主家老がその土地々々で出迎えをするのです。

 いや、城主家老の出迎えはまだ楽な方ですかね。行列が通る街道は前もって入念な道普請が命ぜられますし、農繁期であっても田植えは禁止されるのです。だからこそ往復で同じ道を通る訳にはいかないのですよ。一方だけだったらそっちの街道沿いの稲作は出来なくなってしまいますから。

 厳しい決まりというのは子供であっても同様で、子供の戸口の出入り、たこ揚げ、屋根の置き石、煮炊きの煙も上げる事は許されず、葬式の列さえ禁止されたほどです。四民平等の今じゃ信じてもらえないかも知れませんがほんの二十年前まで実際にあった事なんですよ。
 それだけにこの『御茶壷道中』は庶民に怖れられていましてね。行列を恐れていた沿道の庶民は、茶壷の行列が来たら戸を閉めて閉じこもったものです。運悪く道で出くわしたら、土下座で行列を遣り過すしかありませんでしたからね。茶壺の行列の様子は『ずいずいずっころばし』に歌われておりますが、あれはよくできた歌ですよ。

 むろん『御茶壷道中』を怖れていたのは庶民だけではありません。大名も同じようにこの『御茶壷道中』を怖れていたものです。公方様が飲み、徳川家祖廟に献ずるものですからたいへん権威があるのですよ。例えるならば摂関家や門跡並といったところでしょうか。御三家の行列であっても、駕籠から降りて、馬上の家臣はおりて、道を譲らねばならなかったのです。
 御三家の行列でもそれですから、他家の大名は推して知るべしです。道中で行き会う事なんかがあると出迎えねばなりませぬからそれと聞いては逃げ込み、逗留してやり過ごす大名もあれば、鼻薬------------つまり袂の下って奴です------------を配って無難を祈るものもあります。幾人の大名が茶壺に落ち合ってお腹を痛めた事でしょうね。これが我々の役得でした。今だから笑って言えますけど当時は大変だったのですよ。

 そんなこんなで宇治へ着きますのは江戸を発って十三日後くらい、御茶壷は宇治へ持ち込み我々は三条屋町へ陣取りました。京都では勿論、道中でもうんざりするほどご馳走漬け、飽き飽きするほど美食を食べたものです。あの時代は将軍の召し上がるお茶すらこれでした。大した御威勢のもので・・・・もうあの夢は再び見る事は出来ません。



「・・・・・こんな感じですかね。我々にも『御風味』と称して小さな茶壺へ挽き茶を入れたのを贈られますが、これは戻りに定宿でやるんです。大層もない珍重・・・・やれ瘧が落ちるとか寿命が延びるとか申したものでございます。それは確かに正しかったようで私は喜寿を超えるまで生きながらえる事ができまして子供や孫に看取られながら逝ったのでございますよ。」

 微笑みながら薄茶を飲み干し、茶碗を置いた庄五郎の身体が徐々にかすみ始めていた。

「このお茶は『御風味』と同じ味がいたしました。あのお茶なのですね・・・・・明治の御代になって美味い茶にはもう二度と巡り会えぬものとばかり思っていましたが・・・・・これで思い残す事はありませぬ。ありがとうございました。」

 庄五郎は不思議な目をした青年に一礼をするとすうぅ、と消えていった。そして跡に残ったのは一本の若木、それは庄五郎の人生において最も輝かしい記憶と結びついた茶の若木であった。

「ようやく成仏なさいましたね、上林庄五郎殿。」

 青年は茶の葉に触れながら微笑んだ。

「あなたが再び人の子として生まれ変わるまで今暫く時間があります。その時までここで------------黄泉の国で安らかな時をお過ごしなさいませ。」



 深い森の奥にある小さな小さな閻魔堂。そこは名も無き人々の行き着く場所、死者の楽園の王であり地獄の十王の支配する場所である。

「まったく・・・・・宋帝王も泰山王も面倒な事は全て私に押しつけるのだから敵わないよ。」

 一仕事を終えた夜摩------------閻魔王は大きく伸びをした。彼を包む百花達はそれぞれ芳しい芳香を放ち己を主張する。それは名も無き人々の化身------------庄五郎と同様歴史に名を残す事はなくとも、確かに生きていた者達の証の香りであった。



UP DATE 2009.4.15


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構想だけはあったもののなかなか書き出せなかった『閻魔堂華胥』、ようやく書く事が出来ましたv
サイトにUPするものとしては珍しいファンタジー色のある話ですがいかがでしたでしょうか?このシリーズに関してはあともう一話か二話、『一般人から見た江戸ならではの風俗・習慣』というテーマで書いてみたいと思います。

この話では書ききれなかったので聞き役・夜摩について少々語らせていただきます。要は閻魔様なのですよ、彼は。かなり見た目を派手にはしておりますが地獄の王様です(笑)。そして彼にはもう一つの顔、地蔵菩薩の化身という面もあります(これは日本独特の思想みたいですが)。悪人には厳しいけれど助けるべき人はきちんと助ける、そんな二面性を持った面白い神様(というか仏様?)をほっとくのはもったいないじゃないですかvてなわけで今回ようやく閻魔大王を狂言回しという名の主役に据えた話を書く事が出来ました。
ちなみに『夜摩』とは閻魔様の元々の名前、『リグ・ヴェーダ』のヤマから取りました。(『リグ・ヴェーダ』では人間の祖ともされ、ヤマとその妹ヤミーとの間に最初の人類が生まれ、人間で最初の死者となったゆえに死者の国の王となった、との事です。wikiより。)

次回作がいつになるか判りませんが、よろしかったらお付き合いのほどよろしくお願いします。



《参考文献》
◆幕末百話  篠田鉱造著  岩波文庫  1996年4月16日発行
◆Wikipedia  宇治採茶使
◆Wikipedia  閻魔
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