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「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の陸・黴雨(桂小五郎&幾松)

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梅雨の終りを告げる激しい雨が、幾松の蛇の目に激しく打ち付ける。本来、この刻限ならば鴨川に朝日が映え目にも眩しい程なのだが空にどんよりとした雲が垂れ込めている状態ではそれも敵わない。

「小暑も過ぎたゆうのにちぃっとも暑くならへん。お天道様もなかなか顔を出してくれへんし・・・・・まるで、小五郎はんとうちの将来(さき)みたいやな。」

 軽くため息を吐き、袂の握飯に手を当てると幾松は桂小五郎の待つ二条大橋へと足を速めていった。



 桂小五郎が池田屋事変の難を逃れ、幾松を訪ねたのは三日前の事であった。前日の池田屋の騒ぎは長州藩控屋敷にまで及んでいた。桂小五郎を取り逃がしたと聞き及んだ見廻組の面々がこの控屋敷にまでやってきていたのだ。
 格下だとばかり思っていた新選組に手柄を取られた焦りもあったのだろう。かなり乱暴な家捜しをし、桂がいない事が判明すると見廻組の隊士達は舌打ちをしてそのまま出て行ってしまった。


 きちんと手入れをしていたはずの控屋敷であるが時期が時期だからか、荒らされた所々から黴独特の、嫌な臭気が漂ってくる。よくよく見ると箪笥の後ろや滅多に動かさない長持の後ろに黴がはびこっているではないか。

「怪我の功名やな・・・・ついでやし、かびた所の手入れもしまひょか。」

 苦笑いを浮かべながら幾松が使用人達を動かして時ならぬ大掃除に精を出していた、まさにその時である。主の居ない屋敷には確かに隙が出来るのかも知れない。しかし、敵対する見廻組ならいざ知らず、事もあろうにみずぼらしい身なりの浮浪者が、長州藩控屋敷の勝手口に入り込んできたのだ。

「ここはお前のようなものが入り込む場所ではない!」

 と、追い返そうとする下男と浮浪者の言い争う声は納戸で片付けをしていた幾松の耳にも届き、幾松は何事かと自ら勝手口へ顔を出す。

「幾松、僕だ。判るだろう?」

 流行遅れの、ぼろぼろの縞の着物に泥で汚れた顔手にした筵からは饐えた匂いさえ漂ってくる。だが、その声は紛れもなく情人、桂小五郎の声そのものであったのだ。

「小五郎はん・・・・!生きてはったんやね!」

 池田屋では何人もの浪士達が殺され、捕縛されたと聞いた。事変の後、行方知れずになっていた桂も偽名のまま新選組に捕縛されてしまったのではないか・・・・・そんな不安があっただけに、着物が汚れるのも構わず幾松は桂にしがみ付き、泣きじゃくった。

「君にもだいぶ迷惑をかけてしまったね。」

 桂はしがみつく幾松の髪を優しく撫でながら語りかける。

「・・・・幾松、心配ばかりかけて申し訳ないんだけど迷惑ついでに頼まれ事を引き受けてくれないか?」

「なんや・・・の?頼まれ事って?」

 志の為、また危険な戦場へ飛び込んでいくのだろうか--------幾松は不安げな表情を浮かべる。そんな幾松の心配を吹き飛ばすように桂は極上の笑顔を浮かべ、さらに幾松を強く抱きしめた。

「大した事じゃないよ。ほとぼりが醒めるまで数日間すぐそこの二条大橋の下に潜伏するつもりだから
そこにいる数日間、食事を運んで欲しいんだ。さすがに物乞いに出る訳にも行かないしね。」

 確かに大した用事ではない。だが幾松は柳眉をしかめ桂に意見する。

「でも・・・・あそこは黒谷に向かう新選組がしょっちゅう通りますえ?」

 二条大橋は壬生から会津藩の本陣、黒谷金戒光明寺へ向かう際必ず新選組の隊士が通る道である。すなわち二条大橋に潜伏すると言うことは敵陣に入り込むこととほぼ同義語なのだ。

「何やったら三本木のお母はんに・・・・・。」

「そこが盲点さ。まさか自分たちが通う橋の下に長州藩のお尋ね者がいるとは思わないだろう。」

 悪戯っぽい笑みを浮かべ、桂は幾松を引き離した。

「じゃあ、後は頼んだよ。」

 何かを言い出そうとする幾松を尻目に桂は筵を頭から被ると、黴雨の中に消えていった。



 それからというもの、幾松は新選組の目を憚りながら三度三度の飯を桂に運んでいた。だが、それも長くは続かないであろう。
 昨日の夜、いぶかしげに自分を見つめている若い娘がいたのだ。確かに自らも変装しているが三度三度同じ橋のたもとに飯を運びに来れば怪しまれるのも仕方が無い。
 昨日はたまたまごく普通の娘であったが、いつその目が新選組や見廻組のものになってもおかしくはないのだ。

「そろそろ場所を変えた方が良さそうやな。」

 そしてそれ以上に気がかりなのが鴨川の水位であった。このところの激しい雨でだいぶ水かさが増している。剣に斃れるのならいざ知らず、鴨川で溺れ死んだのでは冗談にもならない。
普段は握飯だけを置いてろくな話もせずにその場を立ち去る幾松であったが今日はその事を話し、桂に新たな潜伏場所に移るよう忠告しよう・・・・・そう思いながら幾松は足を速めていった。



UP DATE 2009.05.22


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幕末歳時記其の陸、《黴雨》(ばいう)です。
普通は字面から《梅雨》を使いますがこちらの方が実感が湧くので俳句の季語でもある《黴雨》と言うことで・・・・日本の主婦は今も昔もこいつとの戦いに明け暮れています(爆)。
池田屋事変の時は晴れていたみたいですけどこの時期はまだ梅雨の筈なんですよね。
伝説ではこの時期、二条大橋の下に潜伏していた桂小五郎の命がけの潜伏とせっかくの計画を潰された無念を《黴雨》に重ね合わせてみました。(梅雨時に橋の下って・・・・自殺行為ですよね。確かに見つからないはずです。)

次回はもう一つの池田屋事変その後、沖田総司と沖田氏縁者を書くつもりです。
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