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「短編小説」
明治美味草紙

明治美味草紙 其の参・あんパン(木村屋主人・木村安兵衛)

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その驚きの提案は彼岸桜がちらほら咲き始めた三月半ばに銀座・木村屋にもたらされた。

「なぁ、安兵衛。このあんパンを陛下に献上する気はないか?」

 いつもの如く店にやってきた山岡鉄舟が『木村屋』の店主で親友の木村安兵衛に話を持ちかける。

「陛下に・・・・って今上様にか!お前、何を血迷ったことを・・・・・。」

 鉄舟のあまりにも突飛な提案に安兵衛は目を白黒させた。二度の火事にも負けず息子の栄三郎やパン職人・武島勝蔵の協力の下出来上がったあんパンは、去年の発売開始以来好評を得ている。ただ、あんパンはあくまでも庶民のための食べ物であり、今上帝の口に入れても良いようなものではないと安兵衛は思ったのだ。しかし、尻込みをする安兵衛を鉄舟は必死にかき口説く。

「確かに宮中に出入りする御用商たちは老舗ばかりで西洋食が入り込む余地など全くない。だけどこのあんパンなら------------お前が苦労して日本人の口に合うように作り上げたこのパンなら陛下にも気に入って貰える筈だ。頼む、日本の近代化のため、一肌脱いでくれないか?」

 押しとどめなければ土下座せんばかりの勢いに、安兵衛は困惑する。その時である。

「おとっつぁん、山岡さんの話、受けさせて貰えないかい。」

 接客の合間を縫って栄三郎が二人の会話に入ってきたのである。

「確かにパンそのものは目新しい食べ物だし、陛下のお口に私らのあんパンが合うか判らないけど・・・・・勝蔵も私も頑張りますから、この話受けて下さい。お願いします。」

 そう言って栄三郎も安兵衛に頭を下げる。ここまでされては安兵衛も後には引けない。

「判りました。この首にかけて一世一代のあんパン、作ってみましょう。」

 この瞬間木村屋にとって、そして日本の西洋食にとって一世一代の戦いが始まったのである。



 鉄舟の話を受けたその日から、安兵衛、英三郎、それにパン職人の勝蔵と後に三代目を継ぐ栄三郎の弟・儀四郎は天皇に出しても恥ずかしくない特別な『あんパン』を作り上げるため、パン作りの準備を始めた。
 『木村屋』のあんパンは、パンの発酵に使うイースト菌を手に入れられなかったという理由により米と糀による独自の酒種酵母で発酵させている。だが、その不都合がむしろ幸いし、元々日本人に馴染みのある酒種の風味に助けられてあんパンはパン食に馴染みの無かった日本人にも受け入れられたのだ。もちろん『献上あんパン』もその酒種酵母を使って作られる。
 
 どんなに早くても献上は二週間後、四月四日の花見の日だと鉄舟に言われたにも拘わらず、早々に酒種の仕込みを始め、その中でも一番出来の良い酒種酵母を使って上納用のあんパンを焼き上げることにしたのである。

「しかし・・・・・もう少し見た目をどうにかしたいものですね。」

 酒種を仕込み終わった勝蔵が栄三郎に言った。味には勿論自信がある、しかし自分達が作ってきたあんパンはあんを生地に包んだだけの質素なもの-------------やんごとなき御方に献上するにはあまりにも味気なさ過ぎるのだ。

「確かに、せっかくの献上品なのだからもう少し華やかに・・・・・そうだ!」

 何かを思いつき、栄三郎はぽんと手を打った。

「桜の塩漬けを乗せるのはどうだろう?この時期の薯蕷饅頭のように!」

 桜の時期になると薯蕷饅頭の上には桜の塩漬けが乗っかり、名前も『桜饅頭』と変化する。

「それはいいな。甘いあんに桜の花のしょっぱさは相性が良いし、見た目も少しは良くなるだろう。よし、ここは奮発して吉野の桜を使うぞ!」

 安兵衛は叫び、さっそく馴染みの問屋に問い合わせるために店を飛び出した。そんなこんなで二週間はあっという間に過ぎ去り、へそに奈良の吉野山から取り寄せた八重桜の塩漬けが埋め込まれた、季節感をたっぷりのあんパンは、恭しく水戸藩下屋敷に届けられる事になったのである。



 そしてその日の夜--------------。

「おい、安兵衛!大成功だぞ!聞いて驚くな、天皇陛下も皇后陛下も思いの外お前のあんパンをお気に召されてな・・・・・・引き続きあんパンを治めるようにだと!」

 まるで自分が褒められたように鉄舟は大はしゃぎをし、安兵衛をもみくちゃにする。

「お、おい落ち着けよ、山岡!もう少し詳しく聞かせてくれ。おーい、皆も片付けの手を休めてこっちへ来い!」

 安兵衛の呼びかけに栄三郎以下職人達が二人の元にやってきた。皆、あんパンが天皇にどう評価されたのか知りたくてうずうずしている。その表情を見回しながら、鉄舟は芝居じみた口調で語り始めた。

「皆の努力が実ったぞ。お二方ともあんパンをお気に召されたのだが、特に皇后陛下が好まれてな。『ここにいる女官達だけでなく側室達にも分けてやりたい。』って言って下さったんだよ。」

 鉄舟はいたずらっ子のような笑みを口の端に乗せる。

「そう言われちゃ男として気前の良いところを見せないと収まりがつかないだろう?とりあえず手土産だけ持って御所にお帰りになればいいものを、皇后陛下に良いところを見せたくて『引き続き収めるように。』だとさ!」

 鉄舟の話にその場にいた者達は皆安堵の表情を浮かべた。

「おっといけねぇ。もう一つ忘れるところだった。おめぇさんのあんパンに対して陛下はわざわざ歌まで詠んで下さったんだぞ。ほら、これだ。」

 鉄舟は胸許のポケットから一枚の紙切れを安兵衛に寄こした。そこには鉄舟の跳ね上がるような文字でこう書かれていた。


良きをとり 悪しきを捨てて とつくにに 劣らぬ国に 成るよしもがな


「御用商人は多いが、陛下から直々に御歌を貰えるものなんてそうそう無ぇ。お前のあんパンはそれだけ素晴らしいものなんだよ!」

 鉄舟のはしゃぎ振りに安兵衛を始めとする職人達からも思わず笑い声が上がる。そしてその夜はかなり遅くまで店からガス燈の明かりと男達の笑い声が零れ続けた。


 かくして木村安兵衛が宮中御用商人となったことによりパン食がより普及、木村屋のあんパンは一段と庶民に広まり現代に至るまでになる。



UP DATE 2010.02.28


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一ヶ月ぶりの『明治美味草紙』今回はあんパンです。男女のやりとりはほとんど無く、どちらかというとプロジェクトXチックになってしまいましたが(爆)、明治天皇と美子皇后のやりとりは脳内妄想でよろしくお願いいたします。ちなみのこの時期ぽちぽちと側室を侍らせ始めておりますので、そんな状況下の夫婦関係のびみょ~さも考慮していただければ(笑)。
この話を書くに当たり木村屋のあんパンを食べましたがやっぱりあの酒種酵母の風味、いいですよね~。本当はどんな酵母を使っているのか気になったのですが(酒種酵母にも色んな種類があります)あんまりマニアックになるのも・・・・・ということで控えさせていただきました。(HPにも酵母の種類は掲載されていませんでした。企業秘密なんでしょう・笑)


次回は3月21日か28日、いちおうネタは考え中です(最悪ポートワインでも。でも5月に合うものにしたいです。)



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