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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第十二話 ささくれ・其の肆

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吐く息さえ凍てつく寒さの中、沖田は大刀の切っ先を本堂の入り口に向けていた。額には嫌な油汗が滲み、緊張の所為か喉が渇きひりつく。沖田はごくり、と唾を飲み込むとぱっくり開いた本堂入口の闇に向かって一歩、踏み出した。

(十人・・・・・いや、十五人か。)

 先程本堂の障子に映った影から推測すると、少なくとも敵は十人以上いると思われる。だが、もしかしたらそれ以上かもしれない。一人あたり二人を相手にすればいいか、それとも三人かで状況はだいぶ変わってくるのだ。
 さらに厄介なことに、敵は本堂から飛び出してくる様子がまるで無い。明らかに飛び込んできた沖田らを闇の中で待ちぶせ、斬り殺そうという魂胆が見え見えであった。

(こう寒いといざという時、手がかじかんで動かなくなりそうですね。)

 沖田は本堂の中の闇を睨みつつ、大刀を握っている手にはぁ、っと息を吹きかける。寒さですでに爪先が痺れ始めている。そんな些細な痺れでさえも、いざ戦いの場となったら命取りになりかねない。まだ自分達の身体が言うことを聞くうちに勝負を決めてしまいたいが、この膠着状態を打破する策が今の沖田達には無かった。その一つがなかなか来ない助太刀である。

「沖田先生、呼子を鳴らしてもなかなか援軍が来ないんですが・・・・・いい加減突入しませんか?」

 山野から呼子を渡され、先程から何度も呼子を吹いている林信太郎が沖田に語りかけてきた。確かに五条坂は新選組の巡察領域であるし、今日の担当は島田が率いているこの組である。隊の誰かが島田らの組の帰還が遅いことに気がついてくれない限り、援軍は難しいかもしれない。

「そうみたい・・・・・ですね。でもたった六人であそこの中に入るわけにはいかないでしょう。」

 勝てる可能性があるならいざ知らず、明らかに不利である戦場に部下を飛び込ませるわけにはいかない。今にも飛び込みそうな林を宥めるようにそう言った瞬間、沖田はふとある事を思いついた。

(もし敵がこちらの人数を知ったら・・・・・表に出てくる可能性があるかもしれない。)

 少人数の新選組を倒せば逃げおおせる事ができる―――――そう相手が思ってくれれば、本堂から敵を引きずり出すことができるかもしれない。沖田は林に耳打ちをする。

「林さん、島田さんに伝えて下さい。あえてこちらの人数を大声で言うように。こちらの人数が少ない事をあえて表明して敵を誘い出します。水口さんは林さんから呼子を受け取った後、門に出て援軍を呼んで下さい。」

 呼子を吹き飽きている林よりは良いだろうと、沖田は水口市松に指示を出す。

「となると、沖田先生は?まさかお一人で・・・・・?」

 沖田の指示に疑問を抱いた水口が沖田に尋ねる。その問いに沖田はにっこりと笑いながら答えた。

「そのまさかです。私は一人で本堂の正面で敵を待ち伏せます。何、大丈夫ですよ。林さんは島田さん達と共に本堂の裏で待機してください。普通なら正面突破より、裏口から逃げ出そうと考えますから、重々気をつけてくださいね。」

 正直そうは思えなかったが、自信有り気な沖田の言葉に二人は頷くしか無かった。そして沖田の指示通り二人は配置に付く。

「・・・・・そろそろ、いいですかね。」

 林が裏に回った頃合いを見計らって、沖田は冬の冷たい空気を胸一杯に吸い込み、声を張り上げた。

「島田さん!そっちの四人は無事ですか!こっちは水口さんと共に配置に付きました!」

 沖田が声を張り上げた瞬間、開いた本堂の扉の奥の気配がざわり、と動く。それは動揺なのか、それとも機会を逃さんとする欲望なのかは判らない。だがしかし、うんともすんとも動かなかった膠着状態がようやく動き出しそうな、そんな予感に沖田は高揚を覚えた。

(さて、敵は私の言葉を信じてくれるでしょうかね。)

 普通だったら、二人しかいないと思われる本堂の正面側に不審者達は飛び出してくるだろう。だが、あくまでも沖田の声を信じてくれたら、である。沖田の言葉を罠と感じれば島田達四人が待っている裏口から飛び出すだろう。
 どちらにしても一気に五人、六人と飛び出せる出入り口ではないので、飛び出してきたところを一人か二人づつ片付ければ良い。沖田は大刀を握り直すと、闇が広がっている本堂入り口の正面に立ちはだかった。その時である。

「新選組、覚悟っ!」

 雄叫びを上げながら一人の浪士が闇の中から飛び出してきたのである。すかさず沖田は身をかがめ、脛の辺りを薙ぎ払う。不審者の正体が判るまで、できる限り殺さないよう沖田は細心の注意を払う。敵の攻撃力を確実に削ぎながら、それでも取り調べに応じられる程度の怪我で抑えなければならないのだ。

「まず、一人目!」

 沖田の声が月夜に響く。下弦の月が沖田の大刀に映り、きらりと光った。その光を目指しさらに二人目が闇から飛び出してくる。沖田は上段から振りかざしてくる刀を上手く流しながら肩口を斬り、足を払った。

「わぁぁっ!」

 男は足を引っ掛けられ、斬られた肩口を押さえながら地べたに転がる。

「二人目!そっちはどうですか、島田さん!」

 すると本堂の裏の方からも騒ぎが聞こえ、島田の声が大きく響き渡った。

「こっちは三人目です!よし山野、でかした!四人目ぇ!」

 さらに続けて林の声も聞こえてくる。

「こっちも一人!五人目っ!」

 あちらこちらから新選組側の威勢のよい声が飛び交うと、再び本堂が静になった。だが気配ははっきりと感じられる。勝負ありと見た沖田は大刀を手にしたまま中にいる者達に訴えた。

「隠れても無駄です!あなた達がまだ五人以上残っていることは先刻承知!大人しく縛に付きなさい!」

 沖田の張りのある声が本堂の闇に吸い込まれた、その時である。門の方が急に賑やかになり、何者かが入ってきたのである。沖田がそちらの方を振り向くと、『誠』の文字が染め抜かれており、原田と井上の顔が浮かび上がっていた。

「ったく、やけに遅ぇからもしかして・・・・・と思ったら案の定捕物かよ!源さん、あんたの勘が当たったな!」

 どうやらいつまでも帰ってこない島田達の組に気がついた井上が原田を誘って島田らの巡察予定地を回っていたらしい。

「もう、遅いんですから・・・・・。」

 二人の顔を見て沖田は苦笑いを浮かべる。だが、これで中にいる者たちも諦めるだろう。沖田は原田や井上達と共に本格的な捕縛に取り掛かった。



 結局捕縛したのは尾田兵庫介ら土佐系浪士十二人であった。しかし彼らを束ねている『頭』はその中には入っていなかったのである。

「ちょっと入り込む機会が早すぎましたかね。」

 それを知った沖田ががっくりと肩を落とすが、それを慰めたのは意外にも斎藤であった。否、『慰めた』というのとは少々違うかもしれない。

「あの状況だったら仕方なかっただろう。それよりも・・・・・何故その場を離れた?」

「・・・・・そこを突いてきますか。」

「おおかた『御霊神社』あたりで油を売っていたんだろうが。」

 図星を突かれた沖田は恨めしげに斎藤を睨む。

「解っているんなら言わなくたっていいじゃないですか。ああ、こんな事ならもうちょっとお小夜さんと喋っていれば『頭』も捕まえることができたかもしれないのに。」

「・・・・・何故そうなる?」

 てっきり『逢わなければ』と沖田が言うと思っていた斎藤は呆気に取られる。

「だってそうでしょう?中途半端に仕事が気になってお小夜さんをほっぽり出してきたから中途半端な結果に終わったんじゃないですか。だったら最初から法華寺に詰めているかとことんまでお小夜さんと話した後で現場に出向いて、敵が揃ったところでお縄にしたほうが良かったんじゃないかなぁ、と。」

「・・・・・知るか!」

 斎藤は忌々しげに吐き出すが、そういう質の悪い冗談を言う時の沖田は相当落ち込んでいることも斎藤は知っている。

「ま、正月返上でこの失態を取り返すんだな。」

 斎藤は一言だけ言い残すと、沖田を残して巡察へ出ていった。



 結局捕らえた十二人は釈放する事になった。だが、それは彼らを『泳がす』ためであり、無罪だったわけではない。そして釈放して二日後、監察の山崎が貸本屋の姿で密かに屯所にやってきた。そして大阪から帰ってきたばかりの土方に状況報告をする。

「一昨日釈放した十二人中、四人が昨日、三人が今日伏見から大阪に下って行きました。残り四人も近々大阪へ向かいそうです。いや・・・・・もしかしてすでに下っているかも知れまへん。」

 山崎らしくない、曖昧な返答に土方は厳しい表情を浮かべる。

「見落としたのか?」

 土方の言葉に、山崎は『もしかしたら』と自らの不手際を詫びる。

「それくらい船が多いんどす。年末年始の荷駄のやり取りで、いつもの倍は船が行き交っている状況で・・・・・人の行き来はご倍近うなっているかと。」

「そうか・・・・・。」

 年末ならではの人の往来まで計算に入れていなかった土方は、腕を組み考えこむ。人混みに紛れやすいこの時期、伏見で見張っていたとしても見落とす可能性が極めて高い。ならば逃亡先として考えられる大阪で網を張っていたほうが確実だろう。

「大阪に人相書きは?」

「勿論送ってあります。」

「ならば後は大阪に任せよう。山崎、お前も大阪へ向かってくれ。」

「承知しました。ではこれにて・・・・・。」

 山崎は一礼すると、何食わぬ顔で副長室を後にした。



 一見落ち着きを取り戻しつつある京都とは対照的に、大阪の緊迫の度合いはますます高まってきている。その緊張感は年が押し迫り、明けようとしている今も変わらない。いつ事件が起こってもおかしくはないのに、未だ何も起こらない気持ち悪さだけが年を越しても残りそうである。その気持ち悪さを忘れようと除夜の鐘に耳を澄ますが、百八つしか鳴らない除夜の鐘ではそのささくれのような気持ち悪さを払うことは難しいようだ。

「新しい年だけは・・・・・変わらずにやってくるな。できれば年内のうちに大阪もすっきりさせたかったが。」

 壬生寺の鐘に耳を澄ましながら静かに呟く近藤の言葉に、沖田はただ黙って頷くことしか出来なかった。



UP DATE 2012.12.28

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今年最後の更新となりました『夏虫』、しばしの休載の後の再開だったのでどうなることかと不安ではありましたが、何とか無事続けることができました。これも通ってくださる皆様のおかげです^^本当にありがとうございましたv来年もこんな感じで続けていくつもりです♪


月夜の中、十二人もの不逞浪士を生け捕りにした沖田達ですが、生け捕りに出来た分相手は雑魚ばかりだったようです(笑)ま、仕方ないですよねこればかりは(^_^;)むしろ小夜といちゃいちゃしていた所を切り上げて犯人を捕まえに行っただけでも褒めてやって下さい^^(と言いつつ斎藤のツッコミに頷きたくなる心境・爆)

そんな雑魚達でしたが、どうやら彼らは大阪へ向かっているようです。大阪といえば新選組も力を入れている場所ですし・・・・・いかにも事件が起こりそうな予感がプンプンしますよね。実はその通りでして、次回1/11からは『ぜんざい屋事件』となりますvちょっと主人公とは話が離れてしまいますが、お付き合いお願いいたします^^

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