FC2ブログ

「紅柊(R-15~大人向け)」
紅柊・外伝

彦次郎の恋・前編~紅柊・外伝

 ←烏のまかない処~其の八十・鈴廣のかまぼこ →彦次郎の恋・後編~紅柊・外伝
 ゆったりした新年の空気が流れてゆく。正月も半月が過ぎ、年礼を始めとする正月行事もひと段落した吉昌を始めとする山田一門はのんびりと新年会に興じていた。酔い覚ましのために開け放した障子の向こう側には澄み渡った新春の空が広がっており、子供らが上げていると思われる奴凧や武者絵凧が気持ちよさそうに泳いでいる。

「薮入りだからかなぁ。今日は特に多いよな。」

 手酌で酒を注ぎながら五三郎が空を見上げ、呟く。正月十五、十六日は大店の藪入の日で、実家が遠くにある丁稚達が凧揚げをしているのだろうと思ったのである。だが、それに異を唱えたのは猶次郎だった。

「五三郎はん、あの凧絵は多分うちの家中の子らや。藩邸がすぐそこやから。」

 いかにも肩身が狭いと言った風情で猶次郎は続ける。

「まぁガラが悪うて悪うて・・・・・町衆と喧嘩になるさかい、藩邸の馬場で凧揚げせぇ言うとるのに大人の目ぇ盗んでは町中に飛び出してほんま困っとるんどす。ああ、また他所の凧の糸切っとるやないか!」

 猶次郎が思わず腰を浮かし叫んでしまう。『からめっ子』、いわゆる喧嘩凧だ。互いの凧と凧を絡め合わせ、相手の凧を奪い合う遊びなのだが、往々にして喧嘩に発展しかねない遊びでもある。猶次郎は手にした盃から酒が零れるのも構わず飛び出そうとするが、それを止めたのは五三郎だった。

「まぁまぁ、そんな心配しなくても大丈夫たって。子供のことだ、泥だらけの取っ組み合いの喧嘩をしたらそれで仕舞いさ。頭に血が昇りやすいが後に引かねぇのが江戸っ子だ。下手に止めたほうが後々面倒だぜ。」

 五三郎の言葉に芳太郎を始め、他の門弟達も頷く。

「そうやったらええんですけど・・・・・また江戸家老様の胃痛がひどくなるんやろうなぁ。」

 猶次郎が諦めて再び座り直すと、五三郎が猶次郎の盃に酒を注いた。

「豊岡藩の子供らか・・・・・そういや彦次郎もからめっ子の名手だったよな。あの鮮やかな手さばきは大人でさえ立ち止まって見入っていたもんだ。」

 何かを思い出したようにぽつり、と口にしたのは吉昌であった。

「彦次郎さん、ってぇと幸の父親ですよね?」

 五三郎が吉昌に尋ねるが、それに答えたのは吉昌ではなく五三郎の兄、為右衛門だった。

「ああ、そうだ。そういえば彦次郎さんと真由姉、二人の出会いも凧が取り持ったようなものだな。」

「え、それってどんな話しなんですか、為右衛門先生?」

 その時丁度、追加の熱燗を運んできた幸が興味深そうに為右衛門に聞く。両親に早く死なれてしまった幸である。その馴れ初めを聞く機会など皆無で、今回の話が初めてであったのだ。目を輝かせながら為右衛門に話の続きをと促す幸に対し、為右衛門は穏やかに微笑む。

「そうか、幸が物心つく頃には二人共いなかったからな・・・・・だったら話そうか。本当だったら六代目を継ぐはずだった凄腕の若者と、とんでもないじゃじゃ馬娘の馴れ初めを。」

 為右衛門は空を優雅に泳ぐ凧を見上げながら、ぽつりぽつりと話し始めた。



それはかれこれ二十年以上も昔、文化年間の好景気に沸く江戸・平川町での事である。年礼の人混みに沸くその道を、勢い良く走り抜ける少年達の集団があった。

「おらおら、平五郎!ぼんやりしてたらまた糸を切るぞ!」

 少年達の中心で、青木彦次郎は仲間と共に喧嘩凧に興じていた。この春十四歳になったばかりのやんちゃ盛りは、周囲の迷惑も顧みず往来を縦横無尽に走り回る。

「うおっ!このガキ、何しやがるんでぃ!!」

 彦次郎にぶつかられそうになり、慌てて避けた大人が彦次郎に怒鳴り付けるが、それに構うことなく少年達ははしゃぎまくっている。

「ほら、もう一丁!」

 彦次郎が仲間の凧に自らの凧を絡め、糸を切る。その瞬間、凧はくるくると回りながら地面に落ち、彦次郎は素早くそれを拾った。これで彦次郎が奪った凧は三つ目である。

「へへっ、俺に勝てる奴なんていねぇだろ!」

 鼻の下をこすりながら彦次郎は胸を張る。だが、それを快く思わない仲間の一人・孝三郎が彦次郎の慢心の隙を突いて彦次郎の凧に糸を絡めたのだ。

「彦次郎、隙あり!これで俺の勝ちだ!」

 孝三郎が糸を強く引っ張ると同時に彦次郎の凧の糸がぶちん、と切れる。すると彦次郎の凧はくるくる回りながら、とある屋敷の中へ落ちていった。

「うわっ、よりによって『人斬り浅右衛門』の屋敷じゃねぇか!どうしてくれるんだよ孝三郎!」

 やんちゃで鳴らしている彦次郎もさすがに顔色を変える。そこは泣く子も黙る『人斬り浅右衛門』こと山田浅右衛門の屋敷だったのだ。

「そういえば、この前も子供の泣き声がしてたよなぁ・・・・・。」

 彦次郎の凧の糸を切ってしまった孝三郎も顔色を失いながら呟く。

「もしかして子供をかどわかして肝を取っているんじゃねぇか?」

 彦次郎の弟分、平五郎も今にも泣き出しそうだ。

「気をつけろよ、見つかったらお前も肝を抜き取られるぜ。」

 仲間たちがやいのやいのと騒ぐ中、彦次郎は顔面蒼白になりながらも強がった。

「お、おめぇらもしかしてびびってるんじゃねぇのか?『人斬り浅右衛門』なんざ怖かねぇさ。ちょいと壁を乗り越えて取ってくらぁ!おい平五郎、肩貸せよ!」

 彦次郎は平五郎を強引に壁の傍に立たせ、その少年の肩を使って塀によじ登り始める。

「おい、知らねぇぞ!生肝取られたって俺達の所為じゃないからな!」

 半ば涙声の孝三郎や平五郎を置いて彦次郎は壁の向こう側に飛び降りた。塀だけでもかなり大きな屋敷である、庭もきっと大きく鬱蒼としているだろうと踏んでいた彦次郎だったが、その庭は思っていた以上に整えられ、見晴らしが良かった。

「へぇ・・・・・なかなか行き届いた庭じゃねぇか。」

 それは取りも直さず見つけられやすいということだ。早く自分の凧を見つけて引き返さなければ・・・・・そう思った矢先、庭木の向こう側に艶やかな朱鷺色がちらり、と見えたのである。

(おなご・・・・・か?だったら凧を見つけてもらう手助けをしてもらえるかも知れねぇ。)

 あの色を身につけるのは女性、しかも若い娘に違いない。屈強な男だったら抵抗できないが、おなごだったら何とかなるかもしれない・・・・・彦次郎はそう考え、朱鷺色が見えた方向に向かってそっと進んでいった。

(確かこっちのほうだったよ・・・・・な!)

 狙った方向に動き、その近くにある木陰越しに屋敷の庭を垣間見た彦次郎は思わず息を呑んだ。そこには思いもしなかった光景が待ち受けていたのである。

「・・・・・大名の姫君様じゃねぇか。」

 思わず言葉に出してしまったのも仕方がない。彦次郎の目の前には朱鷺色の振袖を着た愛くるしい少女がいたのである。彦次郎のいる場所からは横顔しか解らなかったが、その愛らしさは充分に知ることができた。十歳にも満たないのだろうか、稚児髷も初々しく、長い睫毛に縁取られた大きな目は吸い込まれそうなほど美しい。早春の寒さに頬は桜色に染まり、半開きになった唇はどこまでも柔らかそうだ。藩邸内は勿論、冗談半分に連れて行かれた悪所でもこれほど美しい少女は見たことは無い。

(どうしよう・・・・・。)

 見つかる、見つからない以前にその少女に声をかける勇気が彦次郎に湧いて来なかった。足は震え、胸は高鳴り喉が渇く。どんなおなごに対しても抱いたことが無い感情を今、彦次郎は抱いてしまったのだ。

(凧は・・・・・諦めよう。)

 彦次郎は自らの凧を取り返すことを諦め、踵を返そうとしたその時である。ぱきっ、と彦次郎が枯れ枝を踏んでしまい、その音に気がついた少女が彦次郎の方を振り向いたのである。そして木の影に隠れていた彦次郎に気がつくと、にこっ、と微笑んでとことこと近寄ってきたのである。

(か・・・・・・可愛い。)

 横顔だけでも愛らしいと思っていたが、正面から見たその顔は目が離せないほど美しい。そしてとどめとも言える出来事が次の瞬間起こったのである。

「これ・・・・・お兄ちゃんの凧ですか?」

 少女は小首を傾げながら彦次郎にすっ、と凧を渡す。その瞬間、彦次郎は童子とも言える、五歳近くも年下の少女に心の全てを奪われてしまったのだった。



「それがあの松の木さ。当時はもう少し細かったから、十四歳の子供が隠れるのが関の山、ってところだな。」

 為右衛門は庭に見える松の木を指さした。それは当時から二十年以上の歳月を経てすっかり太くなっている。

「・・・・・思えば、あの笑みに彦次郎さんは騙されたんだよなぁ。」

「騙された?」

 兄の口から飛び出した、あまりにも人聞きの悪い一言に五三郎が首を傾げる。

「ああ、そうさ。真由姉は見た目こそ人形みたいで可愛かったが、そりゃあもう気が強くて・・・・・俺はいつも突き回され虐められていたんだ。豊岡藩の子供らが『子供の泣き声がしていた。』って言っていたらしいが、それは間違いなく俺が真由姉に殴られた時のものだろうな。」

「な・・・・・殴られたぁ?」

 今度は猶次郎が素っ頓狂な声を出す。

「ああ。素手ならまだしも竹刀や木刀の時もあったから・・・・・まぁ、母親に早く死なれ、五代目が男手一つで育てていたようなものだし、回りは全部男ばかりだ。そんな中で娘らしく、というのも無理な話だろう。」

「でも父上と出会った時、振袖は着ていたんですよね?」

 幸が為右衛門に尋ねる。

「ああ、節句の時はさすがに『娘らしく』と五代目が無理やり着せていたが、すぐに破くわ汚すわで大変だった・・・・・彦次郎さんに逢うまではな。」

 そう言って為右衛門は盃を空ける。

「女、ってものは本当に怖いと思ったよ。俺を突き回していたじゃじゃ馬が、彦次郎さんの前では普通の娘みたいにしおらしくなるんだから。」

 お前らもおなごには騙されるなよ、と冗談を言いつつ為右衛門は話の続きを始めた。



UP DATE 2013.1.4

Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)





お正月第一弾は幸の両親の馴れ初めですv
実は豊岡藩の藩邸、って山田浅右衛門の屋敷の眼と鼻の先なんですよね~(*^_^*)なのでもしかしたら『ご近所の幼馴染』として顔を見知っていたのかも、でも山田家の『お嬢様』と陪臣の子が顔を合わせるのってそう簡単じゃないだろうし・・・・・というところから妄想が膨らみましてこんな話しになりました^^
ちなみに裏設定として為右衛門は真由よりひとつ年下で、姉弟のように育っていたということになっています。ただ五三郎&幸のような色っぽい感情は一切無く、真由が良いように為右衛門を突き回して遊んでいたという(^_^;)ま、屋敷の中では『女ガキ大将』ってところですかね。そんな真由でも外から飛び込んできた『王子様』には女の子らしい感情を抱いたようでして・・・・・この続きは明日23時頃にUPいたしますねv
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のまかない処~其の八十・鈴廣のかまぼこ】へ  【彦次郎の恋・後編~紅柊・外伝】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のまかない処~其の八十・鈴廣のかまぼこ】へ
  • 【彦次郎の恋・後編~紅柊・外伝】へ