FC2ブログ

「紅柊(R-15~大人向け)」
紅柊・外伝

彦次郎の恋・後編~紅柊・外伝

 ←彦次郎の恋・前編~紅柊・外伝 →烏のがらくた箱~その百四十二・今年の『主婦の冬休み』はたぶん1/9から(>_
 早春の日差しが徐々に弱まり、空が茜色を帯びてくる。塀の外側で彦次郎を待っている少年達はだんだん不安になってきた。すぐに帰ってくるとばかり思っていた彦次郎が、なかなか帰ってこないのだ。

「おい、彦次郎に奴、捕まって生肝を抜かれてるんじゃねぇのか?」

 泣きべそをかきながら平五郎がポツリと呟く。その声には隠しようのない不安が滲んでいた。

「ま、まさか。叫び声は聞こえてねぇから大丈夫だろう。」

 彦次郎の凧の糸を切ってしまった張本人、孝三郎は平然を装いながら平五郎や他の少年達を宥めるが、その声も心なしか震えている。

「でも遅すぎるよぉ。やっぱり大人に言って助けて貰ったほうがいいんじゃねぇか?」

「馬鹿言ってんじゃねぇよ!こんな事、言えるもんか!」

 少年達はどうしようか喧嘩腰で相談をするが、堂々巡りで答えが出ることは無かった。平五郎に至ってはすでに泣きじゃくり、孝三郎も目にいっぱい涙を溜めながら唇をぎゅっ、と引き締め我慢している。そうこうしているうちに江戸の空はすっかり茜色に染まり、東の空は紫色になり始めてしまった。

「もう日暮れも近いし・・・・・やっぱり大人に言ったほうが良いかもな。」

 大人達に怒られるのは仕方がない、それより彦次郎を助けなければ・・・・・そう少年達が思った矢先、何と彦次郎が自分の凧を手に裏門の通用口から出てきたのである。

「おい、彦次郎大丈夫だったか!」

 悪童共は彦次郎に駆け寄るが、当の彦次郎は焦点の定まらない目でぼんやりと中空を見ている。

「おい、彦治郎!」

 孝三郎が彦次郎の目の前でぱん!と手を叩く。その音にようやく彦次郎は我に返った。

「お、おう。おめぇらか。」

「おめえらか、じゃねぇよ!大丈夫かよ?見つかったりしてねぇだろうな?」

「あ、ああ、まぁ・・・・・。」

 らしくなく煮え切らない答えを繰り返す彦次郎に、皆気味悪さを覚える。間違いなく中で何かあったのだろう。

「彦次郎、今日はもう遅いし帰ろうぜ。」

 たとえ明るかったとしても凧揚げどころではない。孝三郎の促しに、彦次郎はぼんやりしたまま素直に頷いた。



 彦次郎は自宅に帰るなり、先に帰宅していた父親と兄に対していきなり土下座をした。

「父上!兄上!お願い致します!山田浅右衛門道場への入門をお許し下さい!」

 彦次郎の予想だにしなかった行動に彦次郎の父親と兄の彦太郎は面食らう。

「おい、彦次郎。お前は自分の言っている意味が解っているのか?普通の道場通いとは訳が違うんだぞ?家中の稽古だって怠けるお前に耐えられるものとは思えぬが。」

 穏やかに、だが鋭く兄に痛いところを突かれ、彦次郎は一瞬言葉に詰まる。確かに彦太郎の指摘通り、今まで彦次郎は大人たちの隙を見ては勉学や剣術の稽古を怠け、悪友たちと遊び呆けていたのだ。だが、今回ばかりは覚悟が違かった。

「今回は・・・・・絶対に逃げ出したりいたしませぬ!お願いでございます、父上!どうかお許しくださいませ!」

 額を床に擦り付け彦次郎は頼み込むが、父親は困惑の表情を浮かべたままだった。

「彦次郎・・・・・許してやりたいのはやまやまだが、山田道場は『将軍家御様御用』を任されている家だ。万が一粗相があった場合、お前や私の首だけでは済まなくなる。少なくともご家老様のお許しがなければ通うことは難しいだろうな。」

 父親のその一言を聞いて彦次郎はがっくりと肩を落とした。彦次郎のやんちゃぶりは豊岡の家中の中でも有名である。ただでさえ手に負えない不良少年に、真剣を使う上に家中の名誉までかかってくる試し斬り道場への入門が許されるとは考えにくい。

(やっぱり・・・・・無理なのか。)

 彦次郎の脳裏には、朱鷺色の振袖を着た少女の微笑みが刻み込まれている。もう一度、あの微笑みを見たい。それも忍びこむのではなく正々堂々と・・・・・だが、それは限りなく不可能に近い。彦次郎は唇を噛み締め、拳を握りしめた。



 諦めろ―――――父親に諭された彦次郎だったが、諦めきれず山田浅右衛門の屋敷の周囲をうろうろする日々が続いた。そんなある日のことである。

「おい、坊主。おめぇ、この頃よく見かけるな。」

 一人の四十代くらいの男が彦次郎に声をかけてきた。にこにこと笑顔を絶やさぬ、愛想が良い男でどちらかと言えば小柄な男だった。が、しかし放つ気配は尋常ではなく、彦次郎は思わず背筋を正した。

「は、はい!」

「試し斬りに興味があんのかい?」

「いえ・・・・・あの、その・・・・・。」

 男の問いに彦次郎は口籠ってしまう。彦次郎が興味を持っているのは試し斬りではなく、中にいる愛らしい少女なのだ。しかしそれを正直に答えるには、彦次郎はまだ幼すぎた。何と答えていいのか解らず、彦次郎は答えに窮してしまう。

「そうか、迷ってるのか。じゃあ、取り敢えず屋敷の中に入ってみるか?」

 男は言葉に窮している彦次郎肩をぽん、と叩くとさっさと門の中に入っていってしまった。

「ま、待って下さい!」

 彦次郎は慌てて男の跡を追いかける。そしてようやく男に追いついた時、とんでもない光景を見ることになったのである。そこは試し斬りの稽古場のようで、細かく斬られた人間の手足や胴があちらこちらに転がっていた。だが、彦次郎が驚いたのはそこではない。

「師匠、お帰りなさいませ!」

「遅かったですね、師匠!」

 屈強な男達が彦次郎を連れてきた小柄な男に頭を下げ挨拶をしていたのである。

(師匠って・・・・・このおっさんが山田浅右衛門!)

 自分を屋敷の中に導いてくれたのが事もあろうに山田浅右衛門本人だったとは―――――思わぬ事態に彦次郎は愕然とする。

「おぅ、ちょっくら公方様と話が弾んじまってよ・・・・・真由!帰えったぞ!どこに隠れていやがる!」

 すると裏庭の方から、土埃で顔を汚した少女が飛び出してきた。その瞬間彦次郎は思わず声を上げそうになる。それは紛うことなくあの朱鷺色の振袖の少女だったのだ。泥だらけ出会ってもその愛くるしさは変わることなく、彦次郎は柄にもなくどぎまぎする。

「父上様!お帰りなさいま・・・・・・!」

 少女も男の後ろにいた彦次郎に気が付き、驚きの表情を浮かべる。そして急にはにかんだ表情を浮かべ、彦次郎の前から逃げ出してしまった。

「おい、どうした真由?済まねぇな、いつもは誰にも懐く、ってぇか節操無く悪さをしやがって手に負えねぇくらいなんだが・・・・・。」

 男―――――山田浅右衛門は彦次郎の方を振り返りながら詫びるが、次の瞬間さらに驚く。何故なら彦次郎の顔も真っ赤になっていたのだ。何かを感じた浅右衛門はにやりと笑い、彦次郎の顔を覗きこんだ。

「へぇ、なるほどなぁ。父親としちゃあちぃ~っと面白くはねぇが・・・・・ま、ちょっくらやってみろ。」

 男は腰に差していた大刀を鞘ごと引き抜くと、彦次郎に渡す。

「刀は折れちまっても構わねぇ。太刀筋さえ良けりゃおめぇの殿様に頼んで俺の弟子にしてやるよ。」

 浅右衛門がとんでもない提案をしたその瞬間、彦次郎の目がきらきらと輝きだした。

「それは・・・・・本当ですか?」

「武士に二言はねぇよ。しかも親も手こずるじゃじゃ馬を手懐けられる野郎をそう簡単に逃がすかってぇんだ。な、五左衛門!」

 小柄な男は一人の男に声をかけた。その男を一目見て五左衛門は目を丸くする。

(で、でけぇ・・・・・。)

 六尺近くはあるだろう、その男はかなりの長身で、虎のような鋭い目をしていた。男は苦笑いを浮かべながら立ち上がる。

「・・・・・まぁな。これで為右衛門の奴も泣かされないようになるとありがたいんだが。」

 五左衛門と言われた長身の男は自らの刀を抜くと、若い弟子に藁の試し胴を持ってくるように命じた。

「その年齢じゃ竹刀での打ち合いが関の山だろう。一度だけ見本を見せてやるから真似してみろ。」

 五左衛門は若い弟子が運んできた藁の試し胴を設置させると、一呼吸置いてすっ、と刀を下ろした。するとその試し胴は元々そこに切れ目があったが如く綺麗に真っ二つに斬られてしまう。普通の少年ならその技量にただ驚くばかりで動くことさえ出来ないだろう。だが、彦次郎は驚きながらも冷静に五左衛門の動きを観察し、分析していた。

(力はそんなに入れてねぇな。むしろ刀の重さだけで斬っているように見えたけど・・・・・そんなにうまくいくものなのか?)

 少なくとも父親や兄、その他家中の藩士たちが持っているなまくら刀ではああ綺麗には斬ることは出来ないだろう。手入れがなされた刀なら斬れるはず、そして江戸随一の人斬りの差料ならそれは可能かもしれない。
 彦次郎はずっしりと重い大刀を鞘から抜き放ち、鞘を浅右衛門に返す。そして藁の試し胴の前に立った彦次郎は覚悟を決め、思いっきり刀を振り上げた。



 為右衛門の語りはそこで一回途切れた。息を詰めて為右衛門の話を聞いていた若い衆達も思わず大きく息を吐く。

「それで?彦次郎さんは藁胴を斬ったのか?それとも・・・・・。」

「まぁ、慌てるな五三郎。これから話してやるから。」

 為右衛門は苦笑いを浮かべながら酒で喉を潤す。

「彦次郎さんは初めての試しで綺麗に藁胴を真っ二つに斬ったんだ・・・・・あれは本当に見事だったな。今でも覚えているよ。」

 それを聞いて皆は感嘆の声を上げた

「それで・・・・・それでどうなったんですか?」

 今まで黙って聞いていた芳太郎が為右衛門に尋ねる。

「五代目も親父殿も冗談半分だったんだろうけど、彦次郎さんの想像以上の筋の良さに早速豊岡藩に彦次郎さんの弟子入りを願い出たんだ。豊岡藩としては『山田浅右衛門自らに望まれた』と二つ返事で弟子入りが決まったんだが・・・・・まさか二十二歳で御様御用を任されるとは思わなかったよ。」

 杯を手にしながら為右衛門は懐かしそうに目を細める。空にはあの時と同じ奴凧が気持ちよさそうに泳ぎ、子供の元気な声が響いていた。



UP DATE 2013.1.5

Back


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)





一度は出会ったものの、その後山田浅右衛門の屋敷の中へ入る方法が見つけ出せなかった彦次郎。そんな彦次郎に思わぬ恋のキューピットが(爆)愛称・ちっちゃなおっさんこと五代目・山田浅右衛門でございます^^
今回はかる~い感じで登場しておりますが、歴代山田浅右衛門の中でも一、二を争う腕の持ち主で、『業物』という言葉を作った方でもあるんですv
さすがにこの時点ではその事を知らなかった彦次郎ですが、やはりその雰囲気は感じることができたんでしょうねぇ。思わず背筋を正しております。(ちなみに五代目と将軍・家斉は身分こそ違え親友という裏設定ですvなのでこの後の不幸な事件にも拘わらず山田浅右衛門家は取り潰しにならなかったという・・・・・将軍様の鶴の一声でございます♪)

そんな五代目のお導きによって屋敷の中に入り、うまく門弟になることができた彦次郎ですが、ここから地獄の修行が始まります。その話はまた別の機会に^^前後編二話にわたりお付き合いくださってありがとうございましたm(_ _)m
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【彦次郎の恋・前編~紅柊・外伝】へ  【烏のがらくた箱~その百四十二・今年の『主婦の冬休み』はたぶん1/9から(>_】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【彦次郎の恋・前編~紅柊・外伝】へ
  • 【烏のがらくた箱~その百四十二・今年の『主婦の冬休み』はたぶん1/9から(>_】へ