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「紅柊(R-15~大人向け)」
甲午・春夏の章

七福神巡りの土産物・其の壹~天保五年一月の初物

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春とはいえ一月の隅田川のほとりはまだまだ寒い。川を渡る風は凍えそうに冷たいし、桜の蕾も小さく、硬いままである。だが、そんな寒空でもこの界隈は非常に賑わっていた。しかもやけに女性が多い。その理由は『隅田川七福神』である。


 『隅田川七福神』は百花園の園主・鞠塢を中心とする文人墨客らの遊び心から始まったものである。鞠塢が愛蔵していた福禄寿、その福禄寿にちなむ正月の楽しみごとはないものかという話になったのだ。
 そして隅田村多聞寺の本尊は毘沙門天、須崎村の長命寺に弁財天が祀られている事が判明すると、何とか七福神を揃えたいと詮索を重ね、小梅村の三囲稲荷には恵比寿・大國の小祠が、須崎村の弘福寺には黄檗禅に関係の深い布袋和尚の木像を蔵することが判明した。これら六つに百花園のある寺島村の鎮守白鬚明神を寿老人になぞらえ七福神が揃ったのである。
 また、隅田川七福神は七福神をまつる社寺を巡りながらそれぞれの御分体を受けて宝舟にのせていく趣向がある。この趣向も好まれ、正月は初詣と共に七福神巡りも盛んに行われていた。



 そんな新春ならではの行事、七福神巡りの参拝客に混じって幸と五三郎も多門寺へと向かっていた。

「おい、幸。今日はもうこの辺でやめようぜ?」

 灰梅の地に宝尽くしの小紋柄、鶸茶の袴姿も凛々しくずんずんと道を急ぐ幸の後ろから、弁慶格子の着流しに落とし差しという、まっとうな武士らしからぬ姿の五三郎が文句を言う。どうやら渋々七福神巡りに付き合わされているらしい。かと言って幸を一人置いて帰るわけにもいかないと言ったところだろうか、文句を言いながらも幸に付いていっている。そんな五三郎に対して幸はつれない一言を投げつけた。

「駄目です!今日中に毘沙門天の御朱印と御分体を頂かないと、初音花魁との約束が果たせないんです!自分の為だったら諦めもしますけどこればっかりは譲れません!」

 ぶつぶつと文句を言う五三郎を尻目に、幸はさっさと多門寺の方へ進んでいく。五三郎と幸の二人は―――――正確には幸だけなのだが―――――得意先の初音花魁に頼まれた七福神の御朱印と宝船を貰い受けるため七福神巡りをしていた。多くの遊女は普通贔屓客に頼むのだが、初音花魁は『特定のお客に頼むと色々と難儀だから』と幸に依頼したのだ。そんな花魁の頼みを幸は二つ返事で引き受け、今に至る。

「まったくもう!こういった人混みが嫌いな癖に何で付いてくるんですか!七福神巡りなんて殆どが女子供や老人なんですから別に兄様が付いてこなくっても大丈夫なのに・・・・・。」

 いつまでも子供扱いをするなと幸は文句を言うが、五三郎は五三郎で言い分があると食い下がる。

「そうほざく奴に限ってろくな事をしでかさねぇ。俺はおめぇが人様に迷惑をかけねぇようにする為の目付けだ!」

 売り言葉に買い言葉、やいのやいのと騒ぎながら二人が歩いていたその時である。

「あれ?あれって幾田さんじゃないですか?」

 五三郎と言い争っていた幸が不意に五三郎の後方を指差す。その方向に五三郎も目をやると、麹町界隈の定廻り同心である幾田が一人で歩いていた。否、歩いていると言うよりは誰かの様子を見張っているように見える。

「珍しいな、こんな所で出くわすなんて。しかも末吉が一緒じゃないなんて・・・・・もしかして特別な捜査なのかな?」

「でもそれにしてはちょっと雰囲気が違うような・・・・・はらはらしているような感じしません?ね、兄様。ちょっと声かけてみましょうよ。」

 そう言うや否や、幸はすでに幾田の方へ向かって走り出していた。

「まったく、おなごの癖して走り回るからなぁ、あいつは。追っかける方も難儀だぜ。」

 結局今年も幸に振り回されるのだ―――――五三郎は観念して仕方なく幸の後を追いかける。

「幾田さん、こんにちは!」

 五三郎が追いつく前に幾田の近くまで走り寄った幸は元気よく声をかけた。その声に幾田はびくっ、と肩を震わせる。

「お、おぅ。お幸ちゃんかい。」

 一瞬驚きの表情を見せた幾田だったが、すぐにいつもの笑顔を見せた。

「この時期、ここにいるって事は七福神巡りかい?てぇ事はいつもの如く五三郎の野郎も金魚の某宜しく・・・・・。」

「俺は糞ですかい!」

 幾田の言葉に五三郎はムッ、としながら会話に割り込む。

「それがどうした?師匠の娘にお目付けを気取ってひっつきやがって。そういうのを金魚の糞、ってぇんだよ。」

 そんな話をしながらも幾田の視線はちらちらとあらぬ方を向いている。やはり仕事中だったかと、五三郎は幸の袖を引っ張ってこの場から退散しようとしたその時である。

「うわぁ、すっげぇ別嬪。」

 幾田の視線が行く方を見た瞬間、五三郎は思わず声を上げてしまった。そこには三十を少し超えたくらいの武家の人妻と、その娘らしき二人連れが歩いていたのだ。どうやら七福神巡りらしく人の流れに沿って歩いて行く二人連れだったが、その母娘のひときわ美しい容姿はひと目を引いた。

「あ、兄様、あのお方は・・・・・・。」

 幸が何かに気がついたらしく五三郎の言葉を止めようとしたが、五三郎の口は止まらない。

「なんだ、幾田さんも隅に置けねぇなあの別嬪に見とれてたんでしょう?奥さんにばれても知りませんよ。」

 五三郎は幾田を肘で突っつくが、幾田から返ってきのは思わぬ言葉だった。

「・・・・・悪いが、あれが俺の女房と娘だ。」

「へ?」

 俄に信じられない言葉に五三郎は目を丸くするが、そんな幾田の言葉を肯定したのは他でもない幸であった。

「そうなんですよ、兄様。あのお二人、幾田さんの奥様と娘さんなんです。八丁堀でも有名な美人で、奥さんは娘時代『八丁堀小町』って言われていたらしいですよ。」

 幸からもたらされた思いもしない情報に、五三郎はさらに目を丸くする。

「な、何でお前がそんな事を知っているんだ、幸坊?」

「だって盆暮れの届け物に伺いますから。」

 幸の言葉に五三郎は一瞬バツの悪い表情を浮かべたが、すぐにある事に気がついた。

「って事は幾田さん、あんた女房子供に隠れて後をつけているって訳かい?」

 普段、女房子供なんて関係ないとばかりに際どい捕物を仕掛ける幾田とは思えない行動に、五三郎はにやりと笑いながら幾田の顔を覗き込む。自分自身も幸が心配で付き添っていることを棚に上げ、恋女房や愛しい我が子が心配でこっそり後をつけている幾田をどうからかってやろうかという思惑がありありと表情に現れている。そんな五三郎に対し、幾田は面白くなさそうにそっぽを向いた。

「おめぇみてぇな不届きな奴がいるからな!お晶はともかく、娘のお登久は嫁入り前だ、何かあってからじゃ遅ぇんだよ!」

「ふぅ~ん。」

 照れくささに耳まで赤くしている幾田に対し、五三郎は笑いを堪えるのに必死である。

「ほらほら!俺の女房子供は見世物じゃねぇ!それよかおめぇたちもなにか用事があるんじゃねぇのか?」

「あ!多門寺!」

 八ツの鐘が鳴ってからすでに半刻以上は経過していた。早くしないと日暮れまでに帰宅することができなくなる。

「ほら兄様、行きますよ!」

 早くしないと初音花魁との約束も果たせなくなってしまうと、幸と五三郎はそそくさとその場所を離れた。



 その日、幾田が帰宅したのは妻の晶と娘の登久が七福神巡りから帰宅した一刻後であった。途中、同僚の正岡に出くわしてしまいすっかり遅くなってしまったのだ。

「旦那様、お帰りなさいませ。今日は七福神巡りにお付き合いくださってありがとうございました。」

 三十路を超えてもなお美しい容姿に花のような微笑みを浮かべ、晶は幾田の羽織を受け取る。

「気にするなって。お前達の七福神巡りをわざわざ俺の非番に合わせて貰ったんだから。」

 実は昼間の七福神巡りは、娘の登久にとって初めての七福神巡りであった。二刻もあれば巡ることができる距離だが、やはり一人娘の事だけに心配だったらしい。幾田は半ば強引に二人の七福神巡りの日を自分の非番に合わせ、後ろからこっそり付けていたという訳である。
 そんな幾田にありがたさを感じながらも、晶は過保護すぎると苦笑する。

「本当に昔から心配性なんですから・・・・・この子だって武家の娘として恥ずかしくない程度の武術の腕を持っておりますのに。」

 そう言いながら、晶は登久が寝ている部屋の襖を明けた。さすがに生まれて初めての七福神巡りは疲れたのだろう。幾田や晶が覗きこんでも起きることなく、すやすやと規則正しい寝息が聞こえるばかりであった。

「やっぱり初めての本格的な七福神めぐりは疲れちまったんだろうな。」

 幾田は登久の傍に座ると、登久の艶やかな頬を指先で突く。

「その癖やめようとはしないんですから・・・・・そういう強情なところは本当に旦那様そっくり。」

「お前だって人のことは言えないだろうが。」

 幾田は音を立てないように立ち上がり晶の耳許で囁くと、軽く耳朶を噛んだ。そして登久を起こさぬようそっと襖を閉める。

「もう床は敷いてあるんだろう?あれだけ歩いているんだ、充分に練れているはずだ。」

 とろふりと練れたを女房土産なり、と古いバレ句も言っているしな、と悪戯っぽく笑うと幾田は晶の腰に手を回し、尻を撫でさすった。

「もう・・・・・知りません!」

 晶は拗ねた口調で幾田を睨むが、その目はこれから起こる事への期待に潤み、まるで説得力がない。

「七福神巡りの土産物、冷めちまわないうちに頂戴するとするか。」

 幾田は晶を抱き寄せ、強く唇を吸い上げた。



UP DATE 2013.1.8

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『紅柊』、新年一発目の主役は馴染みの同心・幾田夫婦です^^しかもあの幾田が(え゛)信じられないくらい美人の嫁を貰っているという(爆)。ま、当時の結婚なんて家同士が決めることで本人同士の気持ちなんて二の次なんですが、幾田の場合『当たり』だったようです(^◇^)
しかし、もしかしたら複数人いたであろうライバルを蹴落としたのかも・・・・・その場合、今回の話で垣間見える『過保護なまでの優しさ』が決めてだったのかも知れませんv

そんな心配性パパ・幾田へのお土産はかなり色っぽいものになりそうで・・・・・v次回★付きのお土産、存分にご堪能下さいませ^^
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