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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第十三話 ぜんざい屋事件・其の壹

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年が明けて元治二年、松の内こそ何事もなかった京洛、そして大阪だったが、その正月特有の一種だらりとした空気を一変させたのは十日に届いた大阪からの知らせだった。

「土方さん、大阪の谷さんから火急の知らせです。珍しいですね、万太郎さんが早飛脚を使うなんて。」

 大阪屯所の実質的な責任者である谷万太郎は慎重な性格で、どちらかと言うと余裕を持って知らせを寄越したり、指示を仰いだりする。ともすれば京都屯所の目が届かず、暴走しかねない大阪屯所をまとめるにはうってつけだと土方が信任を置いているほどだ。そんな万太郎から火急の知らせが来るとは―――――沖田は胸騒ぎを覚えつつ飛脚から手紙を受け取り、それを土方に渡した。

「大阪からだって?死人でも出たか?」

「止めてくださいよ、土方さん。正月早々悪い冗談を・・・・・。」

 だが、万太郎からの書状を読み進めていくうちに土方の表情が一変した。

「・・・・・残念ながら冗談じゃなくなったぜ。尤も死人が出たのは敵方だがな。総司、幹部に招集をかけろ!大阪に出張だ!大阪隊が土佐勤王党の残党一人を殺したが、残りの奴らに逃げられやがった!」

 土方の言葉に沖田も珍しく怒りを顕わにする。

「何ですって!残りに逃げられたって・・・・・一人も捕縛できていないんですか!」

 沖田の怒りに土方が頷いた。

「万太郎とその部下だけだったらこんなしくじりはしねぇ筈だ。おおかた奴の兄貴・・・・・三十郎あたりがやらかしたんだろうよ。ろくでもねぇ兄貴風ばかり吹かしやがって。」

 怒りに満ちた目で報告書を睨みつけながら、土方が唇を噛み締めた。



 話は二日前の一月八日に遡る。谷万太郎の道場に、門弟であり友人でもある谷川辰吉が年礼の挨拶にやって来た。

「明けましておめでとうございます。万はん、もとい『谷先生』やな。」

 谷川はにこやかに笑いながらずかずかと玄関に入り込んできた。普段は稽古以外、万太郎がしつこく進めなければ絶対に玄関にさえ入ろうとしない男が、である。

「どうしたんだ、辰さん?年礼とはいえあんたらしくもない。」

 すると今までの笑顔が谷川の顔から消え、辺りをきょろきょろと見回した後で小声で万太郎に事情を話し始めた。

「・・・・・新年早々、『池田屋』並の捕物になるかもしれへん話を掴みましてん。さすがに玄関先じゃあかんでっしゃろ。」

 さながら吐息のように小さかったが、しっかりと耳に飛び込んできた谷川の言葉に、万太郎の顔にも緊張が走る。

「判った。取り敢えず中に入ってくれ・・・・・おーいスエ!辰さんに茶を出してくれ!」

 万太郎は奥の部屋に居る妻に茶を所望したあと、谷川を四畳半の小さな部屋に通した。

「さっそく話を聞こうか、辰さん?正月早々どんな話を掴んできたんだ?」

 部屋に入った早々、谷川に火鉢を勧めながら万太郎は尋ねる。

「どこまでがほんまの事かか、どこまでがホラやのかわてには解りかねるんやけど・・・・・。」

 そう言い掛けた谷川だったが、部屋の外に人の気配を感じて一旦口を噤む。

「お待たせしました。粗茶ですが。」

 襖が開くとそこには二人分の茶を淹れてきたスエがいた。

「おスエはん、新年早々すんまへん。」

 愛想笑いを浮かべながら谷川はスエに挨拶をした。だが、明らかにスエにさえ警戒を抱いているのが雰囲気から明らかである。スエにさえ聞かれたらまずい話とは一体どんなものなのか・・・・・万太郎は妻に退席するようやんわりと促した。

「・・・・・で、どんな話なんだ?」

 スエの足音が遠ざかったのを確認すると、万太郎は改めて谷川に尋ねる。

「万さんは大坂南瓦町あるぜんざい屋、知ってはりまっか?」

「いや、甘味はちょっと・・・・・。」

 万太郎に限らず、谷三兄弟は揃いも揃って左党である。それだけに甘味には疎いと素直に認める。

「万さんならそう言わはるやろうな。わてもそうなんやけど、甘味処に男はよう近寄らんやないか。それを狙ったのかもしれんのやけど、そのぜんざい屋の主人・石蔵屋政右衛門、というより本多内蔵助言うたほうがええやろうな・・・・・土佐勤王党の残党なんや。」

「なん・・・・・だと?」

 万太郎は低く唸った。確かに長州浪士や土佐浪士が大阪に入り込んでいるという話は聞き及んでいたが、そこいらへんにある市井の店の主が土佐勤王党の残党だとは思いもしなかったのである。

「それだけやないで。奴は大利鼎吉、田中光顕、大橋慎三、池田応輔の四人を匿っているらしいで。」

 どうやらかなり確実な筋からの情報らしい。だが、確実な情報でも重要なのはその『鮮度』である。

「ところで辰さん。それは・・・・・いつ聞いた話だ?」

「つい昨日の事や。その前は旅籠の鳥毛屋に潜伏していたらしいで。」

「昨日・・・・・か。」

 万太郎は腕組みする。浪士達の動きは極めて早い。こちらが嗅ぎつけ、その場に辿り着いた時にはすでに逃げ出した後であることも往々にしてあるのだ。

「辰さん、ありがとう。ちょっと当たってみるよ。」

「池田屋並の大捕物、期待まっせ!」

 そう言い残すと、谷川は用がすんだとばかりにそそくさと帰って行ってしまった。動くなら早いほうが良いだろう。万太郎は羽織を手に取ると、玄関に向かった。

「・・・・・スエ、ちょっと屯所へ行ってくる。夕餉は先に食べていてくれ。いつ帰宅できるか判らない。」

「承知いたしました。行ってらっしゃいませ。」

 仕事のため、即座に出かけていく万太郎に対し、スエは感情のない声で万太郎を送り出した。
 スエは公卿中山家の侍医・岩田肥後之丞文碩の娘である。岩田の食客だった万太郎は、岩田に気に入られスエを娶ることになったのだが、二人の仲は結婚当初から冷えきっていた。
 大坂南堀江町で道場を開いた万太郎だったが、公卿の侍医の娘として何不自由なく暮らしていたスエにとって、町道場の妻という立場は苦痛以外何ものでもなかった。さらに万太郎が佐幕よりの新選組に入隊したことも気に食わないらしい。かと言って離縁しては世話になった岩田に申し訳が立たない。万太郎はスエと距離を置くことができるのを幸いと足早に自宅を後にした。



 万太郎が大阪屯所に到着した時、そこでは万太郎の兄・谷三十郎、そして万太郎の門弟である正木直太郎、阿部十郎の三人が酒盛りをしていた。だが、その中の一人、阿部は本来この場所にいるべきではない者なのである。

「おい、阿部!お前、どのツラ下げてのこのこ大阪屯所にいる!」

 阿部の顔を見るなり万太郎は怒鳴り、胸座を掴む。

「苦しい時期に新選組を脱走しやがって・・・・・俺がどれだけ恥をかいたか解っているのか!」

 怒りに打ち震え、怒鳴りつける万太郎に対し、阿部はそっぽを向くことしか出来なかった。
 阿部は万太郎が道場を開いて以来の弟子であった。谷三兄弟が新選組に入隊する際、一緒に入隊したのだが、新選組が解散するかしないかの騒動の最中、丁度池田屋事変直前に脱走したのである。
 弟子の脱走に対し万太郎は自らの切腹と引き換えに阿部の命乞いを願い出たのだが、それを止めたのは意外なことに近藤ではなく土方だった。

『あんなちんけな雑魚の命と引き替えにするにゃ、おめぇの命は高すぎる。捨てる命なら新選組のために使わせてもらおうか。』

 土方はそう言って万太郎の切腹を止めただけでなく、大阪屯所の隊長及び監察の責任者に抜擢し。だからこそ今更のこのこ出てきて酒を飲んでいるなんて言語道断なのである。

「今更・・・・・俺の前に現れたってことはそれなりの覚悟ができているんだろうな!」

 万太郎は阿部の胸座を掴んだまま殴りつけようとした、その時である。

「万太郎、その辺で許してやれ。」

 二人の仲裁に入ったのは他でもない、兄の三十郎だった。かなり飲んでいるのだろう、周囲には貧乏徳久利が五つほど転がっており、その顔は酒で真っ赤だ。

「し、しかし・・・・・。」

 大阪屯所の隊長として示しが付かないと、口を開きかけた万太郎の言葉を失わせたのは三十郎の一喝であった。

「兄の言うことが聞けぬのか!」

 威圧的な兄の言葉に、万太郎は渋々阿部の胸座を掴んでいた手を離した。何時、いかなる時も三十郎は長男であることを嵩に来て万太郎を押さえつける。武士に生まれたからには仕方がないこととはいえ、今回のように納得出来ないこともままある。

(こればかりは、宿命だ。仕方がない・・・・・。)

 万太郎は悔しさと苛立ちを飲み込んだ。

「ところでお前、何故ここに来たんだ?何か用があったのではないのか?」

 三十郎の言葉に、万太郎はちらり、と阿部に視線をくれながら答える。

「・・・・・勿論です。ただ、『隊士』で無い者に聞かれるのはちょっと。」

「俺が許す!話せ!」

 三十郎のろれつは酒のために回っていない。こんな状況では捕物など出来ないだろうし、行く気にもならないだろう。万太郎はそう思いつつ口を開いた。

「先程谷川さんから知らせがありましてね。大坂南瓦町あるぜんざい屋に土佐勤王党の残党が・・・・・。」

 土佐勤王党の残党―――――その言葉を聞いた瞬間、三十郎の目がギラギラと輝き出す。それに気がついた万太郎だったが、それは遅すぎた。

「捕物か!よし、行くぞ!阿部!正木!俺についてこいっ!」

「おうっ!」

 三人は万太郎の話が終わってもいないのに鬨の声を上げ、大阪屯所を飛び出したのである。その動きの速さに呆気に取られたのは万太郎であった。

「待って下さい、兄上!そんな酔っ払っていては敵を取り逃がします!正木!阿部!止まれ!」

 万太郎が慌てて止めようとするが、三人は酔っぱらいとは思えぬ早い足取りで走り出していた。まるで血に飢えた獣のようだ―――――飛び出していった三人を追いかけながら、万太郎は溜息を吐いた。



UP DATE 2013.1.11

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今回本格的に登場した谷万太郎、いろんな意味で災難だらけです(^_^;)嫁とは不仲、兄は飲んだくれの上に居丈高、弟子もろくでなしだし・・・・・(ちなみに弟も熟女好きが災いして近藤局長との養子縁組を解消されているし・苦笑)ちなみに阿部十郎、新選組ファンならご存知だと思いますが、後に高台寺党に入り近藤局長襲撃にも加担している人物です。

そんな周囲にとことん恵まれていない万太郎ですが、土方には信頼されていたんじゃないかな~と思うんですよね。代わる代わる幹部達が大阪に出向いていますが、現場はやっぱり万太郎が仕切っていたようですし、新選組が大阪から撤退した後も大阪で活動していたみたいですし・・・・・。大阪で道場を開いていたというのもあるのでしょうが、それなりに信用できる人物じゃなければ仕事を任せることはないと思います。

土方には好かれているようですが、周囲は災難だらけの万太郎、次回の話ではどんな災難に見舞われるのか・・・・・私の話の中ではこの人がKing of 不憫になりそうです(^_^;)


次回更新は1/18、ぜんざい屋に酔っぱらい3人と一人の不憫男が乗り込みますv

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