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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第十四話 ぜんざい屋事件・其の貳

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それは夕七ツの鐘が鳴る少し前の事である。南瓦町にあるぜんざい屋は最も多忙な時間を過ぎ、ようやく落ち着きを取り戻していた。今日最後の客は娘の三人連れで、美味そうにぜんざいを食べている。その光景を店の主・石蔵屋政右衛門は店の奥から安堵の表情で見ていた。だが、その表情が強張る出来事が起きてしまったのである。

「おらおら、新選組だ!邪魔だ、どきやがれ!」

 酔っぱらい、大刀を抜き放った阿部がぜんざい屋に怒鳴りこんできたのだ。その乱暴な怒声に驚き、ぜんざいを食べていた娘たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。

「けっ、すかしやがって!」

 阿部は娘たちが逃げていった方向に唾を吐くと、彼女たちが座っていた縁台を店の奥へ向かって蹴り飛ばした。

「おい、阿部!節度をわきまえろ!俺達は不逞浪士とは違うんだぞ!!」

 酔いに任せて暴れまくる阿部を万太郎は窘めるが、阿部は全く言うことを聞かない。

「ふん!その不逞浪士相手に節度をわきまえてどうする?阿部、お前の行動は全て俺が許す!やっちまえ!」

 万太郎の心情を知ってか知らずか、三十郎はあえて阿部をそそのかし暴れるままにさせる。そして阿部と正木によって店の表側はどんどん荒らされ、目も当てられないほど破壊されてしまった。

(これでは、すでに逃げられてしまっている可能性が高いな。)

 兄の三十郎を始め、三人は本来の目的を忘れてしまっている。せめて自分だけはと思い、万太郎は三人を置きざりにぜんざいの匂いが濃く立ち込める店の奥へと入り込んだ。その時である。

「うわっ!」

 万太郎が店の奥へ踏み込んだ瞬間、何かが万太郎目掛けて飛んできたのだ。反射的に万太郎はそれをはたき落とすが、それを見た瞬間愕然とする。

「ほ、包丁・・・・・!」

 それはよく手入れされた包丁であった。うまくはたき落としから良かったものの、一歩間違えば包丁の切っ先が万太郎の胸に刺さっていたかもしれない。
 そしてそれと同時にからからと鳴る下駄の音に気が付く。その音のする方向を見ると、万太郎の視線の先には前垂れに半纏を付けた男がまさに勝手口から逃げ出そうとしていた。

「待て!石蔵屋政右衛門だな!」

 万太郎は逃げ出す男を追いかけ、背中を袈裟懸けに斬りつける。だが、半歩踏み込みが甘く、切り裂いたのは着込んでいた半纏だけだった。さらに政右衛門は勝手口に積み上げてあった桶を転がし、万太郎の行く手を遮る。

「うわっ!」

 転がってきた樽に脚を取られそうになりながらも、かろうじて体勢を保った万太郎だったが、樽の山を避けきった時、すでに石蔵屋政右衛門は万太郎の視界から消えていた。

「畜生!どっちに逃げやがっ・・・・・。」

 今ならまだ捕まえることができるかもしれないと周囲を見回したその刹那である。

「うわぁぁぁ!!!」

 不意に二階から耳障りな絶叫と、どたばたと何者かが暴れる音が聞こえてきたのだ。

「しまった!二階か!」

 潜伏していた浪士がまだ二階に居たらしい。しかしあの悲鳴は間違いなく断末魔の悲鳴である。石蔵屋政右衛門に逃げられてしまった今、一人でも生きたまま捕縛しなければ何故彼らがこの場所に潜伏していたのか、その理由が解らなくなってしまう。万太郎は苛立ちと焦りを感じつつ、刀を手にしたまま二階へ駆け上がった。



 もつれる脚に辟易しながら万太郎はぜんざい屋の二階へ転がり込む。

「兄上!そちらの首尾は・・・・・!」

 人の気配がする部屋の襖を開けた瞬間、濃厚な血の臭気が万太郎を襲った。そしてそのむせ返る臭気以上に目の前の光景は凄惨を極めていたのである。

「あ、兄上!な・・・・・何てことをしてくれたんですか!」

 万太郎は我を忘れて思わず叫んでしまった。三十郎以下三人の足元にはバラバラに切り刻まれた死体が転がっていた。斬られた首は苦悶の表情を浮かべており、修羅場に慣れているはずの万太郎でさえ目眩を覚える。

「兄上・・・・・捕縛は出来なかったのですか?」

 後の祭りとはいえ、聞かずにはいられない。恨めしそうな万太郎の言葉に、三十郎はあっさりと首を横に振る。

「無理に決っているだろうが!こいつが抵抗して捕まえるに捕まえられなかったんんだ。ほら見ろ、俺達だって斬りつけられている!」

 三十郎は自らの腿あたりを指し示した。確かに斬られてはいたがよくよく見ると袴を斬られただけ、身体には殆ど傷など付いていない。そして正木は腕に四寸ほどの切り傷を受けていたが、それだって十日も知れば跡形もなく消えてなくなるだろう。阿部に至っては返り血以外何も被害もない。

「それよりお前が話していた他の三人はどこだ?逃げたのか!だったら阿部!高野!探すぞ!俺について来い!」

「おうっ!」

 三十郎の号令に後の二人騒ぎながら階下に降りていった。その姿は武士というより無宿者の集団といったほうがしっくりくる。万太郎はがっくりと膝を付き、大きな溜息を吐いた。

「・・・・・。」

 三人の気配が無くなった後、万太郎は血塗れの死体に手を合わせた。よくよく見るとかなり若い。志のためとはいえあまりにむごい死に方に万太郎の心は痛んだ。
 だが、感傷に浸っている場合ではない。彼らが何をしでかそうとしていたのか、事情聴取をする相手を殺してしまった今、それを聞き出す術はないのだ。何か書付のようなものがあればありがたいのだが・・・・・と万太郎は部屋を探し始める。すると、押し入れから風呂敷に包まれたものが出てきた。

「書類・・・・・みたいだな。」

 万太郎は風呂敷包みを開き中を確認する。するとみるみるうちに顔色が変わった。

「大阪城・・・・・乗っ取り、だと?」

 そこには『大坂市街に火を放ち、その混乱に乗じて大坂城を乗っ取る』という謀反計画書が包まれていたのである。それを握りしめたまま、万太郎はわなわなと震えはじめる。

「まるで・・・・・去年の長州浪士が立てた御所乗っ取り計画のようではないか。」

 否、もしかしたらこの計画は去年の長州浪士の立てた計画を単に模倣しただけかもしれない。少なくともたった四人で行える計画とは到底思えなかった。

「長州あたりと手を組む予定だったのか。それとも別の浪士たちと・・・・・。」

 どちらにしろ思っていた以上に大きな計画なのかもしれない。これは自分達だけでは荷が重すぎる―――――屯所に帰還したらすぐさま京都に援軍を頼もうと書類を抱えたその時である。ぱさり、と何かが万太郎の足元に落ちた。

「短冊?」

 何故こんな所に入っているのだろうか。不思議に思い万太郎はそれを拾い上げる。


ちりよりも かろき身なれど 大君に こころばかりは けふ報ゆなり  ていきち


 大阪城乗っ取りに際し、辞世を詠んだものらしい。ただひたむきに尊王を歌ったその歌に万太郎は心が締め付けられる感覚を覚えた。

「そう言えば大利鼎吉という名の男がいたな・・・・・その男が詠んだものだろうな。」

 万太郎は短冊を拾うと、他の書類と共に大阪屯所へと持ち帰る。そしてその歌を詠んだのが殺された若者のものだと知ったのは、この襲撃事件―――――『ぜんざい屋事件』の調査がある程度進んだ数日後の事であった



 万太郎からの報告を受けた土方は即座に援軍を送った。そして自らも沖田らを引き連れて大阪へ乗り込む。

「副長、ご無沙汰しております!お待ちしておりました!」

 船着場に土方が到着するなり、出迎えに来ていた万太郎が頭を下げた。

「挨拶なんざどうでもいい。それよりも・・・・・。」

 土方は周囲に視線を送りながら声を顰める。

「あの報告書の本文は勿論おめぇが書いたものだろうな?署名が兄貴のものになっていたが。」

 土方に送付された報告書、それにはいくつか不審な点があった。その一番の疑問点が脱走した阿部十郎をやけに持ち上げている点である。幾ら師匠と弟子の関係であっても、脱走し、捕まれば切腹の可能性がある人物の事を報告書に書くだろうかという疑問を土方は抱いたのだ。

「勿論私が書きました。多少兄の意向もありますが・・・・・我々の襲撃作戦に参加し、戦力となったのは確かです。それに唯一怪我をしなかった手練でもありますし。」

 言葉を選びつつ、万太郎は土方に説明をする。少々大げさではあるかもしれないが、嘘ではない。そんな万太郎の表情をじっと見つめていた土方は、万太郎の言葉に嘘はないと判断した。

「なら信用できるな。あの威張り散らすだけしか脳が無ぇ野郎が書いたモンなら阿部は即座に切腹させるつもりだったが。」

「・・・・・それだけはご容赦下さい。不肖の弟子ですが、私にとっては愛弟子ですので。」

 万太郎は深々と頭を下げた。新選組への復帰など毛頭望んではいない。だが、何時殺されるか判らない状況で暮らしていくよりは、許され心穏やかに暮らしていくほうが楽だろうと万太郎は阿部の脱走を許してくれと頼み込む。

「ま、会津との交渉にもよるが・・・・・大阪城乗っ取りを未然に防いだ報奨として新選組への復帰も許してやらんこともない。尤も本人がそれを望めば、だが。」

 新選組への復帰―――――まさかそこまで許してもらえるとは思っても見なかった万太郎は驚きの表情を浮かべた。

「ありがとうございます、土方副長!恩に着ます!」

 万太郎は一礼し、早速阿部にその事を伝えようと土方と共に大阪屯所へと向かった。



 大阪屯所に到着すると、阿部は一足早く到着していた篠原泰之進と三樹三郎らと語らっていた。その様子を見た瞬間、土方は眉を顰める。まさか伊東甲子太郎の息がかかったものと懇意にするとは予想だにしていなかったのである。

(こいつの再入隊を決めたのは早計だったか・・・・・。)

 だが、万太郎の嬉しそうな横顔を見ると『無かったことに』とは言い出せない。阿部の新選組復帰は万太郎への報奨の意味もあるだけに、白紙に戻すことはできるだけしたくない。

(近藤さんと比べると、どうもこいつは『道場主』としての威厳に欠けるからな。果たして阿部が万太郎に忠誠を誓い続けるかどうか・・・・・だが、それに賭けるしか無いか。)

 阿部が伊東達に擦り寄るか、万太郎に忠誠を誓うかしばらく様子を見なければならないだろう。

(ま、どうせすぐにボロを出して新選組から逃げ出すかもしれねぇからな。深く考えることもねぇか。)

 所詮蚤のような野郎、適当に食い散らかして満腹になれば勝手に離れていくだろうとこの時の土方は思った。
 だが、土方のこの予想は大きく外れ、阿部はとんでもない『獅子身中の虫』へとなってゆく。そして土方はこの時の判断を一生後悔することになる。



UP DATE 2013.1.18

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酔っぱらい三人と素面一人によるぜんざい屋への襲撃は一人逃亡、一人惨殺といういかにも雑な結果に終わってしまいました。それでも『大阪城乗っ取り計画』を見つけ出し、未然に防いだということで脱走者・阿部の新選組復帰という信じられないご褒美が(*^_^*)師匠の万太郎としては本当に有難いご褒美だったことでしょう。(本来なら切腹ですし・・・。)
しかしこの阿部十郎、後々とんでもないことをやらかすことになります。新選組の歴史を知っていらっしゃる方ならご存知の『あの』事件でございますvネタバレになりますのでこのへんにしておきますが・・・・・正直、この時新選組に戻すんじゃなかったと絶対思ったはずです(>_<)

次回更新は1/25、逃げ出した敵、そして身内の不穏分子を牽制するための『天神橋の檄文』を中心に話を進める予定ですv
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