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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第十五話 ぜんざい屋事件・其の参

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伊東派や出戻ってきた阿部の動きも気になるところだが、まずは『ぜんざい屋事件』で取り逃がした土佐浪士の捕縛を優先させなければならない。
 土方は大阪屯所で旅装を解くなり、矢立を取り出して早速何かを書き始めた。それを早速巡察に出向こうとしていた沖田が覗き込む。

「土方さん、一体何を書いているんですか?」

「高欄に張り出す檄文さ。もうすぐ書き終わるから暫時待っていろ。」

 今にも屯所を飛び出していきそうな沖田を引き止めると、土方は一気に文章を認めそれを沖田に渡した。

「天神橋あたりが一番人目につくな・・・・・取り敢えずこいつを貼りだしておいてくれ。」

 その一言と共に書き終えたばかりの檄文を押し付けられた沖田は、その中身を読み終えるなり呆れたような声を上げる。

「会津公への称賛と土佐浪士達への天誅予告ですか!また土方さんらしくもない内容の、勇ましい檄文ですね。どういう風の吹き回しですか?」

 そもそも『やむを得ず』会津公預りになっている身であり、松平容保に対する忠誠など皆無に等しい土方だ。そんな土方が書いたにしては『会津公への称賛』はあまりにも違和感がありすぎる。しかもその文体があまりにも芝居がかり、無駄に長すぎる。いつもの土方とは明らかに違う―――――そんな沖田の不審を感じたのか、土方はその答えを言葉にした。

「『脅し』に決っているだろうが。」

 たった一言の短い答えだったが、沖田はその言外に含まれた意味を瞬時に理解する。

「脅しですか・・・・・一体どちらへの脅しでしょうかね。」

 沖田はちらりと篠原や三木の方へ視線をやった。二人も巡察に出かける支度をし終え、丁度屯所から出て行く所であった。

「おめぇが予想している通りさ。」

 周囲に聞こえないよう土方は沖田に囁く。沖田が手にしているその檄文に書かれている新選組の人数は三十五人―――――新たに入隊した伊東達を無視した数字だった。建前上は上洛した際、となっていたが、伊東派を認めていないことは明白だ。

「いくら何でも篠原さんや三木さんは気がつくんじゃないですか?こんな子供じみた嫌がらせ。」

 普段はとことん冷徹で『鬼の副長』と恐れられている土方だが、時折びっくりするほど子どもじみた事をやらかす。今回もその口で、而立を目前にしたいい大人がやる事ではない。土方の行動に呆れ果てる沖田に対して、土方は悪びれた様子もなく別の場所に張り出す檄文を書き始める。

「だからおめぇに張り出しをたのんでるんじゃねぇか・・・・・ま、その程度の嫌がらせに気づかないくらい鈍くさけりゃ、来年の今頃には新選組からいなくなっているだろうよ。」

 その方がありがたいけどな、と土方は吐き捨てると、新たな檄文書に没頭し始めた。

「あれ、この檄文・・・・・。」

 改めて手にした檄文を読み返して沖田はある事に気がついた。頭に血が上っていたのだろうか、最後の署名を書き忘れている。その事を土方に言おうとしたが、沖田は言葉を飲み込む。

(後々面倒になりそうですから、署名は無いほうが良さそうですね。)

 中身を読めばどんな人物が書いたかあらかた想像できるだろうが、署名のあるなしで後々の厄介事への対処が大幅に変わってくる。自分にも降り掛かってきそうな火の粉を未然に防ぐ為にもここは黙っておいたほうが良さそうだと、沖田はそそくさと部下を引き連れ巡察へ出発した。



 それから五日間、新選組五十人体勢の捜査は苛烈を極めたが、逃亡した四人の行方は杳として知れなかった。

「逃げ出した男の一人が大和方面に逃走したかもしれない、という証言が出ただけで、あとはなかなか・・・・・。」

 門弟も総動員して聴きこみをしている万太郎が申し訳なさそうに土方に詫びる。だが、その証言を引き出せただけでも万太郎はましだった。沖田を始め、篠原、三木らも片っ端から聴きこみをしていたが、目ぼしい情報は何一つ拾うことができていない。

「大阪に根を張っているおめぇの弟子や手下が拾えねぇんじゃ仕方がないな。もしかしたら何かあった時を予想して落ち合う場所を決めていたのかもしれない。」

 京都の新選組本体が合流してから五日、事件からはすでに八日が経過していた。これだけ虱潰しに捜索しても見つからないということは、土佐浪士達はすでに大阪からが脱出しているのだろう。

「取り敢えず大阪には三十人ほど残しておけばいいか。篠原は確か時々大阪に出向いているから地理に詳しいな。それと三木、あとおめぇの兄貴を大阪に置いてゆく。その間・・・・・。」

 土方は周囲を気にしつつ万太郎に耳打ちをする。

「阿部の様子を見張っていてくれ。どうも篠原や三木に近づきすぎている気がする。」

 自分の目がない所で三人を泳がせれば何か行動を起こすかもしれないと、土方は更に付け足す。その瞬間、万太郎の顔から血の気が失せた。

「副長も・・・・・そう思われますか。」

 強張った表情で万太郎は土方に訴える。

「あれの師匠として非常に情けない話なのですが、どうも阿部は篠原さんや三木さんと馬が合うようです。それと・・・・・。」

 万太郎はさらに何かを言いかけたが、口篭る。

「どうした?」

 よっぽど言い難いことなのだろうか―――――土方が言葉の続きを促したが、万太郎はなかなか口を開こうとはしない。他の隊士なら恫喝して口を割らせる事もある土方だが、口籠りながらも万太郎が言葉を出そうとしている事に気が付き、辛抱強く待ち続ける。そして長い沈黙のあと、ようやく万太郎は口を開いた。

「新選組本体がこちらに来た直後からなんですが・・・・・篠原さんは、やけにうちの道場に顔を見せるんです。昨日も巡察のあとにいらっしゃいました。」

「屯所ではなく、か?」

 あくまでも『新選組』へ入隊しており、諜報活動に関わっていない篠原が万太郎の道場に出入りする必要は全くない。それなのに篠原は足繁く道場の方へ―――――大阪へやってきてからはほぼ毎日顔を見せるというのだ。

「ええ。私が留守の時にも時折来ていると弟子が申しておりました。」

 万太郎に会いに来ているというのならともかく、万太郎がいないときにも道場に来ているというのはあまりにも非常識だ。土方は眉間に深い皺を寄せ、万太郎に尋ねる。

「諜報で得た情報の管理はどうしている?」

「万が一を考えて書付にはしておりません。書付にしなければならないものは全て壬生に送っておりますので、盗まれることはまず無いかと思われますが。」

 もしあったとしても今回の事件に関わることぐらいであり、盗まれて困るものはないと土方は判断した。

「そうか・・・・・あと盗られて困るのは女房くれぇだな。せいぜい女房を寝盗られねぇように気をつけろよ。」

 冗談半分に言った土方だが、万太郎は苦笑いを浮かべる。

「・・・・・むしろ寝盗られたほうがすっきりしそうな気がします。妻は私に愛想をつかしているようですから。」

 どうも万太郎と妻のスエの仲は相当冷えきっているらしい。半ば諦めきったようなその表情に、土方はどう慰めていいものか言葉を見つけることが出来なかった。

「・・・・・難しいもんだな、女ってぇもんは。」

「副長くらいいい男でしたら私のような不手際はなさらないんじゃないですか。」

 不自然な程明るく万太郎は答えるが、土方の答えは万太郎の予想していたものとまるっきり違っていた。

「・・・・・そんなこともねぇぜ。遊びならいざ知らず。」

 不意に土方の瞳に影が宿るが、それはほんの一瞬の事である。次の瞬間にはいつもの土方に戻り、万太郎に檄を飛ばす。

「けっ、嫌なことを思い出しちまった!お互い、女には色々苦労させられているみてぇだな。せいぜい振り回されねぇようにするか!とにかく、大阪はおめぇに任せた。俺は沖田を連れて一旦京都に戻るが、何かあったら直ぐに連絡をよこせ。」

「承知。」

 土方の命令に万太郎は短く答え、頭を下げた。



 後の事を万太郎に任せると、土方は沖田以下十人ほどの隊士を引き連れ伏見へ戻る三十石船に乗り込んだ。行きと違い帰りは流れに逆らうため、船はゆるゆるとした速度で川をゆっくり上ってゆく。

「土方さん、さっき万太郎さんと話していたことですが・・・・・。」

 船が動き出してまもなく、沖田は土方に語りかけた。

「あん?」

「篠原さんの事です。谷道場にやたら足繁く通っているらしいですね。」

 沖田も引っかかるものを感じているのだろう。

「ああ、みたいだな。だが、新選組隊士がやっている道場だ。肩慣らしに行ってもおかしかねぇだろう。」

「でも万太郎さん、あまりご新造さんとの仲がよろしくないとか・・・・・そういうところにつけこまれたりしませんか?」

「・・・・・何故てめぇが万太郎のところの夫婦仲を知っている?」

 男女の機微にやけに首を突っ込む人間ならいざ知らず、むしろそういう事に疎い沖田が知っているというのは問題である。つまり、『新入り』の篠原もその気になればすぐ万太郎の夫婦仲を知ることができるという事だ。案の定、沖田の答えは土方の心配をさらに増長させるものだった。

「だってあそこの不仲は有名ですよ。幾ら道場を開くのにご新造さんのご実家から援助があったからとはいえ、よく万太郎さんは我慢しているとどの隊士も口にしますもの。それに・・・・・。」

 沖田は険しい表情でつぶやく。

「篠原さん、ってあまり女癖が良くないらしいですよ。」

「・・・・・取り敢えず京都に帰ったら周囲に気をつけるよう一筆書いておくか。」

「ええ、本人は気づいていなくても、機密なんてどこに転がっているか判りませんからね。機密じゃなくてもお金くらいは流れる可能性はあるでしょうし。」

 阿部の件といい、道場通いの件といい篠原や三木は何故か万太郎に近づこうとしている。大阪には京都ほどの機密は存在しないとはいえ、何があるか判らない。

「屯所の移転がひと段落した頃、人事を見直した方が良さそうだな。」

 新選組が大きくなれば、それだけ内部の問題も増えてくる。土方は一旦頭の中を整理しようと、煙管を取り出した。



 帰還した土方ら大阪帰りの隊士達を待っていたのは、大阪での状況を聞き出そうとする来訪者の山であった。会津、京都奉行所、見廻組などは勿論、普段の仕事では特に接触のない藩の使者まで壬生屯所にやってきては大阪の状況を聞き出す始末である。

「一体何時までこんな状況が続くんだ!」

 津藩の使者が去っていったあと、土方は凝った首を回しながら大仰にぼやいた。その時である。

「仕方ないですよ。何せ『大阪城乗っ取り』の証拠まで出てきている事案ですし、諸藩だって蔵屋敷を焼き討ちされちゃ堪らないでしょうから。」

 襖が開き、沖田が顔を覗かせた。

「何だ、総司か。巡察から帰ってきたのか?」

「ええ、斎藤さんも一緒です。」

 沖田の背後から斎藤が一礼する。だが、呑気な沖田と違い、斎藤の表情は厳しい。それに土方は気がついた。

「斎藤、何があった?」

「巡察からの帰還時、見廻組が『佐々木六角源氏』の一団を召し捕っていました。もしかしたらこちらへ助っ人の要請があるかもしれません。」

 斎藤の報告に土方は目を丸くする。だが、沖田はどうやら予めこの事を斎藤から聞いていたらしく、特に驚いた様子を見せない。それが余計に土方を苛立たせる。

「何だって!こっちは未だぜんざい屋の残党の尻尾さえ掴んでいないってぇのに、見廻組の手伝いかよ!」

 土方は斎藤の言葉に嘆き、頭を抱えた。だがこの一件は新選組、特に大阪に出張している新選組にとって大きな事件となってゆく。



UP DATE 2013.1.25

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せっかく京都から大阪に出張してきた新選組本隊ですが、結局残りの土佐浪士を見つけ出すことはできませんでした(^_^;)しかも篠原の怪しい動きまで判明してしまいますし・・・・・沖田にまでばれているって万太郎夫婦、相当末期なんでしょうねぇ。
大阪の問題は追々書いていくことになりますが、近々の問題として見廻組から助っ人要請がやってきそうな佐々木六角源氏の捕縛ですかね。まだぜんざい屋の犯人を捕まえてさえいないのに、他所のお手伝いをしなければならない新選組・・・・・これが勤め人の宿命なんでしょうねぇ(-_-;)

次回はタイトルこそは『ぜんざい屋事件・其の肆』ですが、中身は佐々木六角源氏一団捕縛の話が中心となります(あとはぜんざい屋事件の結末・・・・・?)
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