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「紅柊(R-15~大人向け)」
甲午・春夏の章

破れ寺の大黒・其の壹~天保五年二月の決意

 ←拍手お返事&その『鎌輪ぬ』の手ぬぐいは私のものだったはずなのに・・・(;_;) →烏のまかない処~其の八十五・バーミキュラで作った料理
梅の花がちらほらと咲きはじめた二月のある日、山田浅右衛門吉昌は弟子を引き連れ小石川戸崎台にある瑞鳳山祥雲寺を訪れていた。信州松本藩戸田氏が檀越になっているこの寺には吉昌自らが建立した『髻塚』がある。髻塚とは埋葬を許されない罪人達の供養塔で、死罪になった罪人達の髷をこの塚に収め、その霊を慰めるものだ。今日も数日前死罪になった三名の髷を持ち込んだ吉昌だったが、いつもの老和尚ではなく若い僧都が山田一門の対応に出たのである。

「おや、鶴充和尚はどうなされたのですか?」

 すでに八十近い年齢の和尚だけに悪い予感が頭をよぎる。吉昌は対応に出た若い僧都にいつも髻塚の供養をしてくれる鶴充和尚の近況を尋ねた。

「山田浅右衛門殿でございますか?拙僧は清充と申します。」

 まだ二十代半ばと思われる若い僧侶が手を合わせ、吉昌らに一礼する。

「誠に申し訳ございません。我が師・鶴充は先日の法要で体調を崩しまして、寝込んでおります。大事無いとは思いますが歳が歳なので今日は大事を取らせて頂き、弟子の拙僧が代理として読経させて頂きます。吉祥寺のを出たばかりの若輩者ですが、何卒宜しくお願い致します。」

 栴檀林の一言を聞いた途端、吉昌の背後にいた為右衛門が感嘆の声を上げた。

「ほぉ、栴檀林を出たとは。」

 吉祥寺の栴檀林は幕府の学問所・昌平黌と並ぶ漢学の一大研究地で、常時千人余の学僧がいることで有名である。そこに入るだけでも大変なのに、きちんと学業を修め、出てきたとなればかなりの秀才であろう。

「では、お手数ですがこの哀れな者達に一つ経を読んでやって下さい。」

 吉昌は懐からふくさに包まれた髻を取り出すと、清充に手渡し頭を下げた。



 罪人たちの法要が終わった後、清充は自分が管理する瑞光寺に戻った。仰々しいのは名前ばかりの小さい破れ寺であるが、それでも清充がこの寺に入ったひと月でだいぶましになっている。十年以上も無住寺だった瑞光寺は、それこそ近所から物の怪の住処ではないかと恐れられていたのだ。それを清充自らが少しずつ手直しして今日に至る。

 何故清充がこのような破れ寺を任されることになったのか―――――はっきり言ってしまえば、実家に金銭的援助を受けることが出来なかったからである。出家の世界でも物言わすのは金の力だ。実家がそれ相応の布施を施せば宗派の中で出世することができるが、清充の様な陪臣の五男坊なぞ出世の見込みは皆無である。

 それでも破れ寺とは言え一つの寺を任されたのは清充の優秀さ故だった。栴檀林での成績は好敵手の真充と主席を争い、後ろ盾さえあれば貫首、または宗門代表の管長になれたかもしれないほど頭脳明晰な清充である。その聡明さを惜しんだ先達たちによって『大寺で下男のようにこき使われる位なら破れ寺でも一つの寺を任せてやりたい』と無住寺だった瑞光寺を任されたのである。

「おや・・・・・?」

 門とは名ばかりの朽ちた木切れをくぐり抜け、境内に入った途端清充の足が止まる。先日ちらほら咲きかけた梅の木の下に人が―――――若い女性が倒れているのだ。まだ二十歳にもなっていないだろう、どうやら行き倒れらしい。

「大丈夫ですか!」

 清充は慌てて駆け寄り、若い娘の上半身を抱き起こした。手甲も脚絆もつけていないが、まるで長旅でもしたかのように顔も着物もかなり汚れている。顔色もかなり悪く、頬もこけているところを見ると数日間飲まず食わずだったのかもしれない。

「・・・・・仕方ないか。」

 狭い破れ寺に若い娘を運びこむのは気が引けたが、このまま放っておく訳にはいかない。清充は娘を抱きかかえると、本堂とは名ばかりの小さな御堂へ入っていった。



 御堂の奥、清充の生活空間とも言える四畳半の小さな部屋に娘を運びこむと、清充は薄っぺらい布団を敷き、自分の寝間着に着替えさせた娘を布団に横たえた。さすがにぼろを着せたまま横たえるわけにはいかない。そして清充は桶に湯を張ったものを部屋に持ち込むと、娘の顔や汚れた手、そして足を出来るだけ丁寧に拭きとってやった。

「熱も・・・・・あるみたいだな。」

 仲春に入ったとはいえまだまだ寒い日が続いている。着ているだけましというぼろだけでは風邪を引いてしまうのも仕方ないだろう。清充は娘の顔や手足を拭いてやった後、改めて冷たい水を桶に張り、手拭で娘の額を冷やし始めた。するとその冷たさに驚いたのか、娘が不意に目を開けた。

「・・・・・ここ、は?」

 娘は目だけをきょろきょろ動かし、辺りを観察する。その目は熱のため心なしか潤んでいるように見えた。

「気が付かれましたか?あなたは拙寺の境内で倒れていたんですよ。」

 清充は微笑みながら娘の額に乗せていた手拭の上に自らの手を重ねる。

「あなたは江戸のお方には見えませんが・・・・・どちらからいらしたのですか?」

「江戸!江戸なんですか、ここ!」

 清充の言葉に娘はびっくりして起き上がったが、目眩を覚えたのかすぐに布団に倒れ込んだ。やはり相当疲労しているのだろう。

「無理をしちゃいけませんよ。あなたは熱があるんですから。」

 清充はできるだけ穏やかな声で娘を落ち着かせようとするが、そんな清充の気遣いにはお構いなく、娘は寝込んだまま思いの丈を吐露し始める。

「私・・・・・梅と申します。実は・・・・・韮山で拐かされたんです。」

 ぽろぽろと涙を流し梅と名乗った娘は清充に事情を語り出した。。

「父は韮山代官所の役人で、無宿者に恨まれていました。私は・・・・・『ボロを着て逃げれば逃げきれるから』と母にぼろを着せられて逃げたのですが、その無宿者とは違う女衒に捕まってしまって。」

「と言うことは、その女衒から逃げることができたのですね。」

 一人この寺に転がり込んできたということは女衒から逃げ出してきたのだろうと清充は考えたのだが、事はそれほど甘くはなかった。

「それが・・・・・府中宿でまた何者かに襲われて、女衒らも全員殺されてしまいました。私はそのどさくさに紛れて逃げてきたのですが・・・・・。」

「何という事だ・・・・・この世も末ですね。」

 清充は頭痛を覚え、こめかみを抑えた。昨年からの不作で横暴な無宿者が横行していると聞いていたが、まさかここまでひどいとは思わなかった。むしろ女を『商売道具』としてある意味丁寧に取り扱う女衒に拐かされたのは不幸中の幸いだったかもしれない。少なくとも『売り物』を犯したり殺したりはしない。

「本当は韮山に帰りたかったのですが、また無宿者に襲われるかもと思うと怖くて。せめて韮山の代官所くらい大きなお役所がある所なら訴えを聞いてもらえるかもと探しているうちに・・・・・。」

「江戸に到着してしまったのですね。承知しました、町奉行所にでも頼んで韮山に帰ることができるよう手配してもらいましょう。」

 父親が襲われたとは言っていたが他の家族は生きているだろうし、梅の安否をいち早く知りたがっているだろう。清充は馴染みの定廻り同心・的場がやってきた時事情を説明し、手配をしてもらうように頼んだ。



 だが、数日後、梅にとってさらなる悲劇が襲った。

「あそこの家族は全員殺された、って話だ。しかもかなりひどい有様だったと。」

 韮山からの報告書を広げながら、的場が沈痛な面持ち清充と梅に言う。

「韮山からの言伝だ。あんたは暫く江戸にいたほうがいい。坊主憎けりゃ、じゃねぇけど五歳のガキまで殺しやがって!奴らに見つかったら間違いなく犯られるか殺されるかのどちらか・・・・・。」

「嘘・・・・・正五郎まで殺された・・・・・なんて!」

 その瞬間、梅がわっ、と泣き崩れた。

「お梅さん!もう、的場さん、もう少し話しようがあるでしょう。」

 清充は梅を慰めながら的場に文句を言うが、的場は平然と言い返す。

「隠していたって事実は事実だ。どっちにしろ知ることになるんだからよ。それよりお梅さんのこれからだ。一体どうするつもりだ?」

 的場の指摘に清充は困惑の表情を浮かべた。てっきり韮山に帰るものだと思っていたので、梅の『これから』の事など全く考えていなかったのだ。

「ええ、そうですね。どこか良い奉公先があれば・・・・・。」

 清充が言いかけたその時である。今まで泣き崩れていた梅が二人の会話に割って入ってきたのである。

「せ・・・・清充様、お願いでございます。私を・・・・・ここに置いてくださいませ!奉公に出さないで・・・・・お願いします!」

 梅は清充に向き直ると土下座をし、額を畳に擦りつけた。

「ち、ちょっと待って下さい!こんな破れ寺ですけど、ここは男寺で女人を置くことは戒律上問題が・・・・・。」

「いいじゃねぇか、清充さんよ。俺は黙っておいてやるぜ。」

 男寺に女を置いておくのを黙っていてやる―――――たちの悪い冗談としか思えない的場の言葉に清充は気色ばむ。

「的場さん!悪い冗談は止めてくださいよ、それでなくても私はまだまだ修行中の身で・・・・・。」

「とは言っても、修行したって出世なんて出来ねぇだろう?だったら大黒でも囲ったほうがよっぽど現実的だろうが。実際近所の奴らは歓迎しているぜ。」

「だ、大黒って・・・・・・しかもか・・・・・歓迎って・・・・・。」

 あまりの言葉に清充は鯉のように口をパクパクすることしか出来ない。

「俺だってただぼんやり縄張りを回っているわけじゃねぇぞ。近所の話じゃおめぇさんが托鉢やら法事やらで飛び回っている間、お梅さんが留守を守っているっていうじゃねぇか。しかもここ数日でだいぶこざっぱりしてきたし、近所の奴らの言伝もちゃんと伝わっているだろ?」

「まぁ、確かに・・・・・。」

 清充は辺りを見回した。掃除をしているとはいえ、忙しくなると日の出前に寺を出て帰りは子の刻近くになるということもざらだ。だいぶましになってきていたとはいえ、やはり破れ寺の雰囲気は拭えなかった。そこに梅が来たことで掃除が行き届き、近所の子供らも遊びに来るようになっている。中には野菜などを置いていってくれる者もいるらしい。

「小坊主を囲っているおかま坊主よりはいいと思うぜ。ま、寺男ならぬ寺女がいたっていいじゃねぇか。それに・・・・・甲州の無宿者が江戸にやって来ないとも限らねえ。お梅さんが落ち着くまで暫く預かっておくんな。」

 要はただでさえ忙しいのにこれ以上仕事が増えるのを避けたいのである。口入れ屋に仕事を探しに行くにしても後見人やら何故江戸にやってきたのか根掘り葉掘り聞かれた上最終的に断られるのは目に見えている。
 だったら清充に押し付け、自分が口をつぐんでいれば事は済む。近所の輩にもそれとなくいい含めておけば密告する者などいないだろう。少なくとも近所のかみさん連中は『安全な遊び場所が出来た』と喜んでいるくらいだ。江戸の町は大八車は通るし武士の往来も少なくない。子供だからといって許してくれるとも限らない中、小さくても寺の境内は安全な場所なのである。

「承知しました。お梅さんの落ち着き先が決まるまで・・・・・ということでしたら。でも『大黒』扱いは止めてくださいね、お梅さんの名誉にも関わります。」

 かくして清充が梅を預かる事になった。だが、ここから清充の本当の苦行は始まるのである。



 次の日からも清充と梅の生活は表立って変わることは無かった。だが、見えない部分―――――特に清充の心の奥底で何かが変わりつつあった。
 その日も清充は夜遅くに帰ってきた。梅はすでに眠りに付いている。否、梅が眠りについたころを見計らって帰ってきたと言ったほうが良いだろう。それは梅に対して生まれてしまった邪な自分の想いを自覚していたからである。衝立の向こう側からは規則正しい寝息が聞こえてくる。

(的場さんが『大黒』なんて言うから・・・・・。)

 梅を介抱して数日の間は『辛い目に遭った気の毒な人』という印象しかなかったが、的場に大黒―――――つまり内縁の妻と言われた時から急に意識しだすようになってしまった。くるくるとよく働き、愛想が良い若い娘が一つ屋根の下で暮らしている。しかもその娘が意外と整った顔立ちをしている―――――そう清充が気がついた時にはすでに遅かった。
 そもそも清充に男色の気は毛頭ない。女犯を禁じられている僧侶としては問題なのだが、こればかりは仕方がない。覗いてしまえば欲情が湧くのは解っている。だが、清充は衝立の向こう側を覗いてしまう。

「う・・・・ん・・・・・。」

 梅が寝返りをうち、衝立の方、つまり清充の側へ顔を向けた。あどけない寝顔に不釣り合いな、色っぽい唇に清充の目は釘付けになる。その唇に触れたい、己の唇を重ねたい―――――そう思った瞬間、清充の逸物は本人の意思に関係なく、痛みを覚えるほど硬く強張ってしまった。

(頭を―――――冷やしてこよう。)

 このままでは眠れないどころか衝立を押しのけ、梅に手を出してしまいかねない。清充は袈裟を脱ぎ捨てると、水垢離をしに再び表へと出て行った。



UP DATE 2013.2.5

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今回もいつものごとく(?)新キャラ登場です(^_^;)五三郎&幸がまだまだネンネなのでそれまでのつなぎが大変なのですよ(苦笑)ということで、今回は髻塚の守り人代理・清充に登場願いました^^栴檀林(後の駒沢大学だそうです)を出た秀才ですが、女の子の扱いには慣れていないようで・・・・・梅にどう振り回されるのか今から楽しみ(え゛)
そしてその内縁の妻(になる予定の)梅、この当時韮山を中心とした伊豆近辺はかなり荒れておりました。この次の年・名代官・江川英龍が斎藤弥九郎と共に甲州微行を行うのですが、その直前ですからねぇ(>_<)梅も間一髪難を逃れて清充の許へ転がり込むことができました。『暫くの間』ということになっておりますが、果たしてどうだか( ̄ー ̄)ニヤリ

次回更新予定は2/12、果たして清充は自分の欲望に勝てるのでしょうか・・・・・たぶん無理だと思います(^_^;)何せ★付きますんでねぇ(*´艸`*)真面目な秀才が恋に落ちると突っ走りますので、その突っ走りぶりを表現できるよう頑張ります♪
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