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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第十八話 希望、散る・其の貳

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近所に咲いている梅の香が春風にのって屯所にまで漂ってくる。普段の土方ならその香りを愉しみ、句の一つでもひねるところだろう。だが、今の土方にそのような心の余裕は無かった。

「あの馬鹿、何血迷ってやがる・・・・・この前の年賀状でこっちに来いと書いたばかりだろうが。なのに、婚約破棄・・・・・だぁ?」

 土方は姉からの手紙を手に怒りを押し殺す。そこには琴から内々に婚約破棄の相談を受けたこと、そして琴がかなり真剣だという旨が書かれていた。



 それは遡ること一ヶ月前、日野の彦五郎宅に琴が一人でやってきたことに始まる。彦五郎ものぶもてっきり年礼にやってきたのかと思ったが、その予想は見事に外れた。

「彦五郎様、おのぶ様。これを・・・・・読んで頂けますでしょうか。」

 ため息混じりに零すと、琴は二人の前に土方からの年賀状を差し出した。

「歳三からの年賀状か。どれどれ・・・・・。」

 琴から差し出されたその年賀状にひと通り目を通すと、彦五郎は苦笑いを浮かべる。

「新年早々恨み節じゃないか。こういうのを自業自得、って言うんだろうね。」

 まさかあの歳三がこんな手紙を出すとは、と付け加えながら彦五郎は読み終えた年賀状をのぶに渡す。そしてのぶもその年賀状に目を通すなり思わず吹き出し、大仰に呆れた。

「あの子ったら・・・・・自分は娼妓からの付け文を送りつけておきながら、まぁぬけぬけと。」

 土方からの年賀状、そこには琴から手紙が来ないことを詰り、所帯を持つのだから早く上洛しろと決めつけたように書かれている。亭主気取りのその物言いに、彦五郎ものぶも呆れるしかなかった。

「何を焦っているのかしら、歳三は。お琴さんのご両親の事を全く考えずにお琴さんに上洛を強請るなんて。そもそも浪士組は数ヶ月で江戸に帰ってくる予定だったんだし、自分が帰ってくればいいじゃないの!」

 まるで自分のことのように憤慨するのぶに対し、琴はただ曖昧な笑みを浮かべる。その琴の様子に気がついたのは彦五郎であった。

「お琴さん、歳三からの年賀状を私どもに見せるためだけにわざわざ戸塚村から来た訳じゃないでしょう?かといって年礼とも思えないし・・・・・本当のご用件は何ですか?」

 穏やかに、しかし的確に的を射抜いてくる彦五郎の言葉に琴は意を決して口を開く。

「実は・・・・・歳三さんとの婚約を解消した方が互いの為なんじゃないかと思いまして。その事についてご助言を頂きたく参りました。」

「え!う、嘘でしょう?」

 思いもしなかった琴の一言に、のぶは素っ頓狂な声を上げる。

「まさかあの手紙の束が原因・・・・・。」

 思いつく原因が他に浮かばない。のぶは恐る恐る琴に尋ねたが、琴は微笑みを浮かべながら首を横に振った。

「いいえ、歳三さんがもてるのは今に始まったことじゃありませんし、過去に歳三さんを贔屓にしている女性に『婚約を取り消してくれ!』って乗り込まれた事も一度や二度じゃありません。」

「じゃあ、何故・・・・・。」

「江戸で待つだけならいくらでもできます。だけど、年老いた両親を置いて歳三さんの許へ行く事は出来ないんです。それに・・・・・歳三さんはすっかり『武士』になってしまいました。」

 琴は遠くを―――――京都のある西の方角を見つめながら呟く。

「私は三味線屋の娘です。剣術好きの道楽者の妻ならともかく、武士の妻にはどんなに背伸びをしてもなることはできないんです。」

 琴はそう言いながら自らの髪に差していた櫛を手に取り、彦五郎達の前に差し出す。

「これは婚約の際に歳三さんから送られたものです。こちらを土方本家へ返して頂けますでしょうか。」

 どこまでも落ち着いた声で訴えると、琴は三指をついて頭を下げる。女性側から婚約を破棄することができない時代、これが琴ができる精一杯であった。



『・・・・・取り敢えず、一旦は落ち着いて考えてくれるようお琴さんを戸塚村に返しました。しかしあの様子では本家に乗り込みかねません。お琴さんを失いたくなければご自身で説得をお願いします。   のぶ』

 一連の出来事を事細かに書いたのぶの手紙はそこで終わっていた。

「・・・・・何てこった。」

 日野にまで相談に出向くほど琴は思いつめていた―――――この期に及んでようやく事の深刻さを自覚した土方は、姉からの手紙を握り締め近藤がいる局長室の襖をばん!と開いた。

「な・・・・・どうした、歳?」

 井上と談笑していた近藤は、びっくりした表情で井上と共に土方を見上げる。

「・・・・・近藤さん。来月、屯所の引越しが終わり次第東下させてほしい。理由はこいつだ。」

 土方はぶっきらぼうに言い放つと、のぶからの手紙を渡した。近藤はそのくしゃくしゃになった手紙を丁寧に開き読み進めるが、読み進めていくうちに表情が強張る。

「婚約・・・・・解消、って。」

 近藤の呟きに、近くにいた井上も目を丸くする。

「婚約解消って・・・・・お琴さんとのか?歳さんよ?」

 驚き冷めやらない井上の言葉に、土方は厳しい表情のまま答えた。

「源さん、まだ決まった訳じゃねぇ。内々に彦兄とのぶ姉のところに相談に行っただけだし、土方の本家にゃ言伝ていねぇ、って事だ。どっちにしろ隊士募集の東下はしなきゃならねぇんだし・・・・・勿論引越しが一段落してからで構わねぇから、東下を許して欲しい。」

 土方は近藤の前に座り込むと頭を下げた。隊士募集があるとはいえ、土方の口からこんな願いが出るのは極めて異例―――――否、初めてかもしれない。

「・・・・・解った。本当なら今すぐにでも行ってこい、と言いたいところだが、残念ながら引越しの采配は俺や源さんには少々荷が重い。」

 近藤は苦笑しながら土方の方に手を置いた。

「上洛して丸二年、そろそろ将来(さき)を見据える時期に来ているんだろう。幹部は休息所を構えることになったし、お琴さんを説得してこっちに迎えるにはいい時期なんじゃないか?」

「近藤さん・・・・・ありがとう。恩に着る。直接説得すれば、あいつも考え直してくれると思う。」

 直接逢うことが出来れば絶得する自信がある―――――この時、土方はまだ楽観的にこの件を捉えていた。だが、それがどれほど甘い見立てだったかを知るのは東下後、琴と直接逢ってからの事となる。



 近藤や土方が引越し後の東下の話をしている時、前川邸の縁側ではちょっとしたやり取りが繰り広げられていた。

「永倉センセ・・・・・ほんま、申し訳ございません。」

 貸家の斡旋をしている男が永倉に対して深々と頭を下げる。

「何せあの近辺は『お西さん』の檀家が多うて・・・・・新選組幹部の、と口にした途端ええ物件は断れれてしまうんどす。」

 半べそをかきながら男は詫びた。男の言うことも理解はできる。だが、永倉とてここは引き下がることは出来なかった。

「しかしよぉ、こんな処じゃ日当たりは悪いし屯所からだって遠すぎる。最悪下帯腰巻以外の洗濯は外に頼むとしても、これじゃあいざ招集、って段になっても駆けつけられねぇじゃねぇか。せめてもうちっと屯所から近い場所はねぇのか?」

「今、交渉中どす。もうちょっとだけ待っておくれやす!」

 そんな永倉と斡旋屋のやり取りを、沖田と斎藤は少し離れた所で見つめていた。

「大変ですね、永倉さんも。今度の引越しに際して小常さんを休息所に迎えるんですよね。」

 刀の手入れをしながら沖田がぽそり、と呟く。

「ああ、そうみたいだな。しかし日当たりが悪くても・・・・・なんて言っているが、女がいるとなると後々厄介だぞ。」

 沖田同様、刀の手入れをしている斎藤が意味深な言葉を零す。それを沖田は聞き逃さなかった。

「やけに詳しいですね、斎藤さん。おなごとの同居、経験があるんですか?」

 女性受けが良い割には浮いた噂のひとつも無い斎藤の艶な話が聞けるかもしれないと沖田は期待したが、斎藤の口から出てきたのは色っぽさから最も遠い話だった。

「餓鬼の頃、わけあって引っ越した際日当たりの悪い家でな。おふくろが事あるごとに親父に小言を言っていた。」

 特に雨の翌日、自分が泥だらけで帰宅した日には、と斎藤は付け加える。それに対して沖田は思わず深く頷いてしまった。

「確かに遊び盛りのやんちゃ坊主を抱えていたらそうなるでしょうね。」

「それよりあんたはいいのか?持つんだろ、休息所。」

 幹部の殆どが休息所を借りるのに難儀している。比較的速やかに決まったのは大店の娘と結婚する予定の原田くらいだ。それも許嫁のまさの兄が相当根回ししたと聞いている。そんな中、のほほんとしている沖田はどうなのかと斎藤は気になっていた。

「ええ、取り敢えず『お西』の南側に借りました。屯所からはちょっと遠いんですけど土方さんには了承を貰いましたし、帰宅は二、三日に一度になるでしょうから別にいいかなと。」

 どうやら距離を犠牲にして借りられる場所を押さえたらしい。しかし帰宅が二、三日に一度とは―――――斎藤は意地の悪い質問をする。

「毎日帰宅しないとは、やけに仕事熱心だな。小夜とかいう娘に振られたか?」

「いいえ、順調ですよ。ただお小夜さんも家業の手伝いがあるので毎日休息所に居られるわけじゃないんですよね。残念なんですけど。」

 そう言いながらも沖田の口元にはこらえきれない笑みが浮かぶ。逢うことができる日数は変わらなくても、小さな神社の境内と休息所ではその意味合いが違ってくる。沖田の含み笑いの意味に気がついた斎藤は露骨に軽蔑の表情を浮かべる。

「・・・・・女にうつつを抜かすようになったら『武士』も終いだな。」

「そりゃ私は斎藤さんや土方さんみたいにもてませんからね。一人のひとを掴まえたら逃さないようにしないと後がいませんから。」

 その瞬間、斎藤の表情がにわかに曇る。

「・・・・・もてたとしても、後がいない人もいるみたいだぞ。」

「どういう事ですか、斉藤さん?」

 心当たりはあったが、沖田は知らないふりをする。琴からの手紙が来ていないこと、そして土方がそれに対して苛立っていることがどこまで漏れているのか判らなかったからだ。だが、斎藤もそう簡単に手の内を明かさない。

「・・・・・知らなきゃ知らないでいい。俺も噂でしか聞いていない話しだし、そのうちあんたの耳にも噂が入るだろう。」

 そう呟き、斎藤は冷めた茶を飲み干した。

「噂といえば・・・・・沖田さん、あんた『天狗党』の話は聞いたか?」

「いいえ。なかなか処断が決まらないのは気になりますが。どうも一橋公がかなり動き回っているみたいですね。」

 天狗党の処断に関しては、幕府の意見が二分していた。その穏健派の代表格、一橋慶喜が刑を少しでも軽くしようとあちらこちらに働きかけをしているらしい。

「ああ、何せ実家の水戸に縁の者たちだし、一橋公を頼って上洛してきたくらいだからな。だが、東で護りを固めていた若年寄の相良公が厳罰を望んでいるらしい。」

「かなり東で暴れまくったみたいですからね。会津公も連盟で嘆願書を出したみたいですけど。」

「ああ、一橋公の要請を受けてな。」

 なりふり構わぬ一橋慶喜の行動に、事の深刻さが透けて見えるような気がした。

「藩総出で幕府に逆らった長州藩があれほど寛大な処置で済んだんですから、天狗党だってきっと何とかなりますよ。」

「だといいがな。」

 どんな事においても楽観視は禁物だと、斎藤は再び刀の手入れに没頭し始めた。



UP DATE 2013.2.15

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今回は江戸での話を少し取り上げさせてもらいました^^たぶんお琴さんがあと10歳若かったら間違いなく歳を追っかけて京都に来ていたと思うんですよ。だけどこの時すでに三十路近く・・・・・世の中の色んなことが見えてきちゃうお年ごろなんですよねぇ(>_<)老いてゆく両親のことだって心配でしょうし、武士の妻としての作法も知らない自分が歳の妻になったとして、果たして歳を支えて行けるのだろうかという不安とか・・・・・若い方から見たら臆病に見えるでしょうけど、それが『大人』というものなのです。周囲にある程度の迷惑をかけても許されるのは子供のうちだけ、大人になったら絶対に許されない―――――この時代は特にそれが厳しかったでしょう。
さらに『農民』『町人』から『武士』となるからには結婚だってひとつの戦略、武家の作法を知っている妻は心強い『武器』になります。いい例が近藤局長でしょう。清水徳川家の家臣の長女をちゃっかり妻にしているあたり、『遊びと結婚は別物』と割り切っていたというか(^_^;)それをしなかった(またはできなかった)歳は本気でお琴さんのことが好きだったんだろうな~と勝手に妄想しております^^

次回更新は2/22、天狗党の噂が山南さんの耳にも入ります・・・・・。
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本人に悪気は無かったんでしょうけど(^_^;) 

S様、こちらにもコメントありがとうございます(*^_^*)
まるで亭主のような年賀状・・・・・おのぶさんも半ば怒り、半ば呆れております(^_^;)

これくらいの自信家じゃ無ければ女性にもてないでしょうし、新選組の副長だって務まらないとは思いますが・・・それを出す相手を間違えちゃったとしか言いようがありません(-_-;)

次回から一番厄介で、新選組の不幸にも影を落とす天狗党の処断についても取り上げます。
宜しかったらお付き合い下さいませね^^
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