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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第十九話 希望、散る・其の参

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床の間に生けられた紅梅が芳醇な香りを部屋中に漂わせている。その優美な造形をぼんやりと眺めながら、山南はいつもの如く角屋の一室で明里を待っていた。

「何だかんだ言って、前回からもうひと月近く経っているのか・・・・・。」

 昨年末の天狗党討伐出兵に始まりぜんざい屋事件、さらには佐々木六角源氏一団の捕縛協力などそこそこ大きな仕事が立て続けに起こり、ゆっくり島原を訪れる暇さえ無かった。 それでも時間を見つけては明里と手紙のやり取りをしていたが、今回明里から『手紙には書けない情報がある』との一筆を受け取ったのである。忙しかった仕事も丁度一段落したし、不義理を詫びに行くのも悪く無いと島原に出向いたのである。
 激務が続き疲れていたというのもあり、ゆっくり明里を待つのも悪く無いと山南が大きく伸びをしたその時である。

「山南センセ、お待たせしました。明里が参りましたえ。」

 先触れの男衆の声と共に襖が開き、艶やかな梅の打掛を羽織った明里が部屋に入ってきた。普通なら四半刻ほどかかるところだが、どう考えても山南の呼び出し直後に置屋を出てきたとしか思えない速さだ。きっと他の客の呼び出しにも応じず、いつ山南の呼び出しがあってもいいように準備をしていたのだろう。

「済まないね、明里。なかなかこっちに来ることができなくて。」

 穏やかに微笑み明里を労う山南だったが、そんな柔らかな言葉をかけられても明里の表情は強張ったままだった。

(あれ・・・・・不義理が過ぎてへそを曲げているのかな?)

 珍しい明里の表情に一瞬気まずさを感じた山南だったが、へそを曲げているのとは微妙に雰囲気が違う。山南は早々に人払いをすると明里を近くに座らせ、その白く小さな手を取った。

「明里・・・・・いったい何があったんだ?そもそも手紙に書けない情報って一体何なんだい?」

 山南が優しく尋ねたその瞬間、明里の目からぽろぽろと涙が零れたのである。その涙は止まることを知らず、明里は声を上げて泣きじゃくり始めた。

「あ、明里?」

 状況が掴めず、山南は明里の手を握ったまま面食らう。そんな山南を置き去りに、明里は泣きじゃくりながらも事情をまくし立てる。

「す・・・・・すみまへん。ほんまはもうちょっと早うお知らせせなあかんのやったんですけど・・・・・ひっく・・・・・うちも話を聞いたのが昨日やったものですから・・・・・。」

「明里、落ち着いてくて、一体何の話をしているんだ?済まないが、最初からゆっくり話してくれ。」

 かなり興奮している明里を宥めながら、山南は話を促した。

「す・・・・・すんまへん。せやけど悔しゅうて悔しゅうて。」

 山南の宥めにようやく落ち着きを取り戻した明里は涙を拭き、山南を見つめる。

「昨日の酒宴の席で・・・・・来迎寺で天狗党の御人らのお仕置きがあると談笑してはりました。しかも今日、二十四人ものお方が・・・・・。太夫の相方はんに対して、他のお客はん達が『玄蕃頭様』とか『若年寄様』言うてはりましたから、間違いなく昨日のお客はん達は幕府のお偉いはんやと思います。」

「何だって!天狗党が・・・・・!」

 明里の思わぬ情報に山南は青ざめ、声を上げてしまった。



 外から聞こえてくる鶯の声に漂う梅の香、部屋に差し込む日差しも本格的にやってくる春を予感させるものである。だが、山南と明里の周囲は氷に閉じ込められたように凍てついていた。

「一橋公があれほど助命嘆願に動かれていたのに・・・・・何故・・・・・。」

 山南は思わず呻く。その動きは水面下で、などというものではない。一橋慶喜自らが各方面への説得工作に回り、会津、桑名、加賀から『天狗党の行動は単に勤皇の志に動かされてのものであり、寛大な処分を願う』という旨の嘆願書を半ば奪い取るように取り付けた。その事は末端組織である新選組の幹部でさえ知っている。それなのに処刑を止めることが出来なかったというのだ。愕然とする山南に、明里は涙声で自分が聞いたことを話してゆく。

「東国で相当被害があったと言うてはりました。ほんまは全員処刑したいと・・・・・せやけどさすがに一橋公の意向であれば無下にはできひんから半分程度の斬首で済ませたる、って恐ろしいことを若年寄様が・・・・・。」

「半分・・・・・!」

 その数を聞いて山南は驚きを通り越して怒りを覚えた。長州討伐でさえ処罰されたのは禁門の変の責任者である三家老のみ、しかも切腹が許されたのである。しかし今回は武士としての矜持も許されぬ斬首というではないか。しかもそれを酒席で零すとは・・・・・山南は膝の上の拳をぎりぎりと握りしめる。

「・・・・・ありがとう、明里。後日改めて君に逢いに来るけど、今日はこの話を屯所に持ち帰るのが先だ。野暮な男を許してくれ。」

 山南は明里に詫びると、その唇に己の唇を軽く重ねた。そして立ち上がるとすぐさま壬生の屯所へと駆け出していく。

「もう・・・・・ほんま仕事熱心なんやから。」

 窓から身を乗り出し、走り去る山南の背中を見つめながら明里はため息を吐いた。



 山南が屯所へ到着した時、すでに屯所内は天狗党幹部の処刑の知らせに騒然としていた。

「山南さん、どちらに行っていたんですか!天狗党の武田耕雲斎ら幹部二十四名が来迎寺境内において斬首されたそうです!」

 帰宅した山南の姿をいち早く見つけ出した沖田が深刻な表情で告げる。

「何だって!もう・・・・・近藤さんは?」

「今さっき、土方さんと一緒に黒谷に向かいました。もしかしたら詳細が判るんじゃないかと。」

 沖田の言葉に山南は深く頷いた。

「そうか・・・・・総司、近藤さんにも言われていると思うが、巡察はいつも通り行なってくれと皆に伝えておいてくれ。何かあったら私のところへ。ちょっと伊東さんと話したら自室に戻っているから。」

 天狗党に対し、同情的な思いを持つものは少なくない。この処刑を機に尊攘派が暴挙を起こす可能性があるだけに油断はできないと山南は厳しい表情で沖田に告げる。

「承知しました。でもあまり無理をしないでくださいね。少し顔色が悪いですよ、山南さん。」

「そうか?多分、天狗党の話を聞いたからだろう。心配してくれてありがとう。」

 自分が自覚している以上に天狗党幹部の処刑が衝撃的だったのかもしれないと山南は笑う。そして自分よりさらに衝撃を受けているかもしれない伊東達がいる八木邸へと脚を向けた。

「すみません、伊東さんいますか?」

 やけに静かな八木邸の奥に向かって山南が呼びかける。その呼びかけに応えて出てきたのはこの家の主である八木だった。

「山南はん、いいところへ来てくれはりました。天狗党のお仕置きの話が飛び込んできてからというもの、部屋に閉じこもってしもうて・・・・・内海はんも手をこまねいてはります。」

 盟友の篠原か弟の三木でも居てくれればともかく、門弟たちでは手に余るらしい。山南は八木の案内で伊東が閉じこもっている部屋の前に通された。

「山南総長、いらっしゃいませ。」

 内海と中西が山南の顔を見るなりほっとした表情を浮かべる。そのあからさまな表情を見て伊東の落ち込みはかなりのものだと山南は踏んだ。

「伊東さん、山南です。入室を許していただきたいのですが。」

 できるだけ穏やかな声で、山南は中にいる伊東に声をかける。

「ああ、山南くんか・・・・・構わないよ、入ってきてくれたまえ。」

 明らかに涙に湿っている声が襖の向こう側から聞こえてきた。その声に誘われるように山南は部屋の中へ入る。

「伊東さん。あの、伊東さんが部屋に閉じこもっていたのは天狗党の話・・・・・。」

「ひどいと思わないか!山南くん!」

 普段荒っぽい行動を一切しない伊東にしては珍しく、ばん!と文机を拳で叩く。

「加賀藩はまだ良い。投降した天狗党員をかなりの厚遇をもって処したのだから。しかし田沼は・・・・・あんな所業、鬼畜としか思えない!」

 怒りにわなわなと唇を震わせる伊東に、山南は恐る恐る尋ねる。

「一体何が・・・・・あったのですか?」

 処刑だけで伊東がこれほど激高するとは思えない。自分の知らない何かを伊東は知っている―――――そう思って山南は伊東に尋ねた。

「ああ、まだ君はあの所業の事を聞いていないんだね・・・・・田沼は天狗党に対する加賀藩の扱いに激高たらしく、加賀藩から天狗党員を引き渡されるや否や彼らを鰊倉に放り込んだというんだ。しかもこの極寒の中、衣類は下帯一本、一日あたり握り飯一つと湯水一杯しか与えずに!」

「な、なんと・・・・・!」

 衝撃的な話の内容に、山南の顔はさらに青ざめる。

「それだけじゃない・・・・・腐った魚と共に大人数が押し込められた所為で、すでに二十名以上が病死しているらしい。武士の矜持も何もあったもんじゃないだろう。」

 伊東は青ざめた顔のまま、上目遣いで山南を見つめた。それはさながら地獄からはい出てきた幽鬼のようである。

「確かに天狗党は乱暴だったかもしれない。しかし一橋公が自分達の声を聞き届けてくれるものと信じて上洛したのに・・・・・!」

「し、しかし、一橋公が動いたおかげで会津藩・桑名藩・加賀藩から嘆願書を取り付けることも出来ましたし、取り敢えず全員の処刑は免れたと聞いて・・・・・。」

「だが三百名以上が処刑されるんだ!豚一公の力なんてたかが知れている!」

 伊東はぎりぎりと歯噛みする。

「幕府に敵対する長州藩にはあんな甘い処断を下しながら、勤王の志を持ちつつ幕府にだって恭順を示している天狗党にあんな仕打ちを・・・・・こんな腐れ切った幕府など崩壊してしまえばいいんだ!」

「しっ、伊東さん。声が高い。」

 山南は過激な発言を連発する伊東を窘めるが、伊東の怒りは収まりそうにない。

「山南くん、君はこんな酷い仕打ちに対して平然としていられるのかい?」

「そういう訳じゃありません。ただ、どこに耳があるか判りませんから。それにまだ斬首になったのは幹部二十八名・・・・・助命の働きかけはまだできるかもしれません。」

 伊東の興奮を鎮めるため、山南は小さな嘘を付いた。すでに一橋慶喜を始め、どれだけの実力派大名が助命嘆願を行なっているだろうか。新選組の幹部ごときが動いても、これらの決定を覆すことは困難だろう。だが、そんな小さな嘘も伊東の激高を沈めるには役に立った。

「・・・・・そうだね。まだ、諦めるのは早いか。お見苦しいところを見せてしまったね、山南くん。」

 ようやく落ち着きを取り戻し始めた伊東を目の前に、山南は安堵の溜息を吐く。

「いいえ。今回のような事は誰もが衝撃を受けます。現に近藤局長や土方副長も情報収集のために黒谷に出向いている。このような事は滅多にありませんから・・・・・では私は総長室へ戻ります。何かありましたら一声かけてください。」

 山南はそう言い残すと、伊東の前から去っていった。



 だが、本当の災いは近藤と土方が壬生屯所に帰ってきてからもたらされる事になる。



UP DATE 2013.2.22

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久し振りに逢った明里からもたらされたのは、とんでもない情報でした(;_;)
反対意見も多かったであろう天狗党の処断、本来なら機密なのでしょうが気が緩んじゃったんでしょうね。娼妓達を侍らせた席で思わずその事をこぼしてしまったおまぬけさんがおりました。しかしそれが処刑前日となると・・・・・さすがに止めるのは無理でしょうね(>_<)

そして山南が明里から聞かされた話を持ち帰った時にはすでに天狗党幹部二十八名が処刑された後でした。反対意見もあるでしょうが、それ以上に幕府の威光も重要でしょうし・・・・・特に長州討伐で腰砕けになってしまった分、ここで汚名返上とばかりに大量処刑に至った可能性も無きにしもあらずです。そんなお上の都合を嗅ぎつけ、反感を持つ者もいるようですが・・・・・果たして山南はどのような思いを抱き、どう動くのか?

次回更新は3/1、黒谷から帰ってきた近藤と土方、山南の三者会談が行われます。そして止まることなく続く天狗党の処断に対し、山南がある決意をすることに・・・・・『希望、散る・其の肆』の次はとうとうあの事件になります(;_;)
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