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「短編小説」
横浜恋釉

横浜恋釉~桜木菟とじゃじゃ馬姫君の涙

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ふわり、と桜の花弁が宙に舞う。近所の邸宅に立派な江戸彼岸桜の大木があったから、多分そこから飛んできたものだろう。開け放した重厚な窓からその一枚が舞い込み、虔太の眼の前にある高浮彫の木菟の頭に引っかかった。

「どこまで桜尽くしにしたら気が済むんでしょうね、この木菟は。」

虔太は笑いながら木菟に引っかかった花弁を取り除いた。木菟の周りには満開の桜の彫刻が施されている。普通であれば桜に付くのは鳩だけに、これはかなり変わった作品だと言っていいだろう。もしかしたら亡くなった九条が特別に誂えさせたのかもしれない。

「この木菟に桜の花瓶は特に父が気に入っておりましたの。父は桜が好きでしたし、それに・・・・・。」

虔太に語る董子の瞳が心なしか潤む。

「この木菟が何となく自分に似ているから、って・・・・・。」

懐かしそうに父親との思い出を語る董子を、虔太は眩しげに見つめ続けた。真紅の地に枝垂れ桜をあしらった友禅に扇子の刺繍が入った帯、烏帽子の帯留めに鱗小紋の半襟は『娘道成寺』の白拍子花子を意識したものに違いない。恋に身を焦がす清姫の化身の意匠で虔太を―――――正確には滝沢兄弟を―――――迎えるとは何とも意味深だが、董子はそこまで意識しているとは虔太には思えなかった。着道楽の董子の事、きっと季節や花瓶に合わせただけだろう。

「九条のおっさん、もとい九条様はここまで抜けた顔をしてはいないと思いますがね。」

 高浮彫の鑑定をしながら虔弥はいつもの如く董子に対して憎まれ口を叩く。

「おい、虔弥!お前はいつもそう憎まれ口を・・・・・。」

虔弥と董子の口喧嘩はいつも虔弥の憎まれ口から始まる。それだけに一瞬緊張した虔太だったが、いつもと様子が違うことにすぐに気が付いた。いつもであれば虔弥の挑発に乗ってむきになる董子だが、今日に限って虔弥の挑発に乗らないのだ。
 しゅん、と萎れたまま俯いている董子の異変に気が付いた虔太は、恐る恐る董子に語りかける。

「董子さん、お加減でも悪いのですか?今日は元気が無いようにお見受けしますが。もし体調が優れないようでしたら執事の森下さんに立ち会ってもらえば・・・・・。」

「いいえ!違うんですの。」

虔太の言葉を遮るように大きくかぶりを振ると、董子は意を決したようにぽつり、と呟いた。

「もしかしたら・・・・・今日でお逢いできるのは最後になるかもしれませんの。」

 そう告げた瞬間、耐え切れなくなったのか董子の目から大粒の涙がぽろぽろと溢れ出す。

「一体どういう事ですか、董子さん?最後って・・・・・。」

思いもしなかった董子の言葉に虔太は勿論、虔弥も動揺の色を滲ませる。そんな二人の動揺に気づくこともなく、董子は項垂れたままぽつり、ぽつりと事情を語り出した。

「借金だけなら何とかなると思っていたんです・・・・・だけど・・・・・相続した土地が多すぎて・・・・・。」

しゃくりあげながら董子は一生懸命事情を説明する。

「なるほど、地租か。華族とはいえ、弱小には容赦無いんだな、政府は。」

 泣きじゃくる董子を目の前に、虔弥がぼそり、と呟いた。



江戸時代、『年貢』という形で支払っていた税は、明治になってから『地租』と形が変わったが、それは人々にさらなる負担を強いるものだった。最初地価の3%だった税率は諸方面からの反対により2.5%に減額されたが、それでも負担が重いことには変わりない。
政府自身も当初3%が高率であることを認めている部分があり、『この税率は印紙税・物品税などの商工業などからの収入が一定の軌道に乗るまでの暫定的な税率で、将来的には地租依存度を減少させて最終的には1%にまで引き下げる』と説明していた。
だが、現実にはなかなか引き下げられなかったどころか、後に地租改正条例に代わって制定された地租条例ではこの規定が削除されてしまったのである。この事が自由民権運動や初期帝国議会における激しい政府批判を招き、また地租に替わる財源として酒造税の相次ぐ増税の一因となっていた。



華やかな桜木菟の花瓶の周囲は、不釣り合いなほど重苦しい雰囲気に包まれていた。

「ただでさえ借金だらけなのに・・・・・地租の二分五厘なんて高いお金、支払うことなんてできません。」

蝶よ花よと浮世の厄介事からかけ離れたところで育てられた董子にとって、現実はあまりにも厳しい。しくしくと泣き続ける董子に対し、虔太と虔弥は慰める言葉さえ見つけられない。そんな中、董子の後ろに控えていた森下がなにか言いたげな表情を浮かべている。

「森下さん、もしかして董子さんにも言っていない事があるんじゃないですか?」

森下の表情に気が付いた虔太の鋭い指摘に、森下は躊躇いながら重い口を開いた。

「実は・・・・・旦那様が見栄を張って、実際より土地を広く申告していらっしゃるんですよね。」

「何ですって!」

泣きじゃくっていた董子が、驚きのあまり素っ頓狂な声を上げる。

「その分余計に税金を支払っている、ってことですよね。森下さん?」

厳しさを含んだ虔太の問いに、森下は黙ったまま頷く。それを見た董子はがっくりと肩を落とした。

「やっぱり・・・・・この別荘は売りに出さないといけないのね。」

悲しげな董子の一言に、今度は虔弥が尋ねる。

「売りに出すとは・・・・・他に物件や土地は無いのですか?」

その虔弥の問いかけに答えたのは董子ではなく森下だった。

「あります。それらはすでに売りに出しているのですが、それらが全てはけても借金を返済するのが関の山、政府に収められる地租を出すことができないのです。」

我々だけでは八方塞がりで、と森下も項垂れる。そんな董子や森下に虔太は一つの提案をした。

「さすがに東京の本宅を手放すことは許されませんよね。地租の事だけ考えれば東京の方が地価は高いはずですから、そちらを売ったほうが税金対策にはなるんでしょうけど。」

もし、九条家の東京の家を売るのなら明豊堂で購入し、東京進出への足掛かりにしたいという『商人』としても思惑、そして虔太個人としては少しでも近くに董子にいて欲しいという想い―――――下心だらけの提案だったが、それを邪魔する思わぬ敵が虔太の横にいたのである。

「もしここを売りに出すのであれば、俺が購入しますよ。」

まさかこの話に食いついてくると思わなかった虔弥がとんでもない提案をしたのだ。唖然としたのは虔太である。思わず弟の方へ向き直り真意を問いただす。

「虔弥・・・・・正気か?」

「勿論です、兄さん。ここにある美術品、骨董品ごと頂きますよ。骨董品は商売のものだし、それらを全て片付けてからこの別荘を売りに出したって充分に元は取れます。俺にとっては喉から手が出るほど欲しい物件ですよ、ここは。」

商人としての建前が虔弥の口から出てくるが、熱っぽく董子を見つめるその視線に、虔太は虔弥が董子に惹かれている事を本能的に感じた。

「・・・・・まぁ、こればかりは董子さんにお任せするしかありませんが。」

虔弥を横目で睨みながら、虔太は一呼吸おく。

「・・・・・ありえないとは思いますが、万が一東京の屋敷を売る際は僕に一声かけてください。明豊堂としては東京進出の足掛かりが欲しいと願っている所でしたので、九条邸は喉から手が出るほど欲しい物件なんです。」

その瞬間、董子の瞳が驚きに満ちる。

「それは・・・・・本当ですの?」

「ええ。何ならうち番頭にも話をさせますよ。実は去年の半ばから物件を探しているんですが、なかなか見つからなくて。本宅か別荘、どちらを手放すにしても僕らに一声かけてください。悪いようにはしませんよ。」

虔太の提案にようやく董子は笑顔を見せる。そんな董子の微笑みと誇らしげな兄の横顔を、虔弥は不服そうに見つめていた。



桜の花弁が舞い散る野毛坂を、茶褐色の髪をした兄弟が下りてゆく。

「兄貴は狡いよな。これじゃあ鳶に油揚げじゃないか。」

桜木菟の花瓶が入っている木箱を抱えた虔弥が虔太に文句を言った。

「馬鹿か。それが商売、ってもんだろうが。」

「・・・・・本当に商売だけかよ。」

少し低くなった虔弥の声に、虔太は弟の本気を感じる。

「ほう・・・・・やるならいつでも受けて立つぜ、虔弥。」

その瞬間強い風が吹き抜け、まるで吹雪のように桜の花弁が睨み合う兄弟を包み込んだ。

「・・・・・ならば宣戦布告だ。董子さんは俺が貰う!」

肩を怒らせ、虔太を睨みつける虔弥に対し、虔太は不敵な笑みを浮かべる。

「まだまだ坊やだな、虔弥は・・・・・どちらを選ぶか、それを決めるのは董子さんだろ。二人揃って振られる可能性が高いのに。」

どこまでも余裕を見せる兄を、弟は悔しげに睨みつける。

「覚えてろ・・・・・絶対にこの勝負、勝つからな!」

虔弥は箱を抱え直すと、虔太を置き去りにずんずんと野毛の坂道を下っていった。



UP DATE 2013.2.26

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桜舞い散る中、とうとう兄弟で董子を巡るバトルが勃発しましたヽ(^o^)丿董子の影が薄かったのは反省しきりなのですが、どうしても一話はこの兄弟のために割かなきゃいけませんので・・・・・ちょっと色気に欠けるのがこの話の難点です(^_^;)

現在でも消費税をUPしよう、なんて話がでておりますが、いつの時代も政府は『安定的な歳入』を得ようと腐心するようです。でないと政府としての仕事ができませんしねぇ。特に日本は郵便や警察、消防など税金で賄われている(賄われていた)サービスが多い分だけ、余計に税金を食うような気がします。(大したことのない救急車の呼び出しとか罰金取っちゃえばいいと思うんですが・・・・・税金で出動していると思うと色々と思う事があります^^;)

そんな中、董子のように税金が支払えなくなる人間も出てくるわけで・・・・・その助け舟を、ということで兄弟の確執が表面化しちゃったという(爆)
果たして意外と野暮天な董子がこの二人の恋の鞘当てに気がつくのか・・・・・(^_^;)
次回はカップ&ソーサーの一つをお題に話を展開していく予定ですv

(今回話に出てきた花瓶は野畑徳次郎作『高浮彫桜ニ木菟花瓶』をモデルにしました。木菟の顔が可愛いですv)
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