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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第二十話 希望、散る・其の肆

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生暖かく、湿った風が夜中の壬生に吹き抜ける。四日月も沈み、星明りだけの闇夜の中を近藤と土方は帰ってきた。

「近藤先生、土方さん、お帰りなさい。何か問題でもあったんですか?」

 てっきり天狗党幹部の処刑の話を聞いてくるだけだと思っていただけに、この帰還の遅さに沖田は驚く。それでも努めて笑顔を作る沖田に対し、近藤は唇を噛み締め、眉を寄せながら答える。

「問題というか・・・・・あまり良い報告ではないな。これから黒谷で聞いた事を話すから、今屯所にいる幹部を局長室に集めてくれないか。」

 どうやらかなり深刻な事態に陥っているらしい―――――近藤、そして土方の表情から沖田はそれを察した。

「承知。」

 短く答えると、沖田は即座に幹部達を呼びに動き出した。



 近藤の帰還、そして幹部会の招集を受け、巡察に出ている永倉と松原以外の全員が即座に局長室に集合した。集まったどの顔も一様に厳しい表情を浮かべている。

「皆、聞いてくれ。今日天狗党幹部二十四名が来迎寺で斬首されたのは知っていると思うが、後の処刑予定日もすでに決定していると会津から知らされた。十二日に百三十五名、十三日に百二名、そして十六日に七十五名、二十日に十六名の斬首が予定されているらしい。」

「何・・・・・ですって?」

 近藤の報告に、幹部達は騒然となった。すでに三百名以上の処刑が決まっているとは聞いていたが、具体的な日程や人数まで事細かに決定されていたとは―――――その場にいた全員の表情が驚きと怒りに強張り、声を上げる。その中で特に激高したのは伊東だった。

「近藤くん、もとい近藤局長!それを知っていながら会津は手をこまねいているというのかい!」

 激高のあまり思わず近藤を君付けで呼んでしまった伊東が、言葉を正しつつも会津のやり方を糾弾する。

「伊東さん、会津とて何も動いていないという訳ではありませんよ。豚一公の要請に従って嘆願書も出していますし水面下で働きかけをしているとのことです。尤も、接待や袖の下は会津が苦手とするところでしょうが。」

 建前上は会津を立てつつ、ところどころ毒を忍ばせながら土方が状況を説明した。その説明に伊東は不服そうな表情を浮かべつつ黙りこむ。

「・・・・・若年寄の懐柔には加賀が動いているとの事だ。昨日も島原で接待があったらしいが、この三百余名の助命はなかなか首を縦に振ってくれないらしい。広沢さんに請われて我々も連名で助命嘆願の一筆を書いてきたが・・・・・御三卿御自ら動いてもこれではあまり期待はできないだろう。」

 半ば諦め気味の近藤の言葉に重苦しい空気が漂い始めた。



 皆を解散させた後、近藤と土方、そして山南の三人だけが局長室に残った。三人は膝を突き合わせ、外へ声が漏れないように小声で話し始める。

「山南さん。俺達がいない間、屯所で何か変わった動きは無かったか?」

 開口一番、土方が尋ねる。天狗党に対する処断に納得していない者は数多い。そもそも一橋公を始め西側で活動をしている大名達が助命嘆願運動をしているほどだ。身分が下がれはその傾向はさらに強くなる。

「実は広沢さんからもその点を指摘されてな。この処断が発端となって反幕の気運が高まったり、内部から妙な動きが出ることを危惧している。特に・・・・・。」

 土方は更に声を潜める。

「・・・・・伊東の野郎だ。」

「歳、止めろ。いくら何でも口が過ぎるぞ!」

 近藤は強く土方を窘めるが、山南は土方に賛同する。

「いいえ、近藤さん。土方くんの指摘はあながち間違いじゃないかもしれません。近藤さん達の留守の間、伊藤さんと話をしたのですが・・・・・御存知の通り、今回の処断について激怒してます。実際幕府関係者や会津にも聞かせられないような言葉が飛び出していましたし。」

「やっぱりな。」

 我が意を得たりと土方が片頬で笑った。

「広沢さんの心配も尤もだと思います。今はただ激高しているだけですが、その怒りに行動が付随し始めると・・・・・伊東さんに傾倒している隊士達も少なからずいますしね。」

 山南の言葉に近藤も同意する。

「そうだな。元々伊東さんは熱烈な攘夷派で尊王思想の持ち主だ。彼が本気で動き出すと少々厄介かもしれない・・・・・暫く様子を見よう。」

 近藤の言葉に土方と山南は視線を合わせ、黙ったまま頷いた。



 三人の杞憂は現実のものとなった。処刑の知らせが飛び込む度、伊東はごく近しい者達と部屋に篭り、あるいは島原に出向いて会合を開いた。それは日を追うごとに長い時間になり、参加する隊士も増えていく。だが、大胆に会合を開きながらも彼らの警戒心は極めて強く、試衛館出身の者達が近づく事はなかなかできなかった。

「畜生、奴らが何をしているのか探れねぇ。やっぱり山崎あたりにやってもらわねぇと。」

 原田が悔しげに舌打ちをする。私用の振りをして島原に出向いたのだが、揚屋の男衆に気づかれて立ち話をしているうちに伊東たちの会合は終わってしまったという。どうやら揚屋の男衆にも金銭を握らせ、近付く者を見張らせているらしい。

「焦るな、左之。そのうち尻尾を出すさ。」

 近くにいた永倉が慰めるが、その慰めも原田の苛立ちを更に高めた。

「しかし出した時にゃ後の祭り、っとこともあるだろう!」

「・・・・・まぁな。しかし顔が知られている俺達じゃ忍び寄ろうにもすぐにバレちまう。かと言って忙しい監察に身内の偵察なんてやらせている暇はねぇしよ。」

 試衛館派には半ば諦めの空気が漂い始めていた。そんな日々が続いたある日、伊東派の一人・内海が山南に声をかけてきた。

「山南さん、今度我々の会合に参加してもらえませんでしょうか。伊東が是非に、と申しているのですが。」

 内海の意外な申し出に山南は驚きの表情を顕わにする。

「意外ですね。てっきり我々古参は伊東さんに敬遠されていると思っていましたが。」

 探りを入れながら山南は内海に尋ねるが、内海は一切表情を変える事は無かった。

「敬遠なんてとんでもない。山南さんなら我々の話を理解してくれるだろうと伊東自らが望んでおります。ですが、伊東が直接お声がけしては局長や副長に妬まれるのではないかと・・・・・。」

 やはり後ろ暗いところがあるのだろうと山南は内心思ったが、そんな事はおくびにも出さず内海に言葉を返した。

「解りました。で、いつ出向けば?」

「二十日の夕七つ半、輪違屋にて。」

 それだけ言い残すと、山南の返事も聞かず内海は踵を返し、その場から去っていった。



 内海から提案を受けた数日後―――――二十日の夕七つ半少し前に山南は輪違屋に到着した。さすがにまだ酒宴は始まっておらず、伊東と内海ら数人が居るだけだった。山南は店の者に明里を呼んでくれるように頼むと伊東の隣の席につく。

「律儀だね、山南くんは。吉原と違うんだからたまには別の娼妓を呼べばいいものを。」

 扇で口元を隠しつつ、伊東は山南を冷やかした。その冷やかしを山南は笑いながら受け流す。

「こちらに来た当初は私も色んな娼妓を呼んだものです。でも結局一人に落ち着きますね。意外と相性の良い娼妓というものはいないものですよ。」

 そんな他愛もない話をしているうちに伊東に賛同する隊士達、そして幹部達が呼んだ娼妓らが輪違屋に到着した。

「山南はん・・・・・これは?」

 いつもと違う雰囲気に不安を覚えたのか、山南の隣に座った明里が小声で尋ねる。

「ちょっと厄介なところへ呼ばれてしまってね・・・・・大丈夫。君は自分の勤めを果たしてくれ。いざとなったら私が君を守る。」

 山南の力強い言葉に、明里はようやくいつもの柔らかな笑みを浮かべた。そんな二人の会話を知ってか知らずか、伊東が機嫌よく盃を高々と上げる。

「きれいどころも揃ったことだし、そろそろ始めるとするか!」

 伊東自らの音頭で酒宴が始まった。そして酒も回りきらぬうちに熱い論戦が繰り広げられる。

「とうとう最後の処刑が行われてしまった!幕府には血も涙も無いのが明白!この様なことを続けていれば近い将来幕府は間違いなく壊滅する!!」

「その通り!」

「伊東先生の仰るとおりだ!役立たずの幕府なんて要らない!」

 その熱気、過激さに山南は危険なものを覚えた。明里も同様らしく、山南に寄り添い、その袖を掴んでいる。

「ここに若年寄および幕府に対する糾弾状を書いた。賛同するものは血判を押してくれ!」

 そう叫んで伊東が懐から取り出したのはひとつの巻物であった。それを広げると、伊東の神経質な文字で糾弾が書かれている。そして我先にと隊士たちが血判を押そうとするではないか。このままではこの場にいる隊士十数人が謀反人になりかねない。

「い、伊東さん!ちょっと待ってくれませんか?」

 昂ぶる熱気に冷水を浴びせたのは山南であった。

「何だい、山南くん?怖気づいたのか?」

 昂った雰囲気を一気に冷やされた不満から、伊東は酔いに充血した目で山南を睨みつける。だが、伊東の睨みに怖気づくことなく山南は言葉を続ける。

「いいえ、怖気づいた訳じゃありません。ですが、今すぐ、というのは如何でしょうか?」

 山南は伊東達に疑われないよう広げた糾弾上に血判を押し、記名をしながら伊東を窘める。

「山南総長・・・・・何を仰りたいのですか?血判を押してくださった位ですから我々を裏切るとは思えませんが。」

 伊東に代わり内海が山南に尋ねる。糾弾上に記名と血判があるということは、人質を取られたと同義である。そこまでしながら伊東の行動を止めるにはそれ相応の理由があるのだろう。内海の疑問に山南は丁寧に答える。

「糾弾状を出す事。血判を押すことはやぶさかではないのですが、時期が悪い気がします・・・・・きっと我々と志を同じくするものが糾弾状を書いて幕府や直属の大名に提出するでしょう。中には我々よりも身分が高く、実績を持つ者が糾弾状を書く可能性だってある訳です。その中では我々新選組の糾弾状など取るに足らないものだと処理される可能性が高いと思うのですが・・・・・如何でしょうか。」

 血判を押した指を明里に手当させながら山南は伊東に訴える。その言葉に伊東の表情から変な熱気が消えていった。

「つまり、山南君。君はより効果的な時期を選ぶべきだと?」

「ええ、すぐに出した乱暴な糾弾状より、練りあげて幕府の落ち度を一つ一つ丁寧に書いた書状のほうが伊東さんらしいですし、効果的だと思います。一把ひとからげの雑魚扱いでは、命をかけるのも馬鹿らしいではありませぬか。」

 とにかく時間を稼がなくてはならない。冷静を装いながら山南は伊東を説得し続ける。その熱意が伊東に届いたのか、伊東は広げた糾弾状を手に取り仕舞い始めた。

「雑魚扱い・・・・・それは勘弁してほしいものだ。僕達は雑魚なんかじゃない、そうだろう?」

 どうやら『雑魚扱い)という言葉が伊東の矜持を傷つけたらしい。巻き直した糾弾状を懐にしまった伊東を見つめ、山南はほっ、と溜息を吐いた。

「山南君、やはり君を味方に付けて良かったよ。」

 すっかり山南を味方に引き入れたつもりの伊東に心苦しいものを感じた山南だったが、それをここで出してしまっては全てがおじゃんになる。山南は穏やかな微笑みを浮かべつつ、ある計画を頭のなかで練り始めていた。



 会合が終わり、娼妓を呼んだ幹部達は、馴染みの娼妓と共にそれぞれの部屋へと分かれてゆく。

「山南はん・・・・・!」

 二人っきりになった途端、明里は山南にしがみつく。小刻みに震える華奢な肩を抱きしめながら、山南は甘い声で明里に詫びた。

「怯えさせてすまなかったね、明里。だが、時間を稼ぐことが出来たんだ。迂闊な真似をして天狗党の二の舞にはなりたくないからね。」

「ほんま・・・・・ですね?」

 涙に潤んだ瞳で明里は山南をじっと見つめる。それは山南の言葉に嘘偽りがないか確かめるように、どこまでもまっすぐ、澄んだ視線だった。その視線を受け止めるように、山南も明里をじっと見つめる。

「ああ、十数名もの隊士を斬首にされてしまったら新選組は成り立たなくなってしまう。ただでさえ隊士不足だというのに・・・・・安心おし。」

 山南は怯える明里の唇を奪うと、そのまま明里を緋色の三ツ布団に押し倒す。いつもにも増して情熱的な山南の愛撫に、いつしか明里は溺れていった。



 だが、明里は気が付かなかった。山南がある決意を抱えていた事を。そしてこれが二人の最後の契りとなってしまう事を―――――それは新選組にとって最大の悲劇が起こる三日前のことであった。



UP DATE 2013.3.1

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天狗党の事件を発端に伊東派が、というか伊東参謀が動き始めました。多分篠原さんか弟の三樹三郎でもいたらもうちょっと上手く事を運んでいたのでしょうが、試衛館側にロコツに警戒されるほど派手なアクションを起こしております(^_^;)派手なことが好きですからねぇ、伊東参謀は(違っ!)

そんな参謀からのお誘いを受けて山南さんが会合に潜入しましたが・・・・・いきなり幕府に対する糾弾(=謀反)の話が出ちゃいました(^_^;)いきなりこれは焦りますよね(>_<)かろうじて自分が糾弾状に血判、記名をすることで糾弾状の提出を食い止めましたが・・・・・そんなに時間が稼げないこともまたしかり。

どうやら山南さんには何か考えがあるようですが・・・・・次回更新から4話に渡り新選組史最大の悲劇の一つ、『山南切腹』を連載します。辛い場面が続きますが、宜しかったらお付き合いのほどお願い致しますm(_ _)m
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