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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第二十一話 山南切腹・其の壹

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 気の早い彼岸桜が更待月に照らされ、ぼんやりと闇夜に輝いている。壬生村に夜四ツの鐘が鳴り響く頃、ようやく山南は屯所に戻ってきた。

「おう山南さん、今日は珍しく遅いご帰還じゃねぇか。明里にとっ掴まって最後の一滴まで搾り取られてきたのか?」

 土方がそんな冗談を言うほど、山南は疲れ果てた表情を浮かべていた。特に行灯の仄かな灯りでは余計に目は落ち窪み、頬はこけて見えてしまう。山南は土方のたちの悪い冗談に苦笑いを浮かべながら局長室をちらりと見やった。

「だったら男冥利に尽きるけどね・・・・・ところで近藤さんは?」

 土方の目の前に座りながら山南は土方に尋ねる。

「今日は駒野のところに泊りだそうだ。行ける時に行っておかないと妾に恨まれるとさ。」

 冗談めかした土方の一言に、山南は暫く考えこんだ。確かに天狗党員の処刑も一段落し、処断に反対する者達の過激な行動もめっきり少なくなってきている。だからこそ近藤も上七軒の駒野のところに出向いたり、伊東も島原で会合を開く事ができたのだ。やはり動くならこの時期を逃すわけには行かない―――――山南は意を決し、口を開いた。

「土方くん。取り敢えず君にだけは話しておきたい事がある。少し良いかい?」

 静かだが、有無を言わさぬ力強さがこもった山南の言葉に土方は反射的に頷いてしまう。

「あ、ああ。俺は構わねぇが・・・・・それより山南さん、あんたその指はどうした?まさかとは思うが・・・・・。」

 山南の左手親指には白布が巻かれていた。少なくとも武士の普段の生活においてそうそう怪我をする場所ではない。土方はある可能性に気が付き、厳しい表情を浮かべた。その咎めるような土方の視線に動じる事無く、山南は穏やかな表情のまま事実を告げる。

「君が想像しているように血判を押してきた。幕府への糾弾状に。」

「何・・・・・だって!その糾弾状は今どこに?」

 よりによって幕府への糾弾状に血判を押すなんて―――――土方は山南ににじり寄り、問い詰める。

「伊東さんが持っている。取り敢えず私が知っている限り血判を押しているのは私一人だけだ。」

 淡々と事実を伝える山南に土方は思わず山南の胸座を掴んだ。

「おい、山南さん!あんた、自分が何をしたか解っているのか!」

 糾弾状―――――それはたった一枚の紙切れでありながら主君筋にあたる幕府への反逆である。身分社会の世の中ではどのような処罰を受けることになっても文句は言えない。特に会津藩預かりの浪士という立場では助命はまずありえないだろう。
 その糾弾状に山南を血判を押し、それを伊東が手にしている事実は、取りも直さず山南の命運が伊東の手に握られていることを意味する。土方は苛立ちと怒り、そして山南に対する心配を顕わにするが、一方の山南はどこまでも静かに話し続けた。

「解っているつもりだよ。でも私が血判を押さなければ、理由も解らず若い隊士達が次々に血判を押しかねない状況だったんだ。少なくともこれで若い隊士達は連座から免れるだろうし、二、三日の猶予は稼げたと思う。」

 どこか他人事のように話し続ける山南に、土方の苛立ちはますます募る。

「たった二、三日かよ・・・・・その間にどうにかする策はあるのか?下手をすればあんたも同罪で処断されちまう。」

 考え直せ―――――土方がそう口を開こうとしたまさにその時、山南の口から思いもしなかった言葉が飛び出した。

「同罪で処断―――――私が狙っているのはまさにそこさ。私は伊東くんと心中するつもりだよ。」

 口調こそ穏やかだが決意を滲ませた山南の言葉に、土方の表情を凍りつかせるのに十分すぎる力を持っていた。



 更待月が障子を銀色に染め、行灯のか弱い灯りがゆらりと揺れる。暫しの間、重苦しい嫌な静寂が二人の間を流れていったが、その嫌な雰囲気を破ったのは土方だった。

「山南さん・・・・・あんた、自分がどれだけ馬鹿なことを言っているか理解しているのか?あんたがどれだけ隊にとって必要か・・・・・あんたがいなけりゃ新選組は成り立たねぇんだぞ!あんな糞野郎と心中なんて馬鹿な考え、すっぱり諦めろ!」

 土方は山南の襟を掴んだままひたすら説得を続けるが、山南の意思は固かった。穏やかに微笑みながら、自分の襟を掴んでいる土方の手をそっと外す。

「それは買いかぶり過ぎだよ、土方くん。私はすでに兵士としては役立たずだ。」

 山南は苦笑を浮かべつつ、殆ど動かなくなっている左腕を撫でる。

「・・・・・だけど、獅子身中の虫を道連れにすることはできるかもしれない。今夜にでも『脱走』して伊東さんが手にしている糾弾状の存在を会津と幕府に直訴するつもりだ。昨日の状態のままなら血判を押しているのは私だけだ。糾弾状を自ら書いた伊東くん以外の隊士に類が及ぶことは無いだろう、というか近藤さんと君に動いてもらうことになると思うけど。」

 しまいにはくすくす笑い出し始めた山南に、土方は諦めの溜息を吐いた。

「・・・・・直訴なら別に脱走なんてする必要はねぇだろう。仮にも伊東を騙して安心させるために押した血判なんだし。」

 『脱走』となれば局中諸法度においても処断しなければならなくなる。せめてそれだけは免れさせようと土方は説得を始める。だが山南はあっさりと首を横に振った。

「あるさ。血判を押したとなれば言い逃れはできない。だからこそせめて『新選組』に類が及ばないようにしたいんだ。大して変わらないかもしれないが・・・・・少なくとも現・総長と脱走者では罪の重さが違ってくる。」

「山南さん・・・・・。」

「できることなら伊東さんだけを道連れにしたい。彼の考え方は・・・・・幕府にとっても危険過ぎる。」

 躊躇しながらも、山南は己の感じたことを土方に告げる。

「どういう・・・・・事だ?」

 元々尊王の傾向がある伊東だが、危険過ぎるというのは聞き捨てならない。土方はさらに突っ込んで山南に尋ねる。

「彼は天子様を崇拝するあまり幕府を蔑ろにする傾向がある。糾弾状もそうだけど、一度は幕府の壊滅を願うような発言さえしている。近藤さんは頭を下げて彼に入隊してもらったけど・・・・・それは双方にとって不幸だったのかもしれない。」

 山南は重々しい口調で己の考えを吐露した後、不意にあっけらかんとした笑顔を見せた。

「近藤さんの顔を見ることが出来ないのは心残りだけど、動くのは早いほうがいいだろう。」

 そう告げて立ち上がろうとした山南だが、土方はその袖を掴んで立ち上がらせないようにする。

「・・・・・だったら脱走は今日の夜は止めろよ、山南さん。近藤さんのツラ拝んでからだって良いだろう?」

 土方は呻くように山南を口説く。

「変に頭の回転が良い伊東のことだ。すぐに脱走なんかしたら糾弾状を処分されちまう。奴の油断を誘うには・・・・・二、三日後の方が良いと思うが。」

「だけど、そうなると私だけじゃなく他の隊士達の血判が増えてしまう可能性がある。どう長く構えても明日の夜・・・・・大津から幕府と会津に直訴状を出すから、それを見計らって誰かを寄越して欲しい。一歩間違えば新選組全体が処罰の対象になりかねない、天狗党のように。」

 天狗党―――――その言葉を聞いて土方の表情は強張った。確かに複数人の血判が入った幕府への糾弾状が出されてしまったら『武士になる』という近藤の夢はまず叶わないだろう。そして自分達も監督不行き届きで処断、新選組は解散の憂き目に合うかもしれない。山南には申し訳ないが、山南と伊東、二人を犠牲にすることで新選組を救える可能性が大きくなるのだ。

「・・・・・解った。じゃあ、明日の夜に。」

 土方はがっくりと項垂れ、掴んでいた山南の袖から手を離す。

「ありがとう、土方くん。感謝するよ。」

 山南は土方に頭を下げると、副長室を後にした。そして山南が自室に入っていった気配を確認すると、土方は再び大きな溜息を吐く。

「・・・・・馬鹿野郎。」

 山南が閉めていった襖を睨みつけながら、土方は毒突いた。

「てめぇ一人、気取りやがって・・・・・まるで芹沢さんみてぇじゃねぇか。」

 新選組という我が子を守る為に、男達はこれまでも、そしてこれからも血を流し続けるのだろう。今回は山南だが、次は自分や近藤かもしれないのだ。逃れられない宿命を前に、土方は己の無力を痛感する。

「山南さん、あんたの命・・・・・決して無駄にはしねぇからな。」

 一人呟いたその声は、明らかに涙で湿っていた。



 山南と土方、二人だけの話し合いが持たれた次の日、昨日の話がまるで嘘だったかのように朝から穏やかな時間が流れていた。大きな捕物も特に無く、沖田に至っては八木家の子供達と鬼ごっこに興じ過ぎて近藤に窘められる始末である。そんな中、唯一違っていたのは山南の尋常ではない仕事の速さだった。今まで溜め込んでいた書類を片づけ、西本願寺への引越しの手配も済ませてしまう。まるで独楽鼠のようにくるくる動きまわる山南に、普段とは違う『何か』を感じたのは沖田であった。

「あれ、山南さん。今日は体調がいいんですか?あっちこっち忙しそうに働きまわっていますけど。」

 鬼ごっこを終え、前川邸に戻ってきた沖田が山南に声をかける。

「ああ、この陽気の所為かもしれないね。今日はだいぶ調子が良いんだ。西本願寺への引越しも残り一ヶ月を切ってしまったのに何も手を付けていなかったし・・・・・できることはできるうちにやってしまわないとね。」

「そうですか・・・・・でも、あまり無理をしないでくださいね。私に出来ることがありましたら何でもしますから。」

「ありがとう、総司。お前の力がどうしても必要になったら・・・・・その時に頼ませてもらうよ。」

 山南の穏やかな微笑みに、沖田も思わず笑顔を返す。山南がいつも以上に動き回っているのは単に体調が良いだけ、きっと春の日差しが山南に元気を与えてくれているのだろう。沖田はそう考え、この時はそれ以上深く追求することは無かった。



 だが、沖田は後に大きく後悔する。何故この時、山南の行動の意味を深く考えなかったのかと・・・・・。沖田が山南の普段と違う行動の意味、そして自分に告げた言葉の本当の意味を知るのは丸一日後―――――二人が脱走者と追跡者という異なる立場に立たされた時であった。



UP DATE 2013.3.8

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とうとうこの時がやってきてしまいました(T_T)奇しくも今度の日曜日は山南忌、特に狙ってこの時期にした訳ではないのですが、これも何かの縁かもしれません。

夜遅く帰還した山南は土方に脱走計画を打ち明けます。新選組を守りつつ、幹部である伊東だけを排除するという微妙うな作戦ですので、やはり『協力者』は必要になるんですよね。勿論土方は反対しますが、このままでは再び伊東が隊士達を集めて血判を押させてしまう可能性が出てくると山南の計画を渋々呑むことに・・・・・(>_<)

ちなみに脱走日を一日遅らせたのは、勿論近藤さんの顔を一目見てから、というのもあったかもしれませんし、気が付いたらやり残しの仕事が山積みになっていたからかもしれませんし・・・・・オトナになるといろいろ片付けなきゃならないことが増えるんです(^_^;)ま、その詳細は脱走後、大津においての沖田との会話で出てくるかもしれませんv

次回更新は3/15、脱走した山南を沖田が追跡することになります。

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K様、早々のご来訪アザーーーーっすヽ(=´▽`=)ノ 

だけど、3/15まで待っていてくださいませvそんな速いペースじゃ書けません死んじゃいます勘弁して下さい(爆)ただ、すでに『伊藤参謀と心中』なんてネタが出ておりますので、フツ~とはちょっと違うのはお解りいただけると思います^^(これをキッカケに副長、参謀、斉藤さんの東下チームも組まれることに・・・という流れになる予定ですv)

それにしてもここ数日の花粉、ひどいですよね~(T_T)せっかくの陽気、窓も開けたいし洗濯物もおひさまの舌で干したいのに花粉がそれを邪魔をする・・・・・サイクロンクリーナーだけが頼りの綱です(空気清浄機買えよ、って話なのですが^^;)
お互いこの季節、頑張って乗り切りましょうね~(^.^)/~~~
(先日先輩から聞いた寄生虫の話以来『花粉症にならない人間はきっとお腹の中にマダオ(♂)って名前のギョウチュウかサナダムシを飼っているに違いない、という妄想をいだいて溜飲を下げております。そう思わないとホントやっていけませんT T)
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