「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第二十ニ話 山南切腹・其の貳

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 新選組にとって最大の悲劇の一つとなる事件が起きたその日、元治二年二月二十二日は朝から春特有の強い風が吹いていた。



 雨戸を揺らす強い風の音に、沖田はいつもより少し早く起きてしまった。さすがに時間前に局長室に出向いて近藤を起こしてはいけない。沖田はいつもより少しだけ丁寧に身だしなみを整え朝の挨拶をしに局長室へ赴く。そこには着替えを済ませた近藤と、沖田より一足早く局長室に赴いていた土方がいた。

「近藤先生、土方さん、お早うございます。」

 身だしなみの所為か、いつもより丁寧な仕草で沖田は挨拶をする。

「ああ、おはよう。もしかして総司もこの風で早く起きてしまったのかい?」

 いつもの如く穏やかな笑みで沖田に語りかけてくる近藤だったが、その横にいる土方の様子が少しおかしいことに沖田は気が付いた。

「ええ。昨日の夜半くらいからかなり煩かったですよね。何度も起きてしまって・・・・・もしかして土方さんも同じですか?」

 沖田の問いかけに、土方は一瞬びっくりした表情を浮かべる。

「・・・・・いや、別に。睡眠時間が短けぇのはいつものことだ。」

 ぶっきらぼうに言い放つ土方だったが、その眼の下には明らかに隈ができており、心なしかやつれて見えた。

「もしかして昨日の陽気につられて、土方さんも働き過ぎたんじゃないですか?」

 確かに昨日、土方は山南と共にやけに忙しそうに動き回っていた。その疲れと寝不足で疲れが取れていないのかもしれない。

「土方さんもすでに三十路、寄る年波には勝てないんじゃ・・・・・。」

 寄る年波―――――その一言を聞いた瞬間、土方の眉がぴくり、と跳ね上がった。

「男の三十路は男盛りだ!爺扱いするんじゃねぇ!」

 沖田の年寄り扱いに土方はやけにむきになる。そんな土方を無視して沖田は気になっていたことを口に出した。

「そういえば・・・・・山南さんは?この強風にも起きてこないなんて、大丈夫ですかね?」

 その瞬間、沖田に対して怒りを顕わにしていた土方の表情が急変する。

「さあな・・・・・昨日俺と一緒にヤボ用を片付けてくれたからまだ寝込んでいるんじゃねぇか?」

 山南の話題になった瞬間、急に大人しくなった土方のその口調、どこか宙を彷徨うような視線の動きの僅かな違和感に、沖田は土方に感じていた疑念を確信に変えた。

(土方さんは・・・・・何か隠し事をしている。)

 だが土方が何を隠そうとしているのか、沖田には皆目想像がつかない。だが、沖田のそんな困惑に気づいていない近藤は、何の気なしに沖田に頼み事をした。

「山南さんはきっと疲れているんだろう。だが、そろそろ朝餉の刻限だし・・・・・総司、山南さんを起こしてきてくれないか?」

「はい。」

 近藤の言葉に沖田は答え、総長室で寝ている山南を起こすため隣の総長室の襖を開けた。

「山南さん、そろそろ朝餉・・・・・!」

 言いかけた沖田の言葉がそこで止まる。

「やま・・・・・なみさん?」

 襖を開けた沖田の目の前に、寝ているはずの山南の姿は無かった。



 総長室はこれ以上はないというくらい綺麗に片付けられていた。畳まれた布団にぬくもりが無いところから鑑みると、山南が部屋を出て行ってからかなり時間が経過しているらしい。そんな中、文机に一通の置き手紙がある事に沖田は気が付いた。

「こ・・・・・これは。」

 それは近藤宛の手紙だった。沖田はそれを手にすると局長室に転がり込む。

「どうした、総司?山南さんは?」

 尋常ならざる沖田の様子に近藤が尋ねるが、沖田は青ざめた顔で山南の置き手紙を近藤に見せた。

「こ・・・・・近藤先生!こ、これを!山南さんが・・・・・部屋にいないんです!」

 沖田は動揺を顕わにしながら近藤宛の手紙を渡す。近藤は沖田からそれを受け取ると、急くようにそれを開き、中身を読んでいく。

「こ・・・・・これは・・・・・。」

 山南からの手紙を読み進める近藤の表情が険しくなった。そして、呻くような声で土方に命じる。

「歳・・・・・幹部たちを招集してくれ。山南さんが・・・・・脱走、した。」

 脱走―――――その言葉に沖田は驚愕の表情を浮かべる。

「近藤先生、嘘でしょう・・・・・山南さんが脱走なんて・・・・・。」

 何かの間違いであって欲しい、そう願う沖田だったが、その思いを打ち砕く怒声が沖田に襲いかかった。

「総司!うだうだ言ってねぇで幹部どもを招集しろ!これは紛れもねぇ事実だ!」

 何時にない土方の剣幕に沖田はびくっ、と肩を震わせた後、脱兎のごとく局長室から飛び出し幹部たちの招集に奔走した。



 緊急の招集だったが、たまたま巡察の入れ替え時間と重なった為、壬生にいる幹部たちは全員集まった。それを確認すると、近藤は山南からの手紙を皆に見せる。そこにはただ一言『一身上の都合により、脱走致し候』とだけ書かれていた。

「山南さんが脱走なんて・・・・・な、何かの間違いだろう?」

 山南の置き手紙を見た永倉が愕然とした表情のまま呟く。だが、近藤は悲しげに首を横に振るだけだった。

「私もそう思いたい。だが、この手紙だけが置かれ、山南さんは屯所にいない。これは紛れもない事実だ。」

 そんな悲痛な近藤の言葉を受けて、土方が言葉を続ける。

「たとえ山南総長であろうとも例外は許されない。局中法度に照らし、捕縛後切腹してもらう。」

 その瞬間、幹部たちの間に動揺が広がった。

「土方さん!いくら何でもそれはないんじゃないですか!きっとなんかしらの理由が・・・・・!」

 原田は反論を口にするが土方はそれを突っぱねる。

「ちゃんとした理由があるなら筋を通して辞めればいいだけだ!実際そうやって辞めていった奴だって居る。それをしなかったということは何か言えない理由、って奴があるんだろう。幹部だけ特別扱いでは下の者に示しがつかねぇ!」

 そう凄みながら土方は一瞬伊東を睨みつけ、すぐさま視線を逸らした。その様子を沖田はほんのちょっと輪の外から冷静に見つめる。

(なるほどね・・・・・『言えない理由』は伊東さん絡みなのか。)

 山南の脱走を知った瞬間も土方は近藤や自分達ほど驚愕しておらず、すぐさま幹部を招集した。もしかしたら監察から伊東と山南に関する何らかの情報があったのか―――――沖田がそう思った、まさにその時である。

「山南さんが潜伏するとすると馴染みが居る島原か祇園、伏見から大阪へ行くことも考えられるな。永倉、松原は島原を、斎藤、原田は祇園、武田、井上は伏見の探索をしろ!」

「承知!」

 有無を言わさぬ土方の迫力に、幹部たちは即座に動き出す。だが、その指示の中に沖田の名前は無かった。

「あの・・・・・私はどこを探索すれば?」

「取り敢えず大津だ。」

「おお・・・・・つ?」

 思わぬ場所に沖田は小首を傾げる。

「もしかしたらその先の草津、さらにその先になるかもしれねぇな。江戸に東下する可能性も捨てきれねぇから、おめぇは大津へ向かってくれ。馬の使用を許可する。すぐ出立しろ。」

「承知・・・・・しました。」

 いつもと変わらぬ無駄のない土方の指示だったが、やはりどこか違和感がある―――――どこが、というのははっきり解らなかったが、何か隠し事をしているのは確かだ。沖田は道中の相談をする振りをして土方に近づき、耳打ちをする。

「・・・・・土方さん。一体土方さんは何を隠しているんですか?」

 沖田の指摘に土方は微かに口許に笑みを浮かべた。

「チッ、やっぱりバレていたか。おめぇの表情を見ていたら何となくそんな気はしていたけどよ。」

 口調こそ冗談めかしていたが、その表情は相変わらず強張ったままである。

「・・・・・帰ってきたら教えてやる。」

 どうやらいますぐに教える気は無いらしい。それでも少しでも情報を引き出そうと、沖田は土方に食い下がった。

「もしかしたら山南さんに返り討ちに遭うかもしれないのに?隠し事を聞かないうちに死んだら化けて出ますからね。」

 沖田のたちの悪い冗談に、土方は不満そうに鼻を鳴らす。

「それは山南さんを見つけ出せたらの話だろうが。手ぶらで壬生に帰ってくる可能性が大きい奴がでかい口叩くんじゃねぇ。」

「・・・・・まるで見つけられないほうが良さそうな物云いですね。」

 淡白な沖田にしてはかなり頑張った方だが、結局新たに聞き出せたのは次の一言だけだった。

「ああ、そう思ってくれて構わねぇ。今回の事は山南さんが立てた筋立てだが、正直俺は山南さんのやり方には反対だ。」

「え?」

 つまり、山南と土方が結託しているというのか―――――まさかそんなこととは思ってもいなかっただけに沖田は目を丸くする。そして沖田のその表情に土方は自分が喋りすぎたことに気が付き、舌打ちをする。

「・・・・・俺が言えることはこれだけだ。詳細を聞きたきゃ山南さんを見つけ出して聞き出して来い!」

 土方はぶっきらぼうに言い捨てると、沖田に背を向け口を噤んでしまった。



 土方との会話を終えた後、沖田は馬に乗り東海道へ向かった。三条大橋から大津宿まで三里、その先の草津宿までは六里二十四丁の道程がある。健康な男の足ならば半日で歩ける距離だ。だが草津宿の先は東海道と中山道二手に道が別れる。その先に行かれてしまったら追跡、捕縛はほぼ不可能だ。

(そもそも参勤交代にお伊勢参り、旅人が多くなるこの時期、山南さんを見かけて、なおかつ覚えていてくれる目撃者は極めて少ないでしょうね。)

 土方の指示そのものが謎である。山南を本気で捕まえたいのであれば沖田に数人の部下を付ける筈だ。そして本気で逃がしたいのであればわざわざ沖田を東海道へ追跡に出す事も無いと思う。他の幹部同様、京都の街を捜索させておけばいいのだ。

(ということは、土方さんは山南さんの逃げた場所を知っていて、私に迎えに行かせようとしているのでしょうか?)

 だが、そうであれば何故土方はそれを黙っているのか、理解に苦しむ。

(解らないことが多すぎる・・・・・だけど。)

 全ては山南が知っているだろう。連れ帰るにしても逃がすにしても一度会って話を聞きたい。沖田は逸る気持ちそのままに馬を急かせ、大津宿へと急いだ



 沖田が大津宿に到着したのは屯所を出立して半刻を少し過ぎた頃だった。馬を思いっきり走らせることが出来れば四半刻ほどで到着する道程だが、この時期は道が混んでいて走らせることはままならない。それでも馬上の高さを利用して山南らしき人物がいないか探していたが、道中では見つけることはできなかった。

「真夜中に出立したとなると、もう草津に到着していてもおかしくないんですよね。」

 確かに山南の腕は効かなくなっているが、脚は全く問題ない。普通に歩いていればすでに草津に到着か、それより先に進んでいるかもしれない。

「・・・・・いっそ、山南さんは草津より先に行ってしまった、って事にして引き返しましょうかね。」

 何かを知っている土方は、むしろ山南に逃げおおせて貰いたい素振りを見せていた。山南が帰還することで大事になるよりは、このままうやむやにしてしまった方が、という空気さえ漂わせていたのだ。

「取り敢えず大津宿をぐるっ、と見回して山南さんがいないようでしたら、走り井餅でも食べて壬生に帰りますか。」

 と呟きながらも、視線はすでに山南ではなく走り井餅を探し始める――――――そんな時であった。本陣近くの旅籠から一人の飛脚が飛び出し、それを見送る見覚えがある姿が沖田の目に飛び込んできたのである。そして向こう側も沖田に気が付き大きく手を振る。

「お~い、総司!思ったより遅かったじゃないか!そんなに道中は混んでいたのかい!」

 それは出来れば今一番出会いたくなかった人物―――――山南敬助その人であった。



UP DATE 2013.3.15

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風の強い春の夜、とうとう山南さんは脱走を決行してしまいました(>_<)私は関東の人間なので、春の京都でどれくらい強い風が吹くのかよく解らないのですが、関東と同じレベルかそれより弱いくらいでも、人が行動する音はかき消されちゃうかな~と思いまして^^さすがにし~んと鎮まりかえった状況では、誰かがきっと気がつくでしょうしねぇ。(もしかしたら土方のフォローが入っていたかもしれませんが^^;)

そして『脱走』した山南を追跡するため、沖田は大津へと向かいました。土方や山南への疑念を抱きながら・・・・・何かを知っていながら何も語らない土方、何も語らずに脱走してしまった山南。理由も解らず踊らされている自分を自覚しながら、ただ踊らされるまま行動している自分に歯がゆさも覚えていたのではないでしょうか。
土方曰く『山南さんから話を聞け』とのことですが、見つけ出してしまったら山南を切腹させなければならないし、複雑な心持ちだったでしょう。それこそ大津名物・走り井餅でも食べて帰りたい気分だったに違いありません。だけど出会ってしまった・・・・・次回更新3/22では沖田と山南の会話が中心となります。
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