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「紅柊(R-15~大人向け)」
甲午・春夏の章

桜ひとひら・其の参~天保五年三月の変化

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 夕七ツの鐘が鳴ると、春の日差しは徐々に力を失い始め、赤みを帯び始める。いつの間にか笑い声まで出始めている大人達の談笑を遠くに聞きながら、五三郎は寝入ってしまっている幸の髪の毛を撫でていた。

「・・・・・ったくよぅ。無邪気な顔して眠りこけやがって。」

 何だかんだ毒づきながらも、幸を見つめる五三郎の視線はどこまでも優しい。襦袢の裾まではだけられては目のやり場に困るが、長着や羽織でくるんでしまえば問題ない。ようやく心の平常を取り戻した五三郎は羽織で半分隠れた幸の寝顔を見つめ続けた。

(十六になって、だいぶ大人びてきたよな。)

 勿論顔立ちそのものが童女から娘らしくなってきたというのもあるが、それ以上に印象を変えているのが髪型である。普段おなご姿の時に結う銀杏返しではなく、改まった中高島田は幸をやけに大人っぽく見せていた。日を追うごとに女らしく、きれいになってゆく幸を眩しく思いながら、己だけのものにできないもどかしさも同時に痛感する。

(結局『山田浅右衛門』の銘を取らなきゃ何も得られねぇ、って事なんだよな。)

 家を継ぐことができる長男と違い、次男以下は実力で役職や財力、そして伴侶を得なければならない。それは武士であっても庶民であっても同じである。五三郎も数多いる門弟たちとの競争に勝ち、全てを得なければならないのだ。

(幸も俺を嫌ってはいなさそうだし・・・・・ここは歯ぁ食いしばって頑張るしかねぇな。)

 去年の十一月、幸に己の想いを告げた後も以前とそれほど変わらぬ関係を築けていると思う。それは『少なくとも幸に嫌われてはいない』という自信に繋がっていた。その自信が技量の上達へと結びつき、もしかしたら今度の御様御用では見学を許されるのではないかと言われるまでになっている。

(御様御用の見学が許されたら・・・・・早けりゃあと三年か四年で御様御用を任される。そうなったら・・・・・。)

 『山田浅右衛門』を襲名できる可能性が極めて高くなる。あともうひと頑張りすれば・・・・・そう思った刹那である。

「・・・・・に・・・・・さま。」

 五三郎の羽織の下から幸の小さな声が聞こえてきた。

「ん?どうした、幸?」

 てっきり幸が起きたのかと思って五三郎は聞き返したが、幸は返事をしない。どうやら寝言で五三郎を呼んだらしい。ただ少し暑いのか、額に汗が滲んでいる。それもそうだろう、酒を飲んだ上に長着に五三郎の羽織まで掛けられているのだ。

「少し風を入れてやるか。」

 さすがに胸許が緩んだ状態で幸に掛けた羽織を外すのは躊躇われる。五三郎は立ち上がり、庭に面した障子を思いっきり開けた。すると強い風によって桜吹雪が部屋に吹き込んできたのである。そして部屋中に桜の花弁が散らされてしまった。

「あ~あ。後で掃除しなきゃだめだな、こりゃ。」

 五三郎はこれ以上桜の花弁が入り込まないよう障子を細く開けたまま、幸のそばに再び座ったその時である。ひょい、と為右衛門が部屋を覗きに来たのだ。

「おい、五三郎。幸の様子はどうだ・・・・・って言う前にこの花弁は何だ?」

 部屋中に散らかった桜の花弁を見て為右衛門が顔を顰める。

「あ、兄上。」

 為右衛門の姿を見た瞬間、五三郎は姿勢を正す。

「今さっき障子を開けたら吹き込んで来たんです。ちなみに幸は相変わらず寝入ってますよ。まぁ寝相が悪くって・・・・・。」

 長着や羽織で簀巻き状態の幸をちらりと見やり、五三郎は肩を竦めた。

「だろうな・・・・・父上が言っていた。五代目がよく『幸が男の子だったらどれほど良かったか。』とぼやいていたと。」

 為右衛門は五三郎の横に座り込み、幸の顔を覗く。

「紀州公は元々山田家の主君だった家柄だ。さすがに幸も断りきれなかったんだろうな。」

 為右衛門の言葉に五三郎も深く頷いた。初代山田浅右衛門は当時紀州公だった徳川吉宗につき従い江戸に出てきたと伝えられている。その由来により山田家において紀州徳川家は徳川宗家とほぼ同等の礼儀で接しているのだ。だからこそ幸も勧められる酒を断ることが出来なかったのだろう。

「・・・・・尤も、今年潰れたのは幸でニ十人目だとのことですが。」

「・・・・・なるほどな。」

 家の由来も何も関係ない―――――それを知った瞬間、為右衛門は大仰に溜息を吐いた。

「そうそう、これから斎藤さんを含めて皆で品川にでも繰り出そうか、という話が出ているがお前はどうする?」

 兄の誘いに一瞬心が揺らいだ五三郎だが、やはり気になるのは品川の飯盛よりも目の前の酔っぱらいである。

「申し出はありがたいのですが、こいつを置いてはちょっと・・・・・。」

 幸を見つめるその視線に、為右衛門は五三郎の心の中を読み取った。

「まぁ、繰り出す面子が面子だからお前は気を使うばかりだろうしな。」

「・・・・・ですね。今日のところは遠慮しておきます。父上には幸が起きたら帰宅すると伝えておいてください。」

「判った。あまり遅くなるなよ。」

 為右衛門はそう言い残すと桜の花弁が散った部屋を後にした。



 大人達が品川へ繰り出したのと時を同じくして空は藍色の帳を下ろし始めた。部屋に散らかった桜の花弁を片付けた五三郎は、燭台の蝋燭にも灯りを灯す。

「・・・・・んんっ。」

 蝋燭の灯が刺激になったのか幸のまぶたが動き、大きすぎる目がゆっくりと開いた。

「お、ようやくお目覚めか?」

 五三郎は幸に近寄り、頬を撫でる。

「ここ・・・・・は?」

 ゆっくり起き上がりながら幸は周囲を見回す。その瞬間、掛けてあった五三郎の羽織がするりと落ち、乱れた襟元が顕になった。背の高い五三郎の目線からだと、どうしても乱れた襟元から柔らかそうな膨らみが見えてしまい、五三郎は慌てて視線をそらす。

「よ、酔っぱらい部屋だ。まさか自分が放り込まれるとは思わなかっただろう。」

 五三郎の指摘に、幸はようやく自分がいる場所がどこか理解した。

「ああ・・・・・そうか、私紀州様のところで・・・・・うっ。」

 不意に幸が眉を顰め、慌てて口許を押さえる。

「頭・・・・・痛い、気持ち悪い・・・・・。」

 生まれて初めての激しい二日酔いに苦しむ幸だったが、酒呑みだったら誰もが通る道だと、五三郎は立ち上がりながら素っ気なく言い放つ。

「だろうな。今、湯冷ましを持ってきてやるから待ってろ。吐くんだったら厠か庭に吐いちまえよ。あと、さっさと長着を着ちまえ。いつまでも襦袢のままだと風邪を引くぞ。」

「え・・・・・あっ!」

 五三郎に指摘され、ようやく幸は自分の姿に気が付き胸許を掻き合わせる。それと同時に耳まで真っ赤にした五三郎は、まるで逃げ出すように部屋を後にした。



 湯冷ましの入った鉄瓶と小さな湯のみ、辛うじて三個だけ残っていた堀大和守からの干し柿を盆の上に乗せて、五三郎は東の座敷へ戻った。

「お~い、幸!入るぞ!着替えは終わっただろうな!」

 着替えの途中で無いことを確認してから、五三郎は恐る恐る襖を開ける。そこには桜鼠の長着をきっちり着込んだ幸が正座をして待っていた。

「ありがとうございます、五三郎兄さま。本当に・・・・・申し訳ございません。」

 さすがに恥じ入っているのか、頬を桜色に染めて幸は頭を下げる。だが、五三郎は気にした風もなく幸の前に座り込んだ。

「まぁ、紀州様に強いられちゃあ仕方がねぇさ。ほら、湯冷まし。あと残り物の干し柿だ。堀大和守様から戴いた奴の最後だとよ。」

 菓子器に入った干し柿を差し出しながら、五三郎は湯呑みに湯冷ましを注ぐ。

「もし渋茶が欲しいようだったら後で淹れてきてやるから、取り敢えず湯冷ましだけは飲んでおけ。でないと後が辛ぇぞ。」

 五三郎が促すまま、湯呑みに注がれた湯冷ましを飲む。

(そう言えば、この干し柿を堀様から戴いた頃・・・・・。)

 幸は昨年堀大和守から干し柿を貰った直後、五三郎が腕の骨折で試し切りが出来なかった頃のことを思い出した。
 あの時五三郎は『自分の事を男としてどう思っている?』と幸に尋ねてきたが、その答えは未だ出ていない。ただ、五三郎を失いたくない、という気持ちはあの時よりも強くなっている―――――それを幸ははっきりと自覚していた。いつも気がつけば寄り添うように傍にいてくれる、五三郎の優しさを失いたくない。

「・・・・・ねぇ、兄様。」

 湯冷ましを飲み干した後、幸は五三郎に呼びかける。その声にいつもとは違う、仄かな甘さが含まれていることに幸本人は気が付かなかった。

「ん、どうした?」

 そんな幸の問いに五三郎は本当の兄のように優しく応える。

「五三郎兄様は・・・・・今日はもう、芝に戻られるんですか?」

 上目遣いで五三郎を見つめながら、幸は尋ねる。その吸い込まれるような、潤んだ視線にどきりとしながら、五三郎は平静を装う。

「ん~、親父と兄貴は斎藤さんと品川に繰り出す、って言っていたから多少帰りが遅くなっても・・・・・。」

 その瞬間、幸が五三郎の袖をきゅっ、と摘んだ。そして俯きながら小さな声で呟く。

「もうちょっと・・・・・もうちょっとだけ一緒にいてくれませんか、兄様。」

 いつもの幸らしくない、恥ずかしげに訴えるその姿に五三郎の胸はさらに高鳴った。使用人以外誰もいないこの屋敷の中、俯き、切なげに一緒にいてくれと訴える幸を強く抱きしめたい衝動に駆られる。だが、五三郎はそれを強い意志で押し殺した。幸のこの態度、これは宿酔の不安感から来るものだ―――――五三郎はそう判断したのである。

「馬鹿が・・・・・呑み過ぎやがって。仕方ねぇな、おめぇが寝るまで一緒にいてやるよ。」

 五三郎は己の理性を保つように、幸の頭を子供のようにそっと撫でてやる。その瞬間、幸の髪にまだくっついていた桜のひとひらが五三郎の指に触れ、はらりと畳の上に落ちていった。


 微かな動きにも揺らぐ、ひとひらの桜のような淡い気持ち―――――その名が初恋だと幸が知るには、いま少しの時間を要することになる。



UP DATE 2013.3.19

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色恋に疎い幸にもようやく桜ひとひら分の春がやってきたようです^^ただ、本人が自覚するにはまだもう少し時間がかかりそうですが・・・・・(^_^;)
本当は幸が寝ている間にちゅ~でもさせてしまおうか、とも思っていたのですが、どうもこの二人には早すぎるようでした。キャラがまったくそっちの方向に動いてくれないんですよね~(>_<)こういう時、無理にキャラを動かしてしまうと話がぶっ壊れてしまいますので、(少々刺激は少なめですが)キャラが動きたいように話を仕上げた次第です。

ようやく芽生えた五三郎への恋心、だけど山田家を取り囲む環境はこの恋を育てていくにはあまりにも過酷な環境です。もしかしたら幸自ら自分の気持ちを潰すことになってしまうかもしれませんし・・・・・要は五三郎の頑張り次第なんですけどねv


次週は『横浜恋釉』4月話、『紅柊』4月話はまだストーリーは考え中なのですが間違いなく★付きの話にする予定ですv(清充&梅か芳太郎&縫のどちらかのCPになる予定です^^)
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