「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第二十三話 山南切腹・其の参

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 強すぎる春の風が東海道を吹き抜け、乾いた砂埃が宙に舞い上がる。その烟る砂埃の向こう側に、見慣れた笑顔が沖田を出迎えていた。

「やま・・・・・なみ、さん?」

 何故山南がここにいるのか、否、何故自分の前に姿を見せたのか。出会ってしまったら壬生に連れ帰らねばならないではないか。胸にこみ上げる無念さに、沖田の目から涙が溢れ出る。

「どうしたんだい、総司。涙なんか流して・・・・・砂埃でも目に入ったのかい?」

 まるで子供をあやすような優しい声で、山南は馬上の沖田に声をかけてきた。その優しさに、沖田の悔しさ、無念さはますます募ってゆく。

「山南さん・・・・・何でこんな所に居るんですか!」

 ごしごしと乱暴に目をこすりながら、沖田は馬から飛び降りる。

「何でもっと遠くに・・・・・私が追い切れない場所まで逃げてくれなかったんですか!」

 激情に相手が目上だという事も忘れ、沖田は山南の胸座を掴んだ。その目には新たな悔し涙が滲み、六尺もある身体は何かを恐れる子供のようにわなわなと震えている。だが山南はただ苦笑いを浮かべるだけだった。

「逃げろと言われてもなぁ。別段、逃げる必要もないし。」

「じゃあ何で脱走なんてしたんですか、山南さん!」

 人を喰ったような山南の言葉に、沖田はかっとなる。そんな沖田を宥めるように、山南は穏やかな、そして周囲の者には聞こえないように小さな声で呟く

「新選組総長の立場ではやってはいけない事をやらなくてはならなかったからさ。」

「えっ?」

 山南の言っていることが理解できず、沖田は山南の胸座を掴んだままきょとん、とした表情を浮かべた。

「まぁ、取り敢えず宿の中に入ろう。ここの食事はなかなか美味いんだ。」

 山南は笑顔でそう言うと、自分の胸座を掴んでいる沖田の手をやんわりと外し、宿の中へ入っていってしまった。

「ま、待ってくださいよ!山南さん!」

 山南の一連の行動はあまりにも突飛すぎて理解に苦しむ。だが、もしかしたら宿の中で少しは何かを話してくれるかもしれない。沖田は騒ぎを聞き付けて表通りに出てきた宿の馬丁に馬を預けると、山南の後を追いかけていった。



 山南と沖田は宿の二階にある四畳半ほどの小さな部屋に通された。どうやら豪商やそこそこの身分の武士が使う部屋らしく、小さいながらも調度の一つ一つが洗練されている。

「それにしてもひどい風だね。ここまで来るのも大変だったろう。」

 まるで遠方からの客をもてなすように、山南は運び込まれた台の物を沖田に勧める。さすがに空腹を覚えていた沖田は山南の前に座ると、出された台の物を平らげた。本当だったら美味しいはずの料理なのだが、状況が状況だけに砂を噛んでいるように味気なく感じる。

「山南さん、一体何を企んでいるんですか?しかも土方さんも一枚噛んでいますよね?」

 食事を終えるなり、沖田は山南に迫った。鬼気迫る沖田の尋問に、山南は不思議そうな表情を浮かべる。

「何だ、土方くんから事情を聞いていないのかい?」

「はい、土方さんは何も教えてくれませんでした。ただ、私一人に東海道の探索を命令した後、一言だけ言いました。『聞きたければ山南さんに聞け、俺は山南さんのやり方には反対だ』と。」

 その瞬間、山南は状況を想像したのかぷっ、と吹き出した。

「まぁ確かに土方くんは私のやり方に難色を示してたからね―――――私が切腹覚悟で直訴状を幕府や会津に出す、という方法には。」

 穏やかな表情のまま、とんでもない事を告げる山南に、沖田は愕然とする。

「直訴・・・・・状!一体何を直訴したんですか!しかも切腹覚悟なんて!!」

 沖田は声を荒らげ山南ににじり寄るが、山南は穏やかな表情のまま唇に人差指を当てた。

「しっ、静かに・・・・・ここではちょっと言えない。どこに耳があるか判らないし・・・・・だけどこれだけは確かだ。私が書いた直訴状を手に会津か幕府の捜索が壬生の屯所に入る。」

 まるで他人事のように淡々と告げる山南に、沖田の怒りは募ってゆく。

「何を呑気な!新選組に捜索の手が入るなんて・・・・・まるで犯罪者じゃないですか!」

 沖田が苛立ち、怒りを顕わにするほど、山南はどこまでも穏やかに、冷静になっていくようだった。穏やかな表情のまま、山南は沖田の肩にぽん、と手を載せる。

「犯罪者・・・・・確かにその通りだ。だからこそ私は『新選組総長』の立場では直訴状を出すことが出来なかった。頼む、総司。新選組を・・・・・近藤さんを何があっても守ってほしい。」

 穏やかな、だが有無を言わさぬ力強さがこもった山南の言葉に、沖田は唇を噛み締める。

「山南さん・・・・・決意は変わらないのですか?」

「何を寝ぼけたことを言っているんだい。武士がそうころころと決意を変えるはずがないだろう。」

 よっぽどおかしかったのか、山南の笑いは止まらない。

「だけど・・・・・切腹なんて・・・・・。」

 動揺を隠せない沖田に山南は少し困ったような表情を浮かべた。

「困ったな・・・・・介錯はお前に頼もうかと思っていたのに。」

「悪い冗談は止めてください!」

 思いもしなかった山南の一言に沖田は熱り立つ。だが、それと同時に沖田は脱走前日に山南が沖田に言った言葉を思い出していた。



『お前の力がどうしても必要になったら・・・・・その時に頼ませてもらうよ。』



 これはこの事を言っていたのかと、沖田は悔やむ。そして沖田の想像が正しいことを証明するかのように山南は言葉を続けた。

「冗談じゃないさ。こればかりは他の組長には任せられない。何せお前は・・・・・。」

 山南は一旦区切ってから再び口を開く。

「・・・・・若手で唯一の試衛館生え抜きなんだから。」

 意味深な山南の物言いに、沖田は訝しげに眉を顰める。

「何を・・・・・言いたいんですか、山南さん?だったら教えてください。私が介錯をしなければならないその意味を。」

 いつの間にか部屋は薄暗くなっている。沖田はさらに込み入った話を聞き出すため、山南ににじり寄った。



 夕闇迫る中、土方は一人『家探し』をしていた。山南の直訴状はすでに二条城や黒谷に届いているだろう。その情報を得て捜索隊が壬生屯所にやってくる前に、山南の血判が押された糾弾状―――――伊東が幕府に対して謀反とも思える動きをしようとしている動かぬ証拠を押さえなければならない。だが、伊東は山南の捜索には出動せず、所要とかで屯所を後にしたのは午後も遅い時間になってからだった。

「散々待たせやがって・・・・・。」

 こちらも伊東の部屋を捜索することは出来なかったが、土方がそれなりに見張っていた分、少なくとも伊東が糾弾状を処分する時間も無かった筈である。たとえ書状自体が切り刻まれていようとも、焼かれて灰になってさえいなければつなぎ合わせることができる。そう考えて土方は伊東の部屋を探したが、それらしき書状を見つけることは出来なかった。

「畜生、やっぱり持っていかれたか。」

 さすがに山南の血判が押された糾弾状を部屋に放ったらかしにしておく筈はないと土方が諦観の溜息を吐いたその時である。微かな煙の匂いが土方の鼻に届く。

(まさか・・・・・!)

 嫌な予感を覚えた土方は足袋のまま煙の臭いがする方へかけ出す。煙の元は八木邸の台所に面した勝手口の近くで、そこで八木の妻と子供たちが落ち葉などを燃やしていた。そして枯葉などの中に巻物らしきものが見えるではないか。

「済まねぇ!その焚き火、消してくれ!」

 土方は火を消そうと羽織を脱ぎ、焚き火に被せる。だが火の勢いが強すぎて、消えないどころか羽織にまで火が燃えうつる。

「仕方がねぇ!申し訳ねぇが『灰神楽』を許してくれ!」

 土方は勝手口を開けると、台所の水瓶に走り寄る。そして手近にあった一番大きな桶に水を汲むと焚き火目掛けて水を被せた。するとぶわっ、と灰が舞い上がり、土方を始め周囲にいた者は思いっきり灰をかぶってしまう。だが、周囲を灰だらけにした甲斐あって、焚き火は巻物の残りが取り出せるほど弱くなった。

「土方はん、何しはるんや!」

 顔まで灰で真っ黒になってしまった為三郎が口を尖らせ文句を言うが、土方はそれを無視して巻物の燃え残りを木切れで引っ張り出す。

「・・・・・畜生、これだけしか残らなかったか。」

 燃え残った巻物の切れ端―――――そこには糾弾状の最後の部分、山南の血判とその周辺しか残っていなかった。これだけでは伊東が糾弾状を書いたことを証明することは出来ない。

「山南さん・・・・・すまねぇ!」

 土方は泥濘んだ灰の中、膝をついてがっくりと項垂れる。暮れゆく壬生の空の下、どこからか、伊東の高笑いが聞こえてくるような錯覚に土方は陥った。



 京都市中を中心に山南を探索していた隊士達だったが、結局誰も山南を見つけられず屯所に帰還していた。後は沖田の帰還を待つだけになってしまったが、夜半になっても沖田は帰ってくる様子がない。

「やっぱり街道が混んでいるこの時期じゃ、人ひとり見つけ出すのは難儀なんだろうな。」

 重苦しい雰囲気の中、ぽつりと原田が呟く。

「・・・・・でなけりゃ、馬ぁ使っているのにこんな時間がかかるなんてことはねぇだろうよ。」

 原田の呟きに呼応するように、永倉も力なく肩を落とす。

「そう言えば近藤局長、この事を会津にはもう伝えているんですか?」

「一応伝えておいたが・・・・・あくまでも隊内の事だから会津としては特に口は出さないと。」

 重苦しい空気の中、交わされる会話を聞きながら土方は一人黙りこくっていた。

(会津の介入が無い、ってことは、まだ山南さんの直訴状が届いていねぇのか。それとも何か事故があったのか・・・・・。)

 それは証拠の品を燃やされてしまったという失態を犯してしまった土方にとって、会津の介入が未だ無いという事はありがたくもあった。幕府や会津が山南の血判が押された糾弾状をとるに足らないものと思っていてくれれば、上からの処罰はまずないだろう。だが、新選組には『局中諸法度』という鉄の規則があるのだ。

(俺の失態を山南さんに伝える術があれば・・・・・。)

 だが、それは明らかに不可能だった。後は沖田が山南を見つけ出せないか、見つけ出したとしても説得して江戸に逃げてもらうしか山南を助ける方法はない。

(頼む、総司・・・・・山南さんを説得してくれ!)

 がたがたと風が雨戸を鳴らす中、まんじりともしない夜は更けていった。



 どんな夜でもいつかは明ける。それが望まぬ夜明けだとしても・・・・・黎明の光の中、山南と沖田は帰還した。山南の悟りきった清々しい顔は、やつれ、目を真っ赤にした沖田とは対照的だった。どちらが逃亡者でどちらが追跡者か判らないほどだ。

「山南敬助、ただ今屯所に戻りました。」

 穏やかな微笑みを浮かべながら、出迎えてくれた皆を山南は見回す。だがこの帰還は、山南と新選組隊士達との最後の別離の始まりであった。



UP DATE 2013.3.22

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とうとう沖田は山南と出会ってしまいました(T_T)沖田は涙ながらに山南に脱走の理由を聞き出そうとしますが、山南はのらりくらりとそれをかわしてしまいます。山南としてはあまり詳しい話をして、沖田を巻き込みたくないという事もあったのかもしれませんが、沖田としてはもやもやが残りますよねぇ(´ε`;)ウーン…さらに沖田は介錯まで頼まれてしまいます。しかもその介錯には何か託したい意味があるようで・・・・・それは次回以降に書くことになります(できれば次回に盛り込めればいいんですけど、その後になる可能性も^^;)

そして山南の直訴状が届いているはずの会津が妙な沈黙を保っています。山南の直訴状を取るに足らないものと判断したのか、それとも何か別の意味があるのか・・・・・こちらは土方を中心とした東下にも関ってきます。

次回更新予定は3/29、とうとう山南敬助切腹の場面になります(T_T)
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