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「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の漆・夏越しの祓(沖田総司&小夜)

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うっとうしい梅雨もようやく明け、夏の日差しがじりじりと照りつける頃になると夏越しの祓の茅の輪があちこちの神社に飾られ始める。夏越しの祓は、半年分の穢れを取り去る清めの祭りであり夏の最後を彩る祭りでもある。

「茅の輪ですか・・・・もう夏も終わりなんですねぇ。」

 元気よく『蘇民将来』と唱えながら貴船神社の大きな茅の輪をくぐる子供達を見やり、感慨深げに沖田総司は呟いた。



 池田屋事変の後、その華やかな手柄により人々の新選組を見る目がだいぶ変った。報奨金も出たし、隊の待遇も良くなり、全てが万々歳に思われたが沖田には一つだけ気がかりな---------というよりは未練があったのだ。

「あの方は・・・・・本当に実在するひとだったのでしょうか。」

 夏の熱気に景色が揺らぐ。まだ完全には体調が戻っていないのだろう。白昼夢に引きずられそうになりながら沖田はあの日の事を思い出していた。



 池田屋で倒れ、意識を失ったまま祇園の町会所に運び込まれた沖田が目を覚ました時、沖田は一瞬我が目を疑った。

(何故・・・・ここに女人が?)

 まだ自分が池田屋にいると思っていた沖田は混乱したが、うっすらと開いた目で周囲を用心深く確認しながら徐々に周囲の状況を把握し、納得する。

(ああ・・・・私は池田屋で倒れたんですね。ここは・・・・祇園の町会所ですか。)

 自分の状況が判れば次に気になるのは目の前にいる女性の事である。年の頃は十五、六歳だろうか。地味な着物に浅葱の襟かけが目を引く。
 京の女でありながら、髷も結わず、洗い髪のままのその娘に違和感を感じながら沖田はゆっくりと目を見開いた。

「ああ、良かった。ようやっと気ぃついてくれはりましたな。」

 沖田の意識が戻った事に気がついた娘は端正な瓜実顔に満面の笑みを浮かべる。玄人女の作り笑顔とは明らかに違う、その純粋な笑顔に沖田もつられて微笑んでしまった。

「お武家様、まだ横にならはっていてくださいね。父が他の患者はんを診ておりますんで・・・・・。」

 熱を持ってしまった濡れ手ぬぐいが外され、代わりに額に当てられた娘の手は小さくて柔らかく、その心地よさに沖田は陶然とする。

「あなたは・・・・・お医者様の・・・・・?」

 心地よさに遠のきそうになる意識を引き戻しながら、沖田は目の前の娘に必死に語りかける。

「へぇ。娘です。」

 そう言いながら娘は沖田の額に宛がわれていた手拭を新しい、冷えたものに変えた。確かにその冷たさは心地よかったが、娘の手が自分の額から離れてしまった事にがっかりしている自分に気がつき、沖田は驚く。

「たぶん・・・・暑気あたりどすな。この時期多いんです。」

 そんな沖田の心中を知ってか知らずか娘は穏やかに沖田に語りかける。

「情けないなぁ、敵の刃ではなく暑さに倒れるなんて。」

 まぶしげに娘を見つめながら沖田は嘆く。自分が娘を助けるならともかく、逆に助けてもらうなんて・・・・男としての情けなさと気恥ずかしさが沖田を襲う。だが、娘から帰ってきた言葉は意外なものであった。

「そんな事あらしまへん。お武家様を倒せるのは神様だけ。誰よりもお強いから・・・・・・他の人間に倒される事はないんやないですか。」

 誰よりも強い--------その言葉に胸が高鳴る。

「いやだなぁ。そんなに褒められてしまったら・・・・・。」

---------あなたに恋をしてしまうではないですか。

 そう思いながらも、すでに恋に囚われてしまった沖田の意識は疲労と安堵に引きずられ、そこで途切れた。



 次に意識を取り戻したのは夜が明けてからであった。すでに沖田を看病してくれていた娘はおらず、中年の医者が総司を診てくれていた。

「あの・・・・先生のお嬢さんに・・・・・。」

「何いうてはるんですか。うちに娘はおりまへん。もしかしたら他のセンセの娘やないんですか?昨晩は幾人も医者が駆り出されてはりましたから。」

 そう言われてあっけなく娘との繋がりは切れてしまった。体調を取り戻した後、暇を見つけては祇園近辺の医者をしらみつぶしに当たっていたが、該当するような娘はどこにもいない。
 あと、残る医者は『かわた医者』--------被差別民の医者のみであった。『血の穢れ』をも引き受け、確かな腕を持つかわた医者には新選組も世話になっている。ただ、祇園のあたりにそのような者がいるのかどうか。それとも鳥辺野にまで足を伸ばすべきなのだろうか--------そう逡巡していた時である。



目の端にあの娘をとらえたのだ。



 沖田は頭で考えるよりも先にその娘の後を追いかける。

「あの・・・・!」

 沖田はその時気がついた。彼女の名前さえ自分は知らなかった事を。言葉が続かず、どうしようか迷ったその瞬間、娘は振り向いた。

「・・・・あ、池田屋の時の御武家様!」

 どうやら娘の方も沖田の事を覚えていてくれたようだ。切れ長の目をしばたきながら沖田を驚きの表情で見つめる。

「よかった・・・・覚えてくれていたんですね。あの時はありがとうございました。」

 沖田は周囲の目も気にせず娘に頭を下げた。

「あ・・・こ・・・こんなところで困ります。」

 浪士とはいえ、武士が被差別民の娘に頭を下げるとは・・・・・髷を結う事さえ許されぬ娘は周囲を気にしながらおろおろする。
 周囲の刺すような視線に耐えられず、沖田から逃げようと娘は後じさりを始めようとしたが、沖田はそれを許さず娘の手首を掴み、それ以上自分から逃げようとするのを防いだ。

「・・・・ここじゃ困るようなら大丈夫なところに場所を移しませんか。」

 今にも泣き出しそうな娘の手を捕まえて沖田はかき口説く。



「・・・・・ったく壬生狼は節操のない。かわたの娘まで手込めにするつもりなんやろか。」

「かわたの娘かてえろう困っとるやないか。かわいそうに・・・・。」

「池田屋で名を上げてもう少しましになるかと思うたけど所詮東戎や。ろくでなしにかわりおへん。」



 ひそひそと、それでも沖田に聞こえるようにはっきりとした悪意のある囁きにも沖田は動じず、さらに手に力を込める。その強さに、沖田の覚悟を感じたのか娘は躊躇いの表情を見せながらもこくん、と頷いた。



 蝉時雨が降り注ぐ緑陰に沖田と娘は並んで座っていた。娘に逃げられてしまうのが嫌で、後先考えず強引にここまで連れてきたのは良いが、自分の名を名乗った後、何を話して良いのか見当が付かない。もじもじと、なかなか話を切り出そうとしない青年に娘の方から声をかける。

「あの・・・・沖田様、お体の方は・・・・。」

「大丈夫です!」

 やけに力強く言ってしまい、恥ずかしさの余り沖田は赤面する。

「あの・・・・あなたの手当が早くて適切だったからこじらせずに済んだって内科の先生が・・・・・。」

 耳まで真っ赤にしながら総司は答えた。

「良かった。うちはまだ見習いやし、うまくいかへんかったらどないしよって・・・・。」

 娘はほっとした表情でようやく笑顔を見せた。池田屋で見せてくれたあの笑顔だ・・・・・沖田の心に暖かいものが広がってゆく。

「ところで・・・・あの時言ってくれた言葉、覚えていますか?」

娘がひとしきり笑った後、沖田は本題を切り出す。

「へ・・・・?うち、なんか失礼な事を?」

 何か問題になる様な事を言ってしまったのだろうか?先ほどとは打って変わって不安げな表情を浮かべる娘に沖田はそうではないと笑いかける。

「いいえ、違うんです。あなたが私を看病してくれた時、『お武家様を倒せるのは神様だけ。誰よりもお強いから・・・・他の人間に倒される事はないんやないですか。』って言ってくれたでしょう。あの言葉がうれしくて・・・・。」

 沖田は天を仰ぎながら続ける。

「長州藩の不逞浪士達と日々戦っていると今日死ぬんじゃないか、今日は無事でも明日死ぬんじゃないかって根拠のない不安に押しつぶされそうになるんです。そんな私に『倒せるのは神様だけ。』なんて言われたら舞い上がってしまいますよ。」

「ああ、あの言葉ですか。何故かそういうお方がいらはるんです。やたら悪運が強いというか何というか・・・・。」

 特に意識して言った言葉では無かっただけに、その言葉にこれほど感じ入ってくれていたとは思わなかった。ほんの少し罪悪感を感じながら言葉尻を濁した娘であったが沖田は全くそのことを気にする様子はなかった。

「でも、その悪運に気づかせてくれたのはあなたですよ。あの・・・・もし良かったら・・・・・・。」

 沖田はごくん、とつばを飲み込む。

「他に好きな方や許嫁がいなかったら・・・・・また逢ってくれませんか。」

 その途端、娘の顔が曇る。

「他に好きな人も許嫁もありまへんけど・・・・・うちみたいな身分の者と顔を逢わせていると噂がたたはったら、ただじゃすまないんやないどすか?」

 過去に被差別民の娘と平民、または武士の恋の例が無いわけではない。しかし、それが見つかれば相応の罰が待っているのだ。娘はそれを心配したのだが、その心配げな顔がいけなかった。
 自分の事を心配してくれるという事は脈があるという事だ---------沖田はそう解釈したのだ。

「構いませんよ。その時は武士の身分を捨てましょう。」

 幕臣の身分を得るために新選組は苦労していると聞いていたが、その苦労さえも無駄にしても構わないというのか・・・・・あまりにもあっけらかんとしたそのもの言いに娘の方があきれてしまう。

(どう見ても、うちより年上やと思うけど・・・・まるで子供みたいや。)

「ところで・・・・あなたのお名前を教えて戴けませんか。さすがに『おい』とか『おまえ』は・・・・亭主じゃ無いですし。」

 最後の方は消え入りそうな声であった。子供の純粋さを持ったまま大人になってしまったようなこの青年に娘は自分も恋心を抱きつつある事に気がついた。

「うちは小夜と言います。沖田様にご迷惑がかからない程度になら・・・・。うちも沖田様に・・・・・。」



 夏の終わりの日差しは激しく強く、落としゆく陰を濃く焼き付ける。あまりにも身分の違う二人の恋も、互いの想いが激しければ激しいほど周囲に色濃く闇をつくりゆく事に、若すぎる二人はまだ気がつかなかった。



UP DATE 2009.7.1


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幕末歳時記其の漆《夏越しの祓》です。つい最近というか現在進行形で新選組を題材としたマンガの二次創作をやっておりまして、それとはまた違った形の新選組をと言う事で書き上げました。
このネタに関しては、そのうち《オトナのページ》を作ってそこで連載したいな~と(笑)。芸妓とか遊女、妻との愛のやり取りや、若い方にはあまり見せないほうがいいオトナのずるいところやリアルな殺陣も書きたいんです。しばらくは表一本でがんばりますが、サイト運営が軌道に乗り始めたらこちらにも取りかかります。
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