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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第二十四話 山南切腹・其の肆

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 ようやく山の端から顔を覗かせた朝日が、壬生屯所に降り注ぐ。昨日まで強く吹いていた風も凪ぎ、春らしいうららかな朝の筈なのに、ただ一人を除いて新選組隊士達は沈痛な表情を浮かべていた。

「何で・・・・・何で帰ってきちまったんだよ、山南さん。」

 松原が涙声で呻く。それは山南を迎え入れた新選組隊士全員の恨み節そのものだった。逃げおおせてくれれば隊規違反による切腹も免れる。否、脱走など無かったことにして『体調不良による脱退』とすることも可能だった筈だ。現に過去の怪我によって左腕の自由が利かなくなっている山南である。近藤以下、皆納得するだろう。だが、『脱走』という言葉を使い、そして沖田と共に戻ってきてしまった山南本人がそれを潔しとはしなかった。

「皆、なんて顔をしているんだい。これは私自らの意思で行った事・・・・・理解して欲しい。」

 山南は悲しげな表情で自らを取り囲む隊士達に笑顔で諭す。だが皆納得しきれていないのか、山南の周囲から動かない。

「困ったなぁ・・・・・頼むから玄関に通してくれないか?これじゃあ切腹の沙汰を受けに局長室に行くことさえ出来ないじゃないか。」

 まるで子供の『通せんぼ』の如く山南の通行を阻害する隊士達に、山南が苦笑いを浮かべたその時である。

「てめぇら!さっさとどきやがれ!武士が命を賭した覚悟の邪魔をする奴は、今ここで俺が処断する!」

 その声に山南以外の隊士達が振り返る。そこにいたのは大刀を抜き放った土方であった。鬼気迫るその表情、そして怒りに満ちた声音に土方の本気を感じた隊士達は渋々道を開ける。

「ありがとう、土方くん。まさか君に露払いをしてもらえるとはね。」

 山南は玄関に入ると小声で土方に礼を言う。

「・・・・・『露』にしちゃ質の悪い連中ばかりだがな。できることなら俺だってあいつら同様あんたの屯所入りを阻みたいくらいだぜ。」

 山南の礼に対し、土方は不服そうに呟くと手にした大刀を鞘に収めた。そして付き添いの沖田を含め三人はそのまま局長室に向かう。

「近藤局長、失礼します。山南総長を・・・・・連れ帰りました。」

 震える声で沖田は局長室の中にいる近藤に呼びかけ、襖を開く。そこには目を真っ赤に充血させた近藤が床の間を背に座っていた。黙ったまま頷く近藤の前に山南は進み出ると、近藤の前に座り、深々と一礼する。

「山南敬助、ここに。」

 憔悴しきった近藤と比べ、山南の表情は晴れ晴れとしていた。

「山南さん・・・・・帰ってきてしまったんだな。何故脱走なんて・・・・・。」

 近藤が山南に尋ねるが、山南は微笑みを浮かべたまま首を横に振る。

「その理由はここでは言えません。だけど信じてください、これは新選組を存続させるために必要な事なのだと。」

 山南はちらりと土方の方を見た。全ては土方が知っている―――――その視線の動きで近藤はすべてを理解する。

「判った。山南さん、あなたを信じよう。」

 近藤は流れ出ようとする涙を堪えるためか天井を仰ぎ見、大きく深呼吸をした。

「山南敬助・・・・・局中法度に照らし・・・・・切腹を申し付ける。」

 言いたくはなかった、しかし言わねばならない一言が近藤の口から押し出される。

「有難き幸せに存じます。」

 まるで報奨を告げられたかの様に晴れやかな笑みを浮かべ、山南は近藤に対し深々と一礼した。



 平隊士の場合なら庭で行われる切腹だが、立場の関係上山南の切腹は前川邸の仏間で行われることになった。沖田を中心にその準備が進められている間、山南は自室で待機を命じられる。

「山南さん、後生だから逃げてくれ!」

「後のことは気にしなくていい!俺らが土方さんにお目玉を喰らえばいいだけなんだから!

 山南の監視を自ら名乗り出て、総長室にへばりついていた永倉と原田が代わる代わる山南の説得に当たっていた。だが、山南はここでも頑固に首を横に振る。

「もしそのつもりなら、総司に説得された時点で逃げているだろうし、脱退の許可を近藤さんに申し込んでいるさ。それより二人共、私亡き後の新選組を頼んだよ。」

 未だ山南を説得し、逃がそうとする永倉や原田に山南がそう諭した時、伊東が総長室に入ってきた。

「永倉くん、原田くん、ちょっとだけ席を外してくれないか。ちょっと山南くんと話があるんだ。」

「伊東さん!しかし・・・・・。」

 山南の監視を自ら買って出た立場上それを放棄することはできないし、山南の脱走に関して今まで沈黙を守っていた伊東が何故この場に来たのかも理解できない。伊東の言葉に難色を示す永倉に、伊東はそっと耳打ちをした。

「実は君に頼みがあってね・・・・・山南くんの馴染みを連れてきてくれないか?男が説得しても動かない意思も、愛おしい女が訴えれば動くかもしれない。だけど僕は山南くんの馴染みをよく知らなくてね。頼まれてくれるかい?」

 その言葉を聞いた瞬間、永倉は目を見開く。

「伊東さん・・・・・!」

「僕だって山南君には死んでほしくない。だけど山南くんは頑固だからね。あまり褒められた方法では無いかもしれないけど、これしか可能性は残っていないと思うんだ。」

 尤もらしく悲しげな表情を浮かべる伊東に、永倉の疑惑も霧散する。

「解りました伊東さん・・・・・左之、行くぞ!」

 永倉の豹変ぶりにきょとんとする原田の腕を掴むと、永倉は総長室を後にした。その後ろ姿を意味深な笑みを浮かべ見送った伊東は、正座している山南の横にしゃがみその耳許に囁く。

「・・・・・残念だったね、山南君。君は僕と心中して新選組を、否、幕府を守ろうとしようとしていたみたいだけど。そこまで僕も間抜けではないのでね。君が屯所を出て行ってすぐに手を打たせてもらったよ。」

 山南の考えることなどお見通しだと勝ち誇った表情を浮かべた伊東だったが、山南は一切動揺を見せなかった。それどころか今まで見せていた穏やかな笑みとは違う、悪意を含んだ笑みを浮かべて伊東に笑いかけたのである。

「ええ、そうでしょうね。でなければ近藤さんが幹部待遇で貴方を江戸から京都に連れてくることも無かったでしょうから。」

 山南らしからぬその悪意のある笑みに、伊東は思わず息を呑む。

「私の命は今日限りですが・・・・・いえ、止めておきましょう。草葉の陰から現を覗く楽しみが無くなりますから。」

「ほう・・・・・強気ですね。」

 いつにない山南の気迫に押されつつも、伊東は虚勢を張る。だが、新選組唯一人の総長である男は根を張った松のように微動だにしなかった。

「伊東さん、あなたの知略は一目置くところがあります。ですが、知を弄びすぎれば知に足を掬われる。新選組を・・・・・否、誠忠浪士組を取るに足らぬものだと侮れば、必ずや痛い目を見ますよ。」

 山南のこの自信はどこからくるものなのだろうか―――――どこまでも強気な山南に、伊東は言いようのない薄気味悪さを覚えた。



 伊東と山南が総長室で話をしていた頃、仏間では着々と切腹の準備が整えられていた。その中心で指揮を取りながら、沖田は昨晩山南に託された事を心の中で反芻する。


「総司、試衛館の生え抜きはお前だけしかいない。同門の血というものは実の親子よりも濃いものだというのはお前も解るだろう。」

「はい。」

 夕日で血の色に染まった部屋で、沖田は山南の言葉に素直に頷く。

「伊藤さん達は論外だが、試衛館の食客達であっても『同門』では無いのだよ。」

「・・・・・。」

 試衛館の仲間であっても『同門』ではない―――――山南の言葉に沖田は否定しようとしたが、それは出来なかった。心の奥底で沖田本人が感じていた事だからだろうか。山南はただ事実を口に出しているに過ぎないことを沖田は痛感する。

「新八は自己顕示欲が強すぎるきらいがあるな。元の身分のせいもあるだろうが、どうも心の奥底で近藤さん達を低く見ている気がする。左之助は表裏はないが、近藤さんの非行五ヶ条を出した時、名前を連ねている『前科』がある。」

 山南の独白に、沖田は言葉を挟むことさえ出来ずに聞き入ってしまう。それだけ山南の分析は残酷なほど的確だった。

「そして今江戸に居る平助は伊藤さんと同門だ。今回伊東さんが江戸に来たのも平助の説得が大きいところがある。もし、近藤さんと伊東さんが袂を分かつ事になった場合・・・・・平助は伊東さんに付く可能性が大きいだろう。」

「そ・・・・・そんな!」

 自分以外の若手幹部は全滅ではないか―――――せめて藤堂だけでも、との願いも打ち砕かれ、沖田は膝に置いた拳を固く握りしめた。

「せめてお前と仲が良い斉藤くんを信じたいところだが、彼もどこか得体の知れないところがある。ただそれが何処から来るものなのか・・・・・一門が違うとかそういうことではなく・・・・・う~ん、うまく表現できないな。」

 どうやら山南の中では沖田と斎藤は『仲が良い』と思われているらしい。その勘違いを知った瞬間、沖田は思わず苦笑を漏らしてしまった。

「山南さん、別に私は斎藤さんと仲が良い訳ではありませんよ。ただ、斎藤さんに関しては私がある程度正体を把握しています。実は・・・・・。」

「ああ、だったわ言わなくていいよ。」

 斎藤の正体を言いかけた沖田を、山南がやんわりと止めた。

「お前が知っていればいいことだ。切腹前に下手に心配事を増やされてしまってはかなわないからね。」

 からからと笑いながら、山南はすっかり冷めてしまった番茶をすする。

「今言ったように、いざとなったら近藤さんから離反しかねない。源さんもいるが、年齢が年齢だし・・・・・ははは、自分の命より隊の行く先を気にしてしまうのはどうかと思うけどね。」

 自嘲気味に呟く山南だったが、沖田の顔には笑みは無い。ただ感じているのは山南亡き後自分にのしかかってくる責任―――――それだけである。

「山南さん、安心してください。絶対に近藤先生を・・・・・新選組を守りぬきます!たとえ我が身を犠牲にしても・・・・・。」

「ありがとう、総司。これで心置きなく切腹に臨めるよ。」

 沖田の力強い言葉に山南は安堵の溜息を吐く。その顔に浮かんだ笑みは悟りを開いた菩薩のようであった。



 逆さ屏風に裏返した畳、そして三方に乗せられ、奉書紙が巻かれた白鞘の短刀が用意された仏間に切腹裃を身につけた山南がいる。さらにその背後には襷掛けに股立ちを取った沖田がいた。場所の狭さ故の略式の準備だったが、こればかりは致し方がない。
 山南の目の前には近藤と土方が、その背後には幹部達が座り、襖を外した仏間の周囲には平隊士達が陣取っている。

「おい、新八はどうした?」

 永倉の姿が無い事に気が付いた土方が、背後に座っている原田に尋ねる。

「え~っと、新八は・・・・・。」

 さすがにこの場面で山南の馴染みを呼びに飛び出していったなどと言えない。どう言おうか原田が口篭ったその時である。

「山南さん!明里を連れてきたぜ!」

 馬のいななきと共に永倉の声が屯所中に響き渡る。そしてその直後、仏間の小窓が勢いよく開かれた。

「山南はん・・・・・!」

 そこには涙に暮れた小さな顔―――――明里がいた。

「明里・・・・・何故!」

 山南も思わず小窓に駆け寄り、明里の頬に触れる。涙に濡れた明里のその頬はやけに冷たく感じた。

「何でこんな事に?うちが・・・・・うちが、集めた話に山南はんの立場が悪うなるもんがあったん?」

 山南の切腹が理解できないと明里は山南に尋ねるが、山南はただ優しく首を横に振るだけだった。

「違うよ、明里。君に・・・・・この場所で事実を告げることが出来ないのを許して欲しい。」

 山南は明里の両頬を手で包み込み、自分の不義理を詫びる。

(永倉君・・・・・まさか本当に連れてくるとは思わなんだ。)

 その光景を見ながら、伊東は口許を扇子で隠した。その口許が嘲笑の形に歪んでいた事を知るものは誰もいないだろう―――――少なくとも伊東はそう思い込んでいた。それだけ山南と明里の最期の別れに皆引きこまれていたのである。

「君のことはあの世に行っても・・・・・生まれ変わっても忘れない。この世で君を妻にすることは出来なかったけど・・・・・来世ではきっと妻にするから。」

 それだけ言い残すと、山南は今生の未練を断ち切るかの如く強く小窓の障子を閉めた。

「お待たせしました。では・・・・・。」

 山南は三方の前に改めて座り、一呼吸置いた。そして袷を深く開き腹まではだけると、白鞘の短刀を手にする。

「総司、頼んだぞ。」

 沖田に告げたその瞬間、山南は腹に小刀を勢い良く突き立てた。そして次の瞬間、沖田の大刀が振り下ろされ、首の皮一枚を残した『抱き首』の形に山南の首は斬り落とされる。
 濃密な血の臭気が部屋中に漂い、張り詰めていた空気が僅かに緩む。そして外からは山南の絶命の気配を感じた明里の嗚咽が聞こえ始めた。

「見事・・・・・!浅野内匠頭でも・・・・・こうは見事にあい果てまい。」

 目の前に倒れた山南の亡骸を前に、近藤が涙ながらに呻く。それはその場にいたもの全ての心中を代弁するものだった。


 元治ニ年ニ月二十三日、新選組総長・山南敬助切腹。享年三十三歳の、あまりにも早すぎる死であった。



UP DATE 2013.3.29

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元治ニ年ニ月二十三日、とうとうこの日が来てしまいました(T_T)山南さ~ん(>_<)

少々詰め込み過ぎた感はありますが、何とか山南さんの切腹まで収めることが出来ました。正直、明里との最後の逢瀬をどうしようか迷っていたのですが(これって子母沢寛先生の創作って説が有力ですよね~)、やはりあまりにも有名なシーンですし、見張りに付いていた永倉&原田を追い出すのに必要だったということもあって半ば無理やり詰め込ませて頂きました。その分山南さんの切腹そのものがあっさり描写になってしまいましたが・・・・・流血シーンが苦手な方もいらっしゃるのでここはご容赦を(^_^;)

山南さんは切腹してしまいましたが、彼が出した直訴状の中身、そしてそれに対しての幕府や会津藩のアクションはまだ起こっていません。こちらに関しては四章最終話『さらば、壬生』及び五章冒頭で書いていく予定ですので気長にお付き合いくださいませ^^


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K様、切ない話にコメントありがとうございます。+゚(゚´Д`゚)゚+。 

とうとう来てしまいました、この時が・・・・・(/_;)出来る限り新選組総長に相応しい切腹場面をと頑張って書かせて頂きました(>_<)
ただ、新選組を守ろうとする山南敬助の志は皆の中に生きていきますので宜しかったらお付き合いくださいませね^^
明里との最後の別れは子母沢寛先生の創作と百も承知しておりますが、やはりこれを削るわけにはいきませんよねぇ・・・・・石どころか爆弾投げつけられてしまう(^_^;)今回はたまたま新八を総長室から追い出すという理由がありましたが、それがなくてもこのシーンは捨てられません(;_;)

函館まで続くなが~い話になると思いますが、宜しかったらお付き合いお願いしますね~♪
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