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「紅柊(R-15~大人向け)」
甲午・春夏の章

藤の秘蜜・其の壹~天保五年四月の密会

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 桜がすっかり散ってしまったこの時期、亀戸天満宮は藤の甘い香りに満ち溢れる。天満宮の表門を入った正面、心字の池を取り囲むように立派な藤棚があるのだ。盛りの時期には藤の花が池に映り込み、『紫の水を流せるが如し』と讃えられる藤を目当てに大勢の見物客が亀戸天満宮に押し寄せる。そしてその客達を目当てに天満宮の内外に多くの茶屋が立ち並んでいるのだが、その中のひとつで芳太郎は縫を待っていた。
 天満宮の外にあり、窓から藤棚を拝むことができない一階の部屋だったが、その分部屋代は安い。しかも逢瀬目当ての『危ない二つ首』でも黙って受け入れてくれる茶屋となれば芳太郎としては文句はない。だが、縫に藤棚を見せてやれないのは少々心苦しい。

「後で見に行こうか・・・・・。」

 だが、さすがに一緒に並んで見るわけにはいかない。せいぜいできるのは、縫の後方から数歩下がって藤棚と縫を堪能するくらいだ。世の中、なかなか思うようにはいかない。

「思うように行かないといえば・・・・・今年も結局御様御用は無しという話だったな。」

 僅か三日前の事だが、吉昌の口から今年の御様御用が無いことを告げられた。今まで山田道場に通っていて二年連続、というのは無かった。それだけ各国の飢饉の状況が深刻なのだろう。
 以前の飢饉とは違い各国で救済米のやり取りをしているらしいし、救荒作物として作っている川越の薩摩芋も江戸にどんどん売り出している。だが、それでも飢える者は多く、少しでも食料がある江戸にやってきては力尽き、命絶えるものも数知れない。
 その様な身元不明の亡骸の一部は山田道場に運ばれ、一両の金と引き換えられる。皮肉な事に、身元不明の亡骸が運び込まれれば運び込まれるほど稽古ばかりが充実し、試し切りの腕ばかりが上達していく。しかしそれを披露する場所は飢饉が長引けば長引くほど減っていくという悪循環にはまりこんでいた。

「『本物』で稽古できるのはありがたいが、稽古なんて藁胴でも何とかなるのに・・・・・いつまでこの飢饉は続くんだろうか。」

 去年、今年と順調に御様御用が行われていれば、芳太郎が御様御用を任された筈である。だが二年連続順延となってしまった今、早くても芳太郎の番は二年後だ。これでは縫へ求婚することさえできない。

「焦るな・・・・・いつか必ず機会は来る。」

 芳太郎は自分に言い聞かせながら、唇を噛み締めた。



 芳太郎が部屋に案内されてから四半刻後、ようやく縫がやってきた。

「ごめんなさい、芳ちゃん。遅くなってしまって。」

 江戸紫の御高祖頭巾を脱いだ縫の顔を見た瞬間、芳太郎の顔が強張る。

「お縫さん・・・・・どうしたんですか、その顔の青痣は!」

 縫のその白い頬には、明らかに殴られて付いたと思われる青痣ができていた。

「大丈夫、心配しないで。」

 縫は気色ばむ芳太郎を宥めるよう穏やかに微笑むが、それが余計に芳太郎を興奮させる。

「心配しないでって・・・・・そんなの、無理に決まっているじゃないですか!園田さんが娘に手を上げるはずなんて無いし・・・・・田辺、ですね?」

 芳太郎の瞳が殺気にぎらり、と光った。田辺は御徒七番組の御徒頭で、縫の前夫でもある。以前から縫に復縁を迫っていたが、ここ最近それがひどくなっている。縫は何も言わないが、藩邸の御徒長屋で田辺と縫が言い争いをしていたという話を芳太郎も噂で聞いていた。

「お縫さん、正直に答えてください!この青痣はあいつの仕業なんですね?」

「お止めなさい、芳ちゃん!仮にもあっちは御徒頭なのよ・・・・・。」

 今にも飛び出して行きそうな芳太郎を押しとどめながら、縫は必死に諭す。芳太郎の気持ちは本当に嬉しいが、身分を弁えず芳太郎が田辺に怪我を負わせでもしたら最悪切腹もありえるのだ。芳太郎をそのような目に遭わせるわけにはいかない。縫の心積もりを理解したのか、芳太郎も徐々に落ち着きを取り戻していった。

「・・・・・すみません、お縫さん。つい取り乱してしまって。」

「ううん、気持ちは嬉しいから・・・・・ありがとう、芳ちゃん。」

 はにかみながら俯く縫に、芳太郎は愛おしさを覚える。

「お縫さん・・・・・惚れてます。」

 芳太郎は縫の細い手を取り引き寄せ、そして縫の唇を強引に奪った。柔らかな縫の唇は甘く、藤の甘露を思わせる。その甘さに芳太郎は我を忘れ、縫の唇、そして逃げようとする縫の舌を貪った。飢えた狼のような芳太郎の貪欲さに、縫は押され気味だ。いつもの事だが、芳太郎は六歳も年上の自分を崇拝し、慈しんでくれる。その芳太郎の情熱が、縫をますます艶かしく染め上げてゆく。

「ふっ・・・・・あっ。」

 芳太郎の唇からようやく開放されると、縫は鼻にかかった甘い声を上げた。その声に煽られたのか、芳太郎は縫の首筋に舌を這わせつつ、胸許に手を差し入れる。その時である。

「んっ・・・・・!」

 微かに、しかし確かに縫が痛みの声を上げた。その声に気が付いた芳太郎は唇を離し、今触れた場所を見る。するとそこにも青痣があるではないか。さらによく見ると手首にも掴まれた跡のような痣がある。

「お縫さん・・・・・顔だけじゃ、ないんですか?」

 芳太郎の問いかけに縫は答えることができず、顔を背けた。これは強引に問い詰めたのでは口を閉ざしてしまう―――――そう判断した芳太郎はそっと縫を抱き寄せると、できるだけ優しい声音で耳許で囁く。

「教えてください。決して激高したりしませんから。一体何が・・・・・あったんですか?」

 思ったよりも冷静な芳太郎の言葉に覚悟を決めたのか、縫はぽつり、ぽつりと語りはじめた。



 それは今から一刻半ほど前、芳太郎との逢瀬に出かけようとしていた時の出来事である。

「おい、縫!」

 長屋門を出ようとしていた縫の背後から乱暴に呼び止めるものがいた。耳障りなその声は縫の知っているものだ。縫はびくり、と肩を震わせ、恐る恐る振り返る。

「田辺・・・・・様。」

 そこにいたのは、縫の元夫、田辺祥吉郎だった。

「やけに他人行儀だな・・・・・離縁した途端それか。尤も、昔から俺には愛想がなくて冷たいやつだったけどな、お前は!」

 田辺は縫に近づくと、その手首を思いっきり掴んだ。非番なのだろうか、その息は酒臭く無精髭も生やしたままだ。武士らしからぬだらしないその姿に縫は嫌悪を顕にする。

「痛いっ!や、止めてくださいませ!」

 縫は田辺の手を振りほどこうとするが、その手はなかなか振りほどけない。それどころか、手首は鬱血し始め、徐々に紫色に染まってゆく。

「そんな嫌がることはないだろう。元々は夫婦じゃないか。」

 田辺は舌舐りをしてニヤリ、と笑う。その下品な笑みを見た瞬間、縫の背中に怖気が走った。

「な・・・・・何をなさる気なのですか!」

「男と女がやることといえば一つに決まっているだろう。来い!」

 田辺は乱暴に縫の手を引っ張ると、強引に何処かへ連れて行こうとする。

「お、お止めくださいませ!私はこれから出かけなければ・・・・・!」

「どうせ逢引だろう!この淫売が!」

 田辺は凄んで縫を脅すと、そのまま縫を引っ張り続け自分の長屋へと縫を引きずり込んだ。



 一年近くぶりに訪れた―――――正確には引きずり込まれた、であるが―――――田辺の家はかび臭く、埃っぽかった。強引に田辺に引っ張りこまれ、畳の上に転がされた瞬間、縫は埃にむせて咳き込む。こんな薄汚い環境に息子はいるのか、それより義父母はどうしたのか―――――混乱したまま、縫は上体を起こし叫ぶ。

「し、祥一郎は・・・・・お義父様やお義母様はどこですか!こんなことをしては家の恥になるでしょう!」

「五月蝿い、黙れ!」

 田辺は縫の頬を思いっきり張る。酔っている為だろうか、その加減を知らない平手打ちによって、縫の頬はみるみるうちに青痣が浮かび上がった。

「親父達は去年の藩命で川越に帰還した。祥一郎も連れてな!どいつもこいつもふざけた真似をしやがって!」

 その時、縫は思い出した。縫の父親が『本当は田辺家に帰還命令が出たのだが、何故か祥吉郎は残ると言い張った。』と言っていた事を・・・・・。それでてっきり縫は隠居夫婦や自分が産んだ祥一郎も江戸に残っているとばかり思っていたのだが、どうやら江戸に残っていたのは田辺だけだったらしい。

「・・・・・だからこの家には誰もいねぇんだよ!」

 田辺は縫の肩口をぐいっ、と掴み、畳の上に押し付けた。

「痛いっ!」

 あまりの痛さに縫は顔を顰めるが、田辺は構わず縫にのしかかる。

「痛いのは今のうちだけさ。すぐに好がり泣きに変えてやる。」

 田辺は今にも涎を垂らしそうな好色な笑みを浮かべると、縫の襟元を思いっきり開いた。

「いやっ!」

 縫は抵抗するが、田辺はそれを物ともせず、縫の豊かな乳房に噛み付く。

「痛いっ!止めてください!」

 本気で乳房を食いちぎりそうな噛み付き方に縫は恐怖を覚え、逃げ出そうと脚をばたつかせるが、それが余計に田辺を苛立たせる。

「五月蝿い!いい加減大人しくしたらどうだ?それとも・・・・・もっといたぶってや欲しいのか?」

 田辺は縫の乳房を鷲掴みにすると、かなり強引にねじり上げた。

「うっ!」

 縫は激痛に顔をしかめ、うめき声を上げる。さらに田辺は止めとばかりに縫の鳩尾に拳を突き入れた。

「がほっ!」

 縫は咳き込み、身体を丸める。ここまで痛めつければ抵抗する気力も失うだろう。田辺は満足気に頷くと、縫の裾に手をかけた。

「ふん、さんざん手こずらせやがって・・・・・大人しくやらせりゃいいんだよ!」

 武士とは思えぬ、下衆な言葉を縫に浴びせると、田辺は縫の裾を乱暴に広げ、太腿の付け根まで顕わにする。その刹那である。

「うげっ!」

 鋭い衝撃、そして激痛が田辺の股間を襲い、田辺は股間を押さえて蹲る。さらに首の後ろを何かで突かれ、田辺はそこで意識を失った。

「・・・・・情けない!おなごに遅れを取るなんて。それで御徒七番組組頭を名乗るなど片腹痛いわ!」

 乱れた息と着物を整えながら、縫は冷ややかに田辺を見下ろす。実のところ、縫が受けた鳩尾への一撃は、外出の為たまたま身に着けていた帯板によってかなり衝撃が和らいでいた。だが、田辺を油断させるため鳩尾への一撃が決まったような素振りをし、田辺の隙を伺っていたのだ。そして縫の着物の裾を広げた瞬間、縫の膝が田辺の股間を蹴りあげ、懐剣の鞘で盆の窪を強く叩いたのである。

「一番組徒士頭・園田伊織の娘を見くびらないで頂きとうございます!」

 奥方や高級女官の外出の際、侍女として付き従うのは勿論、いざ暴漢に襲われた時その身を盾にして主君の身を守らねばならない下級武士の娘はそれなりの武術の嗜みを必要とされる。縫はその中でもかなりの手練であり、正室の外出の際は必ずお付き侍女として選ばれている程である。
 それを元・夫である田辺が知らぬ訳は無い筈だが、『所詮おなご』と見くびっていたのだろう。縫は襤褸切れのように延びている田辺を尻目にそそくさと見なりを整えると、その場を早々に後にした。



UP DATE 2013.4.2

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縫VS田辺の元・夫婦DV合戦は縫に軍配が上がりました・・・・・離縁される筈です(-_-)

幼い頃からの想いを実らせ、縫と月に一度の恋人気分を堪能している芳太郎ですが、なかなか『結婚』までこぎつけるのは大変そうです。そもそも出世のチャンスである『御様御用』が二年連続で行われない・・・(>_<)さすがに幕府としても、御様御用に使うお金があるならば被災民救済にお金を注ぎ込みたいでしょう。それでなくてもあっちこっちで一揆や打ち壊しが多発している時期・・・・・庶民を刺激するわけにはいきません。かわいそうに芳太郎はタイミングが悪すぎた、としか言いようがありません。

そんな中、縫にも危機?が訪れています。元夫の田辺がしつこく縫に言い寄っているどころか、無理やり手篭めにしようと・・・(>_<)そもそも御徒組頭でありながら川越に戻されるリストに挙げられているくらいですから色々問題がある人なのかもしれません。生真面目な家風の川越藩では異質ですよね~。多分今回の事件だけでは終わらないような気がします。

次回更新は4/9、バイオレンスな今回と打って変わってエロスな回にしたいと想います。勿論★が付きますので苦手な方はお気をつけ下さいませね♪
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K様、頼みますから二次元だけにしておいてください(爆) 

早速のご来訪&感想ありがとうございま~すヽ(=´▽`=)ノ
久しぶりのバイオレンス描写、やっぱり難しいものがあります(>_<)思わぬ形でDV合戦になってしまいましたが・・・リクエストのものは『横浜慕情』だけで勘弁して下さい(爆)そのうちこちらでもやるかもしれませんが今回はタマ潰しだけでご容赦を・・・(縫vs田辺だと縫の方が強いんで^^;)
次回はちゃんとした?エロまで突入する予定ですので、読んで頂く際は背後に気をつけてくださいませね♪
コメントありがとうございました(*^_^*)


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