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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第二十五話 さらば、壬生・其の壹

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 朝方穏やかだった春の風は、昼過ぎになると湿り気を帯びながら強くなってきた。まるで山南の死という事実まで吹きとばそうとするかの如く・・・・・だが、どんなに掻き消そうとも山南が生きていた証、そして切腹という事実を消すことは不可能である。
 山南の亡骸を棺桶に収め、血飛沫が飛び散った部屋の畳や障子を取り替えた後も、仏間の血の匂いは消えなかったし、隊士達の行動も浮き足立ち幹部たちに叱られる有様だ。
 そんな中、唯一落ち着いて見えたのは沖田だけであった。隊士達が山南の葬儀の準備をしている横で介錯に使用した自らの大刀を清め、ひと通りの手入れを黙々と行なっている。

「沖田さん、あんたは強いな。」

 感心したように斎藤が沖田に声をかける。

「そうですか?私は単に山南さんに頼まれた事をやり遂げただけです。介錯に強いも何も無いでしょう。ところで斎藤さん、わざわざ私を褒めにこんな所まで来てくれたんですか?」

 冗談めかした沖田の言葉に斎藤は不服そうに眉間に皺を寄せた。

「そんな筈あるわけ無いだろう。近藤局長がお呼びだ。刀の始末が終わったらすぐに局長室に来るようにと。」

「判りました。じゃあ行きますか。」

 沖田は手入れを終えた大刀を鞘に収めると、その場に斎藤を残し一人局長室へと向かった。



 沖田が局長室に出向いた時、近藤と土方が何かを話している最中だった。沖田は襖越しにひと声かけてから局長室に入る。

「近藤先生、お待たせしました。」

 沖田は近藤と土方の前に座り、一礼する。

「総司・・・・・今日は山南さんの介錯、よくぞ立派に果たしてくれた。」

 今日一番の大仕事をした沖田を労う近藤の声は湿っていた。さすがに今まで苦楽を共にしてきた山南の切腹にこみ上げるものがあるのだろう。その一方、土方は割と落ち着いているように沖田には感じられた。

「昨日の追跡、そして今日の介錯・・・・・さすがにお前も疲れているだろう。近藤さんとも話していたんだが、巡察は他の隊に回しておく。お前はこれで精進落としでもしてこい。」

 そう土方に渡されたのは、懐紙に包まれた金子だった。それを見た瞬間、沖田は困惑の表情を浮かべる。

「勘弁して下さいよ、土方さん、私の花街嫌いは知っているでしょう。だったら屯所で膝を抱えて寝るか巡察にでるかの方がどれほど気が楽か・・・・・。」

 脱走者の追跡や切腹の介錯よりも遥かに疲れる花街などには行きたくないと、沖田は土方に金子を返そうとする。だが、土方は強引に沖田に金子を押しつけながら素早く耳許で囁いた。

「鈍い奴だな。いちいち説明しなきゃ解らねぇのか?」

 土方はそのまま沖田の腕を掴むと、強引に立ち上がるらせる。

「近藤さん、ちょっと席を外すぜ。」

「あ、ああ。」

 面食らう近藤を尻目に、土方は沖田を部屋の外に引きずり出した。

「っつたく、馬鹿かおめぇは。『休息所』を構えるくらいなら、それなりの相手がいるんだろう。その女と逢ってこい、って事だよ!この金子は表に出る為の建前だ。」

 それなりの相手―――――土方にそう言われた瞬間、沖田の顔は茹で蛸のように真っ赤になる。

「ち、ちょっと待って下さいよ、土方さん!お、お小夜さんとはまだそんな仲には・・・・・。」

 まるで女を知らない少年のような沖田の極端な照れ方に、土方は訝しげに眉を寄せた。

「・・・・・まさかとは思うが、もしかして指一本触れちゃいねぇ、なんて事はねぇだろうな?」

 沖田の顔を下から覗き込むように睨みつけ、土方は尋問する。その鋭い口調がますます沖田を狼狽させた。

「いえ・・・・・あの、その・・・・・口くらい、は・・・・・。」

 不逞浪士が恐れ、山南敬助ほどの男が介錯を任せるほどの男が、おなごの話になった途端顔を真赤にし、しどろもどろになる。しかも禁門の変の頃には親しげに話していた筈なのにまだ接吻だけどは―――――土方は苛立ちを覚えた。

「ガキじゃあるめぇし、何をまごついてやがる!外泊許可をやるから今夜は屯所に帰ってくるな!明日の昼まで俺や近藤さんの前にそのツラ見せるんじゃねぇ!判ったな!」

「そ・・・・・そんなぁ。昨日だって屯所で寝ていないんですよ!せめて屯所で寝る許可くらい・・・・・。」

 沖田の訴えなど聞かず、土方は局長室へ入っていってしまった。



 体よく屯所を追い出された沖田は、ぶらぶらと清水寺方面へと歩いていた。落ち着いて考えてみれば、屯所から追い出される理由が多々あることに思い至る。
 山南たっての希望とはいえ、山南を介錯した人間に目の前をうろつかれては思い出したくない事まで思い出してしまうのだろう。近藤や土方でさえそうなのだ、平隊士に至っては怯え、仕事にならないものも出るかもしれない。少なくとも沖田直下の部下たちはそんな事は無いが、他の隊士達はそうとも言い切れない。
 そして、自分自身は大丈夫だと思っていても、多少血に酔っている可能性がある。その様な状態で巡察に出ようものなら、しなくてもいい失敗をしでかすかもしれない。

「しかしなぁ・・・・・。」

 本来の非番は明日であり、小夜との約束もその日に取り付けてあった。いつもの小さな御霊神社に行ったとしても小夜に会える可能性は極めて小さい。

「取り敢えず、あっちに行ってから『休息所』の掃除でもしに行きますかね。」

 あまり煩い条件を付けなかった為か、早々に休息所を見つけることができたが、住むまでに一ヶ月以上も間があることまでは気が回らなかった。人を頼んで管理してもらっているが、目を離せばいつ浮浪者に入り込まれるか判ったものではない。自ら出向いて管理がきちんと行われているかどうか確認すると共に、一晩雨露をしのげる場所を―――――しかも花街の娼妓達に煩わされること無く―――――見つけ出した安堵感が沖田の足取りを軽くした。



 小さな御霊神社に到着した時、かなり雲行きが怪しくなっていた。春の天気は変わりやすい。ここ、二、三日晴れた日が続いていたからすっかり安心していたが、いつ雨が降るか解らないのも春の特徴だ。

「う~ん、早めに休息所の方へ行かないと、これは間違いなく降られるなぁ。」

 重く垂れ込めてきた雨雲を恨めしげに見上げた後、小夜からの結び文が無いか探し始めたその時である。

「沖田・・・・・センセ?」

 尻上がりの柔らかな声が沖田の背後から聞こえた。

「あ、お小夜さん!」

 振り返った瞬間、沖田は笑顔を見せる。そこには小夜と、小夜とよく似た十歳くらいの少女がいた。

「こんにちは。こっちは妹のお由布いいます。」

 小夜に促され、由布と紹介された少女はぺこり、と頭を下げる。

「初めまして。」

 まるで幼い頃の小夜を見ているような愛らしさに、沖田も思わず微笑みを浮かべながら由布に挨拶を返した。

「それよりどないしはったんですか?今日は確か・・・・・。」

「ええ、本当は巡察当番だったんですけど、ちょっと理由ありで・・・・・。」

 そう言いながら沖田は由布の方をちらりと見る。さすがに幼い少女の前で血なまぐさい話はしたくない。小夜も沖田の仕草で感じるものがあったのかこくり、と頷く。

「せやったら一度この子を家に連れ帰ったあと、こちらに来ます。」

 小夜はそう言うと、沖田を興味深そうにじっと見つめている由布の手を引く。

「すみません。夕餉の支度もあるでしょうからのんびりでいいですよ。どうせ今夜は土方さんに『屯所に戻ってくるな!』と言われていますんで。」

「おおきに。ほな、皆にお夕飯食べさせてからこちらに来ます。」

 沖田の気遣いに笑顔を見せると、小夜と由布は連れ立って神社の横の細い道へと消えていった。



 小夜と別れて一刻近く経った頃だろうか、辛うじて持ちこたえていた空から雨がぽつり、ぽつりと降ってきた。遠くの方から春雷も聞こえてくる。

「まずいな。」

 神社の軒先では凌げないほど雨粒が大きく、強くなってくる。沖田は仕方なく社殿に入り込んだ。中には名も知らぬ神像が祀られている。沖田は手を合わせ拝むと、壁に寄りかかった。まめに掃除をしているのだろうか、社殿の中は思ったよりきれいで塵一つ落ちていない。

「・・・・・こんなに降る、って解っていたらお小夜さんに無理を言わなければ良かったな。」

 叩きつける雨音を聞きながら、沖田は少し後悔していた。場所こそ近いが、この雨の中出歩くのは厄介だ。いっそ家族が小夜を止めてくれれば、と沖田は願う。その時である。

「すんまへん、遅うなってしもうて。」

 社殿の扉が開かれ、蓑を着た小夜が飛び込んできた。そして神像に向かって拝んだ後、沖田に向き直る。

「はい、沖田センセ。お腹、減ってますやろ?」

 蓑の下から出されたのは、水の入った竹筒と、竹の皮に包まれた握り飯らしきものだった。沖田は小夜から竹の包みを受け取ると、まだ暖かさが残るそれを開く。そこに現れたのは雑穀が混じった握り飯と、大根の漬物だった。

「うわぁ、助かります!今夜どこで夕餉にありつこうか困っていたんですよ!」

 沖田は遠慮無く握り飯に食らいつく。雑穀の素朴な甘さが舌に広がり喉を通り抜けた瞬間、沖田は山南の介錯の前後、ろくに物を食べていなかったのを思い出した。そんな沖田を、蓑を脱いで壁に引っ掛けていた小夜は少し呆れたように見つめる。

「新選組って・・・・・ご飯くらい出してくれはりますよね?何もそんな雑穀ばかりのお握り、食べさせん子ぉみたいにがつがつと食べへんでも・・・・・。」

 今をときめく新選組なら、白米だって魚だって食べたいだけ食べることができるだろうと小夜は思い込んでいた。だから雑穀だらけの握り飯など一つ食べてもらえれば御の字だと考えていたのだが、沖田はその予想を見事に裏切り、小夜が持ってきた四つの握り飯すべてを平らげそうな勢いである。

「・・・・・今日は特別ですよ。お昼・・・・・そういえば朝もろくに食べていなかったなぁ。」

 指についた稗を舐めとりながら沖田は呟いた。その行儀の悪さに小夜は少しだけ目で総司を叱りながらも、尋常ならざるその食欲、そして今日一日ろくに食事をしていないという沖田の言葉にさらに疑問を深める。

「沖田センセ・・・・・一体、何があらはったんですか?」

 もしかしたら聞いてはいけない事なのかもしれないと思いつつ、小夜は聞いてしまう。そんな小夜の心の揺らぎを感じたのか、沖田は思ったよりもあっさりと小夜の質問に答えた。

「・・・・・山南総長の切腹です。」

 握り飯を食べ終わったと同時に、沖田がぽつり、と呟く。

「山南さんは本当に優しい人で・・・・・私も弟のように可愛がってもらっていました。その山南さんたっての希望で、私が介錯をしたんです。」

「介錯・・・・・!」

 介錯―――――その一言を聞いて小夜の顔が強張った。勿論小夜も切腹及びそれに付随する介錯の事は知っている。だが、本当に行われたという話を聞いたのは今回が初めてだったし、ましてや沖田がその介錯を務めたと聞くのも初めてであった。勿論沖田本人が小夜に対し、できるだけ隊の暗部の話をしないよう務めていた事もあるが・・・・・。

「私も武士の端くれです。依頼された介錯を務めるくらい何てことはないと思っていたんですけど、どうやらそうじゃなかったみたいですね・・・・・お小夜さんにお握りを頂くまで、お腹が減っている事さえ気が付きませんでした。」

 その瞬間、沖田の目からぽろり、と涙が溢れる。

「あれ・・・・・おかしいな。」

 涙を拭いても、次から次へと涙がこぼれ出す。どうやら自分はかなり傷ついていたらしい。自覚さえ出来ないほどに―――――近藤や土方が半ば強引に沖田を仕事から引き離したのは、本人でさえ気がついていなかった心の傷を癒させるためだったのだ。その事にようやく沖田は気がつく。

「情けないですね。介錯を任されるなんて名誉な事なのに・・・・・何故・・・・・。」

 その瞬間、ふわり、と温かいものが沖田を包み込んだ。それが小夜の腕であり、胸であることに沖田が気づくまで数瞬かかる。

「沖田センセ・・・・・当たり前やないですか。大事な御人が無くなりはったんやから・・・・・しかも介錯までしはったんなら、悲しいと思うのが当然おす。」

 沖田を抱き締める小夜の腕に力が篭る。まるで子供を抱く母親のような優しさ、温もりに傷ついていた沖田の心は徐々に癒されていく。

「お・・・・・小夜・・・・・さん。」

 沖田は小夜の胸から顔を上げると、そのまま小夜の首の後に手を回し唇を重ねた。腕や胸以上に温かく柔らかい小夜の唇を吸いながら、沖田は小夜を抱く手に力を込める。

(いけない・・・・・せめて杯を交わしてから・・・・・。)

 理性ではそう思うものの、小夜を求める衝動は抑えられなかった。小夜に救いを求めるように強く抱きしめ、唇を貪る。そして沖田の背中に回された小夜の手にも力が篭るのを確認すると、沖田は小夜を床にそっと横たえた。


 ただでさえ参拝する人間が少ないこの神社である。この雨では誰も近づかないだろう。ますます近づいてくる春雷の中、沖田はただひたすら小夜を求め続けた。



UP DATE 2013.4.5

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ははは・・・・・どさくさに紛れてやっちまいました、素人童貞卒業(殴っ!)まぁ、土方には『そのつもり』で屯所を追い出されてしまったわけですし、これくらいの精神的ダメージでも無ければいつもでも『清く正しいお付き合い』をしていたと思われますので、これくらいのカンフル剤は必要かな~と(^_^;)
一応『夏虫』は全年齢対象なので沖田&小夜の描写はこの辺までとする予定ですが、もしご要望がありましたら別枠でこの続きを書く可能性も・・・・・WEB拍手一言メッセージにて『R-18希望』ボタンを設置させて頂きましたので、宜しかったらそちらにて一票お願い致しますv(さすがに1票ではアレですが、3票以上入りましたらこの話の続き(R-18描写)を書かせて頂きます♪)

そして全年齢正統派『夏虫』次回更新は4/12、春雷鳴り響く雨の中、土方一人が黒谷に呼び出されることに・・・・・ようやく会津も動き出します。
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K様、早速のご来訪、あざ~っす!ヽ(=´▽`=)ノ 

おはよ~ございます(*^_^*)早速のご来訪&感想ありがとうございます♪
ええ、この時点でチェリー(というか素人童貞、無理やり花街には連れて行かれておりますし、そこで娼妓のおねいさんに本当のドーテーは奪われいるというのをこの話の何処かで書いてあるはず←おいっ)
なのでやり方は一応知っておりますのでご安心を^^変に甘えん坊でここで涙を見せちゃうあたりが小夜の母性本能をくすぐっちゃったのでしょうね~。こんな展開になってしまいました♡

次回本編の方は歳主人公、シリアス展開になりますが、桃色夏虫希望ということであれば別枠R-18希望に一票、ということで宜しいですね^^票が集まり次第書かせて頂きますのでお待ちくださいませね~♪

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