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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第六話 壬生浪士組・其の貳

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農家の多い壬生の三月はただでさえその準備で慌ただしい。そして今年は江戸からの珍客------------壬生浪士組と名乗る二十四人がいる分その忙しさに拍車がかかる。何せ奉行所からの命令だ、無下にすることもできない。
 とは言っても新徳寺にいる七名は何をしているかよく判らなかったし、後の十七人のうち一人は病気らしく八木家の長屋門に籠もって寝込んでいる。壬生村の人々と顔を合わせるのは残りの十六人だが、一部の水戸派------------新見錦を中心とする二、三人を除き、他の隊士達は村人とうまく折り合いをつけていこうと努力をしているだけまだましだろうか。いつまで壬生村に世話になるか判らない今、村人と無駄ないざこざは起こしたくないという所だろう。
 特にそれぞれの派閥の頭である芹沢と近藤は何かと一緒に行動し、壬生村の人々と隊士達の間を取り持つことが多かっただけに、後に土方らが井上源三郎の兄・松五郎に対して『近藤は天狗(水戸派)になった。』と言わしめる程であった。
 だが、そんな上役二人の気苦労を知らずに気楽に過ごしている隊士がいるのも事実である。

「お~きたは~ん!あ~そ~ぼ!」

 八木家の子供達-------------為三郎と勇之助が非番の沖田を捉まえる。子供というのは自分達をかまってくれる『お兄ちゃん』が大好きなものだが、沖田はその標的にされてしまったらしい。その事はあっという間に壬生村の子供らの間に広がり、八木家の子供達が沖田を連れ出すと近所の子供達もわらわらと集まってくるようになってしまった。そんな子供達に囲まれながら為三郎と勇之助は沖田を壬生寺へと連れて行く。

「何かあるんですか?」

 壬生寺へ着いた沖田は目の前の光景に目を見張った。そこでは大勢の村民が何やら舞台の準備をしているではないか。

「壬生狂言や!おもろいんやで、土蜘蛛がぱぁ~っと糸を吐き出したりするんや。」

 為三郎が自慢げに沖田に説明する。幼い子供ながら壬生狂言が村の誇りだということを十分に知っているのだろう。

「あとな、煎餅が投げられるんや。沖田はん、絶対好きやと思う。」

 勇之助の一言に子供達が一斉に笑い出す。

「え~そんなに喰い地が張っていますかね、私?」

 不本意だと言わんばかりの表情で反論する沖田だったが子供達の方が一枚上手であった。

「うん!うちのおかあちゃんも『ここまで洗ったように食べてくれはるなんて作りがいがあるわぁ。』って言うとったで!」

 母親の口まねをする勇之助に沖田までつられて笑い出してしまう。七分咲きの桜の中、その笑い声はいつまでも続いていた。



 大念仏狂言のひとつである壬生狂言は仮面をつけた演者が、鉦・太鼓・笛の囃子に合わせ、無言で演じる無言劇である。演目は勧善懲悪などの教訓を伝える話や、平家物語・御伽草子などに材を取ったものなど全部で三十ほど、煎餅を観客席に投げる『愛宕詣り』や紙でできた糸を観客席に投げる『土蜘蛛』、綱渡りをする『鵺』や素焼きの皿を割る『炮烙割り』といった派手な見せ場を持つ演目もある。高尚な能とは違う、素朴で判りやすい壬生狂言は人気が高く、洛中からも見物客が押し寄せるのだが、そんな観客に紛れて壬生浪士組に最初の仕事をもたらす使者がやって来た。



 壬生浪士組が会津藩預りになって十日後の二十五日、会津藩士・本田四郎ら五人が壬生を訪れた。壬生狂言見がてら壬生浪士組の様子を伺いに来たのである。

「おお、さっそく紋付きを仕立てたのか。」

 五人を迎え出た十七人の姿を見て本田はうむ、と頷いた。先日会津藩から下賜された金子で十七人は単の紋付きを仕立てたのである。本当ならば四月一日の衣更えに合わせて袷の紋付き、といきたいところだったが貰った金子ではそれだけの余裕はなく、短い期間だけしか着ることの出来ない袷よりはいっそ単にしてしまおうと少し早めの単の紋付きとなったのである。

「ところで今日の壬生狂言の演目は・・・・・?」

 桟敷へ上がりながら本田は尋ねる。

「『土蜘蛛』だそうです。為坊が・・・・・今住まわせて貰っている家の子に教えて貰いました。土蜘蛛から吐き出される糸を手に入れると『良い事』があるそうですよ。」

 本田の問いかけに、普段は大人の会話に口を挟まない沖田が答えた。普段壬生村の中では着流し姿の多い沖田だが、さすがに今日はそれなりの正装をしている。そして不思議なことにこのような姿になると沖田の言動に『育ちの良さ』が出てくるのだ。
 武士の子を藩士株と共に貰い受けた矜持だったのか『武士の子として恥ずかしくないように』と養父の林太郎、そして義兄の林太郎や姉たちも沖田の教育には非常に熱心だった。家の中でもくだけた言葉は一切使われず、立ち居振る舞いも後ろ指を指されぬよう厳しく躾けられた。
 そんな家族の努力のおかげで『本物の武士』とまではいかないが、試衛館の塾頭を務められる程度------------公の場に出ても恥ずかしくない程度の立ち居振る舞いを沖田は身につけたのである。

「ほぉ、詳しいのだな。」

 十七人の中で一番幼く見えながら、しっかりした受け答えをする沖田に本田は感心する。

「はい。初日の炮烙割りからすべて拝見しております。京都の言葉が分からなくても台詞がないので判りやすいんですよ。それに見た目が派手ですしね。」

 沖田の言葉に皆大笑いをする。『土蜘蛛』は、壬生狂言の代表的なものの一つで、夜な夜な源頼光を悩ませる土蜘蛛の精を家来の渡辺綱と平井保昌が退治するという筋書きである。田舎侍にも判りやすい筋書きと言えるだろう。
 また、この演目は土蜘蛛のまく糸が殊に観客の目をひき、衣装も大胆かつ豪華であり、ひときわ注目を集める人気の演目だ。蜘蛛の巣をあしらった衣装を身につけた『土蜘蛛の精』に歓声が沸く中、本田がぼそりと呟いた。

「・・・・・新徳寺の『土蜘蛛』も動き出したようだな。」

 その言葉に一同の顔が強張る。この喧噪の中、はっきりと聞き取れた本田の言葉に沖田は思わず『誰かに聞かれやしないか。』と辺りをきょろきょろ見回してしまったが、周囲の者は舞台に夢中でこちらを気にしている者など誰もいない。

「身内の始末は身内でするべきだろう。」

 周囲に気付かれないように芹沢に一枚の紙が渡される。それは殿内らへの手前仕置きの許可証、すなわち殿内、家里を中心とする集団の暗殺命令書であった。



 最初殿内は鵜殿の命令を利用し、自らが京都に残る浪士組の首魁になろうと画策していたが、居残り組のほとんどが既に徒党を組んでいたためそれが叶わなかった。しかも嘆願書に名前の載っていなかった殿内が代表面をしてしまった事により会津からも疑いの目で見られるようになってしまったのだ。水戸派や試衛館派の面々は気がつかなかったが、殿内らの巡察には会津藩の監視がこっそり付いていたらしい。

『とにかく何か行動を起こさねば・・・・・。』

 そう思い殿内は芹沢や近藤はもちろん、会津の許可無く自分の手のものを増やすために行動を起こし始めたというのだ。

「奉行所から本日、殿内の新たな手形が発行されたという情報がもたらされた。」

 本田は同伴した吉田源次郎をちらり、と見やる。どうやら彼がその情報を持ってきた本人らしい。

「会津に何か考えがあり、手形を取りに来たのかと思ってその詳細を本田殿に伺ったら会津はまだ何も命令をしていないと言うではないか。」

 吉田は本田の言葉を受けて事情を説明する。

「隊士募集もそのうちして貰うことになるやも知れぬが・・・・・会津預りになった上は我が藩の命令無しに動くことは許さぬ。」

 厳しい本田の一言に皆の顔がさらに強張った。この一言は殿内に対してだけではなく自分達に対しても向けられている------------特に会津は佐幕派の中でも規律の厳しいことで有名である。浪士とは言え会津藩預りになったからにはその規律に準じて貰う、本田の言葉は暗にその事を言っていた。

「だが、会津預りになってまだ十日・・・・・今回ばかりは仕方が無い。我が藩の命に従うか、それとも壬生浪士組を解散させるか、そなた達で考えろ。」

 主君、上役の命令は絶対である。例え親兄弟であろうと愛しい妻であろうと命じられれば殺さねばならない。織田信長の命によって妻子を殺さねばならなかった徳川家康のように・・・・・自分達は良い意味でも悪い意味でも武士にならなくてはいけないのだ。本田の命令はいやが上にもそれを自覚させる非情なものであった。



 本田達が帰った後、十六人は八木家の奥の間に集まり今後について相談することになった。手形が発行されたからと言ってすぐに殿内が旅に出るとは限らない。だが、確実に暗殺するならば殿内が刀に柄袋をかける旅装時がいいだろう。暗殺を決行するのは旅に出るその日、横道に逃げ込めない橋の上で-------------そこまではあっさりと決まった。だが、問題は見張りの順番である。話を続けたくてもそうはいかない状況に陥ってしまったのだ。

「芹沢さん、飲み過ぎですよぉ。」

 壬生狂言の途中から飲み始め、すっかり酔っぱらって大声で歌う芹沢を平間が宥めている。だが、そんな平間に対し、芹沢は愛用の鉄線を振り上げ殴りかかろうとするのだ。さすがにこれほどの泥酔状態では平間に当たることはないだろうが、万が一を考えると背中に冷や汗が流れ落ちる。

「お酒が入らなければ面倒見の良い人なんですけどねぇ。」

 沖田は酔っぱらっている芹沢を見ながらため息を吐いた。

「あれじゃあ明日は我々だな。」

 近藤が仕方が無いなという感じで肩を竦める。

「じゃあ明日はというか今夜だな。私と総司が見張りに立つか。その後の割り振りは歳、考えておいてくれ。」

 近藤は沖田を促し立ち上がった。

「ああ、判った。任せてくれ。」

 近藤の頼みに土方は快く応える。かくして殿内暗殺のお膳立ては整った。後は実行するのみ--------------そしてその機会は思った以上に早く訪れた。



 その日の夜、二人は新徳寺の斜め向かいにある民家の門内で見張りに付く。普通だったら朝七つ頃に立つのだろうが、会津や浪士組の他の隊士の目を盗んでの旅立ちとなると真夜中の出立もあり得る。ともすると落ちそうになるまぶたを必死に堪えつつ、沖田は新徳寺の門を警戒する。そんな状態でもうすぐ夜三つという時刻にまでなったその時である。

「総司、あれじゃないのか?」

 真っ先に気がついたのは近藤であった。夜三つの鐘が鳴り始めた中、一人の旅装の男が門から出てきたのだ。提灯を手に、辺りを伺いながらこそこそと門から出て行くその姿は殿内のものだった。

「追いかけるぞ!あの提灯を見失うな!」

「承知!」

 二十五夜の月がまだ昇らぬ闇の中、二人は殿内に気付かれないよう動き出した。



 殿内を暗殺するなら横道に逃げられぬ橋の上--------------。壬生狂言の最中、本田は浪士組の面々にそう告げた。

「ひと月近くもいれば判るだろう?京都の街は似たような路地が多い。一度横道に逃げられたら今のお前達では追跡できぬ。」

 確かに本田の言うとおりであった。特にこの闇夜では提灯の火を消されてしまったら殿内を追いかけることすらできない。慎重に、どこまでも慎重に、狙った獲物を逃げ場のない橋の上に追い込むように。二人は息を潜めながらつかず離れず殿内の後をついてゆく。そしてとうとう鴨川に辿り着いたのだ。微かに夏の気配を感じさせる川風が沖田の頬を撫でてゆく。

(・・・・・いよいよ、ですね。)

 上洛の際、近藤に分けて貰った大刀の柄を強く握り、鯉口を切る。その瞬間、近藤と沖田は殿内めがけ一斉に走り出した。



「殿内義雄!成敗いたす、覚悟!」

 橋の中央に歩を進めた殿内を近藤の声が呼び止める。

「こ・・・・・近藤か!」

 独特の太い声に相手が誰なのか気付き、殿内は刀を抜こうとしたが、柄袋に入っていて抜くことができない。慌てて柄袋をむしり取ろうとするが、闇の中結び目がどこにあるのか判らずまごつく。

「殿内義雄!覚悟!」

 そんな殿内の頭上めがけ、沖田が長身を生かし大刀を振り下ろしたのだ。提灯の灯を反射して沖田の大刀は吸い込まれるように殿内の額へと振り下ろされる。

「うっ・・・・・!」

 まっすぐに下ろされた大刀の切っ先はものの見事に殿内の額を割り、そこから飛び散った血飛沫が沖田の顔や着物に降りかかる。しかし沖田はひるむことなく袈裟懸けに殿内に斬りつけた。さすがにたち続けることも出来ず殿内はその場に倒れ込む。

(やった・・・・・。)

 むせかえるような血の匂いに頬から首筋にかけて滴る返り血のぬめりが沖田を正気にする。命令とは言えとうとう人をこの手で殺してしまった・・・・・その事実が沖田を呆然とさせる。

「総司!行くぞ!」

 いくら真夜中でもこの姿を人に見られては都合が悪い。近藤は血刀を下げたまま呆然とする沖田の腕を掴むと、殿内の死体をそのままにその場から立ち去った。



(私は-------------人を殺してしまった。)

 近藤に腕を引かれながら沖田はぼんやりとその事を反芻する。確かに居丈高で鼻持ちならない相手だし、殿内の行動次第では壬生浪士組の存続さえ危うくなる。しかし、生きている人間をこの手で殺すことになろうとは・・・・・。

(近藤先生から貰ったこの刀・・・・・これからも使えるんでしょうか。)

 殿内を斬った時、何か硬いものに当たった感触が手に伝わった。もしかしたらその衝撃で刃が欠けているかも知れない。あれは煙管だったのか、財布の小銭だったのかそれとも骨だったのか今となっては判らない。血糊がべったり付いている刀を鞘に収めることも出来ず迷子の子供のように不安に苛まれる。しかしそんな総司を引き戻したのは他でもない近藤の一言であった。

「総司、良くやった。これで壬生浪士組は安泰だ。会津も我々を認めてくれるだろう。」

 沖田を労ってくれる近藤の言葉にその罪悪感は消えてゆく。

(私は・・・・・近藤先生のために・・・・。)

 ようやく昇り始めた細い月を背に、沖田は達観した笑顔を浮かべた。

(近藤先生のためにこの手を血で汚しましょう。)

 己の立身出世など思いもしないこの青年は、ただ信頼する師匠である近藤のために己の青春を血で染めることを心の中で誓ったのだった。


 殿内の死体が見つかったのは次の日の朝のことであった。もちろん犯人の手がかりになる様なものは残されておらず、事件は迷宮入りとなる。



UP DATE 2010.03.12


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壬生浪士組・其の貳UPですv今回は久々に殺陣もどきを書かせていただきましたが・・・・・普通の文章以上に殺陣は書かないと腕が落ちますね(泣笑)。今回は幸いなことに(?)一方的な暗殺だったのでまだしも、これからはお互いにやりあう場面も増えますから・・・・・ビジュアルで表現できない分どうやって表現しようか悩むところです。

難しいと言えば芹沢の描写(笑)。お酒が入っていなければ陽気なおっちゃん、酒が入れば暴君というメリハリをつけたかったんですけど、やっぱりもう少し物を破壊させた方が良いのでしょうか(え゛)。ギャグならいくらでもぶちこわせるんですけどねぇ(『葵と杏葉』みたいに戸板ごと誰かさんを投げ飛ばしたりとか・笑)・・・・・一応シリアスなんで手加減を探り探りの状態です。もう少し書き込めばキャラクターが勝手に動いてくれると思うんですけど、そこまで行くにはまだもう少し時間がかかりそうです。


次回は3/19、大阪・平野屋への金策&だんだら羽織あたりを書きたいと思います。
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