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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第二十六話 さらば、壬生・其の貳

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 暮六つの鐘が鳴る少し前に降りだした春雨はますます激しさを増し、屯所が震えるほどの春雷が鳴り響く。固く閉ざした雨戸に打ち付ける雨音を聞きながら、近藤と土方は酒を酌み交わしていた。

「切腹の日にこんな荒れ模様になるなんて・・・・・まるで天神様だな、山南さんは。」

 土方と酒を酌み交わしながら近藤がぽつり、と呟く。

「学もあって人徳もあって・・・・・志半ばにしてこの世を去るところまで似てやがる。」

 悔しげに呟くと、土方も手にした盃を一気に空けた。盃の中身は土方が贔屓にしている井関屋の酒ではなく、もっと強い、酔うための酒だ。それだけにいつもより酒独特の臭気が鼻に突き、舌が焼け付く感覚に嫌悪を覚えるが、不味い酒をいくら呑んでも酔うことはできない。それだけ山南の死は重いのだ。
 幹部たちの半数は『精進落とし』と称して島原に出向くか自分の女の許へ出向いている。この雷雨では暫くの間屯所に帰還することはできないだろうし、不逞浪士だって動くことはないだろう。だったらとことん呑んで呑み潰れるのも悪くない―――――激しい雨と春雷の中、会津からの呼び出しがあったのは土方がそう覚悟を決めた矢先だった。

「新選組・山南総長切腹の件について聞きたきことあり、至急黒谷に来ていただきたい。」

 豪雨の中、しかも暮六つすぎという時間を鑑みるとかなり急を要するものらしい。

「承知・・・・・では私が行きましょう。歳、留守を頼む。」

 呑み付けない酒を呑んでいる土方を労り、近藤が立ち上がる。だが、会津からの使者がそれを押しとどめた。

「申し訳ございませんが、この度は土方副長お一人に来ていただきたいと公用方・広沢から申し使っております。」

「俺・・・・・だけ?」

 土方は酒に充血した目をほんの少しだけ細める。

「『書状』について聞きたきことあり、と申し使っております。」

 その瞬間、山南の死に沈んでいた土方の思考は一気に『鬼の副長』のそれに戻った。

「・・・・・承知。」

 それは間違いなく山南が提出した『直訴状』のことだろう。しかも土方だけを呼び出すからには何か近藤には知らせるべきではない内容が書かれているのかもしれない。

(まったく、とんでもねぇ置き土産を残しやがって。)

 土方は羽織を引っ掛けると、会津の使者と共に屯所を後にした。



 黒谷に到着した頃、辺りはすっかり暗くなっていた。相変わらず雨は激しく降りしきり、重く垂れこめた雲の合間から時折春雷が鋭く光る。会津藩本陣に入ると、土方を迎えに来た使者に代わり広沢直属の小姓が土方の先導を務めた。

「おい、謁見の間はこっちじゃ・・・・・。」

 いつもと違う案内に土方が面食らう。だが、小姓はこっちで間違いないと言い切った。

「本日は広沢の私室にて話を聞きたい、とのことです。」

 その言葉に土方の顔はますます強張る。

(山南さん・・・・・あんた一体何を書いたんだ。)

 そもそも幕臣でもない、会津藩預かりの小さな集団の総長が提出した直訴状に対し、反応がちぐはぐだと土方は思う。あらゆる届出がひっきりなしに来るであろう幕府はともかく、新選組と直接関わりを持っている会津の反応は遅すぎだ。
 その遅さからてっきり無視されたのかと思っていた矢先にこの呼出、しかも土方一人、広沢の私室に呼び出されるとは何もかもが異様過ぎだ。いっそ頭ごなしに叱りおきなり新選組の解散を命じられたほうがすっきりする。

「広沢様、土方歳三を連れて参りました。」

 いつもより長い廊下を歩いた後、ようやく広沢の部屋に到着したらしい。小姓が襖越しに中にいる広沢に声を掛けた。

「ご苦労、中へ通せ。」

 広沢の声が部屋の中から聞こえてくる。その声を聞き、小姓は襖を開けた。



 そこは思っていたより小さな部屋だった。部屋の奥、床の間の前に広沢が座っている。土方は軽く一礼するとそのまま部屋に入り、広沢の前に座った。

「済まぬな、急に呼び出してしまって・・・・・いや、こちらの動きが遅すぎて、と謝ったほうが良いか。」

 小姓の気配が無くなったのを確認すると、広沢は重々しく呟いた。

「本当ならば、これを書いた本人に直接問い質したかったのだが・・・・・。」

 広沢は横に置いてあった袱紗を広げる。そこには二通の『直訴状』が包まれていた。一つは幕府宛、もうひとつは会津に宛てられたものだろう。

「山南は・・・・・本日の昼前に切腹いたしました。」

「・・・・・だな。我らの動きが遅きに失したとはいえ、もう少しだけ・・・・・せめてあと丸一日、長く生きていて欲しかった。」

 広沢の言葉から、少なくとも会津は即時の山南の切腹を望んでいなかったと知り、土方は唇を噛み締める。

「これが黒谷及び二条城に届いたのは昨日の夜、一晩幕府の関係者と協議をし、結論が出た時に山南の切腹の知らせがこちらに入ってきた。」

 その言葉に土方は驚きを見せた。言ってみれば浪士の立場でありながら幕府や会津に『物申す』直訴状である。身分を弁えない非礼と即座に処罰を受けてもおかしくないのに、一晩の協議を要したとは腑に落ちない。

「お言葉ですが、何故山南の直訴状に一晩も協議の時間をかける必要があったのでしょうか。正直、吹けば飛ぶような浪士の組織に・・・・・。」

「それがお前たちが積み上げてきたものだろう。己を卑下するな。」

 広沢はぴしゃり、と言い放つ。

「山南の誠実な人柄はこの二年で熟知している。幕府側も同様だ。その男が幕府への糾弾状に血判を押した、というのは止むに止まれぬ事情があったのだろう。そしてそれ以上に・・・・・。」

 広沢がさらに声を押し殺す。

「山南が命を賭して我らに伝えた伊東甲子太郎の存在だ。否、伊東甲子太郎に代表される佐幕関係者内の不穏分子、と言ったほうが正しいな。まずはこれを読んでみろ。」

 広沢に促されて土方は山南の直訴状を開いた。そこには伊東が主催した会合にて幕府への糾弾状が作成されたこと、そしてそこに山南自らが血判を押したことがまず第一に書かれていた。
 さらに伊東の略歴、思想からその行動など事細かな事が会津藩への直訴状には書かれていた。その中には土方でさえ知らなかった事――――――水戸藩士・金子健四郎に剣術を学び、また、水戸学を学んで勤王思想に傾倒していた事なども書かれていた。

「こんなことまで・・・・・。」

「どうやらお前さえも知らなかったことを調べあげていたようだな、山南は。」

 広沢は大きな溜息を吐いた。

「生真面目過ぎたな、山南は。確かに幕府を貶めようとする糾弾状も、身分を弁えない直訴状も切腹の覚悟がなければ出すことはできない。だが、今回に限れば生きていてもらわねば解決できないことも多い・・・・・幕府との協議もその点の解釈で揉めてな。ようやく切腹の延期を取り付けたが間に合わなかった。せめてここに書かれた糾弾状さえ手に入れることができたならば、伊東を問い詰めることも・・・・・。」

 その瞬間、土方は広沢の前だということも忘れて毒突く。

「畜生・・・・・あの糾弾状さえ焼かれなければ・・・・・。」

「どういうことだ、土方?」

「糾弾状ですが、山南の脱走直後に燃やされてしまいました。」

 そう言って土方は懐から小さな発句帳を取り出した。そしてその間に挟んであった糾弾状の燃え滓―――――山南の名前と血判の部分を広沢に見せる。

「・・・・・想定の内とはいえ、これは残念至極、だな。」

 広沢は瞼を閉じ、悲しげに首を横に振った。

「だが、まだ証拠が残っているかもしれぬ。土方、屯所はいつ西本願寺へ引っ越すことになっている?」

「来月の十四日か十五日、引越しが夜にずれこんでも提灯が要らない日をと考えておりますが。」

「ならば可能な限り早くしろ。引越しの際にはこちらからも人を出し、探索に協力する。」

 やけに協力的な広沢に土方は違和感を感じる。もしかしたら山南の直訴状以外に土方が知らない何かを知っているのかもしれない。

「広沢さん、やけに協力的ですが・・・・・伊東はそれほどまでに大きな『鼠』なんですか?」

 土方の疑問に広沢は苦笑を浮かべ、現状を述べる。

「それが判れば山南の直訴状を理由に処断することも可能だ。判らないから・・・・・いや、違うな。奴の後ろに何者がいるのかいないのか、どこと繋がっているのか解らぬから手が出せないと言ったほうが正しい。」

「伊東が・・・・・繋がっている?道場関係や水戸学関係以外の者とですか?」

 今まで伊東がその様な動きを見せたことがないだけに、土方は不思議そうな表情を浮かべる。

「ああ。一番厄介なのは天狗党処断に反対する勢力だが、長州も息を吹き返し始めている。長州であった功山寺挙兵の話はお前も聞き及んでいるだろう。」

 土方は頷いた。功山寺挙兵は、元治元年十二月十五日に高杉晋作が長州藩俗論派打倒のために功山寺で起こした反乱である。
 第一次長州征伐後、藩政の実権は椋梨藤太の俗論派が握ることとなった。俗論派は長州正義派に対して厳しく粛清を行った。俗論派の粛清から逃れ平尾山荘の野村望東尼の元で潜伏していた高杉晋作は反乱を呼びかけ下関新地会所を襲撃し占拠した。そして十八名からなる決死隊で三田尻の海軍局に攻め入ると『丙辰丸』など軍艦三隻を無血にて奪取した。
 さらに大田・絵堂の戦いで俗論派の藩の正規軍と対峙し、反乱軍がこれを破ったことで、藩論は倒幕に統一されたと聞く。

「そもそも先の長州討伐で完全に長州の息の根を止めておけばよかったものを、西郷が変に話をまとめて三家老の切腹だけで済ませたのがこの結果だ。」

 苛立ちを顕わにする広沢を、土方は黙って見つめる。

「単なる尊皇攘夷思想ならまだしも、裏で長州と手を結ばれては敵わない。それでなくても天狗党の処断を快く思わないものが結集し、幕府に楯突く勢力になられては困る。ただ・・・・・。」

「罰するなら一網打尽に、ということですか?」

「その通りだ。誰が敵で誰が味方か・・・・・はっきりした所で伊東を処断せよ。」

 低い声で広沢は土方に命じる。だが、土方は即座には首を縦には振らなかった。

「それは会津の命令ではなく、新選組内の隊規にて内密に・・・・・ということで宜しいのですか?」

 謁見の間でなく、広沢の私室での命令である。会津の意向と考えれば痛い目を見かねない。

「そう思ってくれて構わん。そして急ぐ事もない。焦って大魚を逃しては元も子もないからな。」

 広沢がそういった瞬間、近くに雷が落ちたのか激しい稲光が障子を染める。その光に浮き出たのは、山南の仇を打ち、新選組を守ろうと決意を固めた一人の美しい鬼の姿であった。



UP DATE 2013.4.12

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雨の中、呼び出された土方は広沢に『伊東の処断』を命じられました。ただすぐに、というわけではなく伊東を餌に『大魚』を釣れるならそれもろとも・・・・・と目論んでいるようです。さらに引越しも早め、残っているかもしれない証拠を探しだすということも(>_<)

それほどまでに山南さんが遺した直訴状は会津や幕府に衝撃を与えていたようです。直訴状の内容が本当なのか否か、さらに切腹をさせるか、それとも許して事情を聞き出すか一晩中協議をするほどですから・・・・・。これが上洛直後だったら捨て置かれたかもしれませんが、池田屋を始め実績を積んできた新選組総長のものとなれば真剣に対峙せざるを得ません。下手をすれば自分たちに害をなす人物について書かれていましたしねぇ。

会津の意向を受けて屯所引越しが早くなり、土方が予定している東下にも影響が及びます。『新選組の天神様』、山南さんの神通力は伊達じゃありませんよ~v

次回本編更新は4/19、屯所の引越し準備が急ピッチで始まりそうです。そして外伝(R-18)は前日の4/18にUPいたしますね~(『幕末歳時記』の影暦の一遍としてUPします。今後『夏虫』の外伝が増えそうでしたら別個にカテゴリーを作りますが、まだまだなので^^;)

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