「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第二十七話 さらば、壬生・其の参

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 季節外れの豪雨は夜半になってようやく止み、清々しい朝日が壬生を照らしだす。きらきらと眩しい朝日を受けながら沖田が屯所へ帰還したのは、明け六ツの鐘が鳴る直前だった。

「沖田・・・・・ただ今帰還しましたぁ。」

 朝帰りの気恥ずかしさ、そして山南の忌中ということもあり大声を上げるのは気が引ける。沖田は小声で帰還の挨拶をすると、人目につかないようにそっと屯所の中へ入っていった。そんな沖田を目ざとく見つけたのは、巡察に出かけようとしていた斎藤である。

「沖田さん、あんたも朝帰りか。」

 斎藤の探るような問いに沖田は苦笑を浮かべた。

「あ、斉藤さん。おはようございます。本当は夜のうちに帰ってきたかったんですけど、土方さんに『帰ってくるな!』と命令されてしまったので・・・・・しかし、私も、ということは他にも朝帰り組が?」

 自分以外にも朝帰り組がいると聞き、ちょっとほっとした口調で沖田は斎藤に尋ねる。

「ああ、半分くらいは島原に出向いていたな。尤も俺もだが。」

「何だ、てっきり斎藤さんは屯所に残っていたかと思いましたよ。」

 真面目そうな斎藤も朝帰りだったと聞き、沖田は思わず胸を撫で下ろしたが、それだけで済ませてくれるほど斎藤は甘くはなかった。

「だが、あんたは島原には居なかったな・・・・・例の御霊神社あたりか?」

 斎藤に図星を指されたその瞬間、沖田の顔が真っ赤になる。

「いえ、あの・・・・・。」

 山南の介錯を任された男と同一人物とは思えぬその狼狽ぶりに、斎藤はさも愉快だと言わんばかりに意味深な笑みを浮かべた。

「そうか。あんたも晴れて『男』になったって訳か。目出度いじゃないか・・・・・いっそ賄所にでも頼んで赤飯でも炊いてもらおうか?」

「赤飯って・・・・・馬鹿にしないでください!」

 真っ赤になりながらも、沖田は憮然とした表情を浮かべる。その表情が面白かったのか、とうとう斎藤は声を押し殺しながらも笑い出した。

「くくっ・・・・・いいじゃないか。山南さんだってあんたの奥手振りを心配していたからな。弟分が無事『男』になりました、となれば安心して三途の川を渡ることができるだろう。安心しろ、他には口外しないから。」

 完全に小馬鹿にしきった口調で言い残すと、斎藤は笑いながら沖田の前から立ち去っていった。



 切腹の翌日にあたる二月二十四日、山南の葬儀はしめやかに行われた。芹沢の時ほどの賑やかさは無いもののその人柄故か隊士以外の弔問客も多く、助勤達はその対応に追われることになった。
 そして山南の葬儀が終わった翌日から早速土方は西本願寺へ屯所移転の前倒し交渉に出向いたのである。

「移転の前倒しって・・・・・何を焦っているんでしょうかね、土方さんは。」

 巡察から帰還した沖田は、未だ土方が西本願寺から帰ってきていない事を井上から聞かされて呆れた。

「さぁな。何か事情があるんじゃろ。尤も・・・・・。」

 井上は細い目をさらに細め、しみじみと呟く。

「ここにいたのでは、嫌でも山南さんの事を思い出してしまうからのう。もしかしたらそれで移転を早めようとしているのかもしれん。」

 井上は感傷的にそう述べたが、沖田はその意見に素直に同意する事に躊躇いを覚えた。少なくとも土方は山南の切腹に関する何かを知っている。屯所移転を急いでいるのはその為だろうと沖田は踏んでいた。土方の事だ、ただでさえ新選組の移転を快く思っていない西本願寺をこれ以上無駄に刺激することはありえない。

(ほぼ間違いなく伊東さん絡みだとは思うんですけど・・・・・。)

 だが、何故それが屯所移転の前倒しに関わってくるのか。沖田には全く解らなかった。

「ま、どちらにしても移転は決定事項ですから別にいいですけどね。」

 引越すのは構わないが、そのための準備はまだまだ終わっていなかった。壬生に屯所を構えて約二年、その間に増えてしまった荷物はかなり多い。

「・・・・・大八車もかなりたくさん借りなきゃならないんでしょうね。」

 個人個人の私物や刀、槍はともかく、大型の武器はそう簡単に運ぶことができない。特に会津から貸与されている大砲に至っては、壬生ではろくに練習できる場所もなくただの邪魔者と化していた。
 西本願寺に移転すれば少しは練習することが出来るようになるのだろうか。もしかしたら再びあるかもしれない長州討伐に参戦するならば、新選組としても大砲が使えなければならない。個々と対峙する市街戦では強さを発揮する新選組だが、野戦に至っては今のところ全く使いものにならないのだ。そこのところは近藤はともかく土方は理解している筈である。

「私個人としては・・・・・出張は大阪くらいまでが望ましいんですけどねぇ。」

 戦となれば長州まで出向かなければならないだろう。そしてその戦参加がなければ幕臣取立は極めて難しいと十分理解している。しかし小夜と結ばれたばかりの今、もう少しだけこのささやかな幸せを噛み締める時間が欲しいと沖田は切に願う。

「ひと月・・・・・くらいはそんな大きな動きは無いでしょう、きっと。」

 あくまでも希望的観測ではあるが、今のところ大きな戦が起こりそうな噂は一切ない。これならば一ヶ月くらいは新世帯の雰囲気を堪能できるだろう―――――移転直後に土方から言い渡される任務など知る由もなく、沖田は小夜との新たな暮らしを思い浮かべ大きく伸びをした。



 土方が西本願寺との交渉から帰ってきたのは、沖田が夕餉を食べ終わった暫く後だった。

「『お西』に移転前倒しの許可を取り付けてきた。数日の間に朝廷に届出をするとのことだ。」

 羽織を脱ぎながら土方は短く沖田に告げる。

「土方さん・・・・・一体どんな脅しを掛けたんですか?」

 てっきり西本願寺に突っぱねられると思っていた沖田は、土方の押しとあまりの展開の速さに目を丸くする。

「別に大したことはないさ。『去年の八月、『お西』に出入りしている奴が捕縛されたっけなぁ。』とだけ言っただけだ。」

「・・・・・そうですか。」

 沖田は俄には信じられないといった風に土方を見つめる。西本願寺への交渉には何回か沖田も同行したことがあるが、向こうはかなり渋っていた。それをようやく西本願寺北集会所の貸与までこぎつけたのだ。それだけでも大変だったのにこうもあっさりと引越しの日取りを前倒ししたとは・・・・・。

「『お西』も諦めているんでしょうかね。」

 沖田の前で湯漬けを掻き込んでいる土方を見つめながら沖田は呟く。決して新選組に好意的とは言えない西本願寺である。だが、土方のあまりにも強硬なやり方に、沖田は西本願寺に対して同情の気持ちを抱いてしまった。



 西本願寺が新選組の同寺使用許可を朝廷に通達したのは二月二十八日であった。土方の脅しまがいの交渉から三日後というかなり早い動きに、沖田は内心舌を巻く。

「よし、正式な許可が出たからには早速改修を始めるぞ!永倉、松原!大工の手配を!」

「承知!」

「あとの者は荷物をまとめろ!大砲などの運搬には会津からも人を出してくれるというからすぐに運べるようにしておけよ!」

 土方の号令に隊士達が一斉に動き出した。山南の死から数日、どんよりと重苦しかった空気が一気に活気付くようだ。そんな中、一人の平隊士が不審な動きをしていることに沖田が気が付いた。

「あれは確か・・・・・大谷さん、でしたっけ?」

 それは伊東達の入隊直後に新選組に入隊した若者であった。時期的に入隊が近かったこともあり、伊東派とも親しくしている。

「ああ・・・・・その通り。沖田さん、何かおかしいと思わないか?あいつの行動。」

 沖田の呟きに答えたのは斎藤だった。どうやら斎藤も大谷に対して不審なものを感じているらしい。

「斎藤さんも・・・・・そう思いますか。」

「ああ、何をこそこそしているんだか・・・・・聞き出す必要がありそうだな。あんた、引越しの準備は終わっているのか?」

「ええ。元々私物は少ないですし、休息所の方は小夜に任せてありますから。」

 何気ない沖田の一言に、斎藤がふっ、と鼻で笑った。

「ずいぶんと偉そうだな。いつの間にか『お小夜さん』から『小夜』とは。亭主関白もいいところだ。」

「からかうのは止めてください。それに江戸っ子は『かかぁ天下』と相場が決まってますよ。」

 軽口を叩きながらも二人は大谷への包囲を狭めていく。そして逃げ道を塞いだ所で沖田が大谷に声を掛けた。

「大谷さん、ちょっといいですか?」

 穏やかな沖田の声音だったにも拘わらず、声をかけられたその瞬間、大谷の背中がびくっ、と跳ね上がる。そして声の方へ恐る恐る振り向いた。

「お、沖田先生。さ、斉藤先生も・・・・・一体何でしょうか?」

「それはこっちの科白だ―――――何を隠している、大谷!」

 普段の斎藤からは想像できないような、凄みを効かせた声音に大谷だけでなく沖田も驚く。

「ちょ、斎藤さん。まだ何をしたと言うわけでは・・・・・。」

 沖田は斎藤を宥めるが、斎藤はそれを拒絶した。

「俺達の顔を見て腰が引けていること自体が証拠だ!」

 斎藤は大谷にさらに怒鳴りつけると、その胸座を掴む。その瞬間、大谷は懐を無意識に押さえた。

「懐か・・・・・そこに何を隠している、大谷!見せろ!」

 さらに斎藤が大谷の胸座を強く引く。その瞬間、懐から何か紙切れが一枚落ちたのである。

「そ、それは!」

 大谷の動揺ぶりを見た沖田は、素早く落ちた紙切れを拾った。そして紙切れの中身を見た瞬間、険しい表情を浮かべる。

「・・・・・さすが斉藤さん。こんなものが出てくるとはね。」

 沖田は紙切れを斎藤と大谷の前に広げた。

「やっぱりな・・・・・詳しく話を聞こうか、大谷良輔!」

 沖田が広げた紙切れに書かれていたもの―――――それは、徳川幕府に対する糾弾の草稿であった。



UP DATE 2013.4.19

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沖田総司、嬉し恥ずかし朝帰りです(*´艸`*)しかもよりによって斎藤一に見つかるとは(爆)きっと巡察途中でお赤飯か紅白まんじゅうを購入し、皆の前でこれ見よがしに沖田に押し付けたに違いありません。色んな意味で『まめな男』ですから(爆)沖田をおもちゃに出来る機会を逃すはずはありません(*^_^*)

そんな中、山南さんの死を超えて、屯所を移転することになった新選組ですが、最後の最後でとんでもないものが出て来ました。
平隊士・大谷良輔が懐に仕舞っていた幕府糾弾の草稿・・・・・どう考えても伊東派との繋がりを感じずにはいられません(>_<)果たして大谷から何かを引き出すことはできるのでしょうか?屯所引越し前、壬生における最後の大きな事件となりそうな予感です。

次回更新予定は4/26、第四章本編最終話、大谷への尋問&壬生からの引越しとなりますv
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