FC2ブログ

「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章 第二十八話 さらば、壬生・其の肆

 ←烏のまかない処~其の九十六・香ほろん →烏のがらくた箱~その百五十八・断捨離2013・その2
 麗らかな春の日差しの中、新選組隊士達は巡察に、そして引越し準備にと動き回っていた。その動きはいつも以上にきびきびしており、不自然に明るく振舞っているようにさえ見える。それもそうだろう、ほんの七日前に総長の切腹という大事件が逢ったばかりなのだ。いくら豪胆な男達の集団でも、母親の如く穏やかで人望があった総長の死は、衝撃が大きすぎるのだろう。

 そんな春めいた屯所内の中、唯一この場所だけは真冬の如く凍てつく寒さに支配されていた。日差しさえ差し込まぬ前川邸の蔵の中、百目蝋燭の仄かな灯りに照らされているのは四人の男達である。

「ふん、また物騒なものを後生大事に抱え込んでいたようだな、大谷良輔。」

 一枚の紙切れ―――――大谷の懐から見つかった糾弾状の草稿を手にした土方が、低い声で目の前にいる大谷に語りかける。

「・・・・・。」

 そんな土方の問いかけに答えず、大谷は視線を逸らした。捕縛され、右頬には殴られたような紫色の痣が蝋燭の灯でもはっきりと浮かび上がる。それは胸座を掴んだ斎藤から逃げ出そうと暴れた際、沖田に殴られ出来たものだった。

「何故貴様がこんなものを持っていたのか・・・・・洗い浚い吐いてもらおうか!」

 土方の言葉と同時に沖田が手にした竹刀が大谷の背中に振り下ろされる。木刀でないのは自白を最優先させるためと、迂闊に怪我をさせて切腹ができなくなるのを防ぐためであった。だが、大谷がその事を理解しているのか否か、竹刀が振り下ろされる度に情けない声を上げて床をのたうち回る。

「沖田さん、あんたの温情はこいつを増長させるだけだ。あんたの腕なら右腕を避けて木刀を振り下ろせるだろうが。」

 なかなか白状しない大谷に対し、真っ先に堪忍袋の緒を切らしたのは斎藤であった。床に転がる大谷を蹴り飛ばし、乱れた襟元を掴んで上体を引き起こす。

「さっさと吐け!何故こんなものを書いたんだ!」

 普段寡黙な斎藤だけに、その迫力は凄まじい。大谷も斎藤の威嚇に怯えるが、それでも首を縦に振ることはなかった。

「い・・・・・言えません・・・・・。」

 大谷は頑として口を割らない。その頑固さは新選組隊士としてあっぱれだと思うが、こと尋問では厄介極まりない。

「う~ん、斎藤さんの・・・・・聞き方が悪いんですかねぇ。」

 竹刀を手にしたまま、沖田が唸る。

「それは嫌味か、沖田さん?」

 まるで大谷が自白しないのは斎藤の所為だと言わんばかりの沖田の言葉に斎藤が食って掛かるが、沖田はそうじゃないと首を横に振った。

「いいえ。普通だったら斎藤さんの聞き方でも白状すると思いますよ。だけど今の大谷さんは動揺しているのか頭の回転が少々悪くなっているようですから・・・・・ねぇ、大谷さん。『誰に頼まれて』これを書いたんですか?」

 沖田の唇が『誰に』と動いたその瞬間、大谷の表情があからさまに強張る。

「・・・・・誰にも・・・・・頼まれてなんか、いません。」

 沖田の問いかけを否定するその声は弱々しく蔵の中に響いた。だが、その大谷の言葉を信じるものはこの場には誰もいない。

「そんな筈は無いでしょう。少なくとも、あなたは首謀者ではないですよね。」

 沖田の囁きは残酷に大谷の耳をくすぐる。その声に戸惑いを見せつつも、大谷は辛うじて自らを保とうと足掻く。

「そ、そもそも仲間なんて・・・・・俺一人で・・・・・。」

 その刹那、斎藤の大声が大谷の耳を劈いた。

「うつけが!一人で糾弾状を出そう、って奴が『我ら』なんて書くはずがないだろう!」

 蔵中に響き渡る斎藤の一喝に、大谷が縮み上がった。それに対し斎藤がさらに口を開きかけたその時である。

「沖田、斎藤、そのへんにしておけ。こいつからは大したネタは得られねぇ。」

 不意に土方が大谷への尋問を止めさせたのである。その指示に沖田斎藤とも目を丸くする。

「しかし、土方さん・・・・・良いんですか?もしかしたらあと少しで・・・・・。」

「こいつの切腹の際、不審な動きをした奴に目星をつければいい。自白した所で大した情報は得られねぇだろう。」

 切腹―――――土方の口から飛び出したその言葉を聞いた瞬間、大谷はがたがたと震えだした。よもや草稿だけで切腹になるとは思っていなかったらしい。

「切腹・・・・・そんな・・・・・。」

 大谷はようやく自分がしでかしたことの重大さに気づいたらしく、青白い顔のまま俯く。

「幕府・・・・・すなわち主君のさらに上の存在に対しての異論は士道に反する。この糾弾状はまさにそれだ。本来、幕府の目に止まれば斬罪もありうる大罪に切腹は軽すぎると俺は思うが。」

 静かな声音だけに、むしろ凄みを感じる。そんな土方の言葉に大谷はとうとう嗚咽を始めた。

「切腹は三月三日、介錯は斎藤、お前がやれ。それがせめてもの情けだ。」

 蔵の中に大谷の嗚咽が響く中、土方は斎藤に命じる。

「・・・・・即時じゃないんですか?」

 あまりに悠長な土方の決定に斎藤は眉を顰めた。

「三日もありゃこいつの親族に連絡が付く。謀反まがいの糾弾状を懐にしていたとあれば、新選組隊士扱いはできねぇから亡骸は引き取ってもらう。沖田、それまでこいつが脱走しねぇように見張りを付けておけ。」

 土方は必要事項だけを手短に命じると、さっさと蔵から出て行ってしまう。

「何だかんだ言って一番優しいのは土方さんですよねぇ。事後報告だって問題ないでしょう、こんな大罪なら。」

 土方が出て行った蔵の扉から春の日差しが差し込む。その眩い光に目を細めながら呟いた沖田の言葉に、斎藤も黙ったまま頷いた。



 大谷への尋問から三日後、前川邸の庭先で大谷の切腹は行われた。実家が近場だったこと、そして幕府への謀反さえ匂わせるような糾弾状を手にしていた事で新選組隊士としての埋葬はなされず、亡骸はその日の内に大谷の実兄によって引き取られた。

「やっぱり伊東派は上手く用事を見つけて逃げ出しましたね。」

 介錯の後、刀の手入れをしていた斎藤に近づき、沖田は小声で囁く。

「確かにな。よりによって上巳の節句の挨拶とは・・・・・。」

 沖田の囁きに斎藤も苦々しげに呟く。土方が三月三日に切腹を決めたのには、大谷の家族への連絡という他、もう一つ理由があった。それは近藤が上巳の節句の為、黒谷に顔を出すことを想定していたからである。
 山南の切腹から十日しか経過しておらず、意外と繊細なところがある近藤を思いやっての土方の判断だったが、それが仇と出た。何と伊東もその日、知人から誘いを受けたとか言い出し大谷の切腹に立ち会うことなく屯所を後にしたのだ。

「主君もいない身で雛の節句に呼び出しとは・・・・・おなごじゃあるまいし。」

「おおかた島原の『お雛様』に呼ばれたのでしょう。しかもあちらにいけば『お西』へ立ち寄っても怪しまれない。」

「双方尊攘派か・・・・・ますます来に食わんな。」

 大谷の血糊を綺麗に洗い流した大刀を晒で拭くと、斎藤は鞘に刀を収めた。

「間違いなく山南さんの切腹と大谷の切腹は繋がっている。それと土方副長だ。あの雨の日の呼び出し以来、引越しを前倒しするわ何気なく何かを探るような動きをするわ様子がおかしいし・・・・・」

「何ですか、雨の日の呼び出し、って?」

 土方が雨の日に呼び出された事など沖田は知らない。怪訝そうに尋ねる沖田に対し、斎藤は意地の悪い笑みを浮かべながら事情を話し始める。

「そうか。あの日、あんたは朝帰りだったからな・・・・・あんたが女と乳繰り合っていた晩の事だ。土方さん一人が黒谷に呼び出されたらしい。たまたま帰還した時刻が一緒だったんだが。」

「・・・・・山南さんの切腹の日でいいじゃないですか。何も私の私的なことを言わなくたって。」

 斎藤のからかいに気が付いた沖田は、顔を真赤に染めながら異論を挟むが、斎藤はそれを無視して話を続ける。

「あの日の副長の顔は忘れられない。何かを決意したような、まさに『鬼』と化していたな。」

「そんなことがあったんですか。」

 その時を思い出すように遠い目をする斎藤の横顔を見つめながら沖田はしみじみと呟いた。一つ一つの出来事は一見するとばらばらに見えるが、どこかで繋がっていることだけは確実だ。そのうちそれらの出来事がひとつの形を作っていくだろう。沖田は未だ床に蹲って泣いている大谷を見下ろしながら腹を括った。



 血に染められた新選組の歴史をかき消すかの如く、引越し準備は着々と進んだ。大工に頼んでいた北集会所の区割りも、西本願寺との境界をはっきりさせるための竹矢来も驚くべき速さで完成する。

「ここともとうとうお別れなんですね。」

 荷物がすっかり運び出され、がらんとした前川邸を見つめながら沖田は呟いた。あとは近藤を筆頭に近所への挨拶回りだけである。
 多くの人との出会い、そして別れを経て二年前より少しだけ自分が大きくなったような気がする。これからもっともっと成長し、近藤のために精力的に働かなくてはと沖田は気を引き締めた。

「お~い、総司!八木さんちへの挨拶が終わったからそろそろ行くぞ!」

 門の外から沖田を呼ぶ原田の声が聞こえてくる。

「はーい!今行きます!」

 沖田は羽織の裾を翻し、声のする方へ走っていった。するとその場でちょっとした揉め事が起こっていたのである。

「土方さん、いくら何でも二年間のお礼が五両、ってぇのは無いんじゃねぇか?」

「そうそう、二年もお世話になっていたんだしよ。それじゃあ本当に『気持ち』じゃねぇか。」

 どうやら八木へ差し出した『寸志』が文字通りちょっとした心付けになってしまったようである。それを不服とした永倉や原田が土方に食って掛かっていたのだ。

「仕方ねぇだろ!何だかんだで出費が多くて手元に十五両しか残らなかったんだ。内、前川さんに十両は渡さねぇといけねぇから、その残りになっちまったんだよ。そもそも・・・・・。」

 土方は文句を言い続ける永倉、原田をギロリ、と睨む。

「おめぇらが遊んだツケも支払いの中には入っているんだからな。それがなけりゃ二十両は浮いたんだ!」

 その瞬間、永倉と原田は言葉を失ってしまった。なまじ後ろ暗いところがあるだけに土方の言い分に反論できない。

「・・・・・だから『寸志』、って断りを入れたんだよ!家賃分は後で金ができた時に払えばいいだろうが!」

 土方が威勢のいい啖呵を切ったその瞬間、沖田は耐え切れず吹き出してしまった。

「総司、何がおかしい!」

「おかしいも何も・・・・・ここに来た時もお金がなくて苦労していたのに、二年たった今になってまたお金がなくて困るなんて。しかも土方さんの物言い、芹沢さんを思い出すなぁ。」

 けらけらと笑う沖田の言葉に、不服そうな表情を浮かべた土方だったが、意外な人物が沖田の言葉に賛同した。

「そういやそうだな。借金取りが押しかけてくる度に芹沢さんは『金は無い!できた時に払ってやる!』って追い返していたっけ。」

 近藤が懐かしそうに目を細めながら口を開く。

「当時はなんて乱暴な、と思っていたけれど、いざ局長になってみると、いかに芹沢さんが必死に我々隊士を守ってくれていたかがよく解る。芹沢さんがたった十三人だった誠忠浪士組の礎を作ってくれなければ、今の新選組はありえないからな。」

 しみじみと呟く近藤の言葉に全員が懐かしそうに頷いた。


 咲き誇る桜が春風に舞う。新選組の新たな旅立ちを祝福するようだ。抜けるような青空と桜吹雪の中、黒紋付を身に纏った屈強な男達は、西本願寺へ向かって歩きはじめた。



UP DATE 2013.4.26

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)





伊東甲子太郎の上洛から始まった第四章もこの話で終わりを迎えましたv獅子身中の虫とも言える存在が入り込んできたのと入れ替わるようにかけがえのない人物を失ってしまった新選組。やはり勢いのある存在というものは良い物も悪い物も引き寄せてしまうのでしょう。試衛館派と伊東派の内紛はこれからです。長い戦いになりそうですが果たしてどんな結末を迎えるのか・・・・・お付き合いのほどお願いしますv

桜舞い散る中、壬生を後にした新選組は西本願寺で新たな暮らしを始めます。特に若い幹部は京都に根付くようにそれぞれのパートナーを見つけ、休息所での生活が始まりますが・・・・・西本願寺初期編とも言える第五章では彼らの恋愛事情についても取り上げて行きたいですね。特に原田&おまさ夫婦は引越し直後に世帯を持ったようですのでできるだけ早い時期に書く予定ですv

次週夏虫は『第四章・結』、大正時代のカフェーに話は戻ります。なので幕末にしか興味はない!という方はGWのお休みと言うことで^^
(今回沖田の『脱・素人童貞』の話も出ましたので、そちらに話がブレる可能性も^^;お気軽にお付き合いくださいませね♪)
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のまかない処~其の九十六・香ほろん】へ  【烏のがらくた箱~その百五十八・断捨離2013・その2】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【烏のまかない処~其の九十六・香ほろん】へ
  • 【烏のがらくた箱~その百五十八・断捨離2013・その2】へ