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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第四章

夏虫~新選組異聞~ 第四章・結

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 しとしとと降りしきる雨が煉瓦造りのカフェーの窓を濡らしてゆく。沖田老人の話が終わった瞬間、中越は幕末の桜吹雪の中から大正のカフェーへ引き戻された。

「・・・・・という訳です。後から知った話を付け加えてもこの程度しか解らなくて。当時の私は山南さんが何を考えていたのか、何を訴えたかったのか皆目見当が付きませんでした。」

 穏やかに微笑む沖田老人の皺の影が、心なしか濃くなったように中越には思える。それは語った内容の重さに因るものなのだろうか。中越は黙ったまま頷くことしかできなかった。

「その当時の私に理解できたのは、山南さんが新選組を守るために自らの命を賭したということだけ・・・・・せめて山南さんが書いた直訴状の中身を知ることができれば、もう少しましな心持ちで介錯に臨めたんですけどね。」

 中越の頷きを受けて沖田老人が零した一言に、ようやく中越は口を開く。

「・・・・・新選組一の人斬りと云われた沖田さんでも、さすがに心が揺らぎましたか。」

「そりゃそうですよ。何せ恩人たっての希望で介錯を任されたんですから。正直、自分自身の動揺にさえ気づくことができない有様で・・・・・近藤先生や土方さんに屯所を追い出されていなければ、部下を相手に荒稽古をして彼らに怪我を負わせていたでしょうね。」

 沖田老人は照れくさそうに笑い、白髪頭を掻いた。

「結局のところ偶然出くわした小夜と一夜を共にしてしまいましたが・・・・・あの時の私は相当頭に血が昇っていたと思いますよ。」

 沖田老人の言葉を聞いて、中越は何とも複雑な表情を浮かべた。

「やっぱり・・・・・本当に頭に血が昇った時って、本人は気が付かないものなんですね。」

「と、言いますと?」

 思いつめた中越の表情に気が付き、沖田老人が尋ねる。

「実は沖田さんと逢う前、疑獄関係者にインタビュウをしていたんです。しかし先輩に『頭を冷やして来い!』と追い出されてしまいまして。」

 中越は自らの失態を白状し、苦笑を浮かべた。そんな中越に昔の自分を重ね合わせたのか、沖田老人は穏やかに微笑む。

「それが若さというものなのでしょうね。真剣に一つのことに打ち込んで、それ以外のことに気持ちが行かなくなってしまう。たとえそれが自分自身のことであっても。」

 沖田老人は大きく溜息を吐くと、中年の女給に淹れ直してもらったロシアンティーを飲み干した。

「それにしてもだいぶ日が長くなりましたね。梅雨とはいえ、あと十日もすれば夏至ですし。」

 中越は窓の外を見ながら沖田老人に語りかける。中越の指摘通り、雨空にも拘わらず周囲は未だ暗くなっていない。

「・・・・・昔だったら門限が遅くなると嬉しかったものですけどねぇ。」

 昔を思い出すような沖田老人の呟きを、中越は聞き逃さなかった。

「あれ、新選組に門限なんてあったんですか?」

「ええ、勿論夜の巡察はその限りじゃありませんけどね。壬生から西本願寺に移転してからきちんとした門限が決められました。それまでは夜遅くまで幹部たちが部下を引き連れ花街へ、なんてこともありましたから門限はあってないようなものでしたけど。」

 中越の問いに沖田老人は悪戯っぽく笑いながら答えた。

「池田屋のような大きな事件に出くわさなかった西本願寺時代ですけど、それだけに我々にとってひと時の平和な時期だったと言えます。妻を娶った者もこの時に集中してますしね・・・・・おっと、一人だけ想い人に袖にされた御仁がおりましたっけ。」

 意味深な沖田の言葉に、中越は怪訝そうな表情を浮かべる。

「もし差し支えなければ、次回その辺りを聞かせて頂けませんでしょうか。当時飛ぶ鳥を落とす勢いの新選組隊士を袖にする女性がいたなんで・・・・・。」

 その瞬間、沖田老人は思わずぷっ、と吹き出した。

「ははは。想像は付いておいででしょうが、新選組一の色男ですよ、振られたのは。山南さんの時と違ってこちらは双方から耳にたこができるほど言い分を聞かされていますので少しは詳細なお話ができるでしょう。」

 沖田は笑いながら席を立つ。

「では来週の・・・・・今度は土曜日にしましょうか。いつもの時間にお待ちしておりますよ。」

「私も来週は出来る限り遅刻しないようにします。」

 中越の謝罪に沖田老人は微笑みを浮かべ、カフェーを後にした。



 中越は一旦会社に戻り明日の朝刊用の記事を書き終えると、ようや社屋から徒歩十五分のところにある自宅へ帰ることが出来た。疲れきった身体を引きずり、中越が自宅の扉を開けたその時である。

「佑さん、お帰りなさい!」

 何と婚約者の智香子が部屋の中から飛び出してきたのである。

「ち、智香子さん!何でこんなところに・・・・・!」

 思わぬ来訪者に中越は面食らう。

「両親の許しを貰いましたの。お夕飯を作るくらいなら構わないから、って。」

 智香子は微笑みながら中越の腕を引っ張り、部屋の中に連れ込んだ。

「うわっ、美味しそうですね!」

 ちゃぶ台に並べられた夕飯を見て中越は感嘆の声を上げる。そこにはおかずや汁物、山と盛られたご飯がずらりと並んでいた。

「・・・・・しかし、どうして今日に限って?」

「ふふっ、実は今日、あのカフェーの前を両親と一緒に通ったんです。そうしたら佑さんと沖田のおじいちゃんがいらっしゃったじゃないですか。」

 智香子の言葉に中越は驚愕の表情を浮かべる。

「え、通ったんですか?すみません、沖田老の話に夢中になってしまって。」

 中越は智香子家族に気が付かなかった事を詫びるが、智香子は微笑みを浮かべながら首を横に振った。

「気にしないで。沖田のおじいちゃんのお話が魅力的なのは私も重々知ってますから。で、両親に沖田のおじいちゃん―――――勿論沖田の名前は出しませんでしたけど―――――が産婆の小夜先生の旦那様だ、って話をしたら吃驚して。あ、それと・・・・・。」

 智香子は思い出したようにハンドバックから藤色の袱紗を取り出した。

「これ、うちの両親から預かって来ましたの。小夜先生のお線香代。散々お世話になったのにお亡くなりになったのを知らなかったって母がしょげてしまって。」

「なるほど。そういうことだったんですね。」

 いくら許嫁の許であっても一人娘を夜遅い時間に男の許へ寄越すなんて、と訝しく思っていた中越はようやく合点がいった。義理堅い智香子の両親の事だ、不義理を気にしてしまい一刻も早く香典を届けたかったのだろう。

「了解しました。来週沖田老に会う約束を取り付けていますので、その時に渡しますね。」

 智香子にそう告げると中越は袱紗を自分の鞄に入れ、着替えもせずにちゃぶ台の前に座った。

「もう、行儀の悪い・・・・・そんなにがつがつしなくったってご飯は逃げませんよ。」

 中越が箸を取った瞬間、智香子は呆れたように苦笑いを浮かべる。その瞬間、中越は不意にあることを思い出す。

「そう言えば沖田老もお小夜さんに同じようなことを言われていたな・・・・・え~っと確か『食べさせん子ぉみたいにがつがつと食べへんでも』って。」

「え、今日もお小夜先生のお話が出たんですか?」

 智香子の目がキラキラと輝き出す。だが、その話をすれば山南の切腹の話や沖田老人夫婦の初夜の話など色々な意味で生々しい話をしなければならなくなる。

「ええ、まぁ・・・・・それよりも俺は智香子さんの手料理にありつきたいんですけど。」

「あ、ごめんなさい。でも上着だけは脱いでくださいね。」

 中越の訴えに智香子は顔を赤らめつつも、中越の背広を半ば強引に脱がせた。

(そう言えば西本願寺に屯所移転をした後、妻を娶ったものも少なくなかったって沖田老は仰っていたな。)

 いつ命を落とすかわからない日々、妻や妾などの『休息所の女』は男達の心の安らぎになったのだろう。そしてそんな中、唯一想い人から袖にされた男にも興味がある。

(多分『鬼の副長』の事なんだろうけど・・・・・確か江戸に隊士募集の為東下したはずだったよな。つまり直接口説ける機会があったはずなのに、振られたってことなのか。)

 言い訳さえ聞いて貰えず振られた理由となると、相当なものに違いない。まだほんのりと暖かい食事を頬張りながら、中越の心は来週の土曜日へと飛んでいた。



UP DATE 2013.5.3

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桜吹雪の幕末からしとしと雨の大正時代に戻って参りましたv
山南さんの切腹と自らの恋の話、両極端の話を同時にした沖田老人の心中はどのようなものだったのでしょうか。どちらも『沖田総司』の青春の1ページであることには変わりないんでしょうけどね(^_^)

第五章は西本願寺移転編になります。今までと違いそれほど目立った事件が無い時期になりますが、隊士それぞれのプライベートは何かと忙しかったようで・・・・・休息所を持つことを許されたというのもあるのでしょう。ただ、そんな中、約一名振られた男もいますので、そこのところはきっちり書かないと(爆)ちなみに沖田老人は西本願寺にいた時に歳から、それより後に(少なくとも新選組が江戸に撤退した時以降)お琴さんからそれぞれの言い分を聞いているようです。(というか、半ば強引に聞かされたのかもしれませんが^^;)

次回更新予定は5/10、第五章の始まりはいつもの煉瓦造りのカフェーからスタートしますv
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