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「紅柊(R-15~大人向け)」
甲午・春夏の章

菖蒲の子・其の参~天保五年五月の黎明

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 清々しい朝日が差し込む中、襖の向こうから元気な赤子の泣き声が聞こえてくる。だが、男達の前に立ちはだかるように榎本の妻が襖向こうの視界を遮っていた。それもそうだろう、まだ赤子が生まれた直後で産後の後処理の真っ最中だ。その様なものを男達の目に晒すわけにはいかない。男達もそれは重々理解しているが、やはり生まれてきた子供が跡継ぎとなりうる男の子なのか、それとも女の子なのかは気になってしょうがない。

「おいお前、どっちなんだ!男か?それとも女か?」

 為右衛門の義父である榎本が妻に迫る。そんな良人を宥めながら榎本の妻は口を開いた。

「生まれた子はね―――――元気な男の子ですよ。」

 その瞬間、男達は歓喜の雄叫びを上げた。

「でかしたぞ、寿江!」

「これで後藤家は安泰だ・・・・・」

「良かった・・・・・やっと、やっと後藤さんに義理を果たすことが出来ました。」

 榎本に至ってはぽろぽろと涙まで零して五左衛門の手を握る。自分の都合で寿江を為右衛門に押し付けながら、なかなか子供が出来ない重責を感じていたのだろう。ようやく下ろせた重荷に榎本の涙は止まらない。

「義父上、泣かないでくださいよ。これから男達が頑張らなくてはならないのですから。」

 為右衛門は号泣する榎本の肩に己の手を載せ、穏やかに声をかけた。子供がなかなか出来なかったのは自分自身の多忙さにも原因があっただけに、榎本の苦悩の大きさを垣間見て申し訳なさでいっぱいになる。だがこれからは義父にこのような思いをさせずに済む。

「そう・・・・・そうだな。あの甘ったれの寿江が頑張ったんだ。これからは我々が頑張る番だな。」

 為右衛門の慰めに榎本はようやく涙を拭い、懐紙で鼻をかんだ。その時である。

「は~い、お待たせしました!後藤家の跡取り息子ですよぉ!」

 明るい声と共に榎本の妻の後ろから瑞江が出てきた。その腕には真っ白い御包みに包まれた赤子が抱えられている。

「はい、為さん。どうぞ。」

 瑞江は生まれたばかりの赤子をいの一番に為右衛門に手渡した。でないと、赤子の祖父に当たる老人二人に取られ、為右衛門は我が子を抱くことさえ叶わないと判断したからだ。

「こんなに・・・・・小さいんだな。」

 頼りなげな赤子を恐る恐る抱きながら為右衛門が瑞江に尋ねる。片腕どころか両の掌でも抱けてしまいそうなほど赤子は小さく、頼りなげに為右衛門には感じられた。だが瑞江はそんな事はないと頭を振る。

「むしろ寿江ちゃんのお腹の中に長くいた分、普通の子より大きいんじゃないかしら。それよりも見てよ、その子の掌!」

 寿江は御包みの端から赤子の手をそっと引っ張り出した。

「この掌は間違いなく後藤の家の血筋でしょう?この子、絶対に大きくなるだろうし、立派な試物芸者になるわよ。」

 瑞江の言葉に男達全員が頷いた。確かに赤子の手は、その小さな体と比較すると大きめだ。間違いなく将来は優れた剣術者、試物芸者になるだろう・・・・・為右衛門は穏やかに微笑みながら人差し指で赤子の掌を軽くつつく。その瞬間、赤子は為右衛門の人差し指をぎゅっ、と掴んだのである。

「おいおい、かなり力強いな。」

 その頼りなげな姿からは想像できないほど、赤子は為右衛門の人差し指を強く掴んでいた。まるで自分が刀を握る時のような力強さだ、と為右衛門は笑みを浮かべてしまう。

「確実に兄上似ですね、この子は。」

 五三郎が赤子の顔を覗き込みながら呟いた。その言葉に五左衛門も頷く。

「確かに赤子の頃の為右衛門に似ているやも知れぬ。それにしてもなかなか指を離さぬな。」

 いつまでも為右衛門の人差し指を握り続ける孫に五左衛門は苦笑いを浮かべ、榎本も微笑みを浮かべる。

「この力強さは間違いなく筆ではなく刀を持つ手ですな。ますますホッとしました。」

 男達が赤子を中心にワイワイ騒いでいたその時である。

「お待たせしました。こちらの片付けが終わりましたので、寿江ちゃんにねぎらいの言葉でもかけてあげてくださいな。」

 瑞江が騒いでいる男達に声を掛けた。その言葉に誘導されて男達は北の間へ入っていく。すでに雨戸も開けられ、香が焚きしめられてはいるが、未だ部屋の中には血の匂いが残る。その中央に産籠に座った寿江がいた。いつの間にか髪は解かれ、着ているものも寝間着になっている。どうやら出産中に手伝いの女達が寿江を楽な格好にさせてくれたらしい。

「寿江、よく頑張ったな。」

 真っ先に寿江に近寄ったのは為右衛門であった。腕に抱えた赤子の顔を寿江に見せながらニッコリと笑う。

「元気な男の子だ。本当にお疲れ様。」

「旦那様・・・・・ありがとうございます」

 為右衛門の顔を見て安心したのか寿江は涙ぐみ、為右衛門の腕にすがった。初めての出産は不安だらけだったのだろう。

「これからこの子の名前を付けなくてはな・・・・・一応は考えているんだが。」

「どのような・・・・・名前なのですか?」

 寿江は興味深そうに為右衛門の顔を覗き込むが、為右衛門は悪戯っぽく笑うだけである。

「それはお七夜まで内緒だ。双方の父上とも相談しなくてはならないしな」

 為右衛門は寿江の頬をそっと撫でながら柔らかい声で囁く。

「女であるお前の大仕事はひとまず終わったんだ。今はゆっくり身体を休めろ。その代わり床上げが終わるまでは俺達が働くから。」

「はい、旦那様。」

 為右衛門を信頼しきった寿江のいつもの笑顔に、為右衛門は心の底から安堵を覚えた。



 為右衛門に無事跡取りである男の子が生まれたという知らせは、すぐに平河町の道場に伝えられた。ただ、吉昌は節句登城で留守にしており、道場では幸が留守を預っていた。

「へぇ、男の子だったんですね!為右衛門先生、もうデレデレなんじゃないですか?」

 報告をしにきた五三郎に幸が尋ねる。

「まぁ、確かに兄者もそうなんだけどよ・・・・・親父どもが孫の取り合いで。榎本の家でも男の子の孫は初めてらしくってさ。」

 五三郎は呆れたように肩を竦めた。せっつく両家の父親のしつこさに負けて為右衛門が赤子を父親たちに渡した途端、孫の取り合いが始まったのである。

「あまりにもややにチョッカイを出すんで、義姉上の母上や瑞江さん―――――近所の世話焼きの姐さんにこっぴどく叱られてたぜ、俺がこっちに来る前に。」

 その瞬間、思わず幸が笑い転げる。

「え~っ、あの大先生が叱られるなんてことあるんですか?信じられない!」

「俺も初めて見たよ。」

 普段は強面で吉昌以上に門弟たちに恐れられている五左衛門である。そんな五左衛門が孫の前で好々爺になってしまっているとは想像しにくく、二人は顔を見合わせて笑ってしまった。

「じゃあ、お師匠様が御城から帰ってきたら伝えておいてくれよ。」

「あ、ちょっと待って下さい!」

 勤めを終えたとばかりに早々に踵を返そうとした五三郎を呼び止めると、幸は奥の台所から桶に入った立派な鯉を持ってきて手渡した。

「お、なかなか立派な鯉じゃねぇか。」

 二尺近くはあろうかという大鯉に五三郎が感嘆の声を上げる。鯉は妊婦や産婦に良いとされるし、江戸時代より前は魚の王とされた縁起物でもある。

「男の子か女の子か解らなかったので鯉幟とはいかなかったですけど・・・・・鯉なら問題無いだろうと、数日前に日本橋の魚河岸から取り寄せて台所の大樽の中で泳がせていました。」

 確かに男か女か、しかもいつ産まれるか解らない出産への祝としては最高のものかもしれない。

「縁起物には変わらねぇ。ありがたく頂戴するぜ!お師匠様には改めて礼をさせてもらうからそう伝えておいてくれよ!」

 五三郎は吉昌への感謝を伝えると。桶を抱えて芝へと戻っていった。



 後藤家の産の忌が明けた七日後、しとしとと雨の降る夜にお七夜の祝は行われた。雨の匂いに混じり、床の間に飾られた菖蒲の香りが部屋に漂う。赤飯や尾頭付きの鯛、昆布、紅白の麩などの祝膳が並ぶ中、後藤家の主である五左衛門が厳かに半紙を出す。

「子供の名前はこれだ。」


『命名 新太郎』


 力強い文字で男の子の名前が書かれていた。その名前を、ようやく産籠から降りることが出来た寿江がしみじみと見つめる。

「良き名前でございますね。」

「ああ。双方の親と俺とで相談し、ようやく決まった名前だ。黎明と共に生まれてきた子だ。新しい時代を切り開いていってくれるだろう。」

 その言葉に全員が頷いた。ただ、その事を当の本人が理解しているのかいないのか。新太郎と名付けられた男の子は、母親の腕の中ですやすやと愛らしい寝息を立てて眠っている。

「間違いなくこの子は将来大物になるな。」

 新太郎を起こさぬよう小さな声で囁く五三郎の言葉に、皆がクスクスと笑ったのは言うまでもない。



 医療が発達していないこの時代、子供が産まれても病で亡くなることは少なくない。それ故、備中新見藩江戸藩邸では書類による正式な出生届けは三歳になってからということになっていた。ただ、出産に伴う行事は行われるため、口頭による届けは必須だ。お七夜の次の日、為右衛門と五左衛門、そして榎本は揃って藩庁へと顔を出した。

「そうですか、元気な男の子を・・・・・それは何よりでした!」

 藩庁の役人がそれこそ顔中を口にして笑う。

「ところで名前は?」

「新太郎、と申します。」

「ほぉ、いい名前ですね。では上役に伝えておきましょう。三歳の届けをお待ちしておりますよ。」

「はい、立派に育てて見せます。」

 口頭で届けを出しながら書類の届けを出せない子供も少なくない。二年後の正月に新太郎の届けが出せるよう、気をつけて育てていかなくては・・・・・父親としての自覚を噛み締めつつ、為右衛門は双方の親とともに御徒長屋で待っている寿江と新太郎の許へ戻っていった。



UP DATE 2013.5.21

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為右衛門の子供は元気な男の子でした^^跡取りが必要な江戸時代、これでひと安心と言えるでしょうvオロオロする良人を隣にしながら出産に挑み、無事出産した寿江にもご苦労様と労いたいですv

ただ、これでひと安心と言えないのが江戸時代の医療事情(>_<)4~5人産んでも成人して子供を成すのは2人とか、ってザラですからねぇ。それは武士であっても同様です。というか、普段あまり肉体労働をしていない武士のほうが病気に弱いのか(^_^;)それを考慮して届けはある程度成長してから、というところが多かったようで・・・今回は3歳に、としちゃっていますが(資料がなかった^^;)5歳まで生きていたら、とか色々あったようです。何せ『三歳までは神の子』なんて言葉があるくらいですからねぇ(´・ω・`)

(あと、余談ですが子供が生まれるまで『妻』として籍を入れさせてもれない場合もあったようで・・・私の母方の祖母がそうでした(^_^;)伯父の出生届と祖母の入籍が同時だった・・・いかに昔は跡継ぎを生むことが重要だったかよく判ります。)

無事に生まれた菖蒲の子・新太郎vこれからの成長を応援してやってくださいませ♪


次週は紅柊はお休みで拍手文6月話、董子と虔弥が思わぬことになってしまいます( ̄ー ̄)ニヤリ
そして紅柊6月話は清充&お梅を主人公とした『襤褸の袈裟、金糸の袈裟』をお送りしますv
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