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「紅柊(R-15~大人向け)」
甲午・春夏の章

襤褸の袈裟、金糸の袈裟・其の参~天保五年六月の再会

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 しとしとと降り続く雨が、古びた寺の濡れ縁を濡らしてゆく。湿気を含んだ空気が満ちる本堂の中、金糸の袈裟を身につけた僧侶は襤褸の袈裟を纏った僧侶に縋り付き、迫った。

「清充、今なら・・・出世の可能性もあるんだ。あんな女とは手を切ってすぐに吉祥寺へ戻ってこい!」

 真充の切ない訴えが本堂に響き、襖越しに控えていた梅の耳にもはっきりと届く。だが、清充は眉一つ動かすこと無く、静かに真充に聞き返した。

「・・・・・ならば昨年末、私を瑞光寺に遣わさなければ良かっただけの事。何故今更?」

 湿気に冷える本堂の空気よりもなお冷たい清充の口調に、真充は縋り付いていた手をゆるゆると離す。

「事情が・・・・・吉祥寺の勢力が変わったのだ。」

 今までとは打って変わり、言いにくそうな口調で真充はぽつり、ぽつりと語りはじめた。

「役員だった哲充和尚が・・・・・失脚された。布施の不正使用があったと言いがかりを付けられて」

「何だって?それは本当なのか?」

 哲充の名前を利き、清充は思わず目を見張った。哲充は清充や真充が学僧だった頃の寮主である。公私に渡って清充も世話になり、瑞光寺の住職に清充がなることが出来たのも哲充の力添えがあってこそだった。さすがにその名前を出されると清充にも動揺が走る。

「ああ、嘘など吐くものか。」

 ようやく清充の脆い部分を見つけ出した真充は、さらにそこを突く。

「勿論哲充和尚がそんな事をするはずはないと私も思う。だが、反対勢力に嵌められ、失脚したのは紛れもない事実だ。」

 真充は溜息を吐くと、妙に艶かしい目で清充を見つめる。

「頼む・・・・・哲充和尚の為にもお前の力が必要だ。吉祥寺に帰ってきてくれ。」

 まるで恋の告白の如き熱っぽい告白に、清充は黙りこくってしまった。



 襖越しに二人の話を聞いていた梅は不安に身体を震わせた。

(旦那様は・・・・・吉祥寺に戻られてしまうのかしら。)

 恩人の危機をそのまま見捨てておくほど清充は薄情ではない。そもそもそんな人物だったらとっくの昔に梅を瑞光寺から追い出しているはずだ。

(ご迷惑は・・・・・かけられない)

 ここは自分が身を引くべきだと思うが、それ以上に清充から離れたくないという気持ちが強い。また、身を引いてここから出て行ったとしても身寄りのない自分が江戸でまともな暮らしができるとも思えなかった。未だ韮山は治安が悪く、定廻りの的場からは墓参りさえ禁じられているが、いっそ韮山へ帰ろうか―――――そう覚悟を決めた時だった。

「済まない、真充。お前には悪いが私はここに残る。」

 襖の向こう側から、清充の力強い声が響いた。



 ひんやりとする本堂の中、真充は信じられないものを聞いたとばかりに唇をわなわなと震わす。その一方、清充は済んだ静謐を漂わせ、その口元には笑みさえ浮かんでいた。

「せ、清充・・・・・お前、自分が何を言っているか理解しているのか?」

 声をつまらせながら真充が清充に訴えかける。喉がひりつくのか、一瞬茶を手に取ろうとしたが、梅が淹れたものだと気が付き手を引っ込める。その様子に清充は苦笑いを浮かべる。

「修行がなっていないな、真充。誰が淹れようと茶は茶だ・・・・・たとえ貫首が淹れようと寺男が淹れようと変わりはしない。」

その言葉に不満そうな表情を浮かべた真充に、清充はさらに言葉を重ねる。

「確かに哲充和尚の件は気の毒だと思うし、自分に出来る事があればやりたいと思う。だが、命を奪われるわけではないし生活に困るわけではないだろう?」

「しかし、貫首になれたかもしれないお方が・・・・・!」

「瑞光寺の近辺には日々の暮らしに困っているものも多い。命を落とし、荼毘に付されても経の一つも読んでもらえぬ者だっているのだ。それに比べたら哲充和尚はまだ恵まれている。お前だって傍にいるんだし。」

 清充は微笑みながら少し冷めた茶を啜った。

「・・・・・勿論梅の事もある。だが私がここに残る理由はそれだけじゃない。これは定廻りの同心に聞いた話だが。」

 青ざめ、表情を強張らせている真充に向かって清充は穏やかに語り続ける。

「私らがここに居ることで子供達は安心して遊べ、大人達は心置きなく仕事に励むことができる。以前多かった拐かしも少なくなっているらしい。つまり・・・・・私と梅の罪によって瑞光寺近隣の衆生が救われているのだ。」

 徳の高い阿闍梨のように澄み切った瞳で真充を見つめながら、清充は静かな、しかしはっきりした口調で告げた。

「お前には悪いが・・・・・たとえ地獄に落ちようとも私はここに残る。」

 その一言に、真充はがっくりと肩を落とし、手をついてしまった。

「清充・・・・・考えなおす気は、もう無いのか?」

 今にも泣き出しそうな目で清充を見上げつつ、真充は最後の足掻きを見せる。だが清充は首を横に振るだけだった。

「金糸の袈裟を身につけられる生活に憧れがないといえば嘘になる。だが、今の私が望むのはこの襤褸の袈裟だ。」

 清充は身に纏っている袈裟を手に取り真充に見せる。

「確かに見た目は見窄らしいかもしれない。だが、近所の子供達が家で余った端切れを持ち寄ってくれて、それを梅がひとつひとつ丁寧に縫い合わせてくれた袈裟だ。豪華ではないが、人々の想いが込められている―――――大事な宝だ。」

 愛おしそうに清充が手にする襤褸の袈裟を真充はじっと見つめる。その目には悔しさの涙が滲んでいた。

「判った・・・・・今日のところは引き上げる。だが、私は諦めたわけではないからな!」

 真充は立ち上がり清充に背を向けると、大股で玄関へと向かう。そして草履を突っかけると乱暴に玄関の戸を開き、傘もささずに雨の中を飛び出していった。

「おい、真充!」

 清充は真充が置き去りにした傘を手に声をかけるが、真充は霧雨の中へ消えてゆく。

「旦那様、追いかけなくて宜しいのですか?」

 清充の後ろから梅がやってきて声を掛けた。その手にはこちらも継ぎ接ぎだらけの番傘が抱えられている。

「・・・・・あの様子じゃ追いついても受け取って貰えないだろうな。またの機会に返せばいいさ。」

 清充は肩を竦めると、梅から番傘を受け取り真充の傘と共に玄関の片隅に立てかけた。そして三和土から上がるとおもむろに梅を抱きしめる。

「だ、旦那様?」

 突然の清充の行動に梅は目を白黒させるが、清充は梅を抱きしめた腕に更に力を込め、耳許で囁いた。

「どうも私は『お梅』という煩悩から逃れることは出来ないようだ。」

 本堂に居続け、冷えきった身体に梅の温もりがじんわりと伝わってくる。清充は自らの頬を梅の頬に擦り寄せながら笑みを浮かべた。



 数日後祥雲寺において罪人の為の法要が行われた。相変わらず鶴充和尚は寝たり起きたりの繰り返しで、来月の盆を最後に隠居することが決定している。今ではすっかり法要の顔となってしまった清充が鶴充和尚の代わりに読経を上げ、罪人の魂を供養する。

「この雨の中、忝い。今月は特に死罪が多かったから。」

 そう吉昌が告げて清充に手渡したのは袱紗に包まれた一分銀四枚―――――すなわち一両だった。相変わらず質素な身なりをしている清充を心配しているのか、吉昌はいつも多めに金子を包んでくれる。

「お気遣い、感謝いたします。」

 清充は深々と一礼すると、袱紗ごと金子を懐にしまいこんだ。

「ところで的場さんに聞いたんだが・・・・・医者に行けぬ者達に薬を買って分け与えてやっているという話は誠か?」

  吉昌の横にいた為右衛門が清充に尋ねる。その問に清充ははにかんだ笑みを浮かべて小さく頷いた。

「ええ、それほど高価な薬ではないんですが・・・・・山田様に頂戴した礼金を使わせて頂き、近所の者に分け与えさせて頂いております。」

「なるほど、そういう事か。」

 清充の話を聞いて吉昌は何か考え込む。

「あの、それが何か・・・・・?」

「いや、山田家でも少々製薬をしているんだが、どうしても形が歪になってしまって売り物にならない丸薬が出てしまって困っている。効き目は全く変わらないのだが・・・・・もしそれでも構わないのであれば貰ってやってくれないか?」

 それを聞いて清充は驚きに目を丸くする。

「よ、宜しいのですか?」

「ああ、どうせ捨ててしまうものだ。かと言って全く知らない者にくれてやるのもなぁ・・・・・今度娘に持たせるから、良かったら使って欲しい。」

「・・・・・ありがとうございます。」

 襤褸の袈裟を身に纏う、瑞光寺での生活は決して楽ではない。だが、金糸の袈裟を着ていたのでは知りえなかった人の優しさ、思いやりを知る事ができる。

(権力争いに目を奪われている真充には・・・・・きっとこの人の心の温かさを感じる余裕は無いのだろうな。)

 真充の恋の闇に全く気づいていない清充は、真充の説得を権力争いのためだとばかり思い込んでいた。だが、ある意味それは幸せな事なのかもしれない。


 どろどろとした人の情念を洗い流すような雨の中、清充は周囲の人々の心遣いに感謝するのだった。



UP DATE 2013.6.18

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お世話になった先輩の失脚まで持ち出し、吉祥寺(というか自分のもと)に清充を取り戻そうとしていた真充でしたが、あえなく玉砕致しました(^_^;)まぁ、男でも女でも横恋慕は侘しいものがありますよね・・・さらに僧侶としても権力争いに没頭する真充と、貧しい人々のために手を差し伸べる清充の『格』の違いも露わになりました。現在でもありますよね、学校にいたときはそれほど差がなかったのに、社会に出てから差が出るって事。破れ寺で苦労していた分、それは清充の血肉となり、成長に役だっていたのかもしれません。まだまだ若い二人ですが、これから10年、20年と立つにつれこの差がどんどん開いていくのか、それとも真充が追いつくのか・・・・・そればかりは本人たち次第です。

次週は横浜恋釉(明治天皇崩御)、紅柊7月話は出来る限り★付きを目指してこれから話を構築していきますv
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