FC2ブログ

「短編小説」
横浜恋釉

横浜恋釉~帝崩御と悲しき白磁のカップ

 ←拍手お返事&twitterの特性を生かした作品て難しい(^_^;) →烏のまかない処~其の百五・鶏と卵の酢醤油煮
七月もじき終わろうかという真夏の日差しの中、虔太は久しぶりに野毛の坂を上っていた。前回ここに来たときは春から夏に変わろうかという頃だったから、大分日数が経ってしまっている。というか、そもそも横浜に帰ってきたのが二ヶ月ぶりなのである。
仕事が忙しいのは相変わらずなのだが、それでも横浜に戻り董子に逢うのにはそれなりの理由があった。



天皇重篤が政府から発表されたのは、十日前の事である。折からの米価高騰に加え、その発表によって株価の大暴落が起こり日本経済は混乱を極めた。また、『陛下が重篤なのに浮かれてはならない』という自粛の風潮によって装飾屋、蓄音機商、楽隊などが営業不振となってしまったのである。
呉服や絹物を扱う明豊堂もその煽りを受けてしまい、注文の品々の断りが幾つも入る。そして一時期の盛況が嘘のように店は閑散とし、暇を持て余していたのだ。

「だけど、暇なのは今のうちだけですよ。」

悲しみの色を浮かべながら、虔太は差し出された紅茶を一口含む。ほんのりと甘い紅茶は、夏に日差しに疲れた身体に染み渡るようだ。

「それは・・・・・どういうことですの?」

虔太の言葉を訝しく思った董子は単刀直入に尋ねた。いつもの派手な色味の服ではなく、黒鳶の地に茶辻模様の絽という、極めて地味な着物を身に付けている。

「それを僕に言わせますか、董子さん。」

苦笑を浮かべつつ、虔太は溜息を吐く。

「侍医団がどこまで頑張ってくれるか判りませんが、政府の発表があったんです。陛下がおかくれになる日が近いということでしょう。早ければ明日明後日、どんなに頑張ってもひと月持つかどうか・・・・・そうなると必要になってくるのは喪服ですよ。」

虔太は再び紅茶を口に含んだ。そういえばいつもは華やかな横浜焼きのカップやソーサーを出してくるのに今日は真っ白な白磁のカップである。浮世から離れているように思えるこの場所にも自粛の波が押し寄せているらしい。だが、無地とはいえその造りは丁寧で、するりと紅茶が喉を滑り落ちていった。

「和服にしても洋服にしても、陛下の葬儀に着古したものを、というわけには行かないでしょう。今日横浜に来たのも、外国から絹を手配する為ですから。」

「それなのに、こちらに来て大丈夫ですの?」

心配そうに董子が尋ねる。虔太が扱う高級呉服は華族や士族も贔屓にしている。それだけに帝が崩御し、喪服が必要となれば以前にも増して多忙になることは火を見るより明らかだ。 案の定、虔太はなんとも言えないしょっぱい表情を浮かべる。

「・・・・・本当は大丈夫じゃありません。だけどどうしても貴女の顔が見たくって。」

そういう虔太の顔は少し痩せて、以前にも増して精悍になっていた。そんな虔太の顔をまともに見れず、董子は目を伏せ、顔を背ける。

「どう・・・・・なさったんですか、董子さん?」

「私・・・・・虔太さんを裏切ってしまいましたの。」

虔太にそう告げた途端、手にしたティーカップよりなお白いその頬に一筋の涙が伝い落ちた。



急に涙を見せた董子に面食らい、虔太が尋ねた。董子が涙を見せることは多々あるが今日の涙は何かが違う―――――直感的に虔太は感じ取る。

「裏切ったとは・・・・・どういう、事ですか?」

あまりにも物騒な言葉が董子の口から飛び出したことに面食らいつつも、虔太はできるだけ優しい声音で董子に尋ねる。そんな虔太の心遣いが功を奏したのか、暫くの間口を開くことを逡巡していた董子が、意を決したのかようやく重い口を開く。

「虔弥さんに・・・・・唇を・・・・・。」

そこまで口にした董子は感極まり、言葉を詰まらせてしまった。

「何・・・・・ですって?」

虔太は愕然とする。自分がいない間に二人は想いを通じ合わせたのか―――――虔太は唇を噛み締める。

「虔弥は・・・・・。」

「追い返しました!だけど私、判らないんですの・・・・・自分の心が」

何かを言いかけた虔太の言葉を遮り、董子は哀しげに首を横に振った。

「優しい虔太さんは勿論大好き。だけど・・・・・虔太さんが傍にいない時、強引な虔弥さんに揺らいでしまいそうになる自分がいるんですの。」

その一言に虔太は居たたまれなくなる。そもそも仕事に忙殺され、董子に逢うことを疎かにしたのは自分だ。
その間に虔弥が董子に近づいてもおかしくはない。また、以前虔弥に正々堂々と『恋敵宣言』をされていたのに何も手を打たなかったのも自分である。董子の心の揺らぎは取りも直さず自分の落ち度なのだ。

「・・・・・正直に話してくれてありがとう、董子さん。」

虔太は董子に近づくと跪き、手の甲に接吻をした。まるで西洋の騎士の如きその行為に、董子は頬を朱に染める。

「僕には僕のやり方があります。獣欲のままに貴女の唇を強引に奪うようなやり方は好みません。近日中に改めて結婚を申し込みに来ます・・・・・とは言っても陛下の御身体次第ですが。」

苦笑交じりに虔太が呟いたその時である。執事の森川が一枚の紙切れを手に泡を食って部屋に飛び込んできた。

「お、お嬢様!へ、陛下がお隠れに・・・・・千代田の叔母君から電報が!」

「何ですって!」

その瞬間、董子の足元に跪いていた虔太が立ち上がる。

「まさかこんなに早くお隠れになるとは・・・・・董子さん!僕は会社の方へ行ってきます。何かあったら人を寄越してください!すぐに駆けつけます!」

それだけ言い残すと虔太は九条邸を飛び出し、緑陰滴る坂道を駆け下りていった。


明治四十五年七月三十日、大帝と謳われた今上帝が崩御し明治天皇と諡される。その日帝国はすべての色を失い、悲嘆の色に染め上げられた。



UP DATE 2013.6.25

Back   Next



にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


   
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)





この年最大の出来事とも言える明治天皇崩御がとうとうやってきてしまいました。マスコミも発達しておらず、宮内庁や政府の報道規制も今より厳しかったこの時代、本当に重篤になるまで隠していたんでしょうね。というか、江戸時代ならお亡くなりになってから一ヶ月後に発表、とかざらなのに重篤のニュースが流れるだけでも当時としては凄かったのかも。で、やっぱり変わらないのは自重ムード(爆)昭和天皇の時もそうでしたけど、いつの時代も下々のやることは変わらないのでしょう。なんだかんだ言っても殿様だとか今上帝が好きなんですよね~日本人(^_^;)

そんな自重ムードの中できたつかの間の暇(さすがにお亡くなりになる前に喪服は買えない^^;)を利用して董子のもとにやって来た虔太ですが、董子から虔弥とのちゅ~のことを告白されてしまいました。オトコとしてこれはキツイですけど、辛うじて董子の気持ちが自分にあることで理性を保っています、虔太(*^_^*)だけど虔弥と顔を合わせた時果たしてどうなるのか・・・・・。

来月から横浜恋釉は後半戦に突入しますが、ここへきて新たな登場人物が出てきそうです。取り敢えず女性とだけ言っておきますか・・・・・話の展開上、ちょっと董子の登場が少なくなりますがご了承くださいませv
あと、次回は虔太、虔弥兄弟の姉・亜唯子が久しぶりに登場します^^
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【拍手お返事&twitterの特性を生かした作品て難しい(^_^;)】へ  【烏のまかない処~其の百五・鶏と卵の酢醤油煮】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【拍手お返事&twitterの特性を生かした作品て難しい(^_^;)】へ
  • 【烏のまかない処~其の百五・鶏と卵の酢醤油煮】へ