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「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の捌・七夕(高杉晋作・お雅・おうの)

 ←はじめにお読み下さい~『暁光碧烏』トリセツ →葵と杏葉世嗣編 第五話 火事騒動と龍の彫物・其の壹
お雅(まさ)が良人、高杉晋作の妾・おうのに初めて出会ったのは桂小五郎の斡旋により高杉が藩主から帰郷を許された元治二年六月の終わりであった。
 攘夷の為、国中を飛び回っているのは仕方がない。女性に対して愛想が良く、周囲の女達が放っておかないのも我慢しよう。
 しかし、防長一の美人と謳われた妻(じぶん)というものがありながら、まさか妾まで一緒に帰ってくるとはどういう事なのだろうか。お雅は良人のあまりの行動に唖然とし、嫉妬に腸が煮えくりかえるような思いを抱きながらそれでも自らの気持ちを押し殺し、おうのと接していた。



 だが、嫉妬の気持ちを持ち続けるのも困難なほど、おうのは非常に大人しい女だったのだ。『右を向け』と言われればただひたすら右を見続ける、お雅でさえ気の毒に思う程、おうのは従順すぎるほど従順であった。
 それに対し、我の強い良人は素直で良いと豪語するが、お雅から見たら『これでよく芸妓が務まったものだ』と驚くばかりである。お雅の方が年下にも拘わらず、まるで幼い妹のように懐くおうのに敵意を持ち続けるのも難しく、結局その年は良人と妻と妾の三人仲良く七夕を祝うというまったくもって奇妙な状況に陥ってしまった。



 だが、そんな不思議な均衡を保った幸せを許してくれるほど世情は甘くはなかった。土佐の坂本龍馬を仲介とする薩長同盟締結のため再び家を飛び出してしまった高杉と、従順に付き従うおうの。
 そして高杉の家と嫡子梅之進を任された雅はばらばらの生活を送り、再び三人が揃ったのは一年後の七夕の間近であった。



 第二次長州征伐の最中にも拘わらず、高杉に付き従っていたおうのからお雅の許に『至急来てくれ』との手紙が届いたのだ。



 文字の書けないおうのがわざわざ代筆を頼んでまでお雅を呼び出すのにはそれなりの理由があるのだろう。お雅は三歳になった息子の梅之進と共に下関の高杉の住居を訪れた。



 色づき始めた鬼灯が出迎えの提灯のように風に揺れる。高杉は一年前に比べ、だいぶやつれてはいたが高杉は妻と息子に会えた嬉しさからかすこぶる上機嫌で

『妻君まさにわが閑居に到らんとす 妾女の胸門患余りありこれより両花艶美を争う 主人手を拱いて意如何』

 と半ばふざけた狂歌まで歌い出す始末である。

「旦那様・・・・はぐらかすのはお止め下さい。」

 梅之進をおうのに預け、二人きりになった為だろうか高杉は深刻になるのを嫌がり、やたらはしゃぐ。そんな良人にお雅は珍しく怒りを露わにした。

「おうのさんだって困っていますよ。でなければわざわざ私を呼び出すなんて・・・・。」

「・・・・・雅、おまえに頼んでおきたい事がある。」

 いつになく真剣な表情で高杉はお雅に向き合う。その時雅は初めて気がついた。夏の日差しの陰になって目立たなかったが良人の顔色がきわめて悪くなっている事に・・・・。

「一体どうなさったのですか?」

 嫌な予感を感じながらもお雅は気丈に高杉に問う。

「俺はそう長くは生きられない。だから・・・・・。」

 それは今に始まった事では無い。攘夷派の急先鋒として幕府に目をつけられいつ何時捕まり、処刑されてもおかしくない身である。しかも今は戦時中なのだ。戦いの中、死は常に隣り合わせの筈なのに何故わざわざそのような事を言い出すのか、お雅には理解できなかった。

「戦なら萩藩の方が有利だと伺いましたが。」

「いや、俺は戦では死なない。だが・・・・。」

 そう言いかけた瞬間、高杉は急に激しく咳き込んだのだ。口を押さえた指の間からは鬼灯よりもなお赤い血が流れ出し高杉の胸元を紅く染めてゆく。

「労咳・・・・!」

 ぽたり、ぽたりと畳に紅い染みが広がっていくのをお雅はただ見つめる事しかできなかった。

「・・・・・こういう事だ。俺の看病はおうのにやらせる。だからおまえは病がうつらないように・・・・・。」

 家を守る妻を、そして子供を守るため高杉は至極まっとうな事をお雅に頼んだのだが、お雅から返ってきた返事は驚くべきものだった。

「旦那様、それだけはお止め下さい!おうのさんに病がうつってしまうではありませんか!」

 恋敵であるはずのおうのの身上を心配するとは・・・・・高杉は驚き、少し呆れた表情を浮かべたまま口許にかすかに笑みを浮かべる。

「・・・・あれは俺が連れて行く。俺が死んだ後あいつの面倒を誰がみるというのだ。芸妓としても決して出来の良い妓ではないぞ、あれは。」

「私がおうのさんの面倒を見ます!だから・・・・!」

 お雅は叫ぶように高杉に訴え、考えを改めるように願う。しかし高杉は首を縦に振らなかった。

「たった一人・・・・本気で惚れたおまえに・・・・死して尚迷惑をかけるつもりはない。」

 高杉は息も絶え絶えにお雅の手を握りしめる。その力は以前の高杉に比べ遙かに弱く、病の深さを思い知らされた。

「迷惑なものですか。私、おうのさんの事、好きですもの。」

 高杉を落ち着かせるように、穏やかにお雅は語りかける。だが、その言葉は決して嘘ではなかった。

 恋敵でありながら、一人の男を愛した連帯感というものなのだろうか。男ならば『戦友』とでも言うのだろう、そんな感情をお雅はおうのに抱いていたのだ。
 お雅の言葉に嘘はないと感じたのだろう。高杉は可能な限り指先に力を入れ、お雅の手にすがりつく。そう、まさに『すがりついて』いたのだ。

「雅・・・・だったら・・・・・おうのの面倒まで見てくれるというのならいっそ・・・・・俺以外の誰のものにもならないでくれ、頼む。」



-------こんな事になるなら、もっとおまえといる時間を大事にするべきだった。
-------雅・・・・俺はおまえに惚れている。



 将来に責任が持てない、死にゆく人間としては我儘な、あまりにも我儘な良人の申し出であったが雅は素直に頷いた。



---------そもじも侍の妻なれば、後を守り操を立て、夫の葬りを致すが女の役目にてござ候。我ら死ぬるもそもじの事忘れ申さず候-------------



 高杉晋作が妻、雅に遺した遺言である。高杉が死んだ当時二十二歳であったお雅だが、この言葉を忠実に守り、一生再婚をしなかったという。そして同様におうのも剃髪し梅処尼と名乗りながら吉田清水山にある高杉の墓を亡くなるまで守る事となる。



UP DATE 2009.7.7


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ここまで書かせていただいたものの、この三人の関係というか心情というものがいまいち理解できません・・・・・。
高杉がどちらか一人を選べなかったというのはまだ良いのです。しかし、この妻と妾、高杉が死んでからも交流があったらしいんです。
萩に住んでいたおうのが東京に居住を移していた雅のところに何度も出向いているらしいですし、雅も字が書けないおうのにかわって代筆をしてあげたというエピソードが残っているんですよ。
作品内にも取り上げましたが、二人が険悪だったら高杉もこんな狂歌を歌っている余裕はないはずですよね~。

たまにはこんな恋を取り上げるのも悪くはないと挑戦してみましたが彼らの2倍近く歳を取っている自分でもこの心理はわかりません(笑)。
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