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「紅柊(R-15~大人向け)」
甲午・秋冬の章

ならずの御職・其の肆~天保五年七月の片恋

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 清波花魁の恋の話で盛り上がった翌日、幸は山田一門が贔屓にしている恵比寿屋に盂蘭盆用の挨拶をする為、吉原の大門をくぐっていた。いつもの馬の尻尾のような引っ詰め髪に袴姿の若衆姿とは打って変わり、武家娘らしい高島田に絽の小紋を身に着けている。そしてすっかり馴染みとなった四郎兵衛番所で女切手を貰い受けると、恵比寿屋へと向かった。
 吉原は丁度昼見世と夜見世の間の休み時間である。それぞれの見世では花札にはしゃいだり、通りを歩く易者を掴まえて占いをさせている娼妓や新造達の笑いが満ち溢れていた。昼から夜へと向かうこの時間は、娼妓達が年頃の娘に戻るひと時でもある。男達が見世前に群がる時間とはまた違う独特の雰囲気が漂う中、幸は京町二丁目にある恵比寿屋に到着した。

「すみませ~ん!山田浅右衛門の名代ですけど、女将はいらっしゃいますか!」

 少し大きな声を張り上げて幸は中に声をかける。その声に反応し、出てきたのは油差の辰治郎であった。

「お幸様、お待ちしておりました。女将は奥におりますのでどうぞお上がり下さい。」

 五三郎に対してとは打って変わり、整った顔立ちに愛想の良い笑みを浮かべて辰治郎は幸を奥の間へと案内する。すると、いつもの伽羅香に混じって微かに抹香の匂いが漂ってきた。その香りは女将がいるという奥の間へ近づくに連れてどんどん濃くなってゆく。

「女将、お幸様が来てくださいました。」

 辰治郎が奥の間の襖を開けると、抹香の香りが一気に幸を包み込んだ。部屋の中には白い喪服を身に付けた女将が一人、仏壇に手を合わせ念仏を唱えている。だが、辰治郎の言葉に気がつくと、女将は念仏を止め、幸の方に振り向いた。

「お幸様、いらしゃいませ。わざわざお盆に来てくださるなんて・・・・・恐縮でございます。」

 ここ二年で急に老け込んだ感のある女将が、幸に深々と頭を下げる。それに対し、幸は慌てて跪き、女将に声を掛けた。

「面をお上げください。こちらこそ無理を言ってお線香を上げさせてもらうんですから。」

 仏壇には見世の先代の物らしい二つ、三つほどの漆塗りの立派な位牌の他、小さな愛らしい位牌が十個ほど並んでいる。それは見世に籍を置いていた娼妓や芸妓達のものであり、一番新しい物は幸の知っている人物の位牌であった。

「私どもは待宵花魁にはご贔屓にしていただいておりましたので・・・・・早いですよね、もう二年になるんですから。」

 幸は袱紗に包んだ進物切手を女将に渡すと、仏壇の前に座る。そして妓楼には不釣り合いな線香の匂いが漂う中、仏壇に手を合わせる。そのすっきりした幸の後姿に、女将は涙声で語りかけた。

「ありがとうございます、お幸様。あの子の事を忘れずにいてくれる方がいるなんて・・・・・本当に馬鹿な子ですよ。そりゃあ惚れた男に病にやつれていく姿を見せたくない、ってぇ女心は解りますけどね。」

 労咳に冒された待宵花魁が、想い人であった同心の加藤と再会し、心中したのは二年前の十一月である。入れ替わりの激しい吉原では既に過去の事となってしまった事件だが、恵比寿屋にとっては『まだ二年』なのだ。しんみりした空気の中、幸は祈り終えると女将の方に振り向いた。

「女将、他の娼妓達は大丈夫ですよね?」

 再びあんな悲劇があっては堪らないと、幸が心配そうに尋ねる。

「そうですねぇ。清波に付いていた客で何人かお履もんにした客はいるんですけれど、しつこく言い寄ってくる訳じゃなし、あの子も去っていった客に執着するような素振りは全く見せていませんし。というか・・・・・だからこそちょっと困ったことになっているんですよ。」

 女将は過去の哀しみから一転、差し迫った現実の問題を口にした。

「何処かにあの子を囲ってくれるいい旦那はいないもんですかねぇ。このままじゃ羅生門河岸行きなんですよ、清波は。」

 女将の思わぬ発言に、幸は目を丸くする。

「え?だって清波花魁って・・・・・『ならずの御職』ですよね?あんなに売れっ子なのに何故・・・・・?」

 幸は思わず女将に尋ねてしまうが、その時ふと昨日の五三郎の話を思い出した。

(そう言えば、もしかしたら清波花魁と油差の辰治郎さんは両思いかも・・・・・なんて言っていたっけ。)

五三郎が気が付くほどである。他の上客もそれを感じて清波に手を出しかねているのかもしれない。だが、さすがに女将の前でそんな話はできなかった。それがばれてしまったら、清波は勿論、辰治郎もこの見世にはいられなくなるだろう。

「でも、こればかりはご縁もありますから難しいですよね。門弟も世話になっていますし・・・・・私からも六代目にもそれとなく伝えておきます。」

 幸は言葉を逃がしながら作り笑いを浮かべ、その場を辛うじて収めた。



 その後、幸は娼妓や芸妓達一人ひとりに付け届けを渡す為、それぞれの部屋を回った。遊客以外の、貴重な廓外からの訪問者でもある幸はどの部屋でも引っ張りだこで、ついつい長話になってしまう。そんな中、肝心の清波の部屋に回ったのは最後になってしまった。

「花魁、遅くなってすみません!もうすぐ見世が開いてしまうのに。」

 幸は申し訳なさそうに挨拶をすると、付け届けの金子を添えた扇を差し出す。

「いいえお気遣いなく。皆が引き止めたのは想像がつきます・・・・・もう皆おしゃべり好きなんだから。」

 清波はくすくすと笑いながら幸からの付け届けを受け取った。

「ところで花魁、先ほど女将から伺ったのですが・・・・・まだ身請の話が無いというのは本当なんですか?」

 その瞬間、清波は苦笑いを浮かべる。

「もう女将は・・・・・行き遅れの娘を心配してくれるのはありがたいんですけどねぇ。」

 女将と違い、清波本人は自身に身請話が無いことをそれほど気に病んでいる様子は無さそうだ。だが、誰かの妻や妾になるのと、羅生門河岸で働くのとでは雲泥の差がある。

「もし、花魁さえ宜しければ、六代目に身請の口利きをして貰うことも可能なんですが・・・・・。」

 そこまで言いかけて幸は口篭った。これを言ってしまったら五三郎との約束を破ることになる。だが聞かずに入られない。

「もしかして花魁、好きな方がいらっしゃるんですか?」

 幸が思い切って尋ねたその瞬間、清波の顔が紅を刷いたように真っ赤に染まった。

「え?そ、そんなことは・・・・・あ、ありんせん!」

 否定はするものの、清波のその表情は明らかに好きな男がいることを告げていた。

「あの・・・・・兄様、もとい、うちの門弟の後藤が言っていたんですが、花魁の好きな人ってもしかして油差の辰治郎さん?」

  その瞬間、清波の表情は照れから驚きに変わる。

「後藤様、お幸様にばらしちゃったんですか!」

「実は・・・・・」

 幸は少々バツの悪そうな顔をしつつも、でも、と付け加える。

「辰治郎さんも花魁のこと、好きみたいだ、って兄様が・・・・・。」

 そんな幸の言葉に、清波は哀しげに目を伏せた。

「そうだったらどんなに嬉しいか・・・・・でも、わきちの想いはともかく、辰治郎さんが、というのは後藤様の思い違いですよ。」

 諦観の響きを滲ませながら、清波は幸に語り続ける。

「わきちは十五の時から・・・・・ここに連れて来られた日からずっと辰治郎さんに惚れているんですけどねぇ。」

「そんなに長く?」

 小首を傾げながら幸は尋ねた。来年の年季明けには二十八になる清波である。かれこれ干支ひと廻り分も辰治郎を思い続けている事になる。

「二十歳を過ぎたらあっという間ですよ。ここに連れて来られてきた時、わきちは本当に田舎娘でねぇ。親と離れてお勤めをするのが怖くて怖くて・・・・・泣きじゃくっていた時に、辰治郎さんは黙って飴玉をひとつ、くれたんですよ。」

 清波は懐かしそうに宙を見つめながら呟く。

「その心遣いがどれほど嬉しかったか・・・・・昔っから愛想の良い人じゃないんですけど、わきちが困ることになる前に先に着回しをしてくれて・・・・・本当にいい人なんですよ。」

 困ることになる前に気働き―――――それは惚れているから出来るのではないかと幸は思うのだが、自分の片思いだと思い込んでいる清波にはそこまで考えが回らないらしい。
 その一方、清波は五三郎の惚れた相手が幸だという事に気がついていた。敵娼の恋の話までする位だから肉体関係はなくても二人の絆は相当深いのだろう。
 そして決定的なのは幸の大きすぎる目だった。五三郎は清波の大きい目が惚れた相手に似ていると言っていた。師匠の娘に門弟が惚れるというのなら充分に有り得るだろう。

(確かにお幸様なら・・・・・。)

 年の頃もちょうど良いし、身分的にも問題ない。あとは五三郎が実力をつけて山田浅右衛門の銘を襲名すればいいだけの話だ。 清波と比べ、色恋に関して難しいことなど何一つありはしない。

(相談することなんてないじゃありませんか。それに比べてわきちは・・・・・。)

 自分は歳を取り過ぎたと清波は思う。十代で嫁に行く者が多い中、二十八ではだいぶ薹が立ちすぎている。

(辰治郎さんだって・・・・・きっと若い子のほうが良いでしょう。)

 だけど―――――僅かな可能性があるのならそれに賭けてみたいと願うのも女心である。清波はまっすぐに幸を見つめると、ずっと心に秘めていた自分の覚悟を告げた。

「身請のお世話は本当にありがたいと思います。だけど、それじゃあもう二度と辰治郎さんに会えなくなっちまうから・・・・・わきちは羅生門河岸の局見世に落ちるつもりなんです。あそこなら吉原の男衆も妓を買いに来るし・・・・・もしお幸様の言う通り、辰治郎さんがほんの少しでもわきちのことを好いていてくれるのなら、買ってくれるかもしれないじゃないですか。その可能性に・・・・・賭けたいんです」

 清波のその大きすぎる目には溢れるほど涙が溜まっている。そしてその覚悟を幸も真摯に受け止める。

「花魁の覚悟・・・・・承知しました。ではこのお話はここだけの秘密ということに。」

 幸は微笑みながら、今にも泣き出しそうな清波にそう告げた。



 幸が恵比寿屋を後にして暫くすると、夜見世の始まりを告げる清掻が鳴り始める。それと同時にきらびやかな衣装を纏った娼妓達は張見世に並び始めた。その姿はまさに戦化粧を施した戦人さながらである。そんな女達を目当てに男達も早々に見世に入ったり、娼妓を物色するために格子窓に張り付いたりしている。

「清波花魁。」

 張見世に顔を出そうとした清波を、愛しい男の声が呼び止めた。

「はい?」

 愛想の良い笑顔で清波は振り返る。その笑顔が本物だということに辰治郎は気がついているのかいないのか―――――微かな哀しみを胸に押し殺し、清波は辰治郎に尋ねる。

「馴染みの近江屋伊左郎様がお見えです。先に部屋に行って挨拶を、その後で張見世に出てください。」

「承知しんした。ありがとなんし。」

 清波はひとつ頷くと、辰治郎に指示された部屋に向かう。だがその後姿をじっと見つめる辰治郎の熱い視線には全く気づく事は無かった。



UP DATE 2013.7.24

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・・・・・大概『秘密』というものはバラされるものだったりします。しかも惚れた相手が自分の馴染みにバラしてしまうという(^_^;)五三郎も気の毒っちゃあ気の毒です。
(ちなみにこの時代、身分が上になればなるほど良人や許嫁が花街に通うことに抵抗は無かったようです。以前本で読んだ話では、『自分ばっかりずるい!』と奥さんが旦那さんに祇園行きをねだったとか。ちなみに子連れ・・・・・その本というかエッセイを書いた人のご両親の話だそうです^^;高級妓楼はそういうところだったらしい。)

そして清波は、自分の恋心を貫くためにあえて身請話を受けず、花街の男が遊ぶ可能性のある局見世(最下級の見世。今だったら場末のソープランドが近いのかな?)に身を落とすことを覚悟しています。中見世で『ならずの御職』といわれるほどの売れっ子が流れ着くような場所ではないのですが、それほど清波の覚悟は固いのでしょう。

この二人の恋の続きは来年正月、清波の年季が明け、局見世に身を落とすところから始まります。


来週は『紅柊』はお休み、『横浜恋釉』8月話になります。予告していた新キャラ、登場しますよ~(*^_^*)
そして『紅柊』は8/7から8月話になりますのでお楽しみに~♪
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