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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第五章

夏虫~新選組異聞~ 第五章 第十ニ話 黒い隊服・其の肆

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 閏五月二十三日、将軍警護を終えたその日の夕刻、近藤と沖田は将軍付奥医師・松本良順に面会する為、木屋町に向かっていた。話によると木屋町にある会津藩付医師・南部精一の僑居に転がり込んでいるらしい。

「しかし大丈夫なんですか?奥医師ともあろうお方がこんな場所に・・・・・・というか、南部さんだって問題があるんじゃないですか?」

 近藤の供をしている沖田が、ちらちらと周囲に視線を送りつつ小声で尋ねた。二人が今歩いている木屋町通りは、往来する旅人や商人を目当てに料理屋や旅籠、酒屋などが店を構えている。それ故不逞浪士が隠れている事もままあり、決して安全とは言い難い。
 将軍や大名の健康を管理する医師らに万が一のことがあったら――――――と、心配する沖田を余所に、近藤はからからと笑いながら『松本先生らしいくていい』と松本の人となりを語りはじめた。

「何せ生粋の江戸者を絵に描いたようなお方だ。たった二日間だけとはいえ、二条城は息苦しいんだろう」

「江戸者を・・・・・・絵に描いたようなお方?」

 江戸者――――――奥医師を表現する言葉としてはあまりにも突拍子もない言葉に沖田は目を丸くする。

「お前が驚くのも解る。俺だって最初にお会いした時、びっくりしたんだから・・・・・・どんな身分の者に対しても別け隔てなく気さくに話してくださるし、病気を診てくれる。江戸で胃痛を患った時も何度も助けて頂いてな」

 近藤は当時を懐かしむような目をした。当時は池田屋から蛤御門の変、そして永倉らに提出された非行五ヶ条の問題など懸案事項が立て続けにあった時期でもある。
 持病である酷い胃痛に悩まされること多々あったが、忙しさもあり当座の痛みは胃薬で誤魔化していた。勿論それは根本的な治癒に繋がるはずもなく、ずっと近藤を苦しめていたのだが、そんな時出会ったのが松本良順だったのである。
 さすがに何年にも渡る根深い胃痛だけに即座に完治とは行かなかった。だが以前に比べてかなり状態は良くなっているし、近藤がわざわざ挨拶に出向くぐらいだからかなり恩義を感じているのだろう。

(近藤先生がここまで惚れ込むくらいですから、きっと素晴らしいお方なんでしょうね)

 近藤に付き従いながら、沖田はこれから会う松本良順がどんな人物か想像を膨らませる。そんな会話をしている内に、二人は一軒の小さな町家に辿り着いた。どうやらここが 南部医師の僑居らしい。

「松本先生!ご無沙汰しております新選組の近藤勇です!」

 近藤は玄関の引き戸を開けると、よく通る声で中に声をかける。すると中から南部の柔らかな会津弁とは違う、図太い声で返事が返ってきた。

「おう、近藤か!久しぶりだな!南部の野郎ぁいねぇが、まぁ上がれ上がれ!」

 それは威勢の良い江戸弁だった。まるで江戸の下町に戻ってきたような錯覚に、沖田は思わず笑みを零す。それは近藤も同様らしく、大きな口に溢れるよう笑みを浮かべている。

「失礼します、松本先生!いや~お懐かしい!」

 改めて中に声をかけつつ、近藤と沖田は草履を脱いた。



 奥医師というのは神経質そうに痩せた者か、逆に肥え太っているもの――――――そんな沖田の固定観念をがらりと変える、そんな男が松本良順であった。
 まるで武士のように筋肉質な体躯に乗った岩のような頭は、医者らしくつるりと剃りあげられ剃り跡が青々としている。さらにその眼光は沖田でさえ一瞬怯むほど鋭く、医者と言うよりはどこかの無頼者のようだ。だがその強面に浮かぶ屈託のない笑みは、泣く子供さえ笑顔にするだろう、そんな慈愛に満ち溢れている。
 近藤と談笑する松本をそれとはなく眺めつつ、沖田はふと松本の背後に積み上げられている書物に目を留めた。

(あれは・・・・・・蘭学の医学書かな?)

 さすがに奥医師ともなると書物も多く持つことが出来るのだろう。沖田はふと小夜のことを思い出した。時折、休息所に医学書の写らしい薄っぺらい本を持ってきては、読みふけっていることがある。自宅では弟妹たちの面倒も見なければならす、落ち着いて本を読むことさえ出来ないらしい。そんな時は沖田も小夜の邪魔にならぬよう刀の手入れをして時間を潰すようにしているのだが、その手入れが終わらぬ内に読み終えてしまうことも少なくない。
 そんな黄表紙並に薄っぺらい本でも必死に読んでいる小夜に、ここにある本の一冊でも見せたらきっと喜ぶに違いない。

「おう、どうした。沖田?」

 じっと松本の背後に積み上げられていた本を見つめていた沖田に松本が声をかけてきた。その声に物思いに耽っていた沖田は、瞬時に我に返る。

「え、あ・・・・・すみません!ついそちらの書物に目が行ってしまって。奥医師ともなると多くの書物が必要になるんですね」

 沖田は言葉を濁しながら、松本に曖昧な笑みを向けた。それを気にした風もなく松本は自分の背後に積まれている書物を一瞥すると、つまらなそうにぽつりと呟く。

「ああ、こんなもんは大したことねぇよ。やっぱり医者は実践あるのみだ。本だけじゃ何ともならねぇ。武芸だって一緒だろ?どんなにありがたい師匠の能書きだって、稽古にゃ敵わねぇ」

 真理を突く松本の言葉に、近藤も沖田も思わず笑ってしまった。

「ところで近藤よ・・・・・・話を戻すが、そんなに病人が多いのかい、新選組は?」

 先ほどの笑みとは打って変わり、松本が厳しい表情を浮かべる。

「ええ、そうなんです。激務で休息する時間もままならなくて」

 恥じ入るように近藤が頭を掻く。そもそも人数に対して与えられる務めが多すぎるのだ。ようやく百人を超えて新選組だが、日々の巡察に奉行所や見廻組への援軍、そして要人警護に不逞浪士の取締など身体がいくつあっても足りない状況は変わらない。それは松本も感じているのか、腕組みしながら考えこみ始めた。

「そりゃいけねぇな。いざという時上様を守らなきゃならねぇおめぇたちが病でへたれていたら話にならねぇ・・・・・・そうだ、一回俺が屯所の様子を見てやろうか?」

 あまりにも軽々しいその発言に、近藤は勿論、沖田も目を丸くする。

「わ、我々としては願ったり叶ったりですが・・・・・・し、しかし奥医師がそのような事をして許されるのですか?」

 近藤が恐る恐る松本に尋ねるが、松本は任せておけ、と太鼓判を押す。

「構うもんか。そもそも上様はお若い上にご健康だ。そんな上様付きの医師なんて暇で暇でしょうがねぇ。尤も奥医師が忙しかったら洒落にならねぇけどな!」

 聞き様によっては物騒過ぎる松本の一言に、近藤も沖田もつられて笑い出した。

「まぁ、明日は早々に大阪に戻らなきゃいけねぇからすぐに、とはいかねぇが、十日以内にゃ何とかなるだろう」

「そう言っていただけるとありがたい。感謝します、松本先生!」

 自分だけでなく、隊士達の健康も診てくれるという松本の心遣いに、近藤は松本の手を取り深々と頭を下げた。



 松本良順が新選組の屯所をにやってきて隊士達を診てくれる――――――土方がその話を聞いたのは、近藤が屯所に帰還してすぐの事だった。

「はぁ?将軍付きの奥医師が屯所に来る・・・・・・だぁ?」

 その話を聞くなり土方は素っ頓狂な声を上げる。それもそうだろう、会津藩付きの南部だって新選組の診察は滅多にしない。それだけに俄には信じられないと土方は戸惑いを見せる。

「ああ、病人が多いという話をしたらかなり心配してくださってな。すぐにとは行かないが、十日以内にはいらっしゃると・・・・・・」

「十日以内って・・・・・・すぐじゃねぇか!大至急屯所の片付けを!」

 土方は驚き、大至急片付けに動き出そうとしたが、それを止めたのは他でもない近藤だった。

「待て、トシ!松本先生が・・・・・・法眼が仰るには『日常の生活』も見たいとのことだ。病気はそれだけを見れば良いものではない、生活の全てを観察し、根本から改善しないと再び同じ病を再発すると」

 近藤の言葉に土方も渋々ながら納得する。

「確かにそれは言えるな。恥を晒すのはいただけねぇが、これも新選組のため、か」

「ああ、そういう事だ。あとお前のほうから何か法眼に質問があるようだったら今のうちにまとめておいてくれないか?

 やはり細かなところとなると普段管理をしている土方のほうが詳しい。そこを見込んでの近藤の頼みに土方も否とは言えなかった。

「判った、何時来てもいいように三日以内にまとめておく。さすがに大阪に一度帰還してとんぼ返り、っていっても三日はかかるだろう」

「そうだな。宜しく頼む」

 この時、土方は松本良順がすぐに来るとは全く思っておらず、忘れない内に要件を済ませておこうという観点から三日以内にまとめておくと近藤に答えていた。だが、後々土方のこの判断は正しかった事が証明されることになる。



 閏五月二十四日、御所への挨拶、そして会談を終えた将軍は二条城で腰を落ち着ける間もなく大阪へ帰還した。その際、新選組は将軍が宿泊する伏見の手前、藤ノ森までの護衛を任される。夜四ツから降りだした雨の中、将軍行列の先陣を務める黒い隊服は、瞬く間に濡れそぼり、肌に張り付いた。

「まさか帰りも護衛を任されるとはな!」

 雨の中、ご機嫌至極の近藤に対し、土方は出迎えの時よりさらに厳しい表情を浮かべている。

「それだけ危険が伴う、ってことだろうよ。まぁ、露払いの気分は決して悪いもんじゃねぇが・・・・・・さすがにこんな天気じゃ不逞浪士も出てきやしねぇだろう」

 そう答えながら土方は周囲を観察する。さすがに将軍の行列が通るとの先触れがあった上にこの雨である。往来には誰ひとりおらず、新選組が先陣を務める行列だけが静かに進んでゆく。


 ゴロゴロゴロゴロ・・・・・・


 遠くの方で不吉な音がしたと思った瞬間、闇夜を稲光が染め上げた。耳をつんざく雷鳴、そして刃のように鋭い稲光に浮かび上がる黒い集団は、幽玄のように美しい。

(隊服のお披露目としては恵まれていませんけど・・・・・・私達らしくて良いかもしれませんね)

 十三人から始まった新選組の船出も雷雨のような厳しいものだった。大きな屯所、立派な隊服を得ることが出来た今、ともすると忘れがちになる当初の思いを、この雷雨は思い出させてくれる。まるで今は亡き芹沢や山南が窘めてくれているようだ――――――ふと沖田はそう感じた。

(ええ、勿論壬生浪士組結成当初の志は忘れてはいませんよ、芹沢さん、山南さん)

 近藤、土方の後ろに付き従いなから沖田は稲光を見上げ、強く唇を引き結んだ。



UP DATE 2013.8.10

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黒い隊服のお披露目、二度目も悲惨なものでした(^_^;)闇に溶け込んでいるだけならまだしも、雷雨って・・・・・・(>_<)意外と雨に祟られることが少なくない新選組、もしかしたらこの中に強力な雨男がいたんじゃないかと疑いたくもなります(笑)

そんな隊服を着込んだお仕事の合間、近藤と沖田は松本良順に会いに行くことになりました。近藤局長は何故か『松本法眼』ではなく『松本先生』と言っていますが、その理由は如何に・・・・・・そこのところも次回以降書かせて頂きます。そして話の流れで松本法眼が新選組の健康診断をすることに(爆)この時期、将軍・家茂もまだ元気だったでしょうから暇を持て余していたんですかね~(おいっ)ということで次回8/10の連載からは松本法眼による健康診断が始まりますv
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