FC2ブログ

「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第九話 浅葱の羽織・其の壹

 ←拍手お返事&4/1限定ジャンル替え(笑) →拍手お返事&わんこしゃぶしゃぶ
「沖田は~ん!大文字屋の手代はんが来はったえ~!」

 為三郎と勇之助の甲高い声が家中に響く。大文字屋の若い手代が壬生浪士組の制服である浅葱色の揃いの羽織と小倉の袴を届けにきたのは四月十九日のことであった。

「すんまへん、遅うなってしもうて・・・・。」

 袷への衣更えが終わったばかりであるが、すぐに単の季節がやってくる。その慌ただしさの中での注文だけに本来四、五日で出来上がる筈のものが二日ばかり遅くなってしまったと手代は何度も頭を下げた。確かに将軍警護の下阪が明後日に迫っているだけにぎりぎりの仕上がりであったが、裾模様や家紋の染め抜きの手間を考えればそれも仕方のないことだろう。

「いえいえ、お気になさらないで下さい。むしろ下阪に間に合わせて下さったことに感謝します。」

 丸に大の字が染め抜かれた風呂敷ごと沖田は受け取ると、手代に対して一礼した。こういう誰に対しても丁寧すぎる対応が芹沢らに『武士らしくないから止めろ。』と叱られるのだが、見に染みついてしまった習性だけは致し方がない。しかし乱暴な東戎に慣れていない若い手代にとってはその穏やかな物腰がむしろ有り難いものである。沖田以上に何度も何度も頭を下げながら若い手代は八木家を後にした。

「みなさ~ん、お待ちかねの隊服がやってきましたよ。」

 『お待ちかね』の部分に力を込めて沖田は皆がたむろっている居間に入る。そこには若手ばかり数人が漬け物をお茶請けに出がらしの茶をすすっていた。芹沢等局長三人は下阪の打ち合わせの為黒谷に出向いていたし、土方と井上は朝から出かけたきりである。

「沖田、『お待ちかねの』って嫌みかよ。どんだけ浅葱の羽織を俺たちが嫌がっているか知ってるだろうが。」

 佐伯が面白くなさそうに沖田を睨み付ける。檳榔子を使うことが出来なかった浅葱の羽織、すなわち下染めの状態のままの羽織を誰が喜ぶかと言外に含んだ物言いだった。

「まぁまぁ、四月に綿入れよりはましでしょう。」

 沖田は佐伯を宥めながら風呂敷を解き、一番上の畳紙を開く。その瞬間、その場にいた皆が一瞬息を呑んだ。少し濃いめの浅葱色に白のだんだらを染め抜いた裾模様はあまりにも鮮やかに皆の目を射貫いたのだ。

「思ったより・・・・・派手なんだな。」

 これ以上濃すぎると地味な野良着のような色になってしまうし、これ以上薄くなっても安っぽい印象になってしまう。まさに大文字呉服店の仕事を請け負っている染職人のなせる技としか言いようのない美しい色であった。

「これなら下染め、って言わなければ判らぬだろうな。」

 ぽつり、と言った斉藤の一言に一同思わず頷いてしまった。そして各々自分の羽織探しを一斉に始めた。一番上の羽織は芹沢のもので、若手のものは下にまとめられている。できるだけ皺にならぬよう、それでもできるだけ早く見たいと皆急くように畳紙を開いてゆく。

「そういえば土方さんと源さんは松五郎さんのところから帰ってきませんねぇ。」

 自分の羽織を探しながら沖田は永倉に尋ねる。

「ああ、どうせまた近藤さんの事だろう?筆頭局長自ら言い聞かせたって聞きやしねぇんだから諦めりゃいいのに。」

 早々に自分の羽織を見つけた永倉は、それに袖を通しながら不服そうな表情を露わにした。



 永倉が指摘するように、ここ最近近藤は舞い上がっていた。それもそうだろう、浪士とは言え会津藩預りの身になり、奉行所のお墨付きも貰っているのだ。公私において武士としての扱いを受ければ大抵の者は舞い上がってしまう。
 しかも近藤は剣の技術はあれど身分故に辛酸を舐めてきているだけに、この扱いに平常心を保てと言う方が無理と言えるだろう。むしろ玉造党時代に水戸藩から裏切りに近い弾圧を受けたことのある芹沢等の方が会津藩や奉行所に対して懐疑的であった。普段はそこそこ上手くやっている二人であったがこの点については意見が分かれ、つい先日もひどい口論があったばかりである。

「近藤!やつらはなぁ・・・・俺たちを・・・・うぃっく・・・・捨て駒にしか思っちゃいねぇことを・・・・・ひっく・・・忘れるんじゃねぇ!」

 ここ数日酒を飲むと芹沢は近藤を呼び出し説教をしていた。普段は酒を飲むと無茶苦茶な暴君振りを顕わすのに、この時ばかりは珍しくまっとうな説教をする芹沢に、沖田は師匠である近藤の増長ぶりがいかに危険なのかを感じ取った。

「しかしですよ!会津公の御前で演武なんて滅多に許される事じゃないではないですか!もっと自分達を誇りに思うべきでしょう!」

 酒に溺れながらも近藤に忠告を促す芹沢の心配をよそに、近藤はその危険性に全く気がついていなかった。むしろ芹沢の忠告を歯がゆく思い激しく反論する。

「それが甘いって言うんだ・・・・ひっく・・・・判っているのか、近藤!」

 その瞬間、芹沢の鉄扇が勢いよく近藤に襲いかかったのだ。ぶん!と唸り声を上げて振り下ろされる鉄扇に並の者ならその速さに逃げることもかなわないだろうが、さすがに近藤は芹沢の攻撃を軽く避けた。

「何をするんですか、芹沢さん!」

 いくら酔っぱらった上での行動とは言え毎日しつこく同じ事を忠告されれば堪忍袋の緒が切れる。穏和な近藤もさすがにかっとして脇差に手をかけたのだ。慌てたのは周囲にいた者達である。

「おい!急いで松五郎さんを呼んでこい!この二人を止められるのはあの人くらいしかいねぇ!総司、おめぇが一番脚が早いだろうが!とっとと行け!」

 結局配下だけでは二人の喧嘩は止められず、井上の兄である松五郎に壬生まで出張ってきてもらい二人を仲裁をしてもらったのである。そこまでいかずともこんな感じの騒ぎが数日ほど続いていた。

「近藤さんの浮かれる気持ちは判らなくもないけどよぉ・・・・・芹沢さんの『俺たちは会津の犬になったわけじゃない。油断をすれば即座に捨て駒だ。』って言葉も一理あるよなぁ。」

 永倉や藤堂も顔をしかめる。今はまだ市中や貴人の警護だけで済んでいるが、そのうち不逞浪士の本格的な取締や、自らの藩士に任せるには政治的に危険が伴う任務などを任されるようになるだろう。体の良い捨て駒------------傭兵とはすなわちそういう存在なのである。
 契約はきちんと遂行するべきだが、主君でもない者に忠誠まで捧げることはないと芹沢は考えていたが、ある意味お坊ちゃん育ちの近藤はそこまで物事を斜に構えてみることが出来なかった。この田舎者の愚直な忠誠心がのちに近藤を正真正銘の局長に押し上げることになるのだから世の中は判らないものである。

「だから芹沢さんは土方さんを副長にしたんですかねぇ。私だったらあんな局長達に反抗的な副長、すぐに辞めさせちゃいますけど。」

 確かに土方は納得出来なければすぐに芹沢にも喧嘩をふっかけるし、近藤に対しても意見をする。事実井上と共に松五郎の許へ出向いているのは近藤の傲慢振りを改善させるためであるのだ。近藤より、というよりむしろ近藤と一心同体と言っても過言ではない土方だが、まさか近藤を諫めるような行動に出るとは思っていなかっただけに沖田も驚きであった。芹沢はそこまで見越して土方を副長に選出したのだろうか・・・・・その選出眼に驚愕を覚える。

「そうだよなぁ。実務をさせるんならもっと使い易い平間とか平山を副長にさせるよな。あんな使い勝手の悪いおっさんを・・・・・。」

 皆がうんうんと頷いたその時である。

「誰がおっさんだ?ええ?」

 ドスを利かせた声と同時に永倉と原田の頭上に勢いよく拳が振り落とされた。

「いってぇ!何するんだよ、土方さん!」

 頭を抑え、原田が文句を言うが、土方は拳に息を吐きかけさらに攻撃を仕掛けようとする。

「俺はまだ二十八だ!貴様におっさん扱いされる覚えはねぇ!」

 土方の声と視線に本気を感じた原田と永倉は手にしていた羽織を投げ出し頭を抱えた。

「わ、判りましたから・・・・・おい、総司お前からも言ってくれよ!」

 原田は沖田に助け船をと懇願したが、沖田はただにっこりと笑ってこう答えた。

「諦めて下さい、原田さん。私はこの羽織を阿比留さんの墓前の供えてきますんで土方さんのお相手、よろしくお願いしますね。」

 とどのつまり人身御供である。土方の剣幕から逃げ出すように極上の笑顔を残し、沖田は最後に残ったひときわ小さな羽織を手に八木家をあとにした。



 沖田は真新しい浅葱の羽織を持って壬生寺にやってきた。

「せめて・・・・・この羽織が出来上がるまで生きていてくれれば良かったのに。」

 阿比留に関してはやはり後ろ暗さがぬぐえないし、今現在の近藤を見ているといつか自分も同じ道を辿ってしまうのではないかと不安がある。今ならば阿比留の苦悩も理解できるような気がするし、自分自身も阿比留の苦しみを判ってやれるような気がする。

「近藤先生は・・・・・変わらないでいてくれますよね・・・・・。」

 優しく真面目だった師匠が権力を目の当たりにし、それに惑わされてゆく姿をこれほど早く見ることになろうとは思いもしなかった。阿比留もきっと同じような気持ちを抱えて自分達に忠告をしてくれたのだろう。

「・・・・・もう少し待っていて下さいね、阿比留さん。私たちが認められたらきちんとしたお墓を建てますので。」

 爽やかな初夏の風に吹かれながら、沖田は塚の前に浅葱の羽織を供えると長いこと手を合わせていた。



 四月二十一日、壬生浪士組は将軍警護のため大阪へ下阪した。つい一昨日出来上がったばかりの浅葱の隊服に身を包んだその姿は、地味な服装が多い幕府の兵士や勤番の中でひときわ目立つ。
 将軍警護に赴く青年の若々しさと初夏らしい涼やかさを羽織った集団は人々の目に爽やかに映ったが、着ている本人達はちっとも爽やかだとは思っていなかった。

「やっぱり恥ずかしいよなぁ、下染め止まりの羽織なんてよぉ。」

 言っても詮無いことを思わず原田が呟いてしまう。

「諦めろ。金がねぇんだ金が。土方さんも言っていただろう、『そんなに檳榔子が恋しけりゃ金が出来たら全身檳榔子で染めてやらぁ!』って。」

 永倉が原田を慰めるように土方の科白を持ち出した。あまりに女々しく羽織に対して文句を言う原田や永倉を中心とする若手に対して放った土方の捨て科白がこれである。

「ああ、確かに言ってたよね。」

 藤堂もはぁ、っと大きなため息を吐きながら永倉の言葉に頷く。その表情には完全な諦観が滲んでいた。

「あの人ならやりかねん。」

 普段はあまり彼らの話に加わらない斉藤までも納得する始末である。ただでさえ江戸者というのは地味な色味を好む。それなのによりによってこんな鮮やかで人目に付く色が羽織の色になろうとは・・・・・恥ずかしさで顔から火が出そうだったが、それでもそれを表に出すことが許されないのが武士であり、男である。船から下りると芹沢を先頭に隊列を作り、そのままその日に宿泊する八軒屋の京屋へ入っていった。

「これからの一ヶ月、大阪での将軍警護の合間に隊士募集を行なう。」

 荷ほどきをしたあと、芹沢が全員を集めて話を始める。

「土方、山南、平間。お前達三人に隊士募集は任せる。ただ・・・・。」

「後半募集に応じてきた奴には気をつけろ、ってことかい?」

 土方が芹沢の言葉を先回りして答えた。

「ほう・・・・・・その心は?」

 芹沢は愉快そうに土方に尋ねながら宿の者に酒を注文する。たぶん芹沢の心配事をすでに土方は理解しているのかも知れない。ここひと月の土方の成長に感心しつつ芹沢は土方に発言の真意を問うた。

「この派手な羽織の連中が隊士募集なんてやってみろ。長州方の間者が入り込む絶好の機会だろう。特に俺たちはできたてほやほやの部隊だ。敵もそこにつけ込んでくるに違いない。」

 芹沢の問いかけに土方は自分なりの考えを答える。ほぼ完璧な答えに芹沢は愉快そうに大声で笑い出した。

「そこまで判っているならそれでいい。あとは間者の腕の良さに惑わされるなよ。使いものになりそうな奴ほど優秀な間者であることが多い。特に人材が不足している今、俺たちは美味そうな毒餌に喰らいつきかねない・・・・・まぁ、お前さんに任せておけば大丈夫だろう。」

 芹沢がまともな話をしたのはそこまでだった。宿の者が気を利かせて早々に酒を持ってきてしまったのである。芹沢は杯に酒を注ぐのももどかしいのか、徳利に直接口を付けて一気に飲み出してしまった。こうなるともうまともな話は出来なくなる。

「本当にあんたは酒さえ入らなきゃできる男なのによぉ。どうにかならねぇのか、その酒癖はよぉ。」

「こら、歳!すみません、口が悪くって。」

 近藤は土方の口の悪さを芹沢に謝るが、芹沢は全く気にした様子はない。

「気にするな、近藤・・・・・うぃっ!それを補って余りある才能、ってもんがこいつにゃある。扱いづらいのが難点だが・・・・・がふっ。」

 あっという間に徳利を一本空けてしまった芹沢が次の酒を所望する。

「悪かったな、扱いづらくって。」

 芹沢の言葉に土方が子供のようにむくれた。

「むしろ放っておいたほうが・・・・・良い仕事をする・・・・・・ひっく・・・・・上に立つ者にとって・・・・・・これほど楽なことはないぞ。覚えとけ、近藤!こいつさえ・・・・・手放さなきゃ・・・・・誠忠浪士組は・・・・・安泰だっ!」

「言ってくれるな!寝首を掻かれたってしらねぇぞ!」

「お前さんが・・・・・・誠忠浪士組の後々の面倒を見る、ってんなら・・・・・・かまわねぇぞぉ、俺はぁ・・・・うぃっ。」

 酒が入っているせいかだんだんと大胆な発言が芹沢の口から飛び出し始める。そろそろ潮時だろう。土方は全員を見回してから口を開いた。

「おい、そろそろ解散だ。鉄扇が飛び交う前に各々自分の部屋に戻れ。」

 土方に言われるまでもなく、皆芹沢の鉄扇を避けるようにそそくさと自室へ戻っていったのだった。



UP DATE 2010.04.02


Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
ランキング参加中。お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv

  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






散々タイトルを迷った挙げ句ついたのが『浅葱の羽織』・・・・・ネーミングセンスのなさに笑えます(苦笑)。今回の将軍警護はホントに下っ端の警備員としての警護なので、もう一つの候補だった『将軍警護』は後に残しておきたいと・・・・。
とりあえず浅葱の羽織初お目見えです。他人って自分が思うほどには自分の事を見ていないじゃないですか、特に大人は(爆)。そんな大人達の視線と、壬生浪士組の若手達の自意識とのギャップを楽しんで頂けたら幸いです。確かに『下染め止まり』はキツイですよね~。しかも150年以上も彼らのイメージカラーになるとは(爆)。世の中何が起こるか判ったもんじゃありませんv


次回更新は4/9、警護の日常と隊士募集あたりを取り上げたいと思います。
関連記事
スポンサーサイト

 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【拍手お返事&4/1限定ジャンル替え(笑)】へ  【拍手お返事&わんこしゃぶしゃぶ】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【拍手お返事&4/1限定ジャンル替え(笑)】へ
  • 【拍手お返事&わんこしゃぶしゃぶ】へ