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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第五章

夏虫~新選組異聞~ 第五章 第十八話 やまい人、それぞれ・其の貳

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 西本願寺に屯所を移してからというもの、京都では特に大きな事件も起きず瞬く間に季節は秋――――――七月を迎えてしまった。何事もないということは新選組を始めとする京都の見回り組織がきちんと機能しているということである。池田屋の武勇伝に憧れて入隊した新入隊士達の中には不服そうにするものもいたが『ならば毎日『死番』を務めるか?』と永倉や原田に脅され、慌てるといった毎日が過ぎていた。

「そうそう、明後日大阪の三木さんが帰ってくるんですってね」

 巡察を終えた沖田が刀の手入れをしていた斎藤に語りかける。京都の新選組と違い、大阪新選組は周囲と少々いざこざを起こしていた。その報告に三木が一旦京都に戻ってくるという話を聞いたのは、巡察終了の挨拶に沖田が局長室に出向いた時である。近藤や土方の渋い表情から、その報告があまり良いものではなさそうだということは容易に想像できた。

「というか、副長は大阪撤退を視野にいれているみたいだがな」

 近藤や土方以上の渋面を作りながら斎藤が忌々しげに吐き出す。

「・・・・・・やっぱりそうなんですね」

 沖田が頷くのも尤もであった。元々会津や京都新選組の威光をちらつかせやりたい放題やっていた、谷三十郎を中心とする大阪新選組だったが六月に入りその横暴ぶりがさらに顕著になっていた。
 六月一日に大阪堂島の米問屋が米の高値釣り上げに動いているとの風聞により、新選組は関係した米商人・北風某や搗米屋や炭屋らを万福寺に連行し尋問たのを皮切りに、六月六日には西四辻家の家臣二人、河瀬太宰事件に関与した嫌疑で誤認捕縛、さらに幕府歩兵組と衝突して歩兵組に鉄砲で万福寺を包囲されるという失態を犯していた。
 その仲裁に新選組側から伊東甲子太郎の弟である三木三郎が大阪に出張したのだが、処理が終わりようやく明後日に帰還の目処が立ったのである。

「伊東先生の弟だけあって愛想と機転の良さは随一だからな。でなければ幕府歩兵組に蜂の巣にされても文句は言えまい」

「・・・・・・物騒な、と言い切れないところが悲しいですね」

 沖田は苦笑いを浮かべながら斎藤の横に座り込んだ。そんな沖田を横目で見ながら斎藤が小さな声でぼそり、と呟く。

「ところで噂によると松本法眼、山崎だけじゃなくあんたの妾にも色々応急処置方法を指導をしているそうだな」

 その瞬間、沖田は茹で蛸のように真っ赤になった。

「ちょっとやめてくださいよ、そんな大声で・・・・・・」

 沖田が周囲の視線を気にしながら蚊の鳴くような声で斎藤を窘める。

「それに指導、ってほどのもんじゃありませんよ。数冊ほど医学書を借りているだけですから」

 医者同士の仁義なのだろうか、父親から指導を受けている小夜に対し松本は直接指導することはない。その代わりかなり貴重な医学書を惜しげも無く小夜に貸与していた。

「しかし普通だったらそんな高価なもの、門外のものに見せたりしないだろう。それなりの素質があると見込まれたのか、それとも・・・・・・」

 斎藤はちらりと沖田を横目で見ながら呟く。

「よっぽどあんたが物欲しげな表情をしていたのか。聞いたぞ、あんたが近藤局長と共に松本法眼を訪ねて行った時、ちらち医学書の方を盗み見していたって」

「だ、誰に聞いたんですか、そんなこと!」

「松本法眼直々に決まっているだろう。あんたの行動がよっぽど不審だったのか、さり気なく幹部たちに『医学書が必要な事情が沖田にはあるのか?』と尋ねていたぞ」

 結局は佐々木の傷の縫合で沖田の不審な動きの原因がばれてしまったわけだが、沖田の行動はよほど松本の目に不審に映ったようだ。健診をした幹部にそれとなく尋ねていたと斎藤は沖田に告げた。

「そんなことまで聞いていたとは・・・・・・佐々木さんの怪我が無かったら私にも聞いていたんでしょうね」

 沖田は大仰な溜息とともにがっくりと肩を落とす。

「だろうな・・・・・・ところで佐々木といえば、今どうなんだ?」

 沖田にさえ聞き取れるかどうかというほど小さな声で、斎藤は沖田に尋ねる。それに対して沖田もかなり小さな声で斎藤に応えた。

「ええ無事『郷里』へ到着したようですよ。先日、近藤局長宛に返事が届きました」

 出立してからおよそ十日後、、心臓に負担がかからぬようゆっくりとした速度だったが、佐々木が長州の手前まで到着したという知らせが屯所に届いたのが昨日のことだった。今頃国境を中心に調査を開始しているだろう。

(どうか無事に・・・・・・勤めを果たして京都に帰ってきた下さい)

 心臓病という病を抱えているだけに、敵に見つかってしまったらまず命は無いだろう。沖田は佐々木の無事を祈らずにはいられなかった。



 苦しい息の中、松原は這うようにして縁側に出た。暦の上では秋に入っているはずの七月だが、その陽射、そしてまとわりつく湿気を含んだ空気の不快さは夏そのままだ。しかし陰鬱な部屋の中にいるよりはまだましかもしれないと、千代が屯所に夕餉を取りに行っている間に縁側へと出てきたのである。

「久しぶりだな、こうやって陽の光を見るのも」

 強い日差しに目を細めつつ松原は柱に寄りかかった。ここ最近さらに病状が進んだようだ。こうやって起き上がることさえままならない。胸は軋むように痛み、呼吸一つするのも難儀する。初秋の熱い空気を吸い込むと喉や気管支が灼けるような痛みを覚え、咳き込んでしまう。それでも外の空気に触れるのは心地良かった。

「去年の今頃は・・・・・・九条河原で陣を張っていたっけ。風呂にもなかなか入れず閉口したな」

 池田屋事変も蛤御門の変も去年の出来事である。それが遥か昔の事のように思えてならない。今も仲間たちはこの眩い陽射しの中、巡察や稽古に励んでいるだろう。胸を病み、日陰でのたうち回っている松原にとって二度と出来ない事である。その事実に松原は打ちひしがれる。

「いっそ・・・・・・自害して果てようか」

 せめて新選組四番隊組長の矜持を持ったまま死にたい――――――松原は這いずりながら部屋に戻り、脇差しを手に取った。そして鞘から脇差しを引き抜き、己の首に宛てがったその時である。

「何をなさいます!」

 聞き覚えのある金切り声が耳に飛び込んでくる。その声に松原の手許が狂い、松原は中途半端に喉を斬ってしまった。

「うっ・・・・・・」

 金気を帯びた血の匂いが部屋に充満し、松原はそのまま崩れ落ちる。

「何を馬鹿なことを・・・・・・誰か!お医者様を!」

 千代は外に向かって叫びつつ松原の手から脇差しを奪い取り、そのまま布団に松原を横たえ止血を始めた。その甲斐甲斐しさに、松原はこの状況に似つかわしくない想いに気がついた。

(ああ・・・・・・俺は、お千代に・・・・・・惚れているらしい)

 自分を憎んでいる相手に懸想するとは笑止な、と思いつつもこればかりはどうしようもない。自分の間抜けさに呆れつつ、松原の意識はそこで途絶えた。



 千代の悲鳴を聞きつけた近所の町人が屯所に連絡し、近藤と土方、そしてたまたま屯所に往診に来ていた松本が松原の休息所に駆けつけたのは四半刻も経たないうちであった。すぐさま傷口の縫合が行われ、松原は一命を取り留めた。だが、これも気休めだと松本良順は悲痛な面持ちで近藤と土方に告げる。

「・・・・・・おめぇさんもうすうす解っていると思うが、こいつの命は持って二ヶ月。もしかしたら九月はむかえられねぇかもしれねぇな」

 その非情な宣告に近藤は愕然とし、土方も悲痛な表情を浮かべた。そしてそれを部屋の外で聞いていた千代も目に涙を浮かべながら、膝の上の拳をぎゅ、っと握りしめる。

(いいじゃない・・・・・・私はそれを望んでいた筈)

 頭ではそう思おうとしたが、それを感情が否定した。そもそも千代は、攘夷活動にうつつを抜かす良人に愛想を尽かしていた。松原ら新選組に良人を殺された時、思わず『敵を討ってやる!』と叫んだが、それは敵である新選組に対しての売り言葉であり、千代の本意ではなかったのである。
 さらに良人が殺された時、他にも複数の攘夷派浪士がいた手前、ああでも叫ばなければ後々自分がどんな目に遭うか解らなかった。実際ここに送りこまれたのも良人の仲間である攘夷は浪士達の陰謀だった。

「良人に殉じるのが妻の務めだろう。情報を盗み取り、俺達に流せ」

 そう告げられ、千代は労咳を伝染されるかもしれない松原のところへ送り込まれたのである。だが、松原はそんな千代を覚えていただけではなく、他の幹部に正体がばれぬよう気遣ってくれた。病が伝染せぬよう、世話が終わればすぐに部屋を出るよう気遣ってくれるのも松原だ。
 良人にさえそんな気遣いをされたことがなかった千代の心は、いつしか松原に靡き始めていた。だが、そんな松原の余命もあとふた月無いと松本が告げたのである。

(せめて松原様が生きている間だけでも・・・・・・恩返しをすることは出来るだろうか)

 だが、互いに口を開けば憎まれ口を叩いてしまう。せめて一言、感謝の言葉を言える素直さが欲しいと思うが、気持ちとは裏腹の態度が出てしまう。

(ならば、誠心誠意のお世話をしよう・・・・・・後悔をしないように)

 涙で腫れぼったくなってしまった目を抑えながら、千代は腹を決めたのだった。



 松原が自殺未遂を起こした後、千代は松原につきっきりになった。勿論近藤、土方からの要請もあったのだが、千代自らの意思でそうしていた。むしろ困惑したのは松原である。

「お千代・・・・・・病が、うつるから」

 松原が気を利かせて千代を遠ざけようとするが、千代は首を横に振りその気遣いを拒絶する。

「私はそんな腰抜けではございません」

 そう言い放ち、松原の言うことを聞こうとしない。松原もそのうち諦め、千代の勝手にさせるようにした。少なくとも自分の目の届く範囲に千代がいれば、長州浪士との接触もないわけだし、新選組の情報が外に漏れだすこともないだろう。
 時折響く松原の咳以外、ほとんど音のない静寂の中、二人は微妙な距離を起きつつ、しかし互いに相手を意識する日々を続けていった――――――そう、中秋の名月のあの日まで。

 二人の微妙な均衡が崩れたのは慶応元年八月十五日、まるで血に染まったように赤い月が東の空から昇った夜の事だった。



UP DATE 2013.9.14

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新選組としては比較的安穏とした日々の中、やはり小さな?事件は起こるものです。大阪新選組の困ったちゃんぶりはともかく(^_^;)
佐々木はどうやら長州の国境に到着したようです。彼の活躍は屯所に届いた報告書の形でぽつりぽつりと出していきますが、病気を抱えつつもきちんと務めは果たしていくと思われます。
一方松原の方はどんどん病がひどくなり、自殺未遂まで起こしてしまいました(>_<)死んだほうがマシという病の辛さがそうさせたのでしょう。千代の機転によって一命を取り留めましたが、そのことによって己の押さえつけていた感情に気がついてしまったようです。そして千代の方も・・・・・・。
来たるは中秋の名月の日、二人の間に何が起こるのか、次回までお待ちくださいませ(*^_^*)

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