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「短編小説」
横浜恋釉

横浜恋釉~幸せの報告と鴛鴦の皿

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 虔弥が虔太と董子の結納の日取りを聞いたのは十月の半ば、明治天皇の大喪から一ヶ月が過ぎた頃だった。久しぶりに横浜に帰ってきた虔太が、父親の虔三郎に事情を告げてから虔弥にも報告をする。

「さすがに今年中は不謹慎だから、来年の頭にでも結納をして桜の時期に祝言を挙げようかと思っている」

 嬉しげに語る虔太だったが、不思議と虔弥は悔しさを感じない。むしろ我が事のように虔太と董子の結納を祝福した。

「へぇ、とうとうそこまで漕ぎ着けたんだ。よく親父が許してくれたよな、身分違いを」

 四民平等と云われてから四十年以上経過するが、さすがに華族や士族と庶民との結婚はそう簡単ではない。董子の方はともかく、まずは父親の許可が必要だ。一体虔三郎はどんな判断を下したのか、そちらの方に興味を持ち虔弥は兄に尋ねる。そんな弟に半ば呆れ気味の笑みを見せつつ、虔太は父親との会話について語った。

「その手のことに関してはあまりうるさい事は言わないよ、父さんは。尤も俺が九条の婿養子に入るっていうのには渋い顔をしたけどな」

「む、婿養子!」

 思わぬ虔太の言葉に虔弥は目を丸くした。仮にも虔太は長男である。いくら虔弥がいると言っても滝沢家の長男である虔太が婿養子に入るとは――――――相手が華族であり、一人娘だと言っても非常識である。

「さすがに仕事はこのまま続けるけど、明豊堂の家を継ぐのは虔弥、お前になる。だからお前もできるだけ早く嫁さんを見つけろよ」

 まるで他人事のように言う虔太を、虔弥は恨めしそうに見つめるだけだった。



 相手がだれでもいいんなら苦労はしないさ――――――虔弥は宮川窯へ向かいながら溜息を吐いた。釉は相変わらず作陶一筋だし、自分が付け入る隙は皆無だ。

「取り敢えず兄貴か姉貴の子供に明豊堂を継いでもらえば、俺はその繋ぎでいいかな」

 そもそも昨年亡くなった龍太郎伯父に子供がいなかったから虔太が建前上養子に入り、明豊堂を継ぐことになっていたのだ。きっと虔太にもそんな頭があるのだろう。一番上の姉・亜唯子には既に二人の子供がいるし、今度三人目が――――――腹の出具合から双子のようだと言われているが――――――生まれるから、その中で男の子を一人跡継ぎにするのも悪く無い。
 と言うか、最初本家を継ぐはずだったのは亜唯子の良人で虔弥たちの従兄でもある昌憲だったのだ。子供の一人に明豊堂を継がせても姉夫婦が文句を言うとは思えない。そうこうしているうちに虔弥は宮川窯に到着し、釉が作陶をしている作業場へと向かった。



 虔弥が作業場に入った時、釉は作務衣を泥だらけにしながらろくろを回していた。否、泥だらけなのは着物だけでなく、その白い顔もだ。白粉を塗れば下手な芸妓よりも遥かに美しい筈なのに、残念ながら釉の顔を彩っているのは灰色の泥である。

「おい、お釉!」

 虔弥はそんな釉に苦笑しながら声をかける。その声に気が付き、釉はろくろを止め顔を上げた。

「あれ、虔弥君?どうしたの?兄さん達なら土を取りに行って、じきに帰ってくるはずだけど」

「いいや、今日はあいつらじゃなくてお前に用があってきた。実は・・・・・・」

 虔弥は一旦言葉を切ってから続ける。

「来年の春、兄貴が結婚することになった。その祝言用に洋食器の一揃い、五十人分を作って欲しいんだ」

 その言葉に釉は目を丸くした。

「け、虔太くんの祝言?しかも洋食器って、どういう事?」

 軍の食事からようやく洋食が家庭にも入り始めていたが、まだまだ和食が主流である。しかも祝言ともなれば尚更である。それを洋食器で揃えるとは俄には信じ難い。

「もしかして・・・・・・虔太くんのお相手の方は外国人なの?」

 数は極めて少ないが、欧米の女性も来日し居留地に住んでいる。もしかしてそのような女性と結婚することになったのかと釉は尋ねたが、虔弥は首を横に振った。

「いや、落ちぶれ華族の娘だ。実はその娘を俺と兄貴と張り合っていたんだが・・・・・・相手は兄貴を取ったって訳だ」

 虔弥が告げたその瞬間、釉は憐憫を滲ませた視線で虔弥を見つめる。

「要は、その華族のお嬢様に振られたんだ、虔弥くんは」

「うるせぇ!」

 図星を指されふくれっ面の虔弥の顔を見て、釉はぷっ、と吹き出した。

「まぁ、虔弥くんには残念だけど・・・・・・祝言だったら縁起を担いで鴛鴦の意匠にしようか?季節は春だけど、周囲に桜をあしらえば問題無いと思うんだけど」

 本来冬鳥である鴛鴦だが、『おしどり夫婦』の言葉もあるように縁起の良い意匠である。春に飛びだつ直前との設定で鴛鴦にしたらどうかという釉の提案に、虔弥も一も二もなく頷いた。

「お、いいねぇ。やっぱりお前に相談して良かったよ」

「あと・・・・・・私からもお祝いをしても大丈夫かな?」

 虔弥の顔色を伺うように釉が尋ねる。

「ん?別に構わないが、一体何を?」

「高浮彫の花瓶を・・・・・・桜と鳩の意匠で」

 その瞬間、虔弥の顔色が豹変した。

「おい、お釉。もしかして、爺さんの傑作を真似して作ろうってんじゃないだろうな?」

 桜と鳩の意匠の花瓶は初代宮川香山の傑作中の傑作である。釉はそれに挑戦しようというのか――――――虔弥の問いかけに釉はこくり、と頷いた。

「だがよ・・・・・・来年の桜の時期に間に合うのか?爺さんほどの作品じゃなくてもかなりかかるだろう」

「時間の方はぎりぎり大丈夫だと思う。でもあれは好みが分かれるから、受け取ってもらえるかどうか・・・・・・」

「兄貴だったら絶対に受け取るだろうよ。それに万が一いらないって言ったら俺がもらってやるよ。何せお前の作品は・・・・・・」

 虔弥はちょっと口籠ったあとポツリと小さな声で言った。

「世界で一番良いもんだからな」

「え?」

 最高級の褒め言葉に、釉は思わず聞き返す。普段の虔弥ならぶっきらぼうに話を誤魔化したかもしれない。だが、今日の虔弥は違っていた。真っ直ぐに釉の瞳を見つめ、生真面目に己の気持ちを口にする。

「俺は・・・・・・お前の腕を買っているぜ。でなけりゃ兄貴の祝言の皿なんて依頼しねぇよ」

 虔弥の言葉に嘘偽りはない。釉はそれを肌で感じた。

「ありがとう。横浜一の目利きにそう言ってもらえると嬉しいし、自信になる」

 釉ははにかみ、頬を染めながら俯く。その姿は歳相応の乙女そのものだった

(こういう関係も悪くないかもしれない)

 結婚とかではない、互いの能力を信じ合いながら歩んでゆく――――――それが虔弥と釉の進む道なのかもしれない。胸に湧き上がる熱いものを感じつつ、虔弥はうろこ雲が浮かぶ空を見上げる。秋の空はどこまでも高く、まるで虔弥の輝かしい未来を暗示しているようだった。



UP DATE 2013.9.25

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虔太の結婚は、どうやら父親の虔三郎の許しも得られ、無事九条家の婿養子になることが出来そうですvむしろ『家を潰さない為に婿養子を取る』という理由がないと虔太と董子の結婚は難しいでしょう(^_^;)まぁ父親の虔三郎も人のことを言えた義理じゃありませんからねぇ(-_-;)(詳細は『横浜慕情』にて。拙宅にしてはそこそこハードなエロもありますので良い子はできるだけ覗かないよにしてくださいvっていうか、このサイトに良い子は来ないような気がしますが・爆)

一方虔弥の方も『普通の結婚』はなかなか難しいようです。相変わらず釉は作陶一筋ですし・・・もう虔三郎も結衣も我が子のまともな結婚は諦めているんじゃないでしょうか(^_^;)いつの時代も親は苦労するものです。

次回横浜恋釉は10/30、たぶん虔太&董子の最後の場面になるかと思いますv(ラストは虔弥&釉で^^)
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