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「雑  記」
烏のおぼえ書き

烏のおぼえ書き~其の十四・枡師

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今回のおぼえ書き、取り上げるのは枡及びそれを作る枡師となります。

実は安土桃山時代まで日本の計量というものはか~な~り~いい加減なものだったそうです。荘園の領主たちは自分たちの都合にあわせ、年貢をふんだくる時は大きな枡、褒章で米を与える時は小さな枡を使っていたとか・・・(-_-;)

さすがにそれじゃあまずいと、豊臣秀吉が太閤検地の際十合枡(京枡)を使ったそうです。太閤検地、というかそれ以後の年貢の取り立てでしょうね。
一応全国共通で、という秀吉の思惑はあったのかもしれませんが、それでも暫くは地域によって微妙に大きさが違かったようです。徳川家康が江戸に入ってしばらくは、関東近辺では江戸枡という京枡より少し小さめの枡を使っていましたし、藩は藩で独自の枡を使っていたみたいですし・・・というか、それでも問題ないくらい流通は発展していなかったと言うべきでしょう。

ただ、五街道や廻船航路が発展してくると、地域によるばらつきが問題になってくるものです。枡一杯の誤差は小さくても量が大きくなればその差も大きくなります。となると、同じ一俵でも価格が変わってくる・・・間違いなく米の換金の際にトラブルが起こったに違いありません。特に戦国の風潮が残る江戸初期じゃ血を見た可能性もあったかも(爆)

結局枡が統一されたのが寛文九年(1667年)、一升=方四寸九分、深さ二寸七分の京枡を公定枡にするという幕府の法令が出されました。さらに京都の福井作左衛門と江戸の樽屋藤左衛門の二人を枡の製造を専売とする『枡座』と認定、そこ以外で枡を作ることを禁止したそうです。ちなみに量目が正しくない枡を作ったら打ち首獄門(強盗殺人、主人の親類の殺害、地主や家主の殺害と同じレベルの罪)、正しい量目のものでも枡座以外の者が勝手に作ったら中追放という厳しい罰が・・・(>_<)暦や長さ・重量などの単位は時の支配者が掌握するものと相場が決まっておりますが、実際の経済が関わってくるだけに単位の管理はそれほど厳しかったとも言えます。

しかし!ここまで神経質に管理し、製造された枡であっても量る人間の加減で量は変わるんですよね~。特に米などの粒状のものは(^_^;)昔の米屋では丁稚に『一斗のの米を一斗二升に量れなくては一人前ではない』と言い聞かされたとか。少しでも升目をごまかし、利幅を増やすためなんですが、そんな訓練もさせられていたとは・・・いつの時代も商売は大変です(^_^;)

次回おぼえ書きは10/15、枡で量ったものを扱う廻船問屋を取り上げる予定ですv



【参考・引用文献】

お江戸の職人(エリート)素朴な大疑問 (PHP文庫)



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