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「紅柊(R-15~大人向け)」
甲午・秋冬の章

神無き月の祝言・其の貳~天保五年十月の婚礼

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 煌々と輝く満月の下、浅草弾左衛門屋敷の冠木門に一対の高張提灯が掲げられている。いつになく厳粛な空気を漂わせる屋敷では、十二代目浅草弾左衛門周司とすみの婚礼が行われていた。
 長吏という被差別民ながら与力格を持つ浅草弾左衛門らく、その式は小笠原流に則った格式のものである。唯一それに外れるとすれば花嫁行列を行わなかった事だろうか。
 周司としては、すみを乗せた輿を婚礼道具と共に披露したかった。勿論すみの晴れ舞台を演出したかったということもあるが、それは同時に周司の弾左衛門としての力を誇示し、これからの指導力をより強化する為だ。
 しかし二年連続の飢饉による不景気の波が押し寄せる中、あまり派手な演出はできない。迂闊なことをして町奉行所に目をつけられぬよう、周司とすみの婚礼は邸内のみで行われた。


 屋敷の一番奥まった、書院造りの大広間――――――普段は客間や、長吏達の特別な会合に使われるその部屋が、この日は一変し華やかな祝言部屋となっていた。
 床の間中央に飾られているのはひときわ華やかな奈良蓬莱飾り、その向かって右側に二重台、左側に手掛台が置かれている。 下段には瓶子、置鳥、置鯉が置かれ、その前に盃、銚子、提(ひさげ)が配置されていた。江戸後期になると州浜台の上につるかめなど祝い物を飾った『蓬莱の島台』だけで簡略する家も多い中、ひとつの省略もないところはさすが格式と財力を誇る弾左衛門家ならではだろう。
 そんな豪奢な飾りが置かれている床の間を挟んですみは向かって左側の下座に、周司は床の間の右側である上座に向かい合って座った。二人の他には待上臈役として手代の仁左衛門の妻・れんだけが立ち会っている。
 待上臈とは式の進行役で、初日はこの三人だけで祝言が行われるのが古来からの習わしだ。そして二日目には親族のみが列席する式が執り行われ、三日目はさらに広い範囲の関係者が列席し、お披露目が続いてゆく。

「では、これから式三献を執り行いまする」

 しっとりと落ち着いたれんの声が広間に響く。婚礼衣装を身にまとった二人は俯き加減だった面を上げ、互いをじっと見つめ合った。
 周司は浅葱色の裃を――――――俗にいう切腹裃を身につけている。これは長吏頭だから特別に、という訳ではない。浅葱色は本来『穢れを払う色』である。幸せな結婚生活に邪悪なものを近寄らせないという、魔除けの意味がこの裃の色に込められているのだ。そんな浅葱色の裃の中に着込んでいる内着白絹の熨斗目である。一方すみは練絹の白小袖の上に綾絹の白小袖、さらにその上から白い打掛を羽織った『白装束』である。その穢れ無き装束は、すみの清らかさをより引き立てているように周司の目には映った。

「おすみ、今からそんなに緊張をしてどうする?今日は初日だし、立ち会っているのはおれんさんだけだというのに」

 一番最初に受ける、小さな盃を持つすみの手が周司の目にもはっきり判るほど震えている。祝言とはいえ、見知った三人しかいない場所なのに、それでも緊張の色を隠せないすみを気遣って、周司は行儀が悪いと知りつつ語りかけた。そんな周司をすみは綿帽子の下から上目遣いに見つめる。

「だけど兄様・・・・・・」

 周司に語りかけるすみの声は微かに震えていた。どうやらいつになく格式高い厳かな式次第に慄いているらしい。そんなすみを周司は愛おしそうに見つめる。

(おすみ、お前は知らないかもしれないが、俺はずっと前から・・・・・・この日が来るのを待ち続けていたんだぞ)

 今夜、自分の妻になる義理の妹を前にして、周司はすみにあった当時のことを思い出していた。



 浅草弾左衛門を継ぐことになり、信濃から江戸にやってきたあの日のことは今でも覚えている。まだ九歳の少女だったすみだったが、その顔立ちは将来美人になることを簡単に予想させるものだったし、仕草も大名か旗本の姫君のようにたおやかだった。田舎では見ることは勿論、想像さえ出来なかった美少女に、周司の視線は釘付けになる。

「おすみは十一代目富太郎の実の妹だ。本来なら十二代目浅草弾左衛門になるお前にとって年下の『叔母』に当たるんだが・・・・・・まぁ、実の妹のように思ってやってくれ。姉が嫁いでしまった今、血縁の者が近くにいなくてすみも心細い思いをしているはずだから」

 手代の仁左衛門の言葉の、後ろ半分を周司は全く聞いていなかった。何故ならば、周司の方を見たすみが彼に微笑みかけてきたからである。その溢れる花のような笑顔を見た瞬間に、周司は恋に落ちていたのかもしれない。
 それから七年、長吏の実力者である手代達を次々に説得し、すみとの婚約をもぎ取ったのである。勿論すみに自分を好いて貰うための努力も怠らなかった。それだけにこの祝言も感慨深いものがある。

(この日が来るのをどれだけ待ち望んだことか・・・・・・)

 ある意味、自分の預かり知らぬ間になってしまった弾左衛門襲名以上にすみとの婚姻は大変だったかもしれない。未だ緊張が解けぬまま三膳を前にしたすみを見つめつつ、周司は勝ち誇った笑みを浮かべた。



 一日目の式三献の儀式が終わると、二人はそれぞれに案内されて着替えを済ませた。そして最初に着替えを済ませた周司が寝所で待っていると、待上臈のれんに手を引かれたすみがしずしずと寝所に入ってきた。髪は一つに束ねられただけで背中に流し、白絹の寝間着が蝋燭の灯火に妖しい輝きを放つ。普段はしない夜化粧も周司の気持ちを昂らせた。そしてれんはすみを枕元に座らせると周司に声をかける。

「では私はこれにて引き取らせていただきます。明日、明後日とますます大変になりますけど、覚悟しておいてくださいね」

 特に三日目は多くの客が新婚の二人を冷やかすだろうと、冗談半分にれんは二人を脅す。

「その覚悟はできています。というか仁太郎の祝言で散々あいつをからかいましたから、やり返されるでしょうね」

 仁太郎は仁左衛門とれんの長男で、つい三ヶ月前に祝言を挙げた。その時に散々冷やかした分、間違いなく仕返しはされるだろう。周司はれんにそう告げると、れんは苦笑いを浮かべる。

「手代の息子と弾左衛門じゃ冷やかされ方が違いますよ。それにおすみちゃんは小町娘ですもの。三日目は確実に酒漬けになりますよ」

 まるで予言にような一言を残すと、れんは邪魔者は早々に退散、とばかりにさっさと部屋を後にした。あとに残されたのは寝間着姿の周司とすみだけである。

「おすみ、今日は疲れただろう。かなり緊張していたけど大丈夫か?」

 まだ硬さの残るすみの頬を撫でながら周司が尋ねた。ただ、この硬さは式に拠るものではなく、これから始まる初夜の床への緊張だろう。だが、すみは気丈にも周司の問いかけに強く頷いた。

「ええ、大丈夫です周司兄様。粗相があってはならないと思っていたのですが、おれんさんに助けてもらったので・・・・・・」

 そう言いかけたすみの唇を、周司は立てた人差し指で軽く塞いだ。

「おいおい、初夜に『兄様』は無いだろう、おすみ。これから夫婦になるというのに」

 周司は唇から指を離すとすぐにすみを引き寄せ、その華奢な身体を抱きしめた。その力強さにすみは驚きを覚える。

(いつもの・・・・・・周司兄様じゃない)

 いつもの真綿でくるむような、『優しい兄』としての抱擁とは打って変わり、すみを逃さんとする強さを孕ませた『男』の抱擁は、まさにすみが望んでいたものであった。強く暖かな抱擁に、すみは陶然と瞼を閉じる。

「まだ二日残っているとはいえ、祝言の初日を終えたんだ。今日から『旦那様』だろ?」

 周司はすみの耳許で囁くと、耳朶に軽く接吻をした。本当にごく軽いものだったが、初心なすみにとってその愛撫はかなり刺激的なものである。そのこそばゆさに、すみは周司の腕の中で身を捩った。

「やん、くすぐったい。あに・・・・・・じゃない、旦那様」

 つい『兄様』と言いそうになり、慌ててすみは言い直す。

「良くできたね、おすみ。じゃあご褒美を上げないと」

 すみを抱く腕の力を弱めることなく周司は囁くと、今度はすみの柔らかな唇に己の唇を重ねてきた。生まれて初めてのその感触に、すみは頬を赤らめる。だが、本番はこれからだった。周司の舌が何の前触れもなし味すみの唇を割って入ってきたのだ。

「!!」

 思いがけない周司の行為に、すみは慌てて周司から離れようとするが、周司はすみを抱きしめたままさらに舌をねじ込んでくる。そしてすみの口腔をひと通り愛撫した後、すみの舌を絡めとり、強く吸った。

「んっ!」

 その瞬間、すみの全身に甘い痺れが駆け巡った。緊張で強張っていた身体から力が抜け、すみは周司の胸にしがみつく。だが、周司の接吻は容赦なくすみを攻め続け、耐えられなくなったすみは周司にしがみついたままぐったりとしなだれかかった。

「・・・・・・本当にうぶだな、おすみは」

 長い接吻を終え、すみの唇を開放した周司が耳朶を甘噛みしながら囁いた。

「接吻だけでこんなに蕩けてしまうなんて。初夜はこれからが本番だぞ?」

「だって・・・・・・」

 すみは周司の腕の中から睨みつつ、周司に訴える。その仕草さえ周司にとっては初夜の刺激にしかならない。

「いくら何でも春画本くらい見たことはあるだろう?いや、そこまでいかなくても源氏物語くらいに・・・・・・」

「兄様の意地悪!」

 あまりの恥ずかしさに、すみはぷいっ、とそっぽを向いてしまった。だが周司はその細い顎を掴み、半ば強引にすみを自分の方へ向かせる。

「こら、兄様じゃないだろう?どうやら今夜一晩かけてそに言い方を直さないといけなようだな」

 今まで見たことのない笑みを浮かべつつ、周司は再びすみを強く抱き竦めた。

「今夜は眠れると思うなよ、おすみ。明日、鶏が鳴く頃までには『兄様』と呼べないようにしてやるから」

 少し意地の悪い周司の口調に、すみの心臓はどきり、と高鳴る。

(どんな事を・・・・・・されるのだろう?)

 知識としては知っているが、実際の行為とは訳が違う。はしたないとは思いつつ、すみは周司の腕の中で期待に打ち震える。
 そんなすみの寝間着の帯を周司はするり、と解き、そしてそのまま柔らかな褥へと倒れこんでいった。



UP DATE 2013.10.9

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とうとう祝言本番と相成りました(*´ω`*)と言いつつ、今回はかなり判らないこと=調べ物が多くって(^_^;)
まず第一に浅草弾左衛門屋敷の門構え。これがかなり厄介でして・・・被差別民でありながら、格式は町奉行所の与力格、経済力は旗本か大名並という弾左衛門。果たして彼の屋敷が『長屋門』だったのか『冠木門』だったのかはっきりしたことは解らず・・・・・・でも、高張提灯は門の前に飾られなきゃいけませんのでねぇ。ただ『門の前』と書くよりは『冠木門の前』と書いたほうが時代小説っぽいじゃないですか(*^_^*)ということで、今回は『与力格』という身分に合わせて冠木門と勝手にさせていただきました。もしかしたら実際は違うかもしれません(本当に江戸時代の門構えは難しい・・・・・・火事を出すと門構えのランクを下げられたりしますし。それだけに見ただけで一発で格式が判るので、無駄なトラブルがおこらなかったとも言えます)

そして式次第も飾りはきちんと揃えていますが、式そのものはちょっとだけ略式です。本当は入輿やら花嫁道具の行列やらあるはずなんですが、そちらも不景気を理由に止めさせちゃいました(^_^;)というか、こちらも資料が見つからない(>_<)なので武家の式次第を参考に所々省略、とさせていただいております。調べ物は大好きなんですが、調べれば調べるほど解らないことが出てくるのも歴史物の特徴です(^_^;)

次回更新は10/16、ようやく初夜本番となります♪勿論★付きですが、先月、先々月と違ってほのぼのしたものになる予定・・・・・・です、たぶん。周司兄様はそんなキチクじゃないはずだと思っています(^_^;)
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