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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第五章

夏虫~新選組異聞~ 第五章 第二十二話 再征勅許と将軍の辞職願・其の貳

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 そもそも事の発端は将軍が二条城に入った九月十六日に始まる。将軍・家茂と入れ替わるように英吉利、亜米利加、仏蘭西、阿蘭陀の代表が連合艦隊と共に摂津近海に来航したのだ。そしてあろうことか彼らは条約勅許、兵庫の開港を要求したのである。
 留守を任されていた阿部正外、山口直毅、井上義斐は英国艦プリンセスロイヤルで英・米・蘭と、仏国艦ゲリエールで仏国公使と連続して会談した。そしてイギリスの兵庫開港要求の諾否に阿部は即答せず、回答期日を九月二十六日として大坂城へ持ち帰ったのである。

「二条城に早馬を!」

 会談から帰ってくるなり、阿部は会談内容を京都の将軍に報告するための早馬を出す。そして将軍が大阪城に帰還した九月二十四日、そして二十五日と幕府首脳は会議を開いたのである。勿論会議は紛糾を極めたが、ただひとつだけ全員に共通の思いはあった。

「あの軍備・・・・・・間違いなく開港を拒絶したら浪速の街は火の海だろう」

 京都の蛤御門の変は未だ記憶に新しい。さらに経済の中心である大阪が被害を被れば、街一つを焼かれるのとは違う、壊滅的被害になる。三十年前に起こった大塩平八郎の乱で蔵屋敷が焼かれた時でさえ暫く経済の混乱は続き、黒船来航と重なって現在の政治混乱に繋がっている。
 今回大阪を攻撃されれば、間違いなくそれ以上の被害になるだろう。

「仕方ない・・・・・朝廷には事後承諾、ということで諸外国に対し兵庫の開港開市の返答をしよう」

 それ以外、大阪の町人達を守る術は無かった。阿部正外と松前崇広は幕府の専権で兵庫大坂の開港開市を決断し閣議をまとめる。そしてそれをすぐさま大阪城に帰還したばかりの家茂に告げると、家茂もそれを了承した。
 だが、それを良しとしなかったのは、朝廷、幕府双方の事情に通じている慶喜だった。

「勅許無しで朝廷の目と鼻の先の兵庫を開港だと・・・・・・大阪は何も解っていない!」

 兵庫開港の幕議決定の報告を受けた慶喜は、二十五日夜に京都を出立し、二十六日未明に大坂に到着した。すなわち諸外国に対する回答期限当日の朝である。
 それでも慶喜は諦めず、兵庫開港を遅らせる為の活動を開始した。大坂城の評議はすでに解散していたので阿部正外の宿舎を訪れ、兵庫開港の理由を問い詰める。

「阿部!これは一体どういうことだ!朝廷を蔑ろにしてただで済むとでも思っているのか!勅許を得ずに開市開港すれば朝廷の信頼を失い、諸藩も収まらぬ!今ならまだ間に合う。朝廷の勅許を得る為、諸外国に回答期日の延長を申し込め!」

 だが、阿部は慶喜の恫喝に怯むことなく、驚くべき反論をしたのだ。

「兵庫港開港は幕府の責任で決定した事!朝廷の勅許が得れなければ、大樹公は辞職なされる覚悟を決めておられます・・・・・・一橋公は兵庫、大阪が火の海になっても構わぬと仰るのですか!」

 阿部のその一言に、慶喜は幕府の、そして家茂の覚悟をひしひしと感じる。だからこそ余計に朝廷との間に禍根を残すような真似をさせてはならないのだ。

「ならば今より再評議を行う!諸侯を大阪城に招集せよ!」

 そしてそのまま二人は大阪城に入り、再評議を行ったが、『公使には回答の延期を申し出て、その間に天皇より勅許を貰うべき』とする慶喜に対し、『幕府の専権で兵庫開港は決定する』とする阿部の主張は平行線をたどり、結局結論は出なかった。



立花種恭は延期の使者となりパークスに10日間の猶予を申し出た。立花から見たパークスは怒り、暴言を吐き、挙動傲慢であったが、にわかに語気を改めて10日間の猶予を認めた。この際に同行した大坂町奉行の井上義斐が誠意をもって英国と交渉し猶予を獲得したとされる。

慶喜からみた両老中は10日間の猶予を貰ったと知らされると「別室に慶喜を招き」「涙を流して後悔の念をあらわして」どんな罪でも伏罪すると表明し当面は謹慎するとした。大坂の慶喜は回答を猶予した件を京都の容保に知らせると勅許獲得の工作を依頼。また将軍に謁見して速やかに上洛して条約勅許を申請すべきとして、自分は先乗りで帰京する旨を伝え9月26日の夕方に「鞭を挙げて京都に馳帰らる」。



「兵庫を開港、ですと!」

 広沢から大阪での出来事、そして決定事項を伝えられ、近藤が声を荒らげる。

「落ち着け、近藤。まだ決まった訳ではない。その勅許の根回しを我が殿がすることにはなっているが・・・・・・」

「それではほぼ決定ということではないですか!よりによって京都の目と鼻の先の兵庫港を開港とは・・・・・・!」

 近藤はあからさまに不服そうな表情を浮かべた。そもそも新選組の前身、浪士組が結成され、近藤らが参加したのは攘夷が目的だった。それなのに攘夷は叶わず、兵庫の開港がほぼ決定的となっている。しかも自分達が大阪から撤退した直後に、それが起こるとは――――――まるで外国船の侵入が新選組の不手際のように感じられ、近藤は悔しげに膝の上の拳を握りしめる。

「仕方ないだろう、大阪や兵庫を火の海にするわけにも行かぬ。それが幕府の責務だ」

 兵庫を開港したくないという気持ちは広沢も同様だ。だが、これは幕府の決定事項なのである。広沢は腕組みしつつ近藤を辛抱強く説得する。

「国を護ること、それが武士の責務だ。それは大樹公も同じ想いだろう。ただ問題なのは・・・・・今日になっても大樹公上洛の先触れが届かぬことだ」

「え?」

 広沢の思わぬ一言に、近藤と土方は呆けた表情を浮かべる。

「本当なら二十八日の夜、つまり今夜上洛しなければ明日の期日には間に合わない。今日お前たちを呼び出したのは大樹公警備の為だったが・・・・・・事情が変わるかも知れぬ」

「大樹公に何か・・・・・・?」

 厳しい口調の広沢の言葉に、近藤が心配そうに尋ねた。だが広沢はただ首を横に振るばかりである。

「それは解らぬ。ただ、大阪はここ最近の朝廷の政治介入を快く思っていない。それだけは確かだ」

 広沢の言葉に、近藤も土方も頷かざるを得なかった。確かに幕府の求心力が衰えを見せている昨今、朝廷の政治介入はひどくなってきている。京都から近いはいえ、ある程度距離が離れている大阪ではその反発が高まってきているのかもしれない。

「確かに・・・・・・それは言えるかもしれませんね」

 近藤の横にいた土方が、低い声で広沢に同意した。

「そこでだ・・・・・・一応将軍上洛の準備だけはしておいてくれ。ただ、大阪で何か事件が起こっているようなら我らが下阪する可能性もある。ま、それはまず無いだろうがな」

 その時は諸外国の艦隊との戦いになるだろうと、冗談とも本気とも付かない呟きを口にすると、広沢は苦笑いを浮かべた。



 近藤と土方が屯所に近づくに連れ、西本願寺の方からドォォォ・・・・・・ンと大砲の音が聞こえてきた。それは新選組の砲術調練の音である。

「だいぶ弾込めが早くなってきたようだな」

 砲弾の音を聞きながら土方の顔に笑みが溢れる。最初は砲弾を込めるのにも手間取って土方を苛つかせたが、今では滞ることなく連続して大砲が打てるようになった。なまじ摂津湾に迫っている外国艦隊の話を聞いた直後だけに、その砲弾の音が頼もしく思える。

「あれなら明日、大阪で外国船と戦おうが、長州討伐に出向こうが全く問題ないぜ、近藤さん!」

 弾む声で近藤に語りかける土方に対し、今まで沈んだ表情を浮かべていた近藤の顔にも笑みが浮かぶ。

「そうだな・・・・・・そうなると行軍録をもう一度作り直さないと!」

 そんな勢い込む会話を交わしているうちに、二人は西本願寺の屯所に到着した。

「あ、近藤先生!土方さん!お帰りなさい!」

 股立を取り、たすき掛けをして砲術の稽古をしていた沖田が二人を見つけて声をかける。近くには永倉や原田、そして斎藤もいる。その表情は真剣そのものだ。

「おう、だいぶ稽古に熱が入っているな!」

 土方が声をかけるが、沖田は一瞬怪訝そうな表情を浮かべ、耳にしていた詰め物を取った。

「すみません、耳に詰め物をしていたんで聞きそびれて・・・・・・もう一度お願いします!」

 大砲の音にかき消されぬよう、沖田が怒鳴り声で土方に尋ねる。

「・・・・・いや、大したことじゃねぇ!稽古に熱が入っているな、って言ったんだよ!」

 遠くから聞く分にはともかく、近くで聞く砲弾の音は会話の邪魔だ。土方も自分の耳を抑えつつ沖田に怒鳴り返した。

「ああ、そうですか!でも、私達が大砲を使えないと近藤先生のお役に立てないじゃないですか!」

 轟音に負けじと怒鳴りつつ、それでもさらりと言ってのける沖田だったが、そんな沖田に対し土方は苦笑いを浮かべる。

(何処のどいつだよ。一年前までは『飛び道具は邪道だ!』とか言っていた奴は)

 剣にこだわり、大砲どころか鉄砲さえ触るのを嫌がっていた沖田が変わったのは、山南が切腹した後、屯所を移転した頃からだ。それは間違いなく小夜の存在によるものだろう。
 守るべき相手がいることで馬鹿げた無謀さが影を潜め、支えてくれる者がいることで妙な遠慮が影を潜め、攻めの姿勢が強くなった。たった一人の女でこれほど沖田が変わるとは思ってもいなかっただけに、土方は複雑な思いに駆られる。

(あの娘が『かわた』じゃなけりゃ、どうにでもなるのに・・・・・・)

 沖田に特定の相手がいる事はそれとなく近藤にも告げているが、その相手が被差別民であることはまだ告げていなかった。否、告げられないと言うべきだろう。なまじ沖田の仕事ぶりが良くなっているだけに、今、二人を別れさせるのは得策ではない。

(もう暫く・・・・・・総司にゃ働いてもらわなくちゃならねからな)

 再び大砲の稽古を始めた沖田の背中を見やりながら、土方は喉まで出かかった己の思いを呑み込んだ。



 将軍警護の準備をした新選組だったが、会津藩からの呼び出しはなかなかかからない。しかも待機の状態は二日も続き、結局十月一日の朝になってしまった。さすがに待ちくたびれた平隊士達が船を漕ぎ始める中、斎藤が沖田に声をかける。

「沖田さん、何か嫌な胸騒ぎがしないか?」

「・・・・・・斎藤さんもそうですか?」

 斎藤の言葉に、沖田も小さく頷いた。大阪が外国船に攻撃されているのであれば、その知らせはもっと早く来るだろうし、京都だって騒々しくなるはずだ。しかしそんな事は一切無く、晩秋の鳥の囀りだけが屯所に響く。

「これが嵐の前の静けさじゃなければ良いんですが・・・・・・」

 と、沖田が言いかけたその時である。一人の会津藩士が西本願寺の屯所に飛び込んできたのである。息を切らせ、汗だくのその姿は火急の用事であることを新選組に知らしめる・

「新選組!大至急我らと共に下阪せよ!将軍が・・・・・辞意を示されているそうだ!」

 将軍の辞意――――――その一言に、屯所のまどろみは一気に破られた。



UP DATE 2013.10.12

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何とビックリ、長州討伐の勅許をもぎ取ったと思った矢先、連合艦隊による圧力で兵庫の開港・・・・・・そしてそれが叶わないなら辞意をするという将軍・家茂です(>_<)幕府を二分した権力闘争の挙句、ようやく将軍になったというのに何てことを・・・・・・と思われるかもしれませんが、それだけ切羽詰まっていたのでしょう。目の前に連合艦隊が迫ってくる中、自分の地位を投げ打ってでも大阪、兵庫を守りたいという家茂の覚悟が伝わってきます。が・・・・・・大変なのはその周囲(>_<)

次回更新は10/19,この辞意を撤回させようと会津や新選組が大阪へ下ることになります。
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