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「短編小説」
幕末歳時記

幕末歳時記 其の玖・土用の丑の日(伊庭八郎&小稲)

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「・・・ぬしさまの目当てはわきちじゃなく『伊豆栄』のうな重かえ?」

 うれしげにうな重に舌鼓を打つ伊庭八郎に対し敵娼(あいかた)の小稲はあきれ顔でため息を吐いた。紗綾形の裾模様もあでやかな緋鹿子の胴抜(遊女の寝間着)に烏の濡羽色の黒繻子の昼夜帯、洗ったばかりの髪も乾かぬままのしとげない姿で放り出された小稲は堪ったものではない。

「そんな事はねぇ。おめぇもうな重も同じぐれぇ好きさ。」

 ちっとも言い訳になっていない言い訳を口いっぱい鰻を頬張りながら言うものだから全く信用できない。

「確かに京都『沢甚』の鰻も島原の太夫も悪かねぇ。だがよ、江戸『伊豆栄』の鰻と『稲本楼の小稲』にゃ敵わねぇ。」

「・・・・ばか。」

 こうやっていつもだまされる・・・・・判っていながらついつい甘い顔をしてしまう自分に呆れながら数ヶ月ぶりに『江戸の鰻』を堪能している情人を小稲は優しげに見つめていた。



 伊庭八郎が吉原・稲本楼に顔を出したのは立秋間近の昼の事である。小稲の許にも江戸の到着する日の連絡はあったがさすがに到着したその日は、すでに江戸に帰還している道場主-------すなわち父親への挨拶や、その他諸々の所用だとかで吉原へ顔を出す事はないだろうと小稲は髪を洗い、八郎を迎える為の準備をしていた。

 だが、そんな小稲の予想に反して八郎は稲本楼にやってきたのだ。しかも、きっちり火熨斗をあてた羽織袴で・・・・。明らかに前日、品川あたりであててもらったに違いない。

「やっぱり髪を洗っていやがったか。」

 乾かぬ洗い髪を指に絡め、妙にうれしそうに八郎は言った。

「一分の隙無くがっちり固めた油臭ぇ髪には辟易してるんだ。髪を結い上げる前に間に合って良かったぜ。」

 この時代、吉原でさえも洗い髪のまま客の前に出る遊女はいたが、小稲はそこまでだらしのない女では無い。八郎が急いで小稲の許にやってきたのはそういう理由もあったのだ。

「親父には『明後日に到着する』と文を出しておいた。だから御徒町へは明後日にでも顔を出せばかまわねぇ。」

 それはすなわち二泊の居続けを意味していた。本来外泊が許されぬ武士である。それにも拘わらず暗に泊っていくと言われれば、敵娼としては期待してしまうに決まっている。それなのに注文した仕出しが来た途端八郎は小稲に目もくれず、鰻料理に食いついてしまったのだ。
 確かに『零れた米を食って丸々太った』蔵前の鰻を使っている伊豆栄の鰻はうまいだろうし、懐かしさもあるだろう。土用の丑の日は過ぎてしまったのが残念だがこの鰻好きには関係ないと思われる。しかし・・・・・。

「まさか道場主も、息子の相手が『鰻』だとは思わなんしょ。」

 これだったら胴抜なんかではなくちゃんとした着物に着替える時間もあったのに、と小稲が頬を膨らませたその時であった。

「・・・・今回は無事に帰って来る事ができたが次はどうなるか判らねぇからな。味わっておける時に味わっておかねぇと。」

 八郎の呟きに、今までにないものを感じたのだ。

「どういう・・・・事かえ?」

 美しい柳眉を顰め、小稲が尋ねる。

「京都は思った以上に荒れている。俺が向こうにいた時、新選組・・・・・歳三さんがいる部隊さ、あいつらが不逞浪士を召し捕ったんだ。なんて事無い捕り物の筈なのに死人が出たんだぜ。」

 鰻を食べる手を休める事は無かったが、八郎は訥々と語る。

「捕物でこれだ。戦になったらさらに危ねぇだろうな。」

「八郎さん・・・・。」

「だから食える内に食っておかねぇと。鰻も、そして小稲おめぇもな。」

 ようやく重箱も空になり、八郎は箸を置くと不安げな表情をした小稲を引き寄せ、抱きしめた。

「いやだよ、うなぎ臭い。」

 きゃあきゃあと小娘のようにはしゃぎながらも小稲は八郎に身を任せる。

「それが俺さ。江戸の臭いをぷんぷんさせた田舎侍に惚れられちまったんだから諦めろ。」

 洗い髪に顔を埋め、八郎はさらに小稲を抱く腕に力を込める。簪が無い分、さらに強く抱きしめる事が出来るのは江戸の女が相手だからこそか。


-------やっぱり小稲が日の本一だ。


 そう思いながら八郎は懐かしい女の香りに酔いしれた。



UP DATE 2009.7.14


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伊庭八郎・・・・ホントはとってもかっこいい男なんですよ。
「幕末江戸四大道場」の一つに数えられる『練武館』の御曹司で箱根・三枚橋で左腕を切られながらも函館まで戦い続けた『伊庭の麒麟児』・・・・。
しかし、このSSだと本能のみで生きている男のように思えるのは何故(笑)。
いつかはちゃんと取り上げてみたい一人ですv
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