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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第五章

夏虫~新選組異聞~ 第五章 第二十四話 再征勅許と将軍の辞職願・其の肆

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 新選組を始め会津藩、一橋家の兵士らが大阪城門前に居並ぶ。漂う気配はいつも以上に緊迫し、ピリピリとした神経質さを滲ませている。

「やはり大樹公は・・・・・・将軍職を辞されるのでしょうか」

 普段はのんびりとした沖田でさえ不安を口にしてしまうほど事態は切迫していた。東帰の行列の準備が着々となされる中、一橋慶喜によって見送り隊列の一番目立つ場所に新選組が引きずり出されたのはつい四半刻前のことである。そして、ようやく心の準備が整ったと思ったその時、馬印を手にした奴が新選組の前を通過した――――――将軍行列がとうとう動き出したのである。非常時の簡略化された将軍行列とはいえ、その規模はかなり大きい。加賀百万石の大名行列に匹敵するか、それ以上の行列が新選組の目の前を通りすぎてゆく。そしてとうとう黒塗りに将軍家宗家の三葉葵があしらわれた駕籠が新選組の前に現れたのである。

(一橋公や会津公の説得は、結局叶わなかった・・・・・・)

 沖田の胸中にも言い知れぬ虚無感が広がっていく。多くの問題を山積みにしたまま将軍は大阪を去ってゆく・・・・・・そう思った刹那、不意に将軍の駕籠が止まったのである。

「皆の者、止まれ!」

 すかさず一橋慶喜の声が響き、行列全体もピタッ、と止まった。一体何が起こったのか・・・・・・待機の兵士達が騒然とする中、黒塗りの駕籠の中から若々しい青年の声が聞こえてきた。

「一橋よ、あの黒服の一団が新選組なのか?」

 その声は純粋な好奇心に満ち溢れるものだった。



 それはおよそ一刻前家茂が駕籠に乗り込む直前の事だった。

「大樹公、今一度お考えなおしを!夷狄が京洛の眼と鼻の先に迫っている今、幕府と朝廷の関係をこれ以上悪化させるような真似はなされますな!」

 恫喝に近い声音で慶喜は自分より十歳の将軍を説得する。だが、普段は鷹揚な家茂もこればかりは慶喜の意見は聞けぬと反論する。

「では大阪、兵庫の民を見殺しにせよというのか?そもそも一橋も『開港やむなし』と言っていたではないか!」

 怒りも顕わに家茂は慶喜に食ってかかった。これは極めて珍しいことであり、普段なら慶喜も家茂の意志の固さに引き下がるのだろうか、今回ばかりは勝手が違う。何せ幕府と朝廷のこれからの関係が関わってくるのだ。家茂の一時的な気の昂ぶりを許す訳にはいかない。

「それはそれ、これはこれでございます!たった十日、勅許をもぎ取るまで我慢していただくことさえ出来ぬのですか!朝廷とて大阪を人質に取られれば勅許を出さぬわけには行かぬはずです!」

「では、阿部らに対する人事は如何に?あそこまで幕府の人事に介入されても耐えよというのか!余は江戸に帰る!」

 議論は平行線を辿り、小姓に促されて家茂が駕籠に乗り込む準備を始めようとしたその時である。

「・・・・・・幕臣でさえ無い新選組が『上様の御為』と江戸に家族を残して頑張っているというのに」

 ぼそり、と小さな、しかし家茂の耳にははっきりと届く声で慶喜は呟いた。その呟きに家茂はぴくり、と反応する。

「新選組・・・・・・確か少人数で不逞浪士を成敗したという、あの新選組か?」

 池田屋における新選組の活躍は家茂の耳にも届いていた。しかし何故この場で慶喜が新選組のことを口にするのか・・・・・・家茂は訝しげに慶喜に尋ねる。すると慶喜は城門の方角に視線を泳がせつつ、家茂の質問に答えた。

「ええ、今護衛のために門前に待機させておりますが・・・・・・」

「何と!新選組が今、大阪城にいるのか!それは本当なのか!」

 何かを言いかけた慶喜の言葉を遮って家茂が目を輝かせる。家茂のその表情を確認すると、慶喜は己の思惑を表情に出さぬよう内心ほくそ笑んだ。

(二十歳を過ぎたとはいえまだまだ子供だな・・・・・・だからこそ付け入る隙があるというものだが)

 いつの時代も『男の子』というものは英雄を好むものである。特に新選組は池田屋の活躍も去ることながら、忠臣蔵のダンダラ羽織りを彷彿とさせる隊服を着用していることも相まって江戸ではすこぶる人気らしい。
 やんごとなき身分であり、自分より遥かに品よく育てられた家茂だが、『男の子』であれば華やかな武功を立てた新選組に食いつくかもしれない――――――慶喜はそう踏んだのである。

(京洛の守備を薄くしてまで、わざわざ奴らを連れてきた甲斐があったぜ)

 慶喜は微かに安堵の表情を浮かべつつ、さらに家茂に語りかけた。

「ならば彼らにあってみますか?江戸を離れtはや三年、どのような苦労をして来たのか聞くのも悪く無いでしょう」

 自分や松平容保の説得が不首尾に終わった今、新選組への興味だけが頼みの綱である。慶喜は家茂の興味がさらに傾くよう慎重に話を持って行く。そしてその老獪な策略に若い家茂はものの見事に引っかかったのである。

「そうだな・・・・・・有名な新選組というのも一度は近くで見てみたいものだし」

 若い将軍の興味は、深刻極まりない朝廷とのやり取りから新選組へと傾き始める。そこを見逃さず、慶喜はさらに畳み掛けた。

「ならば城門のすぐ側、最も判りやすい場所に彼らを待機させておきますのでご覧になられませ。宜しかったらお声がけをしていていただければ、彼らも長年の苦労が報われましょう」

 理屈での説得に家茂が応じない今、最後は感情に訴えるしか無い。それを可能にするには家茂が新選組に興味を示し、一声でもかけることが重要なのだ。そうすれば喩え新選組側から一言も発せられなくても、自分が如何様にも家茂の心情を変えることができる――――――そう確信した慶喜は、あともう一息と家茂の顔色を窺いつつ尋ねる。

「如何がなされますか、上様?」

「・・・・・・判った。新選組を門前へ」

 青年将軍の好奇心を押さえつけるには、新選組の存在はあまりにも魅力的すぎた。そしてこれこそ慶喜がわざわざ新選組を大阪まで連れてきた理由なのである。かくして新選組は慶喜によって強引に門前の目立つ位置に配置され、将軍を待つことになったのである。



 三葉葵の駕籠の中から若い将軍の声が聞こえてくる。その声に新選組隊士全員が驚き、身体を硬直させた。時には将軍行列の露払いを許されるようになった新選組だが行列のあまりの巨大さ故、自分達の存在を将軍が知っているとは露ほども思っていなかったのである。近藤にいたっては感激でがくがくと身体が震えている。

「新選組!特別に許可いたす。面を挙げよ!」

 慶喜の声に新選組隊士全員、恐る恐る顔を上げた。黒塗りの駕籠に描かれた金色の三葉葵に目が潰れそうな錯覚に陥る。かといって面を挙げよと命じられた今、平伏すことは許されない。

「大樹公、彼らが新選組にございます。代表者、前へ!」

 慶喜の言葉にびくん、と肩を震わせた近藤だったが、唇を真一文字に引き結んで駕籠の前へと進んだ。

「新選組局長、近藤勇と申します!」

 声の震えを押し殺しつつ近藤は名乗りをあげる。だが、体の震えだけは如何ともしがたく肩が小刻みに震えているのが沖田の目からもはっきりと判った。

「その方が新選組を率いておるのか?」

 そんな近藤の緊張を解きほぐそうとするように、柔らかな若い声が駕籠の中から近藤に問いかける。

「ぎ、御意!」

 その穏やかさ故か、身体を硬直させつつも近藤は辛うじて返事を返すことが出来た。だが震えの方はまだ収まらないらしい。否、声をかけられたことでますます激しくなってきている。そんな近藤の後ろ姿をハラハラとしながら見つめる沖田らを他所に、家茂の質問はさらに続いた。

「一橋から聞いたところ、新選組は江戸に家族を置いたまま長い間京都に居るとか・・・・・・」

「さ、左様にございます。上様への御為、そしてこの国を夷狄から守るために京都に残り、務めを果たしておりまする」

「池田屋の時もそうだったのか?」

「御意・・・・・上様、お願いがございます!」

 何を思ったのか、不意に近藤が駕籠の前で土下座したのである。その突拍子もない行動に新選組隊士達は勿論、周囲の幕閣たちも驚愕する。だが、そんなことはお構いなしに近藤は叫ぶように家茂に訴えた。

「どうか・・・・・・どうか、将軍職を辞する事を今一度お考え直しくださいませ!我らは、上様にお仕えしたく、この三年間務めに励んでまいりました。一浪士の戯言と一笑に付されることは覚悟の上、しかし・・・・・・それが我らの願いにございます!」

 それは策略や打算など一切無縁の、近藤の心の叫びであった。もしこの言葉に髪の毛一筋ほどの打算が感じられたのならば、若き将軍は一介の浪士の言葉など聞き流していただろう。
 だが、ある意味捨て身の近藤のこの一言は頑なになっていた家茂の心を解きほぐすのに十分な力を持っていたのである。

「解った・・・・・・そなたに免じて将軍辞意は取り消そう」

 その言葉を聞いた瞬間、喜んだのは近藤よりも周囲でそのやり取りを聞いていた慶喜他幕閣達だった。

「先陣伝えよ!行く先を二条城に変更すると!」

 慶喜の歓喜の声が響き渡る。その歓喜の余波は行列の前後へと怒涛の波のごとく広がりを見せていった。


 この一件がきっかけとなり将軍の辞職願は取り下げられ、家茂は上洛することになった。さらに十月五日に条約勅許を貰うことに成功するが、諸々の手続きの為に家茂の大坂城帰還は十一月三日にまでずれ込んでしまう。
 またこの出来事によって朝廷では徳川家茂への失望が広がり、一橋慶喜の信望が高まったのだが慶喜は朝廷の働きかけには応じず、将軍職への色気を一切見せることは無かった。


 一橋慶喜の策略によって思いがけない形で重要な役割を果たしてしまった新選組だったが、この一件は、近藤にさらなる大きな使命を与えるきっかけとなる。



UP DATE 2013.10.26

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将軍東帰が一転、慶喜の策略&裏表のない近藤局長心の叫びによって万事丸く収まりました(*^_^*)
この一件、お目見得以上以下以前に浪士部隊である新選組が大阪まで出張る理由が本当に解らなくて・・・将軍にお目通りできない彼らが護衛のためだけに大阪まで出向くのって不自然じゃないですか。将軍東帰の途中護衛であったとしても普通だったら伏見から~になりそうですし。
という訳で、『新選組人気にあやかって、将軍家茂の感情に訴えよう!』という慶喜の策略によって新選組が大阪に呼び出された・・・と妄想させていただきましたv
現代の園遊会なんか見ていてもやんごとなき身分の方々も下々のヒーローに興味津々だったりしますので、幕末なんかでもそういった事があったのかも・・・と想像しちゃいまして(*´∀`)時代・年齢に拘わらず男の子のヒーロー好きは変わらないもの。そんな部分が表現できたらな~と思いましたv

次回更新は11/2、近藤局長が思わぬ大抜擢を受けることになります♪
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