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「紅柊(R-15~大人向け)」
甲午・秋冬の章

紅葉と熊手と花魁と・其の壹~天保五年十一月の遊山

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 十一月に入り、鞴祭が過ぎる頃になると気の早い職人達は正月準備に取り掛かる。というかこの時期から正月用に新調する物を作らなくては間に合わないと言ったほうが正しいだろうか。そんな忙しなさが江戸の町人に漂い始めているにも拘わらず、武士の方は至ってのんびりしたものである。

 勿論山田道場も例外ではなく、ひと通りの稽古を終えた門弟達は庭に集まり、芳太郎ら川越藩の藩士が持ってきた薩摩芋を焼いていた。この日は師匠である吉昌を始め指導役とも言える先達達が尽く用事で稽古を欠席しているだけにどうも稽古に身が入らないらしい。
 町道場と違い真剣を使用する山田流の稽古だけに、緊張感がないと誰かが怪我をしかねない。だったら一息入れてしまおうと稽古場の掃除を兼ねての『焼き芋』に至ったのである。

「・・・・・・九里四里(栗より)甘い十三里、とはよく言ったもんだよなぁ。それなのに川越からやってきた芋売りは『栗には及ばぬ八里半』なんて言っているんだから信じられねぇ!」

 熱々の焼き芋を頬張りつつ、五三郎は感嘆の声を上げた。

「しかし良いのかよ?こんだけ立派な芋を差し入れなんかにして」

 一番大きな薩摩芋を頬張りながら五三郎は芳太郎に尋ねる。二年連続の飢饉で江戸に入ってくる米が激減している中、川越の薩摩芋はますます重要度を増している。また、十文もあれば食べ盛りの若者の一食分を賄える安さだけに、特に食べ盛りの少年や甘いものが好きな娘たちはこぞって薩摩芋を購入しているのだ。
 一つ一つの芋は確かに安いが、塵も積もれば山となる。倹約に勤しむ川越藩としてはかなり大きな収入になるのではと五三郎が心配するが、川越藩の人間の考えは少々、というよりかなり違っていた。

「ああ、別に構わないさ。それこそ『売るほど』あるし、ひと月以上毎日芋を出された日には食べ飽きる」

 辟易の表情を浮かべつつ、芳太郎はため息を吐く。その言葉通り芳太郎は勿論、食べ盛りの利喜多でさえ薩摩芋に手を出そうとはしなかった。

「そんなもんなんやろか。稽古の後、疲れた時なんか美味しいと思うんやけど」

 薩摩芋を見るのさえ嫌、という表情をあからさまに浮かべる川越藩の二人に対し、猶次郎は小さめの芋を齧りつつ怪訝そうに尋ねる。
 米不足はどこの藩でも同じである。ある程度米ができた藩も、高値で売れるここぞとばかりに米を売り払い米相場で儲けようとするので、下級武士に回ってくるのは雑穀混じりの古米ばかりだ。そんな劣悪な米をさらに野菜で嵩増しして炊き込み飯にするのである。
 そんな中、甘い薩摩芋があるというだけでも猶次郎は豪華だと思うのだが、食べ飽きてしまった芳太郎達にとっては苦行に近しいものがあるのだろう。

「薩摩芋はたまに食べるから美味しく感じるもんだ。道場の昼飯は勿論、ごくたまに自宅で出てくる大根菜飯でもホッとする」

 芳太郎が苦笑いをしつつ愚痴を零した。その時、女物の着物を着込んだ幸が焚き火を囲んでいる男達に声をかけてきたのである。

「五三郎兄様!これから私、出かけてきますんで焼き芋が終わったらちゃんと火の始末しておいてくださいよ!この前だって寅助が後始末をしていたんですから!」

 屋敷から火事を出されては堪らないとばかりに幸がきつ目の口調で五三郎に火の始末を言いつけた。その口調はまるで母親か古女房さながらである。

「解った解った!小うるさい母親みてぇに・・・・・・それよりおめぇ、どこ行くんだ?しっかりめかしこんで?」

 芋を食べる手を手を止めながら五三郎は幸に尋ねた。朽葉色に紅葉をあしらった小紋柄の小袖はあまりにもくだけすぎて、大名家の奥向きに訪問する格好では無い。吉原に行くにしても薬や心中立て用の小指を持っている様子も無く、どこに行こうとしているのか五三郎には判らなかった。だが、その格好の理由はすぐに幸自らの言葉で知ることになる。

「ええ、これから鷲神社の酉の市に。そこで熊手を買ってから吉原にちょっと早い年末挨拶に行くつもりです。ここ最近の不景気の所為か、心中立ての小指や薬の売上も減っているんで侮れないんです」

「確かにそうかもしれないな。以前は女の死罪人どころか優男の小指まで切り取っていたのに、今年は余らせたもんな」

 芳太郎の一言に利喜多や猶次郎も頷いた。以前は本物の小指を買い取って馴染客に心中立てとして送る遊女も多かったのだが、ここ最近は安物のしんこ細工の指に取って代わられている。
 さらに病気になった時、山田家伝来の薬を購入して病を治していたものが、そのまま死ぬまで放置されていることも多くなった。この不景気、地方からどんどん若いくて美しい娘が江戸に流れてくる。だったら稼ぎの悪くなった病持ちの遊女より、初々しい新物の遊女のほうが客に喜ばれ、売上にもつながる。
 そんな世情からか山田家の収入も僅かずつではあるが減ってきていた。それだけに、幸としては何とか食い止めなければならない。しかし、年末ともなれば各大名家の奥向きに挨拶に出向く幸である。十一月のうちに吉原に挨拶に行かないと時間的に間に合わないのだ。

「だったら俺も付き合うぜ。『荷物運び』くらいにはなるだろう?」

 何軒に挨拶をするか判らないが、小柄な幸では持てる熊手の数も限られてしまうだろう。だったら護衛がてら自分が荷物運びをしようと五三郎が名乗りを上げる。だが、そう簡単に二人っきりにさせてくれるほど世の中は甘くなかった。

「せやな、お酉はんの熊手、ちゅうても小さいものやったら足元見られてまうやろうし。わても付き合います」

 何と猶次郎も幸に同行すると言い出したのである。そして普段は仕事で忙しい芳太郎も珍しく同行を申し出た。

「だったら俺達も行くか、利喜多。まだまだ門限には時間があるし、今日は一日中稽古だと言ってあるから大丈夫だろう」

 そんな流れであっという間に幸の同行者は四人も増えてしまったのである。少々仰々しいが、これならば多少大きな熊手を奮発しても持っていくことができるだろう。焚き火の始末を入念にし終えると、五人は揃って平河町を後にした。



 浅草の鷲神社は『新酉』と呼ばれ、酉の市の元祖、『本酉』と言われている花又村の鷲神社と並び称される。その酉の市に寄って縁起物の熊手を二十本近く買い込んだ後、五人はちょっと寄り道をして正灯寺へと足を伸ばした。ここは紅葉の名所であり、文人墨客らしき多くの男達が紅葉を愛でている。

「しかしよぉ、お幸・・・・・・本当にこんな熊手でいいのか?」

 大きな熊手を五つほど抱えた五三郎が幸に尋ねる。

「やっぱりおかめだけの熊手のほうが良かったんじゃないか?こんな米俵の妙な飾りがついた熊手なんて・・・・・・羽目をはずしすぎている気がするけどよぉ」

 五三郎の手に抱えられている熊手は長い柄の熊手におかめの面、その横に可愛らしい米俵がくっついたものだった。つい二、三年前まではおかめの面だけしかくっついていなかった熊手だが、ここ最近、より人目を引くためなのか小さな飾りが付くようになっていた。幸が選んだのもそんな華やかな熊手だったのである。

「何を言っているんですか、兄様。じじむさいったら・・・・・・花街のお店に送るんですから、華やかな熊手のほうがいいでしょう?実際去年だってこっちの方が喜ばれましたし」

「そんなもんかなぁ」

「そんなもんです!」

 納得いかないと憮然とする五三郎に対し、幸が強く言い放った。そのやり取りはまるで長年連れ添った夫婦の喧嘩である。幸に言いくるめられる五三郎を見ながら、三人は笑いを噛み殺す。

「納得行かねぇけど仕方ねぇか・・・・・・それにしても混んでるよなぁ」

 熊手を抱え直しつつ五三郎がきょろきょろとあたりを見回す。

「噂には聞いていたが、まさかここまでとは」

 芳太郎も女性客の少なさに半ば呆れた口調で肩を竦めた。確かに老若男女愉しむ花見と違い、紅葉狩りは文人墨客が好むものだが、それとも明らかに様相が違う。それは正灯寺の立地に原因があった。
 それはすぐ傍にある吉原である。寺庭の紅葉の向こうに垣間見えるのは吉原の妓楼で、男達を誘うかのごとく悩ましげに見え隠れしている。紅葉狩りを口実にこの場所にきて、そのまま吉原へ繰り出す男客ばかりがこの場所にいると言っても過言ではないだろう。

「確かにこうやって紅葉越しに妓楼を見ると、また違った趣があるよなぁ」

 紅葉越しに遠く見える妓楼は確かに美しい。その光景にに風流心を掻き立てられたのか、らしくない科白を五三郎が呟いた。その瞬間四人は思わず噴き出す。

「おい。噴きだすたぁどういう了見だ!全く人を馬鹿にして!」

「だって兄様が柄にも無いことを・・・あはは!」

 幸は我慢しきれず腹を抱えて笑い出す。それに釣られるように芳太郎や利喜多、猶次郎も大声で笑い出した。面白く無いのは五三郎である頬を河豚のように膨らませてそっぽを向く。

「ま、それはさておきそろそろ吉原の方に行きましょう。あんまりここで時間を潰すこともできないし・・・・・・私がお店を回っている間、皆は遊んでます?」

 さすがに挨拶回りをしている間、皆をまたせては悪いと思ったのか、幸が皆に尋ねる。だが師匠の養女とはいえ、幸は年頃の娘である。遊ぶか否かを聞かれて『諾』の返事ができるほどの度胸は四人には無い。

「俺は一緒に回るわ。荷物持ちが一人いねぇとこの熊手は持っていけねぇだろう」

 誰よりも早く五三郎は幸との同行を明示する。

「せやな、お幸はんが挨拶回りする間に遊ぶのも気が引けますし」

 負けじと猶次郎も幸について行くと主張した。

「実際世話になっているのは俺達ですから、できれば挨拶回りに同行できれば」

 勿論、縫という恋人がいる芳太郎とその弟の利喜多も同行を希望する。

「だったら皆で回りましょうか、その方が早く終わりますしね」

 何なら挨拶回りが終わった後に一席設けても構わないとの幸の一言で、結局全員で挨拶回りに行くことが決定した。その挨拶回りで五人は思わぬことを耳にすることになる。



UP DATE 2013.11.6

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久方ぶりに主人公たちの登場、そして(予定としては)エロ無しの月になりそうです。というか、こいつら、稽古ばかりで妓楼遊び以外の遊びってさせていないんですよね~(^_^;)なのでたまには、遊山なんかも悪く無いかな~と鷲神社の酉の市&正灯寺の紅葉狩りをさせてみましたvどちらも初冬(江戸時代だと仲冬)の風物詩、寒空の中のお出かけとなりますが、たまにはこんな若者っぽいお出かけも悪くないんじゃないかと(^_^;)
あ、そうそう!当時の酉の市名物の熊手はかなりシンプルなものでした。宜しかったら鷲神社のHPへ。時代ごとの熊手が掲載されておりました(*^_^*)

次回は吉原での熊手配りになりますが、果たしてどんな話を聞くのやら・・・12月、1月の前振りにもなりますので宜しかったらお付き合いお願いしますm(_ _)m
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