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「葵と杏葉」
葵と杏葉・藩主編

葵と杏葉藩主編 第十話 つかの間の休息 其の壹

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 天保二年十月、季節外れの参勤行列が砂埃の舞う東海道を江戸に向かって進んでいた。二年に一度の佐賀鍋島家の行列である。斉正がお国入りを果たして約一年七ヶ月、子年の大風の事後処理や南蛮船への乗船、そして側室騒動など色々な問題に取り組みながら僅かずつではあるが成果が見え始めていた。政策を決める時は未だ父・斉直の了承を取らねばならなかったが、それを差し引けば十代の藩主としてはよく頑張った方である。
 その慰労を兼ねて、というのもおかしな話であるが、江戸で生まれ育ち、愛しい人が待っている江戸への帰還は、斉正にとって何よりもの慰労であり褒美でもあった。



 この年古賀穀堂により提言された『済急封事』を取り入れ、参勤行列の人数を佐賀本藩と蓮池藩合わせて約五十人ほど減らし、総勢五百五十人程となっていた。ささやかではあるが、これにより今まで五千二百両以上かかっていた参勤費用を二百両ほど削減することができる。本当ならばもう少し人数を減らしたかったところだが家老衆を始めとする家臣達の反対に遭い、今回は予算五千両、人員総勢五百五十人というところに落ち着いたのである。

 だが、これで妥協する斉正や茂義ではなかった。人数を減らせなかった分はせめて道中の蝋燭代くらいは浮かせようと参勤の大事な要素である『大名の意向を示す』にはあまりにも早すぎる速度で東海道を突き進み、道行く旅人や宿場の者達を驚かせていたのである。
 これは五十人ほど人数を減らしたことも功を奏していた。人員選択の際、特に足腰の強いものを茂義や茂真自ら選抜し参勤人員に宛てていたのである。中には不満を訴える家臣もいたが――――――物見遊山を兼ねて江戸に行きたいと言う者も少なくない――――――それは請役のひと睨みで黙らせた。

 その苦労の甲斐あってか進行速度が一日あたり宿場一つ分速くなったのである。いつも提灯をぶら下げながら道中を進む佐賀藩の大名行列であったが、時には日暮れ前までに予定の宿泊所に入ることが出来る日も少なくなかった。さすがに予約した宿を替えることはできないので先に進むことはできないが、多い日は一日十両ほどかかっていた蝋燭代が丸々浮き、うまくすれば二百両から二百五十両ほど余裕が出来そうである。

「帰りの分はすでに予約を取ってしまったから無理だが、次回の参勤は今一度計画を練り直した方が良さそうだな。蝋燭代二百両が復活したとしても宿泊費はそれ以上削減できそうだし・・・・・・それよりも旅の日数が短くなるのが有り難い」

 戸塚宿に到着した後、勘定方が差し出した帳面を前に浮かれ顔の茂義であった。思った以上に経費が節約できたこの度の参勤に自然と顔がほころんでしまう。しかしそんな茂義に対し、斉正は渋い顔をした。確かに江戸へ上がる為の旅の日数が少なくなるのは有り難いが、それ以上に斉正をうんざりさせているものがあるのだ。

「だったらたまには乗馬を許してくれないか?一日中狭い乗物のなかでじっとしているのも楽ではないのだぞ」

 なまじ佐賀での鷹狩りで乗馬の清々しさ、楽しさをすっかり覚えてしまっただけに景色さえ簾越しでしか見ることのできない乗物は、十八歳の青年には窮屈でしょうがない。しかも速度が速くなった分余計に揺れるのである。二年前のお国入りほどではないが今回もまた斉正は乗物酔いに悩まされていた。

「それが出来たら苦労はせぬ。いい加減諦めろ、貞丸」

 茂義は斉正を睨み付けながら言い返す。藩には面子というものがある。どんなに貧乏でもそれだけは護らねばならない意地というものが大名にはある。その面子を潰す訳にはいかないと茂義は譲らないが、一日中乗物に押し込められている斉正にとってはまさに迷惑そのものであった。

「ああ、いっそ品川辺りに船を着けることが出来れば時間はかからないし、一日中狭い乗物に押し込められなくても済むのに」

 斉正はこれ見よがしに大きな溜息を吐く。藩の御前船で品川までやってくることが出来れば半月から二十日ほどで佐賀から江戸にやってくることが出来るし、何より狭苦しい乗物に押し込められなくても良い。この二年でさらに背が伸びた分、元々父・斉直が使っていた乗物は斉正には小さすぎるのである。しかしこの船で江戸に乗り込むという案は大きな問題があった。

「ふざけたことを言うな!謀反を疑われて良くて蟄居、悪くすれば切腹ものだ!」

 冗談だと判っていても思わず茂義が気色ばんでしまうほど斉正の案は幕府にとって許されざるものだった。幕府への謀反を防止するた、未だに関所で入り鉄砲を厳しく取り締まっているほどである。そのまま軍艦として機能する佐賀の御前船が江戸湾に入り込むなんて許される訳がない。

「やっぱり駄目か・・・・・・そうすれば国子殿ともう少し長く一緒にいられるのに」

 一人の若者としてはごく当たり前な、しかし佐賀藩を背負って立つ大名としてはあまりにも情けないその一言に茂義は憤る。

「貞丸!それでもお前は佐賀の男か!軟弱な!」

 しかし、その一言を待っていたかのように斉正はすかさず言い返した。

「そうか・・・・・・茂義は風吹に逢わずとも平気だと」

 斉正の意味深なその一言に茂義は一瞬言葉に詰まった。しかし、斉正に対して軟弱と言ってしまった手前後には引けない。

「あ、ああ、大丈夫だとも!あんなかわいげのない女に逢わずとも!」

 売り言葉に買い言葉の茂義の言葉に、斉正は傍に控えていた松根と顔を見合わせにやりと笑う。

「聞いたな、松根」

「ええ、確かに。間違いなく黒門に血の雨が降るかと思われます」

 明らかにこの話を風吹にばらすつもりであろう。

「松根!お前他人事だと思って・・・・・・覚えてろ!」

 茂義がいくら憤慨しても若い二人は全く意に介さない。もちろんこの件は松根や斉正を通じて風吹に知らされ、数日間茂義は風吹の目を避けるように行動する事になる。



 参勤組がたわいもない話で盛り上がっていた次の日、佐賀藩邸は藩主を迎える準備で大わらわであった。そしてその中で一番落ち着きが無かったのが黒門の女主人である。

「姫君様、そう何度も表を見られても若君、もとい若殿はまだやって来ませぬ。大人しく部屋でお待ち下さいませ」

 何度風吹が窘めても、盛姫は藩邸の表門が見える渡廊下へ何度も何度も足を運ぶ。何度か参勤を迎えることを経験していればどれくらいの時間にやってくるか見当が付くが、盛姫にとって今回が初めての出迎えである。
 なまじお国入りの際とんでもない騒動を起してしまった佐賀藩の行列だけに、心配で居ても立ってもいられないというのが本音だろう。そんな盛姫を窘める風吹であったがその行為が却って逆効果になってしまった。

「そうは言ってもな・・・・・・約二年ぶりなのじゃぞ、妾と貞丸が逢えるのは。茂義は事ある毎に江戸に出てきておるからそなたは平然としてられるのじゃろうが、妾は風吹のように悠然と構えることは出来ぬ」

 少し恨めしげな盛姫の一言に、珍しく風吹は頬を赤らめる。

「そ、それは・・・・・・」

 盛姫の言葉が正しいだけに風吹は何も言い返せない。

「今夜は品川で行列を整えた後、すぐにこちらに来ると先触れも言っておった。それを考えてもそろそろ・・・・・・」

 その時である。奴のかけ声と同時に仰々しく行列が入ってきたのである。鍋島の行列は昼もそれなりに威厳があるが、夜の行列はまた格別のものがある。
 日が落ちてからも道中を進まねばならぬという事情もあるのだろうが、『棒で突き刺したように』と表現された高さの揃った提灯行列は、闇夜に浮かぶ杏葉紋と共に見る者の感嘆を誘う。出迎えの人垣の中をしずしずと進む提灯行列に続き、斉正が乗っていると思われる乗物が厳かに門をくぐり、そのまま藩邸玄関に入ってきた。

「殿のおなぁ~りぃ~!]

 すっかり闇にくれた佐賀藩邸に奴の声が高らかに響き、提灯に照らし出された乗物から斉正が出てくる。二年前は少年のあどけなさを残していた頬は精悍さを増し、幾分背が高くなったように江戸詰の家来達には見受けられた。そんな藩主の見た目の成長ぶりに感嘆の声が上がりかけたその時である。

「姫君様、お待ち下さいませ!姫君様!」

 何と渡り廊下を伝って盛姫が藩邸の表屋敷に出てきてしまったのである。風吹や颯が必死に止めようとするが、盛姫は意に介さない。慌てたのは家来達である。姫君の花のかんばせを直接見ては失礼に当たると玄関であろうが地面であろうがその場に土下座し、平伏する。しかし、そんな家来達には目もくれず、盛姫は斉正の傍に近寄った。

「貞丸・・・・・・よくぞ無事に・・・・・・」

 品川騒動から始まり、藩の財政問題から側室の問題とある意味心落ち着かない一年九ヶ月であった。そんな問題を乗り越え、無事に自分の目の前に帰ってきてくれた斉正を目の当たりにして盛姫の目には涙が浮かぶ。

「国子殿・・・・・・ただいま帰りました」

 さすがに旅の疲れを見せつつも、盛姫の顔を見るとほっとしたような笑顔を見せた。一瞬盛姫の手を取り握りしめようとした斉正だったが、それに気がついた松根が斉正の袴の裾を微かに引っ張りそれを押しとどめる。

「少し・・・・・・背が高くなったようじゃの」

 そんな斉正と松根の密かなやり取りには目もくれず、というよりむしろ目に入らず盛姫はただ一人斉正だけを見上げながら呟く。佐賀に出立した時は盛姫より頭半分ほど高いだけだった斉正の背は、すでに頭一つ分以上盛姫より高くなっていた。その背の高さが離れていた時間を物語る。

「積もる話もありすぎるほどあるのですが・・・・・・まずは旅装を解いてからすぐに黒門へ参ります。国子殿、先にあちらで待っていて下さいませんか」

 斉正はちらちらと周囲を気にしながら盛姫に頼んだ。ただでさえ大名夫婦が玄関先で語らうということは極めてはしたないことである。それなのに一年九ヶ月ぶりに再会した愛しい人に潤んだ瞳で見つめられてしまったら、それ以上の行動に出てしまいかねない。それこそこの場で盛姫を抱きしめかねない自分に喝を入れ、斉正はぎりぎりのところで押し止まる。

「そ、そうじゃな。では、あちらで待っておる。」

 盛姫もようやく状況に気がついたらしい。顔を真っ赤にして俯いた。その仕草が三歳年上とは思えぬほど可愛らしく斉正には映る。早く二人きりで語らいたいと思いつつ、斉正はしばしの間己の感情を抑えることに苦労しなければならないと自覚した。



 着替えを終え、黒門での夕餉を済ますと斉正は旅の疲れも何のその、押さえ続けていた感情を爆発させるように半ば強引に盛姫を褥に引きずり込んだ。
 己の立身出世をちらつかせながら側室を薦めてくる三支藩の藩主も家老衆もここには入り込むことはできない。損得無しの、ただ純粋な恋情は盛姫だけからしか感じることはできないし、斉正自身も盛姫にしか恋情を抱けなかった。正妻、側室の立場が逆転するようであるが、それが紛れもない事実なのである。

「国子殿・・・・・・」

 斉正の背が高くなり、身体が大きくなった分、腕の中の盛姫が以前より華奢に思える。そんな愛しい妻を壊さないように、しかし溢れ出る恋情を愛しい人にも注ぎ込もうとするかの如く斉正は盛姫をさらに強く抱きしめた。

「・・・・・・大丈夫なのか、貞丸?参勤で江戸に着いたばかりだというのに」

 斉正の逞しくなった背中に手を回しながら盛姫が尋ねた。斉正の激しい情熱にむしろ盛姫の方が気遣いを見せる程である。しかしそんな盛姫の気遣いを斉正はものともしなかった。

「大丈夫です・・・・・・というよりずっと乗物に押し込められておりましたので、多少動いた方が疲れが取れます」

 冗談半分に疲れはないと言いながら、斉正の手もまた盛姫の滑らかな背をなで続ける。暖かく、優しく、滑らかな盛姫の肌は本当の意味で斉正の心身の疲れを癒す特効薬でもあった。

「・・・・・・うつけが」

 毒づきながらも盛姫は斉正に頬をすり寄せた。

「江戸の方は如何ですか?父が我儘を言って国子殿を困らせてやしないかと心配をしていたのですが」

 斉正が尋ねた途端、盛姫の顔が不意に曇る。

「先代からは・・・・・・何も言っては来ぬのか?」

 どうやら盛姫は斉直側から斉正へ連絡が行っているとばかり思っているようである。どちらからも言い出せないほどの深刻な問題なのだろうか・・・・・・斉正の心に不安がよぎった。

「何があったのですか?」

「半年ほど前に遡るかのう。先代が花見に出向いた際、偶然大奥の女中達にでくわしてしもうたのじゃ」

 出くわしてしまった――――――自分の実家の女中達に対して使う言葉には思えない。斉正はらしくもない盛姫の発言に嫌な予感を覚える。

「それで・・・・・・どうなっているのでしょうか」

 逸る気持ちを抑えつつ、斉正は盛姫を促した。

「・・・・・・自業自得と言ってしまえばそれまでじゃが、あれはあまりにも気の毒で」

 言いにくそうではあるが、そう前置きをして盛姫の閨物語は始まった。



UP DATE 2010.04.14

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藩主編第十話『つかの間の休息』其の壹です・・・・・・が、全年齢対象なのにいきなりトンデモシーンが(苦笑)。別館でなかなかそういうシーンが書けない反動なんでしょうか(^_^;)まぁこれくらいなら大丈夫かな、ということでUPしちゃいました。国許で散々煽られて斉正クンだってたまって・・・・・(以下略)。

参勤に関してですが、基本的に江戸に向かう時の方が国許へ帰る時より費用は安かったそうです。江戸に向かう時は遅延が許されないのですが、帰りはあっちこっちで遊びながら帰っても良いらしいので(笑)。そう言うこともあり今回の参勤では僅かながら節約に成功しました。しかし帰りはどうなるのでしょうねぇ・・・・・。盛姫のいうところの『あまりにも気の毒』な話にも絡んで来ますので次回をお楽しみ下さいませv



次回更新は4/21、盛姫のピロートークによる斉直VS大奥女中です。勝負はすでに見えておりますけど是非ともお楽しみ下さいませv
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