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「紅柊(R-15~大人向け)」
甲午・秋冬の章

紅葉と熊手と花魁と・其の貳~天保五年十一月の遊山

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 紅葉狩りを堪能した五人が吉原の大門をくぐると、そこは何時にも増して男達でごった返していた。

「さすが酉の市だけあって人が多いよな・・・・・・おっと、危ねぇ」

 向かいからやってきた遊客を避けつつ五三郎が周囲を見回す。実は酉の市の日も正月や月見などと同様、吉原の紋日である。いつもの二倍花代を取られるのだが、その分いつにも増してお大臣扱いをしてくれるし、華やかな催しも多い。通い慣れた馴染客にとって紋日もそれなりに面白いものだが、この日は少々それとは様子が違かった。

「皆、狙いすましたようにこの刻限に来ているよな」

 五三郎の隣で三本の大熊手を抱えている芳太郎が呆れ果てたように指摘する。そう、この時間は吉原の休憩時間でもある昼見世と夜見世の間、つまり買いたくても娼妓を買うことが出来ない時間なのだ。いつもなら絶対にあり得ない光景なのだが、その理由は男達が手にしている小さなもの――――――鷲神社で手に入れた小さな熊手にあった。

「ほら、水蝶。おめぇがねだっていたお酉さまの熊手だ」

「朝桐、今日はこれで勘弁しておくれ。今日はこれからお得意様と会わなきゃいけないんだよ」

「明日!な?明日は絶対に来てやるからよ。今日は許してくれよ、小せん・・・・・・」

 簪かと見まごうほどの小さな熊手を一、二本手にした男達はそれぞれ馴染みの娼妓にそれを渡しながら『今日は勘弁してくれ』と詫びている。勿論中には娼妓を口説いているものもいたがそれはごく僅か、殆どは熊手を渡しただけでそのまま帰ってしまったり、後日来る約束をしてその場を離れる男だった。
 さすがに『やること』は同じなのに、たった一日違いで二倍の金子を払わねばならないのは特別な馴染みでもない限り避けたいのだろう。だが、娼妓たちも手をこまねいているわけではない。

「ねぇ、吉兵衛様ぁ。今日は特に良いお酒、ご用意しているなんし。お好きでありんしょう?」

「女将には内緒ですけど、今日は特別に『あれ』もしていいですから・・・・・・何せ紋日、こんな日じゃなければいつも禁じられていることはできんせん」

「何さ、甲斐性無し!それでも金玉ぶら下げているのかい!」

 特別に良い酒や手管で誘惑する娼妓もいれば、強請り紛いの乱暴な言葉を吐きつつ、逃げようとする男の袖を煙管で絡め取ろうとする強者もいるが、男達は例外なく曖昧な笑みを浮かべてその場から去っていく。

「・・・・・・今日は茶屋遊びを控えて正解やったかもな」

 虎視眈々と冷やかし客を見世に引きずり込もうとする娼妓を遠目に見つつ、猶次郎も怯えた素振りを見せる。この様子では夜見世が始まる頃には冷やかし客もいなくなり、大通りも閑散としてしまうだろう。それはそれで寂しい限りだが、もし自分で花代を出さなければならないとしたら幸の背後に従っている四人も同様の行動に出たかもしれない。

 そんな木枯らしにも似た不景気風が吹く中、金銭的な問題を一切気にしていないのは男達の前を歩いている幸だけだった。
 挨拶とは言っても祝儀の一包くらいは渡さねば山田浅右衛門の名が廃る。しかも敢えて一の酉に合わせて挨拶に出向くからには祝儀も弾まねば話しにならないだろう。今はすっかり影を潜めてしまった江戸武士の意地と張り――――――そんなものさえその華奢な方は背負っているのかもしれない。

(ちびのくせして向こうっ気だけは強ぇからな、お幸は・・・・・・誰が婿に入っても間違いなく尻に敷かれるに違ぇねぇ)

 小柄な幸の後ろをぞろぞろついて行く自分達を見回しながら、五三郎は自分達の将来に苦笑いを浮かべた。



 いくつかの店を回り熊手を収めた後、幸や五三郎達が京町二丁目にある恵比寿屋に到着したのは昼八ツの鐘が鳴り終わった後だった。

「いらっしゃいませ、お幸様。今日はまた豪勢なお供ですね」

 夜見世前ののんびりした時間だからだろうか、自ら挨拶にてき出た番頭の達四郎が笑顔で五人を出迎える。

「こんにちは、達四郎さん。本当なら六代目が出向いて門弟達を遊ばせればいいんでしょうけど・・・・・・」

 そう言いながら幸はちらりと背後に流し目をくれた。幸としては背後に控える四人に遊んで貰ったほうが面子が立つのだが、四人が四人とも頑なにそれを拒んでいる。困惑の表情をあからさまに浮かべる幸に対し、達四郎は苦笑いを浮かべ、四人に助け舟を出した。

「まぁまぁ、男っていうモンは意外と小心者なんですよ。食傷になりかねない上膳据え膳を躊躇なく食う男なんてそういるもんじゃありません」

 特に幸の背後にいる青年たちは山田一門の若手有望株で、事と次第によっては幸の婿になるかもしれないのだ。そんな彼らが幸自らに『遊べ』と言われても素直に従うことは出来ないだろう。達四郎は四人の若者に同情を覚えつつ、見世の奥に案内した。

「女将、お幸さんが熊手を届けに来てくれました」

 達四郎が襖を開けながら女将に声をかける。そこには長火鉢の前で小粋に煙管をふかしている女将が一人座っていた。

「あら、いらっしゃいませ!わざわざすみませんねぇ、一の酉に」

 相好を崩して女将が幸と四人の門弟達を出迎える。そんな女将に対し、幸も笑顔を浮かべながら大きな熊手と祝儀を一緒に渡した。

「今日は六代目の名代です。二の酉には門弟達とこちらに来ることができると思うんですけど、今日は生憎川路様に呼び出されてしまいまして」

 吉昌と懇意にしている川路聖謨だが、仙石騒動解決の功績により十一月二十八日付で勘定吟味役に昇格することが内定していた。その前祝いとばかりに吉昌は呼び出され、宴会に付き合わされているのだ。なので、一の酉に合わせて吉原に来ることが出来ず、幸が代わりにやってきたのである。

「ああ、あの風変わりとの噂のある川路様でございましょうか?六代目も色々ご苦労されておりますね・・・・・・」

 女将は神妙な面持ちで答えた。川路聖謨有能ぶりとそれに勝る変人ぶりは江戸中に広まっている。吉昌はそれにまともに付き合っている稀有な存在なのだ。そんな女将の気遣いに対し、幸は笑顔で吉昌への心配は無用と言い切った。

「いえ、意外と六代目も喜んで応じているようです。嬉々として川路様のお屋敷に出向きましたよ」

 互いに刀好きという共通点があるからだろうか。周囲が心配するほど吉昌は川路との付き合いを苦にする様子もなく、しょっちゅう行き来している。『馬が合う』というのはこのことを言うに違いないと幸は思う。だが、それと馴染みの見世への不義理は別の問題だ。

「二の酉の日は小塚原でお仕置きがあるので、さすがに川路様も六代目を呼び出したりはしないと思いますけど・・・・・・万が一川路様に呼び出されたら筆頭の後藤為右衛門が下の者を連れてくると思います」

 恵比寿屋にとって山田一門が上客であるのと同時に、山田家にとっても恵比寿屋は薬や女物の小指を購入してくれる上得意なのだ。そこはきちんと礼を尽くさなくてはいけないと、幸は二の酉の来訪を約束する。

「では、心待ちにしておりますね」

 口約束ではあるが、山田家の娘の発言は確約も同然である。そんな幸の一言に女将はにこりと微笑んだ。

「ところで話は変わりますけど、清波花魁はその後、行く先は決まりましたか?」

 清波花魁と聞いて、五三郎の肩がビクリ、と震えた。しかし、五三郎の前にいる幸や話に夢中になっている女将がそれに気付くはずも無い。五三郎の動揺を置いてけぼりに、女将は困惑の表情も顕わに清波の現状を零す。

「それがねぇ・・・・・・あの子自ら辰治郎に頼んで羅生門河岸の局見世を押さえたんですよ。まぁ驚いたのなんのって」

「ええっ!羅生門河岸?」

 五三郎が驚きの声を上げた。しかもよりによって惚れた男に頼むとは・・・・・・清波の度胸、そして辰治郎の行動に呆気に取られる。

「何もかも自分で手配してわっちらは何もせずに済んだんですよ。あの気働き、采配の振るい方・・・・・・遣手の弥叉波がいなけりゃ間違いなく遣手として残ってもらいたいところなんだけどねぇ」

 だが、それが絶対に不可能であることは幸も、そして背後の四人もすぐに理解した。弥叉波は仕事はできるが極めて性格のきつい女で、愛想が良い清波を目の敵にしている。もしかしたら清波の才能に気が付き、自分の立場が冒されるのではという恐怖から清波を目の敵にしているのかもしれない。
 それだけに弥叉波と清波を一緒に遣手として置けないところが女将としても辛いところである。

「でも、お歯黒どぶの外へ出る気は無いんですよね、花魁・・・・・・三味線の師匠ならすぐにでもなれそうな気がするんですけど」

「みたいだね。あの子は本当に馴染みの縁が無い子だから」

 それが見世の者による操作だとは全く気づかず、女将は大きな溜息を吐いた。

「あの・・・・・・店の男衆の誰かと所帯を持つなんてぇことは?」

「残念ながらそれはありませんよ、後藤様」

 恐る恐る訪ねた五三郎の質問を女将は笑って否定した。

「そんな事を一人でも許してみなさい。小賢しい娼妓達は仕事を怠けて男衆を籠絡することに血道を上げるでしょうよ。ちょっと気を許すとすぐに手を抜くんですから・・・・・・本当に清波を見習って欲しいもんですよ!」

 女将の指摘に背後の男四人は思わず頷いてしまった。確かに大変な郭仕事をし続けるより、男衆をたらしこんで嫁に収まったほうが遥かに楽だ。そうなってしまっては店の経営が立ちいかなくなってしまう。

「なかなか・・・・・・難しいんですね」

 芳太郎の言葉に女将は深く頷いた。

「そうそう男衆と言えば、今度油差の辰治郎が二階回しになりますので、皆さんご贔屓に願います」

 清波の不安な先行きとは打って変わり、意外な男衆の出世に五人は驚きの表情を見せる。

「へぇ、出世早くないですか?確か辰治郎さんって今度年が明けると・・・・・」

「三十一ですよ。あの子は愛想がないから番頭には向かないけど、細かな気配りはできるからねぇ。いっそ清波と切り盛りしてくれたらうちの見世はもっと流行るんじゃないかと思うんですけど」

「でも弥叉波さんがいるんじゃ、というところですか?」

「まぁ、そういうところなんですけどね・・・・・・そもそも辰治郎がおなごに興味があるのか無いかもよく解らなくて。あの子、滅多に遊びにも行かないんですよ。少しは他所の見世で遊んで、色々勉強をしてもらいたいんですけどねぇ」

 と女将がぼやいたその時である。噂の主、辰治郎がやってきたのである。

「女将、そろそろ清掻の時間ですが」

 その無愛想な声は確かに番頭向きではないが、からくり時計にような精密さは見世を動かしてゆくのに必要な能力である。無駄のない辰治郎の言葉に幸達はそれを感じた。

「では、きりもいいので私達もこれで」

 辰治郎の知らせを受け幸たちも立ち上がる。

「申し訳ありません、何もおもてなし出来ずに。では二の酉の日、お待ちしておりますよ」

「ええ、その時は門弟達をお願いします」

 型通りの挨拶をすると、幸達五人は恵比寿屋を後にした。



UP DATE 2013.11.13

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吉原に到着した幸たちですが、この日は吉原の紋日でした(^_^;)ええ、一話目を書く時調べ忘れてましたよ、紅葉狩りの方の調べ物にかまけていて・・・orz
そして、この酉の市の紋日には男達も手土産がてら馴染みの娼妓に小さな熊手を送っていたようです。絵で見ると本当に簪か子供用のおもちゃかという小さなもので・・・・・・今ではあまり見ないサイズかも。一番小さなものでも今の熊手は団扇くらいのサイズがありますものね。それよりもかなり小さなサイズの熊手です。あれなら送られても邪魔にならずに嬉しいかも。
それと同時にこの日の客は早々に帰ったという話も書かれておりまして・・・そこには『熊手が大きいから』とありますが、何かと出費が多い年末を前にわざわざ紋日に遊ばんだろうと勝手な解釈のもと、こんな感じの話にさせていただきました♪

で、恵比寿屋の清波&辰治郎ですが・・・辰治郎の出世、そして清波の見世替えは決定的なようで・・・・・・この二人の恋の行く末は12月話、1月話で詳しくやりますので今しばらくお待ちを♪

次回更新は11/20、物見遊山のラスト・白魚漁の漁火を五三郎&幸のツーショットで見せたいと思います(*^_^*)
(その予習として11/19おぼえ書きでも『白魚漁』を取り上げます♪)
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