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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第五章

夏虫~新選組異聞~ 第五章 第二十七話 長州訊問使・其の参

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 しんしんと冷え込む十二月の夜、桜井勇之進は忘年会を装った長州側の仲間との打ち合わせを終え、一人祇園の茶屋から外に出た。

「新選組の奴らは・・・・・・いねぇよな」

 先程三番隊が巡察に回ってきたから、次の巡察まで間がある筈と理解している。それでも、ついつい周囲を気にしてしまうのは間者の悲しい性であろう。
 蛤御門の変以来、京都を追い出されてしまった長州藩の諜報として桜井が京都にやってきて半年と少しになる。自分と同じ時期に入隊した諜報仲間はその厳しい隊務故、桜井意外全員新選組から脱走してしまい、今や桜井一人になってしまった。確かに新選組の荒稽古や隊務は厳しいが、諜報としての鍛錬もそれと同じくらい厳しく、決して耐え切れないものではない。

「・・・・・・諜報としての覚悟が足りねぇ、って事なんだろうな。とどのつまり、俺以外腰抜けだったってことか」

 適度な酔いも桜井の気分を大きくしているのかもしれない。意気揚々と十二夜の月明かりに照らされた四条大橋を、桜井が渡ろうとしたその時である。不意に背後に殺気を感じた桜井は、反射的に刀の柄に手をかけながら振り返る。

「な、何者!な、名を名乗れ!」

 土手に生える柳の下、そこには頭巾を被った着流し姿の男がいた。大刀だけを落し差しにしたその姿からすると、落ちぶれた浪士だろうか。柳の下にいるものは幽霊と相場が決まっているが、漂わせるその気配はあまりにも生々しく、幽霊でないことは確実だ。六尺はあろうかと思われるその男の威圧的な殺気に、桜井は思わず一歩後退る。

(間違いなく、あの男・・・・・・俺より手練だ)

 血の滲むような諜報の鍛錬を受けており、新選組の荒稽古に耐えぬいた桜井だけに、相手の力量を瞬時に判断することができてしまう。その力量のからするとぎりぎり逃げきれるか否かといったところだろうか――――――男の間合いに入らぬよう、桜井がさらに一歩下がったその時、不意に鋭い痛みと灼けるような熱さが桜井の背中を襲ったのである。

「うおっ!」

 目の前の着流しの男に気を取られて背後に気を配るのを失念していた。不意に現れた気配に背中を斬りつけられたのだ。間違いなく目の前の男は桜井の気を引くための囮で、気配を消していた背後の男が桜井を殺す算段だったのだろう。

(殺されて堪るかっ!)

 まるで泳ぐように前につんのめりつつも、桜井は背後の敵から逃げようとする。だがもんどり打って逃げようとしたその瞬間、目の前の浪士が素早く抜いた大刀によって喉を貫かれてしまったのだ。
 その電光石火の早業に目を見開きつつ桜井はほぼ即死状態で絶命し、着流し姿の浪士に寄り掛かるように倒れこんだ。

「何か、思ったよりも呆気なかったですね。長期間隊内に潜伏できたほどの手練だからもう少し手強いと思ったんですけど・・・・・・これだったら私一人でも大丈夫だったんじゃないでしょうか」

 桜井の喉から刀を引きぬきつつ、頭巾を被った着流しの浪士風の男――――――沖田が闇の中に声をかける。

「確かにね。まぁ、間者にそれほどの剣の技量は必要とされないのかもしれないけど、窮鼠猫を噛む、って事もあるだろう?近藤局長が留守中に組長の誰かが怪我をした、っていうんじゃ話にならないし」

 沖田を宥めつつ闇の中から現れたのは、羽織袴姿の藤堂であった。返り血一滴さえ浴びていないのはさすがである。一方、沖田の方は桜井に寄りかかられてしまった為、吹き出す血潮を避けきることができずにかなり返り血を浴びていた。

「確かにそうですね。じゃあ、私は休息所で着替えてから屯所に戻りますんで、藤堂さんは先に戻っていてください。それともどこか馴染みのところにでも?」

 大刀にまとわりつく血を振り払いつつ、沖田は藤堂に尋ねる。

「ん~、そうさせてもらおうかな。返り血は浴びていないけど、何となく血の匂いがまとわりついているような気がするし。勘のいいやつなら何か嗅ぎつけちゃうかもしれないしね」

「・・・・・・ですね。じゃあ後ほど屯所で」

 頭巾を取り藤堂に笑顔を見せると、沖田は大刀にこびり付いてしまった血を洗うために川辺へ降りていった。

「・・・・・・いい気なもんだよな」

 月明かりだけを頼りに川岸へ下りてゆく沖田の背中を見つめながら、藤堂は小さく呟いた。沖田の休息所では小夜が待っているに違いない。でなければあんな嬉しそうな笑顔を見せることはないだろう。
 更に面白くないのが沖田と小夜の関係を土方が黙認している事実である。その代わり、沖田は汚れ仕事も引き受けがちになるが、かわたの娘を妾同然に囲うことを考えればそれは覚悟の上だろう。鬼の副長の黙認は、有無を言わさぬ力がある。

「何で・・・・・・俺じゃなくて総司なんだ!」

 あの時、祇園の会所には藤堂もいた。同じように池田屋で戦い、そして倒れたにも拘わらず小夜が選んだのは沖田だった――――――藤堂は唇を噛みしめる。

「俺のどこが総司に劣るって言うんだよ・・・・・・畜生!」

 零れそうになる悔し涙を堪えるように空を見上げると、藤堂はそのまま祇園の街に消えていった。



 沖田が休息所で慌ただしく着替えを済ませ、屯所に戻ってきたのは門限ギリギリの時間だった。

「遅くなりました、土方さん」

 そう言って一礼知ると、沖田は副長室にするりと入り込む。そして何かを認めている土方の背後に座った。ちらりと見える内容からすると、どうやら近藤宛に屯所の近況を書いているらしい。

「・・・・・・首尾は?」

 振り返りもせずに土方は沖田に尋ねる。

「まぁまぁ、といったところでしょう。少なくとも現場は誰にも見られていないはずです」

 悪びれた風もなく沖田は淡々報告する。それはごく日常の巡察であった事件の報告をするのと同様に事務的で、感情の一欠片さえこもっていない。

「ただ残念なのは桜井さんとの『繋ぎ』をしていた相手を絞り込めなかったことですかね。一応見世の番頭を少々脅して、その時来ていた客の名前だけは聞き出しておきましたけど」

 沖田は懐から一枚の書付を取り出し、土方の背後からそれを差し出した。土方は書状を書く手を止めて沖田の書付に見入る。

「なるほどな・・・・・・こいつらの探索は原田と永倉にやらせよう。ところで平助は?」

「祇園に寄る、って言ってましたけど・・・・・・」

 沖田が藤堂の行き先を語ろうとした時である。不意に外が騒がしくなった。何かを叫んでいる怒鳴り声は徐々に近づき、不意に土方の部屋の襖が乱暴に開け放たれる。

「土方副長、殺しです!桜井がやられました!」

「何だって!」

 まるで初めて聞いたように土方は驚きの表情を浮かべ、平隊士に指示を出す。

「桜井が所属していた四番隊に葬儀の支度をさせて、残りは下手人探しだ!虱潰しに探しだせ!」

 その表情、そして指示――――――それを出している本人が計画を立てた主犯であり、その横で神妙に控えている男が桜井を殺した実行犯だとは誰も思うまい。

「し、承知!では皆に伝えて参ります!」

 土方の剣幕に、平隊士は泡を食って再び玄関の方へと走りだした。

「・・・・・・役者ですねぇ、土方さん。新選組副長より歌舞伎の二枚目のほうが向いているんじゃないですか?」

 皮肉を込めて小声で呟いた沖田に対し、土方は片頬に笑みを浮かべつつさらりと言い返す。

「何だ、今頃気がついたのかよ。新選組の副長なんて俺には一番不向きな仕事だぞ」

 冗談とも本気とも付かない土方の一言に、沖田は苦笑いを浮かべざるを得なかった。



 桜井殺しの犯人、つまり自分自身を探すために出動するという狂言を装った後、沖田はようやく休息所に戻った。小夜には先に布団の中に入っているように言い含めてある。案の定部屋に入り込むと、布団に入った小夜が小さな寝息を立てて寝入っていた。沖田は小夜を起こさぬようそっと寝間着に着替えると、するりと布団の中に入り込む。

「ただいま、小夜」

 背後から小夜を抱きしめながら沖田は囁く。その気配、そして冷えきった沖田の身体に驚いたのか小夜は直ぐに目を覚ましてしまった。

「ひゃあ、冷たい!総司はん、こんな冷えきってしまうまで外回りしてはったんですか?」

 沖田の腕の中で向きを変えると、小夜は両手で沖田の耳を温め始める。その手の、そして小夜の身体の暖かさがじんわりと沖田に伝わり、消えきっていた沖田の心と体は熱を取り戻していった。

(幸福って、こういった事なんでしょうね)

 剣術を極め、近藤の夢を叶える手助けができればそれで充分と思う沖田にとって、出世はそれほど魅力あるものではなかった。
 一番隊組長という立場も成り行き上務めているが、できることなら近藤の護衛だけをしていたいくらいだ。そんな沖田だからこそ小夜の存在は大きかった。
 仕事で擦り切れていく精神を癒やし、元に戻してくれているのは小夜の存在だ。特に仕事で人を斬らねばならなかった日や、重苦しい会議などが会った日にはそれを強く感じる。

「小夜は、いつもあったかいですよね」

 冷えた頬を温めるように沖田は己の頬を小夜に擦り付ける。

「もう・・・・・・うちは温石ですか」

 そう言いつつも小夜は沖田のなすがまま身を委ねる。その姿はすがってくる子供を包み込む母親のようであった。もしかしたら沖田は縁の薄かった『母』を小夜に求めているのかもしれない。

 殺伐とした気配が漂う京都の街の片隅で、二人慎ましやかに暮らすことができたらどんなに幸せか――――――新選組一番隊組長として、絶対に許されない夢を心に秘めつつ、沖田は眠りに落ちるまで小夜にすがり、抱きしめ続けていた。



UP DATE 2013.11.16

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佐々木の報告により判明した長州の間者・桜井の暗殺は月明かりの下滞り無く行われました。これは『油断すると暴漢に殺されるぞ!』という隊士に対する見せしめ&切腹させるにも長州の間者云々を言い出すと何かと手続きがややこしくなりそう、局長の留守中にそういった面倒は極力避けたい(プライベートの問題や隊内だけの問題ならいざ知らず長州絡みになると会津も口を出してくるとおもわれますので^^;)という思惑からです。そしてやっぱり弱点を握られている総司が汚れ役・・・・・・これは仕方ないですね(^_^;)局長に小夜の件がバレるまでいいようにこき使われると思われます。

次回更新は11/23、思うような任務を果たせないまま近藤局長が京都に帰還致しますv
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