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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第十一話 浅葱の羽織・其の参

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芹沢から入隊を認められた四半刻後、朝日が差し込む京屋の一室において佐々木愛次郎は早々に土方から譲り受けた浅葱色の羽織を身につけていた。

「土方様・・・・・もとい、土方副長、本当に良いのですか?先程入隊を認められたばかりだというのに隊服を着てもいいなんて。」

 てっきり隊服を着ることができるのは壬生浪士組が京都に帰った後、注文してからだと思っていただけに佐々木は恐縮しまくる。それでも嬉しさは隠しきれず、まるで美しい晴れ着を身につけた娘のようにぱりっ、と火熨斗の効いた浅葱の羽織の袖を翻しながら己の姿を確認した。一寸と身の丈の変わらない二人だけにその羽織はまるであつらえたように佐々木の身体にぴったりである。

「京都に帰ったら改めて作り直すが、しばらく三つ巴紋で我慢してくれ。」

 そう言いながら土方の口許の綻びは隠しきれない。ようやく新入隊士を獲得できたということもあるのだろうが、それだけでないことは日の目を見るより明らかである。会談用、というかむしろ花街に繰り出すために持ってきていた黒羽織をちゃっかり身につけ、下染め羽織からいの一番に逃げ出した土方のやり方に若手の不満が爆発する。

「土方さん、ずるいじゃないですか!このみっともない羽織を新入りに押しつけて自分だけ黒羽織だなんて!」

 こう騒ぎ出したのは原田と永倉であった。そんな二人の大仰な剣幕に驚く佐々木に対して、沖田が詳細を説明する。

「傍から見たら判らなかったかも知れないんですけど、これ本当はこの上から檳榔子で染めるはずだったんです。」

 その一言で佐々木は原田、永倉の剣幕の理由と壬生浪士組の財政状況を一瞬にして理解した。

「となると・・・・・お手当はあくまでも将軍警護の名誉だけとか・・・・・。」

「そうならないように芹沢筆頭局長や近藤局長が色々手を尽くして下さっているんですけどね。」

 さすがに『押し借り』をしているとは言えず、沖田は適当に言葉を濁した。そんな会話が続いている最中も土方と若手の言い争いは続き、とうとう土方の一喝が飛び出したのである。

「やかましい!そんなにその羽織が嫌ならとっとと使えそうな奴を見つけ出せ!一人につき一人、それなら羽織を押しつけることができるだろうが!」

 そう言われてしまっては何も言い返すことができない。その場は二人ともすごすごと引き下がったが、事態は皆が思っていたのと全く別の方向へ転がり始めたのである。その一員は何を隠そう新入隊士の佐々木であった。



「ほら、見てみぃ?あの背ぇのちょっとだけ低い方、ええ男やろ?つい先日壬生浪士組に入りはったんやて。」

 沖田と佐々木が会津藩の宿泊所に使いに行くたび、こんなひそひそ声が街角で囁かれるようになったのは佐々木が入隊して二日目以後のことであった。地味な色の服が多い将軍警護の集団の中、ただでさえ目立つ浅葱の羽織を身に纏った美青年はいやが上にも人々の目を惹きつける。
 浅葱の羽織自体まだできたてほやほやで美しい色合いを保っていたというのもあるのかもしれないが、初夏の爽やかさを彷彿とさせる浅葱色の羽織は佐々木の美貌と相まって思わぬ宣伝効果を生み出したのである。

『壬生浪士組に役者顔負けのいい男が入隊した。』

 と噂が立った途端、まず最初に佐々木を目当てに壬生浪士組の巡察を一目見ようという行動的な娘達が新選組の宿舎である京屋の近辺に出没するようになった。いつの時代も男というものは女性にもてたいものである。たとえそれが身分違いで絶対に結ばれることができない相手だとしても、である。佐々木のおこぼれとは言え、日々増えていく若い女性の取り巻きに気をよくした原田や永倉などは必要がない時でさえ浅葱の羽織を身につける有様で、土方に『どこの誰だっけ?下染め羽織は気に喰わねぇ、なんてほざいた奴ぁ?』と嫌みを言われる始末であった。
 
 さらにそんな若い娘が騒ぐ壬生浪士組とはいかなるものかと集まってくる志望者も徐々に多くなっていった。そもそも募集とは不思議なもので一人目が入隊すると入隊希望者の方も『この組織はたぶん大丈夫なんだろう』という心理が働くのかも知れない。特に佐々木という目立つ存在は壬生浪士組を実際以上に良く見せている節があったが、そこはご愛敬というものだろう。
 特に今回の将軍警護を目当てに大阪に集まってきた浪士も少なくない中、目立っていた上に比較的簡単に入隊できそうな壬生浪士組への入隊希望者は日に日に増えていった。そんな中、あの男もようやく壬生浪士組の宿泊所にやって来たのである。



 五月に入って間もない頃、思わず見上げてしまうような大男が永倉を訪ねてやって来た。

「江戸、坪内主馬道場にて永倉先生のご指導を受けておりました。此度は是非とも永倉先生に一度ご挨拶をしたくこちらに参りました次第でございます。」

 六尺を軽く超える大きな身体を七重八重に折り曲げ、対応に出た野口を唖然とさせる。

「ち、ちょっと待っててくれ。すぐに永倉さんを呼んでくるから。」

 相撲取りも顔負けの巨体に少々驚きながらも、野口は永倉を宿の玄関まで引っ張り出して来た。

「一体誰だよ。俺にゃ相撲取りの知り合いなんざいねぇぞ。」

 妙齢の美女ではなく、相撲取りの如き大男に呼び出されたと聞かされた永倉は渋々部屋から出てきたといった風に着流しのだらしない姿である。そんな永倉を一目見るなり玄関で待たされていた大男は周囲の者が吃驚するほどの大声を張り上げたのである。

「永倉先生!ご無沙汰しております!」

 その声に永倉や野口だけでなく、周囲の者も思わすそちらに視線をやってしまう。そして大声を上げたのはその大男だけではなかった。何と永倉もその人物を一目見て思わず歓声を上げてしまったのである。

「島田か?島田じゃねぇか!久しぶり!よく俺がここにいることが判ったな!」

 その大男の名前は島田魁と言った。永倉が試衛館の食客になる前、師範代を務めていた心形刀流・坪内主馬道場の知り合いである。永倉が試衛館の食客となっても島田との交流は続いており、
今回の将軍警護に当たり永倉が壬生浪士組に参加しているという噂を聞きつけやって来たのである。永倉は宿の玄関に島田を強引に引っ張り込むとその逞しい背中をばんばんと叩き手荒く歓迎する。

「たまたまですよ。それにそんな派手な羽織を着て隊士募集をしていれば嫌でも目に付きます。」

 島田の当を得た言葉に永倉はちっ、と舌打ちをする。

「予算のせいでこんな安羽織を身につけなきゃならねぇはめになっちまってよぉ。やってらんねぇぜ!」

 追っかけの娘目当てに浅葱羽織を嬉々として身につけていることなどおくびにも出さず、永倉は島田に対して偉そうにぼやく。

「ま、そんな感じで貧乏部隊ではあるんだが、そんな部隊でもいいってぇんなら是非とも誠忠浪士組に名を連ねて欲しいんだが、どうだ、島田?」

 道場で指導を受けていた永倉の言葉である。島田に否やの選択肢はなかった。

「喜んで!また永倉先生とご一緒できるとは思いませんでした!」

 そんな懐かしい出会いもあれば新しい出会いもある。特に将軍警護という大々的な催しを目当てに職にあぶれた浪士達が続々と大阪に終結していたのも幸いした。佐々木、島田以下川嶋勝司、三浦堅太郎、佐々木蔵之介、安藤早太郎、松原忠司、蟻通七五三之進、馬詰信太郎・柳太郎父子、浜口鬼一、林信太郎、田所弘人、中村金吾、家木将監、山田春隆、大松系斎、細川内匠、杉山腰司、亀井造酒之助を加え、将軍警護の最終日である五月十一日までの二十日間で壬生浪士組は総勢三十六人と一気に二倍ほどに隊士を増やしたのである。

「それにしてもだいぶ絞り込みましたね、土方さん。」

 京都に帰る前日、二倍以上に増えた隊士達を見回しながら、沖田は土方の慎重すぎるほどの隊士選びに半ば呆れたように呟いた。その気になればあと十人ほど入隊させることができたであろう。しかし、土方は最終日二、三日前に来た志望者を何かと理由を付けて入隊させなかったのである。

「様子を見て人の尻馬に乗っかろうなんて奴にろくな男はいねぇ。本当なら四、五人少なくても良かったくらいだが贅沢も言っていられねぇ。それに第一寝る場所が無ぇしな。」

 土方の一言に思わず沖田は頷いた。確かに八木家の長屋門だけでは人があぶれてしまうだろう。まずは隊士の住居をどうにかしなければならない。

「とりあえず八木さんには申し訳ねぇが一部を母屋で寝かしてもらうようになっちまうな。とりあえずは芹沢さんあたりに母屋に移動して貰って俺たちの部屋割りももう一度考え直さないと。」

 土方は腕組みをしながらうむ、と唸る。

「・・・・・それだけじゃないんじゃないですか?」

 当たり障りのない理由を並べ立てる土方の言葉の裏に含みを感じた沖田は、眼を細めながら土方の真意を探るように尋ねた。

「・・・・・おめぇは昔っから変なところで鋭いよな。」

 土方は的確に言いたくないことを突いてくる弟分を睨みつけながら声を潜めて続ける。

「昨日来た三人は確実に長州の野郎だった・・・・・ま、こんなちんけな部隊に入隊を希望する奴らだから浪士達の中でもうだつの上がらねぇ奴なんだろうが。今回は屯所の関係ではじくことが出来たが、これからうまく長州者をはじき出すことが出来るか・・・・・出来たばかりの誠忠浪士組だっていうのに。」

 土方は大仰にため息を吐き、空を仰ぎ見る。

「芹沢の言ってたことも一理あったな。あの三人、なかなか腕は良かったぞ。少なくとも最初の頃に来てたら国なまりに目を瞑っても入隊させていたかも知れねぇ。」

「何となく判ります、その気持ち。」

 その三人の入隊試験には沖田も立ち会っており、なかなかの腕前だったことを覚えていた。沖田も土方に同意せざるを得ない。ほんの数ヶ月前には想像さえしなかった悩みに土方も沖田も頭を抱えるしか出来なかった。そして頭の痛い問題はこれだけではないのである。

「ところで・・・・・新見さんはどこへ出かけていらっしゃるんでしょうか?明日に帰京が迫っているのに見あたらないんですよ。この件について芹沢局長が怒り心頭なんですけど。」

 沖田のその一言に土方の表情が今まで以上に険しさを増した。



 新見の別行動は大阪に来てからますます非道くなっていた。しかも芹沢や近藤が押し借りをして必死に集めた浪士組の運用資金にまで手を出す始末である。しかも足りない分は芹沢の名前で付けにしているらしい。水戸以来の仲間である芹沢さえ-------------否、水戸以来の仲間だからこそその怒りは激しいものであった。

「近藤先生が毎日必死に宥めていますよ。あれじゃあ近藤先生が心労で倒れてしまいます。」

「大げさな・・・・。」

 そうは言ったものの、ここ最近の近藤の疲労、そして胃痛は今までになくひどいものであった。沖田の心配も冗談では済まされなくなるかも知れないと土方もちらっと思う。

「だって芹沢局長、新見さんが現われたら叩っ斬る!って気を吐いているんですよ。そりゃ自分が頑張って稼いだ・・・・・っていうか惜し借りしたお金を勝手に持ち出された上に名前を騙られて借金を増やされたらねぇ。」

 総司の言葉に今度は土方が頷く番であった。

「新見の遊興か・・・・・今回だけで終わってくれりゃいいがそうはいかなさそうだよな。」

 そして二人の心配は将軍警護が終わり京都に帰還した時、現実のものとなる。



UP DATE 2010.04.16


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浅葱の羽織・其の参・・・・久しぶりの発熱の中、何とか書き上げました(平熱36.0℃の人間が37.5℃出すとびみょ~につらい・苦笑)。展開上の都合もありますが、いつもより少々短めなのはお許し下さいませ。

浅葱の羽織がらみで色々とやらかしている壬生浪士組メンバーです(笑)。自分の羽織を押しつけたり、逆にもてると思ったら必要ない時にも着込んだりと浅葱の羽織に振り回されている姿は、現代にも通じるんじゃないでしょうか。あくまでイケメンが着るから格好いいんであって誰が着ても格好いいって訳じゃない、って多いじゃないですか。それでも少しでももてようとイケメンと同じ格好をして余計に差がはっきり判ってしまうという(爆)。


次回は新見局長の処分を中心に話を進めたいと思います。
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