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「紅柊(R-15~大人向け)」
甲午・秋冬の章

紅葉と熊手と花魁と・其の参~天保五年十一月の遊山

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 吉原での挨拶回りがひと通り済んだ後、幸と五三郎は佃島の白魚漁を見に行こうと下り船が出る船着場へと足を伸ばした。
 勿論他の三人も誘ったのだが、二人だけになってしまったのには理由がある。芳太郎、利喜多兄弟は門限の関係で早々に川越藩邸に帰らねばならず、猶次郎は酉の市で偶然会った藩の同輩と合流するからと鷲神社へ戻っていってしまったのだ。猶次郎達は多分吉原ではなく安く遊べる近場の岡場所に出向くのだろう。

「やっぱり小名の御徒如きが吉原で遊ぶなんて大逸れたことなんだろうなぁ」

 猪牙舟に乗り込んだ後、五三郎は思うところがあるのかポツリと呟く。

「俺は父上や兄上が山田一門の高弟だから、普通に吉原の中見世に馴染みを作ってもらったけどさ・・・・・・普通じゃあり得ないんだよなぁ」

 御徒の次男坊の遊びとしては、猶次郎らの方法が身分相応なのだ。猪牙舟に吹き付ける冷たい北風とも相まって侘びしさがいや増す五三郎の言葉に、幸は思わず吹き出してしまった。

「何しおらしいことを言っているんですか、兄様。一門の門弟が娼妓から瘡を貰った、なんて事になったら恥をかくのは六代目です。それ相応の敵娼を門弟に持たせるのは浅右衛門の義務ですよ。兄様も・・・・・・」

 幸は少し言い淀んでから口を開く。

「浅右衛門の銘を襲おうと思っているのなら、門弟達にそれ位の気遣いはしてくださいね」

「けっ、何を一丁前に!てめぇの事だけで手一杯なのに、先走るんじゃねぇよ」

 五三郎は小言混じりの幸の言葉を笑い飛ばしながら、さり気なく月明かりに照らされた川面に目を向けた。
 山田浅右衛門の銘、それを手に入れる事とができたらどんなに幸せだろうか。勿論その野望を叶える為日々修業に励み精進しているが、芳太郎に御様御用の先を越され、後から入門してきた猶次郎にはぐんぐんと迫られてきている。浅右衛門の銘どころか門弟としても自分は劣るのでは、と言い知れぬ不安に苛まれることも少なくない。

(てめぇを信じやがれ、五三郎!そんな事じゃ本当に幸を誰かに盗られちまうぞ!)

 弱気になる自分を鼓舞しつつも、やはりふとした瞬間に夢が潰えてしまうのでは、と恐ろしくなる。そして今まさにこの瞬間も、そんな不安が五三郎の心中に広がり始めようとしていた。その時である。

(え・・・・・・?)

 不意に幸が五三郎の手を握ったのである。その暖かさ、さらにその柔らかさに五三郎はどきり、とする。

「やっぱりこんなに冷たくなって・・・・・・誰も見ていないんですから懐手にすればいいのに、見栄を張って出しっぱなしにしているから」

 吹きさらしの川面を下る猪牙舟の上はただでさえ寒い。それなのに手を引っ込めようともせず、膝の上で握り拳を作っていた五三郎を見かねたのだろう。かじかんだ五三郎の手を幸が両手で包むと、はぁっ、と息を吹きかけた。そんな娘らしい仕草の上に、今日の幸は高島田に朽葉色に紅葉をあしらった小紋という、普段の男装とは違う歳相応の姿をしているのだ。猪牙舟を操る船頭の目が無かったら、間違いなく五三郎は幸を抱きしめているに違いない、そんな艶かしさを含んだ空気が二人の間に漂う。

(月明かりの所為だろうな・・・・・・じゃじゃ馬お幸坊がやけに綺麗にみえるじゃねぇか)

 自分の手に息を吹きかけ続ける幸を見つめながら、五三郎は心の中で呟いた。こんな時間がいつまでも続いてくれればいいのに、と思う五三郎だが、猪牙舟の足は極めて早い。川の流れに乗った猪牙舟は、無情な早さで佃島へと近づいていった。



 佃島に近づくにつれ白魚漁の船は徐々に多くなり、漁場に到着する頃にはさながら祭りのような状態になっていた。川いっぱいに行き交う漁火は月明かりと共に周囲を幻想的に照らし出し、独特の雰囲気を醸し出している。
 そんな漁船や仕掛けられた四手網を避けながら、幸と五三郎を乗せた猪牙舟は鉄砲洲近くの船着場へと到着した。

「ありがとうよ」

 予め幸から渡されていた船賃を船頭に渡すと五三郎は先に船から降り、そして幸の手をとって猪牙舟から下ろした。

「それにしてもすごい数の見物客だな」

 既に川辺りに陣取っている見物客を見回しながら、五三郎が感嘆の声を上げる。幻想的な漁火を見ようと、そこには既に多くの客が押し寄せていた。その中には男女の二人連れも少なくない。暗がりで顔を見られにくいという利点もあり、ここなら惚れた相手を誘いやすいのだろう。そんな一種独特の雰囲気に当てられたのか、猪牙舟から下りた後も幸は五三郎の手を離さず、ぎゅっと握りしめた。その力の込め方に、五三郎の心の臓は更に高鳴る。

「そう言えば平川神社の縁日に連れて行ってもらった時、迷子にならないようにこうやって手を握って貰ってましたよね」

 当時を思い出すような懐かしげな視線で、幸は五三郎に語りかける。

「あ、ああ・・・・・・餓鬼の頃からおめぇはちょろちょろと落ち着きがなかったからな。手を握っていないとすぐにどこかに消えやがって」

 幸に握られた手に力を込めたくても込められない。憎まれ口は叩くものの、どうしていいか解らず戸惑う五三郎に比べ、漁火に高揚している幸はかなり積極的だった。五三郎の手を握った手にさらに強く力を込めると、五三郎を引っ張るように前へと進んでゆく。

「だってどの出店も面白そうだったんですもの。こうやって兄様の手を引っ張って飴細工を買ってもらおうとしていたのに、兄様はちっとも買ってくれなくて」

「当たり前だろう、武士の娘に買い食いなんてさせられるか!」

 幸に引っ張られながら五三郎は苦笑を浮かべた。幼かった幸は物珍しさや美味しそうな匂いに誘われて、出店に近づいては五三郎に飴細工をねだった。さすがに迂闊なものは口に入れさせることはできないと何度も叱ったが、今となっては懐かしい思い出である。
 その当時もこうやって手を繋ぎ歩いていたが、それは当時の幼子ではなく、美しく成長した年頃の娘だ。

(今も昔も人の気も知らないで俺を振り回すことだけは変わらねぇな)

 きっと十年後、二十年後もこうやって振り回されるに違いない。半ば諦めにも似た感情を抱きつつ、五三郎は改めて周囲を見回した。
 見物客目当てなのだろう。美味しそうな匂いを漂わせている蕎麦や寿司の屋台が店を構え、物陰には筵を抱えた夜鷹がうろついている。漁火に飽きた男達は屋台で買い食いをしたり、男女二人連れに当てられた侘しい男達が夜鷹を買ったりしているのもこの場所ならではの光景だ。そんな中、特に美味そうな匂いを漂わせている蕎麦屋に五三郎の意識が惹きつけられる。その瞬間、薩摩芋を食べてから何も腹に入れていない事を五三郎は思い出した。

「お、美味そうな蕎麦じゃねぇか」

 腹の虫に勝つことができなかった五三郎が、ふらふらと屋台に近づこうとしたその時、繋いでいた手を強く引っ張られ、五三郎は体勢を崩しかける。

「おっと!な、何をしやがる、幸坊!」

「駄目ですよ、兄様!食べ物も娼妓も『つまみ食い』は!」

 上目遣いで睨みつけながら、幸は五三郎の行儀の悪さを窘めた。

「ちっ、餓鬼の頃の仕返しかよ。だったらあめ玉くらい買ってやりゃ良かったぜ」

 五三郎は未練がましそうに蕎麦の屋台を見つめつつも、仕方なくその場を離れる。

「まったく、私より六歳も年上なのに子供みたいなんですから・・・・・・」

 呆れたように呟くと、幸は五三郎の手をさらに引っ張り川面を指さした。

「こんなに幻想的な景色を前にして句作もせずに食い気に走るんですから・・・・・・明後日句会があるんでしょう?今のうちに何か作っておいた方がいいですよ」

 確かに幸が指差す先には漁火の美しい光景が広がっていた。だが、空腹を抱えている今の五三郎に句作をする気は毛頭ない。

「無理無理!そもそもお題が出るのは当日だそ?今から作っても無駄に・・・・・・」

「『月』や『季節』だったら白魚漁でも大丈夫でしょう?まったくもう・・・・・」

 幸の文句を半分聞き流しながら、五三郎は改めて隅田川の川面を見つめた。

「う~ん、今の俺にゃ天ぷらや吸い物しか思い浮かばねぇな、あの漁火を見ても」

「・・・・・・兄様、本当に句作に向いていないんですね」

 さすがに幸も諦めたのか、大仰なため息を吐く。

「今更気がついたのか?技工を凝らした句なんざ一度も作ったことはねぇぞ」

「そんなこと自慢しないでください!」

 そんなやり取りをしながらも二人は川辺りに座った。手を握ったまま寄り添うその姿は、傍から見たら将来を誓った恋人同士のように見えるだろう。

(いつか・・・・・・幸と夫婦になってこの景色を見たいものだ)

 その時五三郎の胸にふと一つの句が浮かんだ。


白魚火(しらおび)の誰も居らざるときも燃ゆ


 確か去年の冬の句作の練習の際、例題として出された句だった気がする。すっかり忘れていた句を不意に思い出したのだ。誰も居ない時にさえ燃える白魚火、それは五三郎の恋心にも似ているかもしれない。

(漁火と恋の炎か・・・・・・それをかければ何とか作れるかも)

 そう思った時である。

「くしゅん」

 不意に幸が小さなくしゃみをひとつした。どうやら夜気に冷えてしまったらしい。

「おいおい、風邪なんかひくんじゃねぇぞ」

 五三郎は握っていた手を一旦離すと、包み込むように幸の肩を抱いた。

「あ、兄様?」

 その腕の力強さに思わず動揺する幸だったが、五三郎は構わず幸を抱きかかえる。

「暫く大人しくしてろ。綿入れ半纏も無しに漁火見物なんて考えてみたら無茶もいところだ。少し暖まったら今日は帰るぞ!」

「はぁい」

 少し不服そうだったが、それでも素直に幸は首を縦に振る。冷えた肩から五三郎の温もりがじんわり伝わるのを感じつつ、幸は自分の心の中でひとつの想いが――――――恋という名の芽が生え、育ってゆくのを自覚し始めていた。



UP DATE 2013.11.20

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吉原への挨拶の後は、成り行きで白魚漁・漁火デートと相成りました(*´艸`*)本当だったら猶次郎も行きたかったのでしょうが、さすがに家中の仲間との付き合いを蔑ろにするわけにも行かず・・・今も昔も勤め人の付き合いは大変なのです(^_^;)
そんな偶然の中、猪牙舟に乗って佃島まで一気に下っていった幸と五三郎・・・本当はもっと猪牙舟の描写を多くしたいんですが、なかなか書けなくって、ようやく作品として形にすることが出来ました(*^_^*)多くても二人までしか乗れない猪牙舟、やっぱりデートには持って来いでしょう♪ただ二人の関係上あまり色っぽくないところが難点でしょうか・・・次回二人を猪牙舟に乗せる時はもうちょと身体を密着させたいものです(おいっ)

さすがにここに来て幸も五三郎への恋心に気がついたようで・・・来年は幸も17歳。五三郎も23歳(今回改めて都市を調べ直したら6歳違いだった・・・五三郎は1813年生まれの22歳&幸は16歳。数え年と満年齢がごっちゃになる)なので、来年は二人の関係にもう少し進展があるかもしれません♪

次回紅柊は12/4、清波&辰治郎の恋物語を2ヶ月にわたって書かせていただきます♪
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