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「短編小説」
横浜恋釉

横浜恋釉~季節外れの桜とそれぞれの旅立ち(最終話)

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 引越の片付け、そしてそれとほぼ同時に行っていた煤払いが終わった冬晴れのある日、虔太と董子の許に虔弥が同行者を連れてやってきた。

「おう、久しぶりだな、虔弥。ところでそちらの方は・・・・・・おい、もしかしてお釉か?見違えたぞ!暫く見ない内に大人になったな」

 鉄納戸の小紋縮緬を身につけた虔弥の同行者が幼馴染の釉と知り、虔太は驚愕する。二人が顔を見合わせるのはおよそ十年ぶり、しかも釉はすっかり大人びて美しくなっていたのだ。
ただその美しさは容姿ではなく、内面から滲み出てくるものと言った方が良いかもしれない。触れてしまえば散ってしまう花の美しさとは違う、鍛えあげられた刃のような一本筋の通った美しさである。

「ご無沙汰しております、虔太さん。今日はご注文の品をお届けに参りました」

 驚きを露わにする虔太とは対照的に、釉は落ち着き払って要件を切り出す。その言葉に虔太もようやく平常心を取り戻した。

「ああ、虔弥を通じて頼んでいた婚礼用の食器だね。だったら婚約者も立ち会わせるからちょっと待っていてくれないか?森下さん、董子さんを呼んできてくれないか!」

 虔太は部屋の外に控えている九条家付の老執事に声をかける。すると扉の向こう側の気配が消え、10分後に董子が森下に連れられて現れた。

「あら、虔弥さんお久しゅう」

 虔太が客人と会わせたがっていると聞いて着替えてきたのだろう。紋御召を身に付け、大人っぽい揚げ巻きに髪を結った董子が作り笑顔を見せて虔弥に挨拶をする。やはり唇を奪われた事に蟠りを持っているらしい。そして次の瞬間、虔弥の隣に座っている釉に気がつき、まるで虔弥を詰るかのように眉をひそめた。

「そちら様・・・・・・は?」

 虔弥が新しい恋人でも連れてきたのか――――――と、一瞬そう思ったらしい。そんな董子の不機嫌を察した虔太が笑顔でそれを否定した。

「彼女は宮川釉、宮川窯の影の主で、今度僕達の結婚式に使う洋食器を全部作ってくれたんだ」

 軽く言い放った虔太だったが、それを聞いて董子が驚きに目を丸くする。

「全部・・・・・・ですって!だって、陶磁器作りって力仕事でしょう?それなのにこんな華奢な女の方が?」

 董子が驚くのも無理はない。女性としては上背のある釉だが、けっして骨太なわけではない。むしろ細身とも言える釉が五十人分もの婚礼用の食器を作ったとは俄に信じがたかったのだ。

「嘘じゃないですよ。俺が―――――明豊堂の陶磁器を一手に扱う者として、その素晴らしさを証明します」

 釉の隣にいた虔弥が力強く言い放つと、テーブルの上に置かれていた木箱の蓋を開ける。すると華やかな色彩がその場にいた者の目に飛び込んできた。

「綺麗・・・・・」

 それを見た瞬間、董子は思わず感嘆の声を上げる。そこに入っていたのは金彩に縁取られたカップ&ソーサーだった。それぞれには仲睦まじい鴛鴦と、それを囲むように咲き誇る桜花が描かれている。

「本当は桜と鴛鴦というのは一緒にするべきでは無いのですが、祝言が春ということ、そしてお二人がいつまでも仲良く・・・・・・鴛鴦のようにということでこの意匠にさせていただきました」

 遠慮がちに作品の説明をする釉に対し、董子は早速カップとソーサーを手にして裏の方まで細かく見つめたり、口に当てて飲み口を確かめる。

「薄くて軽くて・・・・・・紅茶も飲みやすそうだし、なんて扱いやすいの!しかもこんな可愛らしい意匠で」

 虔弥や釉が想像していた以上に董子は釉の作品を気に入ったようだ。新しい玩具を手に入れた子供のようにはしゃぐ董子を前に、虔弥と釉はほっと胸をなでおろした。

「気に入っていただけてホッとしました。あと・・・・・もしよろしかったらもう一つ見ていただきたいものが。こちらは宮川窯からのささやかな結婚祝いです」

 ようやく緊張が解けた釉は笑顔を見せつつ、横に置いてあった少し大きな木箱を開けて中から何かを取り出した。

「これ・・・・・・高浮彫の花瓶?なんて美しい色合いなの・・・・・・」

 董子も、そして虔太も驚愕に目を丸くする。一面の桜に鳩が飛び交う意匠は祖父の初代・宮川香山の作品にも見られた。だが、釉の作品は時代に合わせてもっとすっきりとした色合いで、立体的な装飾も技術的には難度の高いものばかりだが数は少ない。高浮彫独特の悪趣味な力強さは無いが、洗練された美しさを持つその花瓶は、どうやら董子の好みにピタリと当てはまったらしい。
 満面の笑みを浮かべながら、董子は釉の手を取り強く握りしめた。

「ありがとう、お釉さん!また今度注文をさせていただきますわ!もう家の食器で気に入らないものも多くて・・・あなたならきっと私の好みに合わせて作ってくださる筈よね!」

 どうやら父親から受け継ぎつつも眠っていた『焼物好きの血』が釉の作品によって目覚めてしまったらしい。そんな董子を優しいまなざしで見つめつつ苦笑いを浮かべた。

「董子さん、着道楽だけじゃなくて今度は焼き物道楽ですか?血は争えませんね」

「だってこんなに美しいのよ!私・・・・・・やっと、父が焼き物に魅入られていた気持ちが解ったような気がしますの。父もこんな風に器に恋をしたんだわ、きっと」

 うっとりと花瓶に触れながら董子は微笑んだ。



 注文の食器を全て納戸に搬入した後、横浜に帰る虔弥と釉を見送る為、虔太と董子も品川ステイションまでやってきた。茜色に染まる駅構内は人でごった返していたが、さすがに特等車両の前は人はまばらである。

「ところでお前達、これからどうするつもりだ?」

 汽車に乗り込もうとした虔弥に対し、不意に虔太が尋ねた。

「どうするって?」

「その・・・・・・結婚とか」

 決して仲が悪そうには見えない二人である。否、若夫婦と言われたら皆信じるであろう。そんな雰囲気を漂わせている二人だが、虔太の発した『結婚』の言葉には首を横に振った。

「ああ、それは暫く無いな。な、お釉」

 虔弥の言葉に釉も深く頷く。

「ええ。私は作陶を極めたいですし、虔弥さんも仕事が忙しいし・・・・・・お互いを支えあうのはちょっと無理なんです」

 釉の言葉に、さらに虔弥が補足する。

「結婚したらどっちかが夢を諦めなけりゃならないから。だったらとことん道を極めながら心だけ寄り添っていればいいかな、と」

 どうやら二人は二人なりに話し合い、結論を出したらしい。結婚はないと言いつつも、見つめ合う二人にはそれ以上の強い絆が感じられた。

「そうか・・・・・・だったら二人共、とことんやってみろ!」

 虔太の励ましに董子も微笑みながら頷く。既に夫婦の絆を深めつつある兄達を眩しげに見つめつつ、虔弥は満面の笑みを浮かべた。

「ああ、言われなくてもそうするさ。じゃあ、汽車が出るから。今度は年始の挨拶に来るから!」

 最後にそう言い残し虔弥と釉は慌てて汽車に乗り込む。その直後、汽車の扉は閉められ、発車の汽笛が鳴り響いた。
 動き出す汽車はどんどんと遠ざかってゆく。まるで若い二人の進む道のように力強く進んでいく汽車を、虔太と董子はいつまでも見送っていた。



UP DATE 2013.11.27

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一年間に渡る拍手文連載『横浜恋釉』も今回を持って最終話となりました(*^_^*)
問題は董子と虔弥CPとの関係だったのですが(何せ董子は虔弥に唇を奪われていますしねぇ^^;)・・・釉の作品たちによって董子のわだかまりというか不機嫌も吹き飛んだようです。しかも眠っていたDNAが目を覚ましてしまって(^_^;)これから虔太にはガンガン稼いでもわらないといけませんww

そして虔弥&釉ですが、暫くの間・・・もしかしたら一生二人は結婚しないかもしれません。お互いの才能を認めている間柄、もし結婚してしまえば間違いなく釉は家庭に入らざるを得なくなることを解っているからです。虔弥はあまり自分達の子供には拘っていないようですし。だったら釉に作陶を頑張ってもらい、ついでにそれをウリに明豊堂をもっと大きくしたほうが・・・と思うのでしょう(^_^;)同じ『恋』という釉薬を使っても条件によってその色合いは変わってゆきます。当初はあまり深く考えずに付けたタイトルでしたが、最後の最後でタイトルに相応しい話ができたかも(*^_^*)

この一年間、拙い話にお付き合い頂きありがとうございますm(_ _)m
来年度の拍手文は12/25にUPしますね~♪(その時まで内容は秘密、ということで^^)
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