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「紅柊(R-15~大人向け)」
甲午・秋冬の章

清波の年季明け・其の壹~天保五年十二月の始末

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 丸一日かかった煤払いを終えた夕暮れ、男達が昼間の疲れを癒やしに花街に繰り出す。
そしてそれを迎え入れる側も、ここがかきいれ時だとばかりに客寄せに精を出していた。
 勿論吉原も例外ではない。それどころかこの日を紋日に仕立て上げ、ここぞとばかりに
稼ごうと躍起になる。
 江戸中が掃き清められた清々しさの中、吉原大門をくぐった男達に対し大見世小見世の
別なく男衆が声を張り上げ冷やかし客を中に入れようと必死になっていた。

「早いもんがちだ!今ならまだ間に合いますよぉ!」

「グズグズしてたらうちの売れっ娘ははけちまいますよ!決めるんなら今の内だ、さぁさ
ぁ迷っていないで!」

 大通りは勿論、ちょっとした小路まで人がひしめく中、特に忙しさを見せていたのは
『恵比寿屋』の清波であった。伽羅が焚き染められた部屋の中、いつになく美しく装った
清波と、少し緊張の趣の若い娼妓が客である海苔問屋の筆頭番頭・政左衛門の前に並んで
座っている。

「わっちはようやくお勤めを済ませ年季明けと相成りました。春からはこの朝波をご贔屓
にお願い申し上げます」

 清波の口上と共に今年突き出しを迎えたばかりの若い花魁・朝波が頭を下げた。

「そうか。お前さんももう年季明けか。早いもんだな」

 清波に労いの言葉をかけつつも、政左衛門の視線は緊張に顔を強張らせている朝波に向
けられていた。その好色そうな視線に気がついた清波は政左衛門に声をかける。

「もし政左衛門様さえ宜しかったら、今宵は朝波にお相手をさせましょうか?」

 清波の思いもしなかったその言葉に、政左衛門は吃驚したように目を見開く。

「おい、いいのか?だって年季明けは・・・・・・」

「ええ、見目だけでは判らない相性というものもございます。もし政左衛門様がこの朝波
と馴染まなかった場合、他の花魁をご紹介しなければなりませんので」

 清波の説明に納得の表情を浮かべつつ、今度は清波に対して未練がましそうな視線を投
げかける。

「そうか。しかしお前さんもなぁ・・・・・今月が最後だし・・・・・・」

「左様でしたらまた恵比寿屋にいらしてくださいませ。大晦日までわっちはお勤めさせて
いただきますから、いつでもお相手をさせていただきます」

 本来許されない花魁の掛け持ち――――――だが、それを見世の方から提案されている
のだ。政左衛門に否の選択は勿論無い。

「ふふふ、商売上手め。ならば今夜は遠慮なく味見をさせてもらうとしよう」

 にたり、と下卑た笑みを浮かべつつ、政左衛門は早速朝波を招き寄せ酌をさせ始めた。



 引き継ぎの後輩花魁と客との『見合い』を済ませた清波は、自分の部屋を出ると急いで
番台へ向かう。

「達四郎さん、わっちのお客様はあと何人残っているの?」

「三人だ。全く予め予約をしておいて一日に一人か二人にしておいたのに、どこで聞きつ
けて来やがったんだか。不義理をした奴に限ってこの期に及んでのこのこ
と・・・・・・」
 
 番頭の達四郎は清波に愚痴を零しつつ、苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべる。清波
の大口の贔屓客はおよそ三十人弱ほどである。そんな客らの都合を考慮しつつ一日に一人、
多くても二人を相手に引き継ぎをしているのだが、今まで足が遠のいていた客までも『こ
れが最後』と顔を出してくるのである。
 それでも紋日でもある煤払い今日は比較的少ない方だった。ひどい時には五人が鉢合わ
せになった日もあったのだ。ただの『廻し』なら六人という人数は決してこなせない人数
ではないが、娼妓の引き継ぎも考えると六人は流石に多すぎる。だが、それでも清波は嫌
な顔ひとつせず全ての『引き継ぎ』を行ってきた。

「喩え脚が遠のいていたとしてもそれはわっちの責任、最後の最後に顔を見せてくださる
んですから皆さんありがたいお客様ですよ。こんな年季明け間近のおばあさんの名残を惜
しんでくださるんですから」

 清波は達四郎に笑顔を見せると、次の客を待たせてある部屋へと向かった。馴染女郎の
引き継ぎは極めて神経を使う。今まで贔屓にしていてくれていた客でも、充てがわれた女
郎が気に入らなければ他所の見世へと流れてしまう可能性があるからだ。
 この不景気の最中、吉原にさえ足を運んでくれなくなってしまう可能性だって大いに有
り得る。そこを見越して清波は客の好みに合わせた後輩女郎達との『見合いの席』を設け、
客を繋ぎ止めておこうとしていた。
 こういう引き継ぎ自体は決して珍しい事ではないが、しかし清波が他の花魁と違ってい
たのは自らが引き継ぎの後輩を選んでいる事にある。本来こういう引き継ぎは店側が引き
継ぎの花魁を選ぶのだが、そこばかりは清波は譲らなかった。

「ご贔屓の好みを一番良く知っているのは、わっちでありんす」

 そう言い切って番頭や遣手、二階廻しの手を借りず、全ての手配をしたのである。そし
てその自信は見事に当たり、半月近く経過した今まで誰一人紹介された娼妓の交換を申し
出るものはいなかった。



 煤払いに日に来た四人の客の内、二人は新しい敵娼を所望したが、残りの二人は『年内
には再訪できないから』と清波を所望した。どちらも本来の予約客ではなく、清波が今月
限りで年季明けになると知ってやってきただけに、妙な執心を示したのである。

「さすが『ならずの御職』、まだまだ花魁としてやっていっけるんじゃないのか?」

 脂ぎった手で清波の乳を撫で回すのは、木綿問屋の隠居・光五郎だった。還暦をとうに
過ぎ、七十近くになる筈だがその性欲は衰えることを知らないらしい。ここぞとばかりに
清波にむしゃぶりつき、艶やかな肌を撫で回す。

「もう、年が明けたら二十八になるおばあさんにお世辞を言っても何も出ませんよぅ」

 清波は光五郎をあしらいながら、その股間に手を伸ばした。まだ一人、客を待たせてい
る。できるだけ早く、しかし客を不機嫌にさせぬよう欲望を満足させるのが娼妓の腕の見
せどころである。特に光五郎ほど歳を取っているとなかなか逸物も勃たないだけに、満足
させるのも一苦労だ。

「そうは思えんがな・・・・・・おいおい、そんなにがっつくなって。ゆっくりかわいが
ってやろうっていうのに」

 股間を撫で回す清波の手に男の逸物はむくむくと反応する。

「だってお久しぶりなんですよ。しかも今年はもう無理だなんて・・・・・・ねぇ、また
いらしてくださいませんか?」

「そうだなぁ・・・・・おうっ」

 清波の手を直接逸物に感じ、光五郎は思わず声を上げる。さらに清波の手は光五郎の尻
に周り菊座も刺激し始めた。前後双方からの刺激に、光五郎は年甲斐もなくあられもない
声を上げ始める。

「今宵限りなんて寂しいじゃあありませんか。ね、光五郎様・・・・・・昼見世ならまだ
空いている日があるはずですし、来てくださいよぉ」

 歳は取っているが遊ぶ金には困っていない光五郎は上客だ。この機会に恵比寿屋に戻っ
てきてもらおうと、清波はさらに光五郎を責め続けた。



 行灯の灯りが届かぬ闇の中、辰治郎は気配を殺し清波をじっと見つめていた。清波の年
季は今月までだ。いくら自分が不満を募らせようと客を逃がす様な迂闊な真似は出来ない。

(今月だけだ。今月だけ我慢すれば・・・・・・)

 清波が一月から羅生門河岸の局見世に見世替えをすることは清波本人から相談を持ちか
けられた。恵比寿屋の女将は清波に遣手として残って貰いたがっているようだが、きつい
性格の遣手・弥叉波がいてはそれは不可能だ。
 清波が希望し、自らが交渉した局見世なら自分の給金でも買いにいける。だが、自分に
その勇気があるだろうか・・・・・・辰治郎は逡巡する。

(俺はあいつがガキだったころから・・・・・・田舎から女衒に連れて来られた日から惚
れていたんだ。そんな簡単に買える訳、ねぇじゃねぇか!)

 明らかな演技ではあるが、艶かしく部屋に響く清波の声が辰治郎の耳に届く。その声に
背を向けつつ辰治郎は十年以上も前の事を思い出していた。



「ひっく・・・・・・えぐっ・・・・・・」

 その声に十八歳だった辰治郎が気がついたのは、多忙の合間を縫って賄いの握り飯を食
べに賄処に降りた時だった。

「何だよ、また夕波か菊波がやらかしたのか?」

 粗相をしでかし、姉分に怒られた禿が賄処にやってきて土間の隅で泣きじゃくっている
のは珍しくない。だが今は昼見世の最中であり、禿には禿の仕事がある。いつまでもうだ
うだと土間の隅っこで泣かれては困るのだ。辰治郎はちっ、と舌打ちを一つして泣き声の
方へ向かう。

「おい!いつまでもぴぃぴぃ泣いているんじゃ・・・・・・!」

 そう声をかけ、土間を覗きこんだ瞬間、辰治郎は言葉を失った。そこには薄汚い襤褸を
纏った、今まで見たこともない娘がいたのである。年の頃は十五前後だろうか、油も付け
ないボサボサの髪をかろうじて島田もどきにまとめ上げたその姿は、田舎から出てきたば
かりの『お上りさん』そのものだった。そしてそれを確信させたのは彼女の口から出た言
葉だった。

「・・・・・・すまねぇっす。おれ、ここさ来たばかりで田舎が恋しくって」

 溢れだした涙をごしごし手の甲で拭う姿は田舎娘そのもので、お歯黒溝に囲まれた郭よ
り田圃のほうが似合うだろうと思われる。だが、そのすらりとした手足、そして意外と整
った顔立ちは磨けば光る玉である事は誰の目から見ても明らかだった。その吸い込まれそ
うな大きな瞳に辰治郎の胸はどきり、と高鳴る。
 郭生まれの郭育ちである辰治郎だけに女というものはうんざりするほど見てきている。
それだけに女を見る目は厳しく、どんなに着飾った花魁を見てもこんな胸の高鳴りは感じ
た事は無かった。だが、今回ばかりは勝手が違う。
 辰治郎はその動揺を誤魔化すように辰治郎は懐からあめ玉の袋を引っ張り出し、その中
から鼈甲飴を取り出した。

「ほらよ。こいつでも舐めてとっとと泣き止め」

 ぶっきらぼうに言い放つと、辰治郎は鼈甲飴を娘の唇に押し付け、強引に口の中に入れ
た。一瞬、娘は大きな目を吃驚したように見開いたが、次の瞬間花のような笑みを浮かべ
る。

「・・・・・うめぇな。おれの田舎じゃこんなうめぇもん、無かっただ」

 さっきまで泣いていただけに鼻の頭は真っ赤だし、目も腫れぼったい。それでもその笑
みはとてつもなく美しかった。女衒もこの笑みに将来性を感じ連れてきたのだろう

「・・・・・ところでおめぇを連れてきた女衒はどこに?」

「この見世の女将と話があるからって、おれをここさ置いて奥さ行ってしまっただ」

 どうやらあまりの薄汚さに部屋に上げるのを躊躇ったのだろう。それにしても誰か見張
りを付けておくとかしないのだろうか・・・・・・逃げるに逃げられない田舎娘だとして
もあまりといえばあまりな管理に辰治郎は溜息を吐いた。

「しかし、こんな冷たい土間にいつまでも居るわけにゃいかねぇだろう。ちょっと番頭さ
んに聞いてきてやっから。ところで・・・・・・」

 辰治郎は一瞬躊躇いを見せつつも目の前の田舎娘に尋ねる。

「おめぇの名前はなんて言うんだ?名無しの権兵衛じゃ困るだろう」

 聞いてもすぐに源氏名が付けられてしまい、親につけてもらった名前を呼ぶ事はまず無
いだろう。だが、その前にこの娘の本当の名前が知りたいと、辰治郎は思わず尋ねてしま
った。



UP DATE 2013.12.4

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とうとう清波が花魁としてお勤めをする最後の月となってしまいました。それだけに引き継ぎ業務は多忙を極め、一日に四組もお相手をするはめに・・・・・・これらの客がコンスタントに来てくれれば間違いなく清波は『御職』になれたでしょう。しかし誰かさんの妨害活動のせいで最後の最後まで『ならずの御職』のまま・・・もしかしたら12月は御職を張れるかもしれませんが、一月は見世を替えなきゃなりませんしねぇ。どこまでもツキのない娘です(^_^;)

そして後半部分は辰治郎と清波の出会いの回想シーンとなっております。これに結構メモリを食われそるので今月、そして来月の二ヶ月に跨ることになってしまったのですが、やはり二人の関係の根幹をなす部分ですのでしっかり書きたいな~と(^_^;)
ちなみに清波の思い出の中では辰治郎=無口という事になっておりますが、結構喋りかけているのです、辰治郎(爆)無愛想な彼としてはかなり頑張っていたようですが、田舎から引っ張りだされてきたばかりの田舎娘には『クールで無口な郭のお兄さん』としか思えなかったのでしょう。

次回は辰治郎が清波の本名を聞き出しますv
(あと、12月分に少しでもエロを入れられるか、そこが問題・・・1月は間違いなく辰治郎&清波の激エロ描写を打ち込めますので。もし12月にエロを入れ込めたとしても相手は五三郎になりそうです^^;』


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